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5話 被検体生活3日目

朝食を食べ、手術室に連れられたアユミは


「お前、歴史書を読みたいと言ったそうだな?」


開口一番、ベロ博士にそう聞かれた


「はい」

「殊勝な心がけだ…と言いたいところだがダメだ。お前には「記憶能力強化」がある

ヘタに本など与えて妙な知恵を付けられても困る」

「ですよねー…」

「だが…博物館程度なら良いだろう。私はお前の尿成分の解析で忙しい

ドール! 「英雄博物館」に連れて行ってやれ!」

「承りました」

「おっと、ここで尿を採ってから行け。昼飯には、マナポーションを

弁当替わりに持っていき飲め。吐くまで飲む必要はない」

「はい…」


昨日を思い出し、渋い顔になる。やがてキャリーカートを携えた

ドールとともにアユミは出発した


***


手術室、監房、運動場などは同じ区域として石壁に囲われており

「英雄博物館」とやらへ向かう箇所には、門番が配置されていた

監房にいた魔族と同じように、金属の刺又で武装した軽装歩兵が2人いた


「おい、なんでこんな所に人間がいる」

「アユミは私の連れです。私はベロ博士の助手のドールです」

「ベロ博士か…実験か何かするつもりか?」

「はい、必要な事です」


本当は何も関係ないはずなのだが、ここまではっきり言いきることができるとは

そんな度胸はアユミには無く、うらやましく思った


「わかった…だが日没までには戻ってこい、さもなくば通報案件だぞ」

「了解しました」


***


門をくぐると、そこは商業区域となっていた。主に海鮮問屋が軒を連ね

所々に釣具店や小間物屋が見え、下り坂の向こうには船…港が見える

この世界に「落ちて」来た時に見えたように、ここは島だったのだ

もし逃げ出すのなら航路を行くしかないとわかる


「アユミ、どうかしましたか?」

「え!? えっと…博物館はどこかなぁ~と」

「それならこちらです、行きましょう」


ドールに手を引かれ歩き出す。それは図らずも港の方角だった

いざという時の逃走経路が頭の中に書き込まれていく


***


「町立英雄博物館」と書かれた看板のある建物にたどり着いた

そばには噴水があり、魔族達の憩いの場になっていた

この辺りの感覚は人間も魔族も関係ないのかもしれない

それはさておき、博物館の中に入る


「ようこそ…何故人間がここに?」


そう言われるのも慣れてきた


「アユミは私の連れです。私はベロ博士の助手のドールです」

「…ふむ、入館料は1人1000ゴールドです

ここは歴史的に見て貴重な品を保管する役割も担っています

もし破損したら…おわかりですね?」

「ではこの縄で縛ってからいきましょうか?」


ドールは昨日アユミを引っ張るのに使った縄を取り出した

職員は肩をすくめ


「…まぁいいでしょう、では館内は静かにお願いします」


どうやら許されたらしい


***


今日は魔族の観覧者は少ない。新たな目玉展示品が納入されなければ

こんなものなのだろう。おかげでスムーズに見回ることができた


「…本当に頭に入っているのですか?」

「はい、「記憶能力強化」で…自分でも怖いくらいに」


石を使った原始的な武器、中が見れない古めかしい本

型落ちした道具の実演模型、子供の玩具

古代の魔族の像に肖像画…


つまり、歩見が義務教育時代に体験した社会科見学と

ほとんど変わらない展示内容だったのだ

しかし退屈だったわけではなく、「記憶能力強化」により

流れ込み蓄積されていく知識に快感すら覚えている


「あ、ラゴーウンのコーナーですよドールさん」

「そうですね、行きましょう」


まずお出迎えしたのは等身大の像、210センチと書いてあるが

女児の体感で見上げれば3メートルはありそうな迫力

254歳で死去と書いてある…魔族の寿命は人間の3倍程だろうか


隣には、ピカピカに磨かれたハルベルトが透明なケースに入れられていた

