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4話 被検体生活2日目

「アユミ、起きるのです」

「んー…」


ドールが起こしに来た

昨日は天井近くの小さな格子窓に気付かなかったが、わずかに日が差している

アユミはベッドの上でぺたんこ座りになったが、まだ頭がぼんやりとしている


「ベロ博士がお待ちかねです。さっさと朝食を食べに行くのです」

「あー…おはようございます」

「…はい、おはようございます」


ドールは箱の中を確認し、持ち上げながらアユミの手を引いて

監房を出て食堂にやってきた


「ロザさん、肉野菜炒めをお願いします」

「はいよー!」

「ではベロ博士に報告してくるので、食べてて下さい」

「わかりました」


ほどなく、肉野菜炒めが来たので食べ始めた

他の魔族もいるが、怖いので目を合わせず料理しか見ない

最初にカウンター席に案内されてよかったと痛感する

以降も、長テーブルの方で食べる気は無い


***


食べ終わり、迎えに来たドールに手を引かれ、兵士達の詰所にやってきた

今日は多くの魔族達が思い思いのトレーニングを行っている

その様子は、ルームランナーが無い事を除けばトレーニングジムそのものであった


そこを通り過ぎ、屋外の運動場に出た。地面はほとんどが土である

ランニングやサッカーで汗を流す魔族達が見える

その一角にキャリーカートを引いたベロ博士がいた


「やっと来たか、待ちくたびれたぞ」

「す、すみません」

「まぁ良い、ドール! この腕輪をこいつにつけろ」

「承りました」


アユミの右手首に腕輪が着けられた。採血に使ったのとは別の物だ

その間にベロ博士はキャリーカートの中身を展開し、妙な装置を出した


「まずは運動能力のテストだ。その腕輪を着けたまま全力で走り回ってこい

運動情報は腕輪から自動的に転送される」

「えっと、どこを走れば…」

「そんなもん適当でいい! あそこに走ってる連中がいるからついていけ!」

「は、はい、行きます」


運動場の外側には、所々に木の柵があり、その周囲を反時計回りに走る流れができていた

アユミもそれにならい走り始める、なぜ人間がここにいるのかという

無言の圧力を感じたが、ベロ博士のせいだと心の中で言い聞かせ、走る


***


全力は出しているつもりだが幼児の体なので、速度はたかが知れている

しかし、全く疲れない。加えて裸足で走っているのに全く痛くない

大天使から与えられた「健康な肉体」の恩恵を改めて感じた


その時、突如ドールが後ろから猛ダッシュしてきてアユミの腰に縄を付けた


「ド、ドールさん!?」

「博士は全力かどうか疑っておられます。このまま引っ張るので

もっと速く走りましょう」

「ちょ、ちょっと…うわぁ!」


ドールは縄の先を持ったまま、魔族達と変わらぬ速さで走り始めた

引っ張られるから楽ができる? 否、バランスを崩せば転んで引きずられる

アユミは必死で足を上げ、小ジャンプを繰り返す感じでついていった

その様子を見ていた魔族は


「あぁ…ベロ博士の玩具ってわけか」


少なからず同情の念をいだいたようだ


***


「よーし! もういいぞ、戻ってこーい!」


30分は走っただろうか、自分は平気だがドールは関節が軋みだしていた


「私なら、後で部品交換すればいいのでお気になさらず」

「そうだ、今はお前の情報を収集するのが先だ

どうやら…「健康な肉体」の恩恵はしっかり機能しているようだ

これは初めて見たわけじゃないオーソドックスな種類の能力付与だが

出産で根こそぎ栄養を奪われた後でもこんな芸当ができるとはな」


つまりトレーニング次第で魔族と肩を並べて走る事も可能

非力な幼児である現状に甘んじる必要はないと、希望が持てる

トレーニングさせてくれるかは別問題だが…と思ったところで


「すみません、トイレに行きたいのですが」

「トイレ? お前は持ってきた便壺にしろ」

「えっ…こんな皆見てる中で!?」

「別に減るもんじゃないし、いいだろう?」

「ううぅ…」


箱を開け座る、今回は便もした

その一部始終を運動場の全員に見られている感覚

昨日看守に見られた時とは比べ物にならない恥ずかしさだ


***


木ベラでお尻を綺麗にし、ようやく羞恥に耐える時間は終わった

昼飯時になったらしく、運動場にいる魔族は少なくなっていた

アユミの腹も減り始めた


「よし、次のテストだ。お前のいた場所では「魔法」はどういう存在だったかね?」

「魔法は…空想の存在でした。代わりに科学が発達してましたが…」

「そうか…魔法と科学の併用もできない世界とはな…当然お前も魔法を使ったことはないと」

「はい」

「よろしい…だが今のお前には魔族の魔法を使える可能性がある」

「僕が…魔法を?」

「「魔族の」だ。お前に使った成長促進剤の成分には魔族の血と精液が含まれていた

それが体に馴染んだら魔力も宿るかもしれない…あくまでも可能性の話だ

お前は初めて生き残ったのだから実際に使ってみるまでわからん」


そう言うとベロ博士は立ち上がった。話の間にドールが5メートル離れた位置に

木の杭を打ち込んでいた。それに向かって魔法を撃つのだろう


「まず私が手本を見せよう、よく見ていろ」


ベロ博士は真っすぐ右腕を伸ばし、手のひらを杭に向けて意識を集中した

すると何もない所から小さな火が出現した


「いくぞ…ヘルファイア!」


次の瞬間、火が手のひら大まで膨張し、杭に向かって発射され

上部表面を黒く焦がして消えた

アユミはその様子をワクワクしながら見ていた


「おぉ…!」

「よし、やってみろ」

「はい!」


自然に良い返事をしたアユミが、同じように右腕を伸ばした

手のひらがポカポカしてきた。なんだかいけそうな気がする


「ヘルファイア!」


ポフッ!


