表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/88

7話 脱走開始

逃げると決めた後のアユミの行動は迅速で冷静だった

透明化を維持したまま、まずは木陰で便を済ませて葉で拭う

続いて商業区域に行き、不用心な店先から小さなボロ布を拝借

そのまま港の隅で布を海水に浸して体を拭き始めた

汗臭さと磯臭さを比べたら、海の臭いのほうがマシだという判断だ

髪も海水に浸けて手でわしゃわしゃとして、布で拭いた


ボロ布を海に投げ捨て、荷積み中の船までやってきた

作業員の動きに合わせて侵入できるだろうが…

2つのルートが考えられる、船倉にいくか甲板にいくか


船倉は、密航する時の代表的な隠れ場所

雨風をしのげるし、食料をくすねることも比較的容易

だが、不意な出来事があった場合に逃げ場がない


アユミはあえて甲板…見張り台や周囲に張り巡らされている

ロープ、縄梯子を中心に立ち回ることにした

普通は寒風吹きすさぶ中全裸で甲板にいるなど自殺行為だが

凍傷にならない体になったのは2日目で確認済みである


***


日の出直前、アユミが縄梯子の具合を確かめていたころ

ベロ博士が船までやってきた


「おい、ここに人間が来なかったか!?」

「人間? さぁ…見てないですなぁ」

「私の被検体が逃げ出したのだ! 見つけたら生け捕りにするのだぞ!」

「わかりました、航行中に見つけたらそのようにしますよ」


それだけ言うと、ベロ博士は去っていった

まさか頭上にいたとは夢にも思うまい

しばらくして、ゼログニがやってきた


「ゼログニ様! お疲れ様です!」

「うむ、頼むぞ」


そう言うとゼログニは船内へ歩いて行った


「よかった…魔王にもバレなくて」


***


「船が出るぞぉー!」


日の出とともにドラが鳴らされ、船は港を離れていった

方向を変えてから帆を張って速度を上げる

航行中に見張り役の船員が縄梯子を登ってきたが、直線的な動きで回避は容易

多少アユミが動いた程度では、ピンと張られたロープはピクともしない


「透明化」は時間経過で切れる様子はなく、使い続けて疲れる事もなかった

目下の問題は、食事をどうするかという事だった

ゼログニの話では、船で大陸まで丸一日…幼児の体で我慢できるか微妙である


***


「よーし、錨を下ろせー!」


日の入とともに帆が上げられ、船は錨で固定された

さすがに暗闇で航行することは無いようである

船員は全員船内へ入っていった


「よし…行こう」


悩んでいたアユミだったが、全員入っていったのを確認してから決めた

今なら魔族達に出くわし、挟まれることもない


船内は二通りに分かれていて、上層ではゼログニと魔族達が集まって食事を取っていた

楽し気にラゴーウンを称える唄を合唱したりもしていた

「透明化」を見破られる事はないだろうが、食物を取って食べる瞬間は分からない


もう一方の船倉に行ってみると…そこにはなんと人間の成人男性がいた

しかも拘束されている様子もなく、蔵にあった食料を貪っている

アユミの他にも脱走者がいたのだ。どこに隠れていたのかは知らないが…


(無事に逃げれると良いね…)


アユミは心の中でそう呟き、パンと干し肉をくすねて甲板へ戻っていった

食べた後は、寝ることなく動向を見届けた

寝てる時にも透明でいられるかはさすがに分からないからだ

今日は昼寝したから何とか耐えられる

そして風下で尿が船にかからないように小便を済ませ

ヒートハンドで水分と匂いを消し飛ばした


***


朝になり、航行が再開されると、後は正午過ぎに到着するまで何事もなかった

魔族はこの航路を確立させているようだから当然か

アユミは荷下ろし作業の隙を見てタラップから下船した

目に映る港は、間違いなくあの島とは別の港であった


「んーっ、はぁ…これで一安心だね」


背伸びをして、あの島から脱出できたと実感する。まだ魔族領内なので油断はしないが

しばらくは不可視の盗人として生活しよう、そう考え一歩を踏み出した時であった


「はなせっ! はなせー!!」


振り返ると、船倉で見た男がゼログニ達に組み伏せられていた


「オラッ! お前は強制送還だ! おとなしくしろ!」

「てっきりアユミかと思ったが…まぁいい、連れていけ!」


そして、男は船内へと連行されていった。とても助けられそうにない

自分は「透明化」が可能なだけの非力な女児にすぎないのだ

後ろ髪を引かれる思いをしつつも、アユミは生きるために港町へ歩き出そうとした

すると


「うん…?」


ゼログニはおもむろにアユミのいる方向を凝視してきた


「…っ、落ち着け…落ち着け…」


アユミが見えているはずは無いのだが、魔王特有の直感というものが

あるのかもしれない…そう考え、アユミは早歩きでその場を後にした


***


「ああっ! 最悪だっ! あいつに逃げられるとは…

金の卵を生むニワトリを逃がした気分だっ! クソッ!」

「なるほど、確かにアユミは卵を大量に残していきましたね」

「やかましい! まだまだ実験したかったというのに…!」

「そんなに気になさるとは…これが禁断の恋ですか?」

「ドール!? お前…どこでそんな言葉を!?」

「若い女子達の流行です。それで、どうなのですか?」

「…はぁー、前にも言ったが…私が真に心を許している奴はドール…お前だけだ」

「光栄です、ベロ博士」

「うっし! あいつはいなくなったが、卵子の数だけ実験ができる!

存分に働いてもらうぞドール!」

「承りました」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