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1−1. 貧民街の騒動

 帝国の皇女アンジェリーナは、24年前に帝国との戦争を起こしたマーシア王国の王都コヴェントリーにある貴族学院に留学している。表向きは両国の友好関係を深める為と説明されているが、実際の皇帝の意向は誰にも分からない。


 アンジェリーナ皇女は毎日、大使に学院生活を報告している。留学当初から虐めが発生しており、その経過を知らせる為だ。

「まだ陰口や嘲笑は残っているが、挨拶程度は交わす様になったか…とりあえず、本国まで悪評が届く様ではまずいから、まあまあだろう」

「はい」

「魔法属性を知られたのは余計だったが、それが騒ぎを収める方向なら、まあいいだろう。今後も問題を大きくしない様に」

「はい」


 階段で皇女に水をかけた女学生が階段から転落して、皇女は思わず治療を行ってしまったのだ。しかしそれを目撃した王国の第二王子フレドリックとの関係が緊密になり、以後虐めが鎮静化しつつあった。


 貴族学院では、皇女はフレドリックが控室に使っている応接室に呼ばれる事が増えた。

「度々済まないが、今週末にも幼い兄弟の治療に向かって欲しいんだ。伯爵家の嫡男と弟が熱を出して、薬があまり聞かない状態だと言うのだ」

「幼子で高熱が続くと後遺症が残る事があります。ぜひ診させてください」

「そう言ってもらえると助かる。冬の流行り病の流行がまだ完全にはなくならず、薬も入手難で高騰しているんだ」


 フレドリック王子の言葉に、未来の側近候補のイアン・ダグラス侯爵子息が補足した。

「王都近郊の下町の衛生状態が悪く、そちらからの感染が止まらない様なのです。下層の者達は薬を飲む事もなく、流行るに任せている状態です。毎年、冬にはそちらで流行して、それが王都に流れ込んでいるんです」

皇女も小さめの声で応えた。

「どの国でも下町の衛生状況は劣悪ですから…」


「帝国でも冬には流行り病が流行するのですか?」

興味が出たフレドリックが尋ねた。

「年毎に流行状況は違いますが、ありますね」

「対策は何か取られているので?」

「私の周辺は聖魔法で対応しておりますので、詳しくは分かりません」


 興味が出たイアンが尋ねた。

「やはり下町などでは対策が取れないのでしょうか?」

「最近は民間療法などの今まで使用されなかった薬草などを使っている様ですが、効果は従来の薬草より低い様です」

「そうでしょうね」


 王都の平民街の外れで占い師の館を営む占い師は、一方で王都近郊の貧民街の孤児院で子供達に仕事を与えて保護していた。


 そこに町長がやって来た。数人の男達を連れていた。

「なあ、あんた、ちょっと良いかね?」


 フードで鼻筋より上を隠した占い師が答えた。

「はい、如何しましたか?」

「町の男衆がね、あんたの様な余所者が勝手に孤児院を使っているのを良く思っていなくてね、そこで育てている薬草を税代わりに徴収すべきと言うんだよ」


「孤児院の土地は元々王都の役人が管理しているもので、それを孤児を預かる用途で使用するなら問題ないと、町長さんが掛け合ってくれたのではないのですか?」

「もちろん許可は得ている。でも、町の衆の感情ってもんがあるだろ?分かってくれよ」


 理屈ではない。世間に流行り病が流行り続けた為、そろそろこんな貧民街の人間達はその皺寄せで生命の危機に瀕していた。元々、通常の薬など買えない人々だ。だからともかく自分や家族が生き残るために弱いものから奪う、その為に税などという理屈を持ち出したんだ。


 この最下層の町で食べて行けなければ、もう犯罪に手を染めるしかない。そういう人間達だ。屁理屈で他人から奪っても心が痛む人間ではない。


 占い師は昨秋から少しずつ育てた民間療法の薬草を、効果を知らしめる為に少しずつ町の商店に納めていた。効果は弱い筈だが、溺れる者は藁にも縋る。そしてここから根こそぎ奪い取り、その売却益で命を繋ぐ孤児達が餓死する事など気にしない。多分、ここを纏めている占い師に責任を擦り付けるだろう。


 そこにこの下町を根城にしているマフィアの親分が、手下を連れて現われた。

「おいおい、少なくともこの孤児院は王家が雇う役人の管理する土地だ。許可を得ている以上、お前等が手出しをする事は出来ないぜ。つまり、許可を得てやっている事業から盗もうとしてるんだ、騎士団に訴えれば盗人として捕まるぞ?」

「こんな下町に騎士なんてやってくるものか!もし来たとしても、お前等マフィアが真っ先に捕まるだろ!そんなお前等がなんで余所者の肩を持つんだよ!?」


 町の男衆の反論に親分は応えた。

「僅かでもみかじめ料をもらっているからな。義理を通してもらっている以上、こっちも義理を通すぜ」

「やるってぇのかよ!?」

男達はもうここから薬草を持ち出すつもりだったから、邪魔されたと思ってやる気になっていた。


「第三者による仲介が必用な様だな?」

親分の後ろの方から声をかけてきたのは、平服を着ているが見るからに貴族然とした男だった。金髪を整髪料で綺麗に纏めた碧眼のがっしりした体形の男、スチュアート・モントローズだった。


 男達は誰何した。

「誰だよ!?無関係な奴は黙ってろ!?」

スチュアートは占い師を見た。

「騎士様…」

町の男達も、町長もぎょっとした。

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