線香花火並みに小さな火の玉が発射され、杭に届かずに地面に落ちて消えた

アユミはしばらく固まっていたが、ベロ博士が噴き出すと同時に我に返り


「も、もう一回! もう一回やります!」


今度は仁王立ちになり、両腕を伸ばし、思いっきり息を吸い込んで


「ヘールファーイアァァー!!」


ポポポポポンポン…ポフッ


まるで手のひらからポップコーンが飛び出ていくような光景に

アユミはうなだれ、ベロ博士は堪らず笑った


「ブッハハハ! な、なんだそれは…それで本気かハッハハ!」

「はい…」

「フーフー…あー諦めるのはまだ早い、普通の魔族でも

増幅器を持たないとうまく発動できないやつは結構いる…こういう杖とかな」


言いながらキャリーカートから金属製の杖を取り出し

先を杭に向けて、集中した


「ヘルファイア!」


今度は直径50センチ程度の火球が杖の先から発射された

命中した杭が激しく燃え上がり続けている


「博士、やりすぎかと」

「おっ、そうか…アイスコフィン!」


今度は中空に先を向けて念じた。すると杭の真上に巨大な氷塊が現れ、そのまま落下した

その衝撃で杭は少し埋まり、外側が少し欠けたが、火は解けた氷と風圧で消えた


「すごい…」

「さ、次はお前の番だ」


ベロ博士から杖を手渡され、アユミは再び期待した

ボロボロになった杭に杖の先を向けて叫ぶ


「ヘルファイア!!」


ポン! …ボトッ


今度は親指大の火の玉が出たが、勢いがなく地面に落ちて消えた

…まだ想定内だ、ヘルファイアは苦手でもアイスコフィンならうまくいく可能性も


「アイスコフィン!!」


シュー…


何も出ていない…いや違う、杖の先から出ている氷が小さすぎて

すぐに溶け、霧吹きのようになっているのだ

それに気付いたアユミはふくれっ面になりプルプル震え、やがて

うなだれて四つん這いの姿勢になった


「コレジャナイ…コレジャナイ…」

「ふーむ…本気でこの結果か…まぁいい、昼飯の時間だ」


ドールに杭の片づけを命じ、アユミを連れ詰所室内に引き返していった


***


詰所の一角でベロ博士は肉を挟んだパンを食べながら測定結果を確認している

まだアユミには何も出されていない。先ほどから空腹感がひどい


「お前は今、腹が減って仕方がないはずだ。「健康な肉体」により

凄まじい持久力を発揮できるが、発揮した直後に強い空腹感に襲われる事は

前例があり、分かっていたことだ。飯は後でちゃんと出すから心配するな」

「はい…」


そう言いながらもベロ博士は肉パンをかじるのをやめない

やがて片付けが終わったドールが戻ってくると、「マナポーション」の用意を命じ

取りに行かせた


「さて…人間のお前でも、魔族の魔法が使えるようになっていた

威力の弱さに嘆いていたようだが「使える」という事自体が重要なのだ」

「はぁ…」

「本来は睡眠をとれば魔力は自然に回復していくものだが

出産で栄養だけでなく魔力も根こそぎ奪われ…出がらし状態になったのかもしれん」

「で、出がらし…」

「そこで、午後からはマナポーションを併用したテストを始める

一口飲んだらヘルファイアを放つ、この単純動作を繰り返してもらう

うまくいけば、放出された魔力量がその腕輪で記録される

マナポーションは低級のものだが無駄にはするなよ?」


「ベロ博士、準備できました」

「よし、外に出るぞ…どうした?」

「は…腹が…」


あまりの空腹感でハイハイ移動しかできなくなっていた


「仕方ない…ドール、背負ってやれ」

「了解しました」


***


アユミは外の、先ほどの位置でボーっとぺたんこ座りしている

ドールはその横でポーションを渡す補助に回り

ベロ博士は5メートル離れた位置でキャリーカートを展開し観察している


「よーし、飲んでいいぞー!」

「ふぁーい…」


それは薬というより、ゼリー状のブドウ味ジュースという食感だった

腹が減っていたアユミは飲み干そうとするが


「飲んだらすぐ撃てー!」

「んぐっ…ヘルファイア!」


我に返り右手を突き出す、しかし、やはり線香花火程度の威力


「次だ! すぐ飲めー!」

「んぐっ…ヘルファイア!」


腹は満たされるが、想像以上にきついテストだった


***


5分後


「ドール! 腕輪に異常はあるかー!?」

「正常に稼働しています」


一口飲んだらヘルファイア、言われた通りに繰り返していたが

線香花火程度から全く進展しなかった。それどころか

飲みすぎからか、気持ち悪くなってきた

お腹もパンパンである


「は…博士…もう…」