薪割り斧など比べ物にならない大きさの刃

人間には太すぎて持てそうにない持ち手

こういうのはレプリカを入れておくものだが

戦鬼の怪力を感じさせるには十分だった


さらに横にはラゴーウンを称える唄が書かれてあった


 ラゴーウン ラゴーウン 首切り飛ばし

 ラゴーウン ラゴーウン 突き刺し進め

 真っ赤な大地踏みしめ魔族

 英雄ラゴーウン 皆続け


さすがにここで歌うことはしないが…

ここまでで、間違いなく英雄扱いされているとわかった


「すごい魔族だったんですね…」

「はい、魔族の誇りです」

「後は…見てないものは無いですか?」

「そうですね…歴代魔王様の肖像画はまだです」

「それはぜひ見ておきたいですね!」


アユミの中身は25歳男だが

まるで子供のようにワクワクしていた


***


「ここが歴代魔王様のコーナーです、現魔王のゼログニ様以外は

ここに肖像画があります」


初代の魔王から順に見ていく、だが次代の顔が似ていない

さらに、昔は妙に在任期間が短いように思える


「ひょっとして、魔王は世襲制ではないのですか?」

「そうです、民衆の人気や、優れた魔力、英知を披露する事で

選ばれる事もありますが、基本的にはより力の強いものが

自然に表舞台にでてくるものです。そこに子孫などは関係ありません」

「そうですか…」


代を重ねるごとに在任期間が延び80年を超えるようになっていった

カリスマでまとめ上げ、安定した政治をしたのだろう

それは人間との戦争に集中できるということで複雑な気分だが


「さて、これで全部見て回りましたが、満足しましたか?」

「はいすごく…ありがとうございます」

「それはよかった。では博物館を出て昼食にしましょう」


***


博物館入り口そばの噴水に2人とも座っている


「では今日もマナポーションを飲んでください」

「はい…」


昨日と同じブドウ味のゼリー、こうしてゆっくり味わえば

ちゃんと美味しく頂ける。それにしても今日は魔法を撃つテストを

するわけではないのに、なぜ飲まされているのだろう?


「ドールさん、今日はどんな魔法のテストをするのでしょうか?」

「今日は、魔法を使わずにマナポーションを飲み、尿を採取するのが

目的です。出したくなったら言ってください」

「はぁ…うっ、ちょっともよおしてきました…」

「ではさっそく」

「ちょっ…ここでですか!?」

「何か問題でも?」


躊躇なく便壺を取り出すドール、昨日も衆人環視の状態でやったのに

連日やったら「白い痴幼女」と呼ばれてもおかしくない


「えーっと…そう! 向こうの路地裏でやりましょう!

別にどの場所でやってもいいんでしょう!?」

「…そうですね、その位なら良いでしょう」


***


「では…ここで」

「はい、どうぞ」


喧噪が遠くに聞こえる場所で響く水音、少ない知人だけなら何とか頑張れる

ここにベロ博士がいなくて本当によかったと思う


「今日の予定はこれで以上です、帰りましょう」

「はい、ありがとうございました」


ここに呼び出されて以降、はじめて有意義な一日を過ごせた

そう思いながらドールの手を取ろうとした時


「ハァ…ハァ…シンゾー…」

「…えっ?」


振り返ると、細身の男魔族がいた。どうも様子がおかしい


「シンゾー…クワセロォ!!」

「ヒィッ!?」


男が二人に襲い掛かった。躱すことはできたがドールと離されてしまう

そして男はアユミの方を向いた


「シンゾー…クワセロォ!!」

「う、ウワァー!」

「アユミ!」


アユミは全力で逃げ出した、下り坂なので自然に港の方面に足が向かう

昨日のマラソンの効果か、効率よく足を動かせている

加えて何故か魔族の男は四つん這いで追ってきた


(なんだかよくわからないけどチャンスだ! あの姿勢では下り坂は速く走れないはず

このまま港に行って、脱走に必要な情報をたまたま入手しても怪しまれないだろう)


***


港の壁際に隠れながら魔族達の話を盗み聞き


「最近、大陸の方はどうだ?」

「人間共のゲリラ活動が活発でな…川岸の拠点は捨てるかどうかの瀬戸際に立たされている」

「そんなに苦戦しているのか、こちらもゲリラ…そういえば隠密できるやつは少なかったな」

「ゼログニ様が出撃なされれば士気も上がって一掃できると思うんだが…されんのか?」

「明後日の船で出られるが、川岸へ行かれるかはわからん」


よし、十分な情報だ


「シンゾー…クワセロォ!!」


ちょうど良いタイミングで見つかった


「う、ウワァー! 助けてくださーい!」

「はぁ!? な、なんだお前!?」


我ながら棒読みがすぎると思ったが、足は止めない

このまま船に乗り込んでやり過ごそう

ドールが来た後に謝れば殺されることはないはず


そう思い、タラップに足をかけた次の瞬間

アユミの体は何者かに抱え上げられた


「どーうどーう、ハッハ! じゃじゃ馬め~!」


アユミは訳も分からず足をバタバタとさせていたが

右肩に担ぎ上げられると、絶望的な状況と感じ、動きを止めた

もし、このまま投げ落とされたら…


「クワセロォー!!」

「ふん!!」


アユミを担ぎ上げた男は、反対側の手だけで、向かってきた男魔族を掴んで投げ

海へと落としてしまった


「あまりがっつくとモテないぞ~、少し頭冷やしとけ~」

「ゼログニ様! そんな汚らわしい人間をお抱えになるとは!」

「フッ、こいつは俺の獲物だ。俺がどう扱おうが勝手だろう?」

「ぎょ…御意に」


周囲にいる船乗りらしき男魔族が、向かって一礼した

ゼログニ…という名前には聞き覚えがあった


「ま、魔王ですか…?」

「よく知ってたな? 俺が魔王ゼログニだ」

「ヴッ…」


アユミはショックのあまり全身が硬直した。ゼログニは

それに構わず商業区域へと歩き出した


***


道中、追ってきたドールと合流した


「アユミ…ゼログニ様!」

「ん、お前はベロ博士んとこの」

「覚えてて下さり光栄です。その…アユミはベロ博士の研究対象なのです」

「おっそうか、じゃあ後は任せたぞ」


そう言うとゼログニはアユミを肩から下ろした。その時アユミには

はっきりとゼログニの顔が見えた。思ったより若く見える

細マッチョのショートヘアイケメンである


「アユミ、大丈夫でしたか?」

「ドールさん…僕、生きてる?」

「はい、生きてます」

「…ふぅーっ」


息を吐いて、改めてゼログニの方を見ると、商業区域の魔族が集まっていた

王族にありがちな、威厳や権限を振りかざす感じは全くなく

どちらかと言えばファンクラブに近い印象だ


「あれが…魔王…」

「新進気鋭と揶揄される場合もありますが、戦闘能力とカリスマ性は本物です

それはそうと、無茶な行動は慎んでください」

「はい…すみませんでした」

「では、帰りましょう」


今度こそ手を繋いで帰る。まさか魔王に担がれるとは

何でその時殺さなかったと人間達に総ツッコミされる未来が目に浮かぶ


***


手術室に戻ってきたが、ベロ博士は機嫌が悪かった


「遅い! どこで油を売っていた!」

「す、すみません…」

「博士」

「なんだ!」

「アユミの尿を採取しました

アユミが第四世代に襲われました

アユミがゼログニ様の肩に担がれました」


ベロ博士は右手で自分の額をおさえ、左手のひらをドールに向けて

考え込んだ後、口を開く


「…わかった、尿をよこせ、それと今ここでも尿を出して

飯食って寝ろ! 明日からまた実験だから覚悟しておけ!」

「はい、すみませんでした…」


許された…? いや、魔王の名が出たから仕方なくであろうか

「第四世代」という知らない言葉が飛び出したが

アユミは今、何も考えずに夕飯を食べたい気分だった


***


いつもの肉野菜炒めを食べている最中、ロザから唐突に話を切り出された


「アユミ、ゼログニ様の肩に担がれたんだって?」

「ングッ…もう知ってるんですか」

「そりゃ島だからね、知れ渡るのは早いさ。それでどうなんだい?」

「えぇ…事実です」

「やっぱりそうかい! うらやましいわぁ~」


アユミの少し苦手な、噂好きのおばさんのノリである


「若い女子の間じゃ、「魔族と人間の禁断の恋!?」とか大盛り上がりよ?」

「いやー…ありえないですよ、僕幼児の体じゃないですか」

「そう? 肉体年齢なんて、関係ないと思うのが普通よ?」


そういえば博物館で見たラゴーウンは254歳まで生きていた

寿命が長い分、人間と価値観が違うのかもしれない

15歳程の体になるまで待って娶って…? いやいや無い無い…


「…プフッ、冗談よ。アユミが可愛いから、からかってみたくなっただけよ」

「もう、やめてくださいよ…」


赤面しながら急いで食べて、待っているドールのもとへ行く


「禁断の恋ですか」

「ささっ、早く帰りましょう」


ドールを押して食堂を出た


***


いつもの独房内で寝る前の実験タイム。今回は空の銅の洗面桶を両手で持って

ヒートハンドを使い続け、融点までいけるかを試す。もし途中で誰か来たら

洗面桶を石床に置いてコールドハンドを使えばいい


「むぅ…」


1000度以上なので、さすがに時間がかかるが徐々に赤く光ってきた

ふちを掴んで慎重に力を入れると、粘土のように曲がった

それを確認した後、両手の平で慎重に元の角度に戻しコールドハンド


「…よし」


少しズレはあるが、この程度なら製造時の誤差で片付けられるだろう

これで牢を熱で曲げて出られる。鉄製だから融点は高いだろうが

頑張ればなんとかなりそう。全ては明後日である


「さて、寝よう…ん?」


にわかに下の階が騒がしくなった。奴隷が暴れているのかと一瞬思ったが

乱暴な言葉は聞こえてこない…ほどなく魔族が2人上ってきた


「ヴッ…」

「よう! また会ったなぁじゃじゃ馬!」


ゼログニがやってきたのだ。後ろにはリークルが控えている

それを見たアユミはベッドを出て土下座した


「んー? フッ…苦しゅうない、面を上げよ」


それを聞いたアユミの姿勢は、普通の正座になった


「魔王がこんな所に来て良いんですか…?」

「許可は俺が出した」


不敵に笑う。また変な噂を立てられるから勘弁してもらいたいのだが


「それで、何の御用ですか」

「なーに、俺の精を受けて生き残ったお前がどんな気持ちかを聞いてみたくてな」


リークルが無言で椅子を一脚用意し、ゼログニがそこに座る


「精…まさか強化兵士量産計画の?」

「そうだ。受精に使う精液には、最も優れた魔族のが選ばれる

つまり、魔王であるこの俺のがな」

「勘弁して下さい…」


アユミはうなだれた。それが本当なら恋どころの騒ぎじゃない


「無理やり産まされて、すんごく痛かったんですからね!」


リークルは目をそらし、ゼログニは肩をすくめる


「異世界から呼び出され、娘に変えられ…さぞ恨んでおるだろうな?」


異世界…やっぱりここは地球とは違う場所だったと確信に至る。しかし…


「いえ、僕は…魔族を恨んではいません」

「ん? 嘘はよくないな」

「嘘じゃないです、相手を恨めないんです。そういう病気なのです」

「ふむ。聞いたことのない病だが…まぁいい」


「強化兵士量産計画を進めているということは…やっぱり人間を

皆殺しにするつもりなんですか?」

「奴隷にはするだろうが絶滅させる気はない。人間がしつこく攻撃を続けている内は

別だがな、さっさと降伏してもらいたいものだが…」

「人間は諦めが悪いものですから…全人類の半分を一気に殺すくらいの

決定的な力の差を見せつけないと、降伏はしないと思いますよ」


過去に日本に落とされた爆弾を思い浮かべながら言った


「…外見に似合わず、恐ろしい事を平然と言うのだな」

「僕が特殊なだけですよ、普通の人間はこんな事言いません。それに

こんなナリですが、僕は25歳の男性ですよ」

「フッ…そうであったな」


ゼログニは苦笑した。一方アユミには一つの考えが浮かんでいた


「魔王ゼログニ…貴方のような方が人間を支配するのも…有りかもしれません」

「なんだと?」

「より強い者が世界の覇権を握り、民衆に秩序と平穏を与えられれば

それが魔族だろうが人間だろうが…」

「…リークル、本当に洗脳はしていないんだな?」

「はい、アユミは何というか「素直」で…」


思っていることを口にしただけで困惑されてしまった

しかし、うつ病の歩見には見慣れた反応でもある


「ま、俺が覇権を握っても悪いようにはしない。ではそろそろ…」

「あ、一つ聞きたいことがあったのです」

「…いいだろう、何が聞きたい?」

「強化兵士量産計画、わざわざ僕を呼び出さなくても、男の奴隷なら

下の階に大勢います。何故僕が選ばれたのでしょうか?」


研究成果にも書いておらず、ベロ博士にも聞きそびれていた事だった

魔王だから専門家ではないだろうが、概要くらいは知っているかもしれない


「…この島の博物館には行ったか?」

「はい…そこには書いてなかったはずですが」

「いや、予習しているならいい。歴史のお勉強といこうじゃないか」


そう言うとゼログニは椅子に座り直した、リークルは乗り気ではない顔をしたが

アユミは期待からか、自然に前のめりになっていた


***


「アユミと言ったか…お前の問いに答えるためには、隠しのない魔族の歴史を

理解する必要がある。あの博物館には基本的に「見せたい物」しか飾っていない

嘘をついているわけでは無いがな」

「…いいんですか? 人間の僕にそんな話をして」

「軍事機密を言わなければ平気さ。それより、魔族の歴史を知りたがる人間というのは貴重だ

今のうちに抱き込んでおくのも悪くない」

「歴史はゼログニ様の趣味です」


リークルに指摘されたゼログニは、それでもいい笑顔になり語りだした


「そもそも魔族と人間は、ここまで敵対するような関係ではなかったと

記録されている…事の起こりは200年程前、魔族の土地で大飢饉が発生してな

人間の国に食料援助を求めたが断られ、買おうとしても相場の10倍ふっかけられ

身売りする奴や盗賊になる奴が続出…おかげで「卑しい青人」だの「臭い青肌」だの

ひどい差別を受けて奮起した…というのが戦争の始まりだ」

「うわぁ…この世界でも人間は差別をするんですか」


「魔族領と人間領を分ける「ヒュージリバー」という川を挟んで両軍は対峙した

橋はあったが早々に爆破されたので、上流に岩を投げ入れて流れを弱めてから

魔法で凍らせ、道を作って侵攻する方法が取られた。しかし…地形的に不利な事と

人間は魔族特効の光魔法を使えたから半年程は一進一退が続いた」

「むむ…でも魔族の方が力強いから何とかなりそう」


「川全てを見張り続けるなど無理だからな、水深の浅い場所から遊撃隊が侵入し

徐々に川の戦力を削っていき、食料が尽きる前に何とか川向こうに拠点を築き

橋も復旧することができた…そこからは速かった、食料を奪いながら進軍し

町や村を連続して制圧し、後は首都を残すのみとなった。当時の魔王ヒュプリノウは

人間族の王に降伏勧告を行い、後は返答を待つだけだった」


「え、そのまま攻め滅ぼしたりしなかったんですか?」

「あのな…俺達魔族は蛮族じゃない。最初から人間の命など興味は無かった

ただ食料と、不当に下げられた尊厳を高めたかっただけだ…しかし

アユミのその疑問が出るのも当然か、歴史家の間でも魔王ヒュプリノウは

「攻め滅ぼさなかった愚かな王」と不遇な扱い…だがそこまで

愚かという訳ではないと、俺は思ってるがな」

「はぁ…」

「ただ見抜けなかっただけだ。人間族が「異世界召喚」という秘術を会得していたことをな」


「異世界召喚、それは一体…」

「人間族が天の使いと何らかの契約を結び、こことは異なる世界から

人間を呼び寄せる術だ。問題なのは呼び出された人間には

老若男女問わず「チート」と呼ばれる奇妙な能力が与えられている事だ」

「チート…」


あの大天使さんが頭に浮かぶ


「チートは「健康な肉体」を基本能力に、あとは千差万別だった

剣先から雷を出したり、触れたもの全てを腐食させたり

巨大な自立人形を量産したり、鉄より硬い肉体になったりと…

そんな化け物じみた連中を人間達は「勇者」と呼んでいた

連日新しい勇者を呼び出すもんだから戦況はどんどん悪くなっていった」

「はぁ…」


そういえば「魂の不正受給」とか言っていた気がする

人間族の方は不正ではない?


「そんな時、前線の総大将だったラゴーウンは不利を悟るや否や

全軍に退却命令を出した。勢いづいた人間軍を捌きながらヒュージリバーまで

引き上げる任務を見事にやりとげ、唄にもなった。あの歌詞では

攻めている様子だと勘違いされやすいが、実際は退却中だったわけだ」

「引き際を見極めるのは攻める事より難しいです、どちらにしても

ラゴーウンは英雄ですね」


「フッ…ヒュージリバーの橋を再び爆破し、戦線を立て直そうとしていたが

別方向から獣人族の一派が側面攻撃を仕掛けてきて総崩れとなった

人間族の王から、味方したら人権を与えてやるとそそのかされたらしい

そのせいで、オーク族とサキュバス族以外とは遺恨を残す事になった」

「オークとサキュバスは…?」

「元から同盟関係で、魔族軍にも加わっていた者たちだ…しかし、オークはほぼ絶滅

サキュバスも大きく数を減らし、弱体化を余儀なくされた」


リークルの顔が曇る


「今度はこちらが首都に立てこもるハメになった。だが降伏勧告などはなく

唐突に勇者達が攻め込んできた」

「えっ、無茶苦茶な…」

「功を焦って抜け駆けしたと予想するが、詳しい事情はわからん

普通は単身突撃なぞ自殺行為に近いのだが…勇者達には戦争の常識が通用せず

そのまま城を蹂躙していった。進退窮まった魔王ヒュプリノウは最後の手段として

自らの命と引き換えに広範囲破壊魔法を使い多くの勇者達を道連れにした」


アユミは聞き入っていた、魔族のことだから脚色はあるかもしれないが

必死に生き抜こうとしていた気持ちはわかる。勇者という名の絶望も


「首都陥落後、最後に残ったのがこの島…オグホープだった。ここは絶海の孤島

大陸から最短経路でも船で丸一日かかる場所だ。城壁は昔からあり

畑で自給自足もできていて、魔族にとって最後の希望と呼べる場所だった

さすがの勇者達も、この長距離を船無しで突破することは…いや

一度だけ、海の地下をチート能力で掘って攻め込もうとした時があったな」

「えっ…地下を!?」


本当に何でもアリのようだ


「詳細は教えられないが…地下を探査できる魔法が無かったら危ないところだった

開通寸前の場所に、総出でヘルファイアを撃ち続けるという力業で撃退したと

伝えられている。衝撃で海水が噴出したので、後に整備され噴水となった

博物館入り口そばの噴水がそれだ。人間を侮ってはいけないという教訓を形に残している」

「へぇ…あの噴水が…それで、人間達に反撃は…?」

「いや、反撃はせず180年間はこの島で守りを固め研鑽に励んでいた

「異世界召喚」の再現を試み、成功までこぎつけた」

「そんなにも…」

「人間の寿命はせいぜい80歳程度、やがて攻めるのをあきらめていった

代替わりもしただろう…恨みを忘れぬ魔族を除いて…な」


ゼログニの眼光が一瞬鋭くなり、アユミの背筋が凍る


***


「ここにきてようやくお前の問いに答えることができる

何故「強化兵士量産計画」に「異世界召喚」が併用されることになったか」

「はい」

「「異世界召喚」の再現には成功したが、召喚されるのはいつも人間で

魔族を召喚することはできなかった」

「はぁ…僕の世界には魔族がいないので。いないものを呼び出すことはできない

ということなのでしょう」

「ふむ…サキュバス族による対策のお陰で、人間が召喚されても隔離して大人しく

させることはできたが、さすがに魔族軍に配属させることははばかられた

「異世界召喚」は無用の長物になりかけていた…ベロ博士が

「強化兵士量産計画」を推し進めるまでは」

「ベロ博士ですか?」

「人間に魔族の子を孕ませ、母体の栄養素を奪って急成長させるという部分だ

どうやらチート能力も奪えるとわかってな」

「それは…すごい」


今までチートでブイブイ言わせていた人間が、今度はチートに苦しむことになるとは

因果応報というか…今の話だと自分も何らかの能力を奪われたのだろう

しかし奪われた後に大天使さんから能力を授かることができたのは不幸中の幸いだった


「近年では、もう人間を誘拐して奴隷にすることもなくなり

ガンガン「異世界召喚」してどんどん産ませて精鋭部隊を編成し、徐々にではあるが

領土を取り戻しつつある…人間は元居た土地を奪われたと思い込んでるだろうがな」

「そういう事…だったんですね」

「む…他に言うことは無いのか?」

「へ? はい、ご教授いただきありがとうございました」


「異世界召喚」の再現方法は教えてはくれないだろう。しかし有益な話は聞けた

もはや人間だけの専売特許ではない。人間と魔族の戦力は拮抗してて

差は殆ど無いだろう。今後どうなるかはわからないが


「…お前と話すのは中々に楽しめた。また会うことがあるかもしれん

それまで壮健でな」

「はい、おやすみなさい」


ゼログニは立ち上がり、階段を下りて行った

リークルは椅子を片付け、後に続いた


「ふー…」


アユミはベッドに寝転がった。ベロ博士に連日酷い目にあわされているだけで

話せばわかる魔族もいる…と一瞬思ったが、ゼログニのカリスマ性が

そう思わせているだけかもしれない。人間と魔族の溝は深い


しかしアユミは珍しく笑顔になっていた。追い回された事も含めて

有意義な一日だった


明後日になればヒートハンドと透明化で牢破りをして

船で島を脱出できる、出航時間は…丸一日かかるなら恐らく早朝になるだろう

殆どぶっつけ本番になるだろうから、不可能な時はスッパリ諦めて

次の機会を待たなければ…実験用モルモットである事実は変わらないが

魔王お気に入りのモルモットという属性が追加された、これは重要である


「こういう時は、あまり悩まないほうがいいね…寝よ寝よ」


ちゃんと便壺に出してから就寝、もう慣れたものである


***


「奪われたチート能力を返せ、と言われるかと思ったが…

本当に恨むことがないのか…しかも異世界には魔族がいないと自ら言うとは

人間がアユミのようなやつばかりなら交渉もできただろうになぁ」

「ゼログニ様、お戯れは程々に」

「…わかっている、精液抽出作業は頼むぞ」

「お任せを、一緒に気持ちよくなりましょう…」


***


「間違いない、あいつはマナポーションの魔力を一切吸収していない

それどころか凝縮して上級マナポーション並みの成分にしている!

驚くべき生態だ…マナポーション製造工程に革命が起きるぞ」

「では毎日マナポーションだけを飲ませ続けますか?」

「いや、今はいい…不純物を取り除く工程を確立させるまではな

それより、明日は第四世代の連中をホールに集めて一芝居打つ

あと使えなくなった人間も準備しておけ」

「承りました」

「いやーあいつのおかげで実験がモリモリ進む。毎日楽しいな!」

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[良い点] ワクワクしながらじっくり読ませてもらってます。 まさにこういうのが読みたかったと思いながら読み進めて恐る恐る一端目次を開いて一番下に映る最終話の文字と沢山の話数の安心感と嬉しさたまんないで…
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