「どうしたー! 数値に変化はないぞー! もう一発!」

「んぐっ…ヘルファイごぶっ…」


アユミは吐いて倒れ、気絶した


***


見覚えのある天井、そこはベロ博士の手術室、前日と同じように

アユミは手術台のようなベッドの上に寝かされていた

新しい鍼灸ワンピースを着せられ、腕輪は外されていた


「アユミ、気が付きましたか」

「ドールさん…ベロ博士は?」

「博士は別の用事があって出かけられています」

「そうですか…はぁ」


心配などしてくれるはずもない…わかってはいたがため息が出た

お腹が膨らんでいない…どうやら気絶中に出してしまったようだ

もはやどうでもよくなってしまったが…


「今日の実験は終わりです。夕飯を食べに行きましょう」

「はい…」


頭痛で食欲はあまりなかったが、ドールに連れられて出た

外はもう日が沈み切っていた


***


「どうしたのさ、そんなにため息ばかりついて」


料理を待っている間、ロザにそう尋ねられた

いつのまにそんなにため息をついていたのだろうか


「うーん…例えば…ですけど…魔法が全然使えない魔族って

いるんでしょうか…?」

「そうねぇ…全く使えないっていうのは聞いたことはないけれど

魔法に頼らなくても活躍してたお方ならいるわ。「ハルベルトのラゴーウン」とかね」

「ラゴーウン…その方は?」

「怪力でもって、幾多の人間の首を落とした事で「戦鬼」と呼ばれた

私たちの英雄よ。もう老衰で亡くなられたけれど、唄になって語り継がれているわ」

「そうですか…使わなくても…そういう方が…」


「…はい、出来たわよ。召し上がれ」

「ありがとうございます。いただきます」


魔法が無くても何とかなると思ったら、少し気が楽になった

そもそも使えないのが当たり前だったのだ

新しい概念に振り回されている自分に苦笑した


それとともに、魔族の歴史にも興味が沸いた

魔族の英雄とか、人間にとっては悪魔そのものだろうが

違った見方ができれば、この世界を正しく理解できるかもしれない


***


食べ終わり、ドールに手を引かれ監房に戻る途中で聞いてみた


「ドールさん、魔族の歴史の本とか…読めませんか?」

「えっ…どういうつもりですか?」

「い、いえ! 無理なら諦めます、ハイ」

「…そんな事を言い出す人間は、今まで見たことがありません」

「そうですか…そうですよね…」


ここでは人間は皆奴隷、そういう発想をする人自体いないと

少し考えれば分かりそうなもの…非常に気まずさを感じた


***


独房内に戻ってきたアユミはベッドに寝転がりながら

今日の出来事を思い返す


幼児の体にとっては非常識なまでのマラソン

衆人環視の状態での排便

テストと称して吐くまで飲まされたマナポーション


…今日も実に実験用モルモットらしい一日だった

今からでも「これは夢でした!」と、誰か言ってくれないものか


「魔法もなぁ…あいすこふぃーん」


指先から銅の洗面桶に向けて霧が噴射され、露となって流れ

やがて一口くらいの水となった


「非常時の飲み水に…なるかなぁ?」


洗面桶を手に取り味を見ようとして口をつけ傾けたが、一向に流れてこない

おかしいと思い水を触ってみると…氷になっていた

アイスコフィンの時間差発動であろうか?


「なんだこれ…実験しなければ…」


看守の足音を気にしつつ、毛布を目深にかぶって洗面桶と水差しを手元に置いた

洗面桶に水を張り、手から冷気が出ているとイメージしながら

桶に触れてみると、一瞬で氷の板となってしまった


「つまり…」


今度は手から熱気が出ているとイメージしながら

桶に触れてみると、氷が一瞬で溶けて沸騰し、大部分は蒸発した


「おぉ…!」

「うるさいぞ! 何をやっている!」

「ハッ!? す、すみません…水が欲しいのですが」

「水ぅ~? しょうがねぇなぁ…水差しを貸しな」

「あ、ありがとうございます」


特に怪しむことなく、持ってきてくれた

実験はここまでにして、寝よう


思うに、直接触れることで熱を伝えることができたのだろう

さながら、ヒートハンドにコールドハンドといった所か

また、洗面桶に口をつけたが凍傷にならなかった。多分火傷も無効だろう

「出がらし」と呼ばれた自分になぜこんなことができたのかはわからないが

役に立つ能力なのは間違いない。「透明化」ともども

しっかり隠し通そうと心に誓い、毛布を被った


***


「まさかマナ酔いで倒れるとはな…あれだけ飲ませて数値に変化なしとなると

薬で魔法が撃てるように改善することは無いだろう」

「博士、アユミが気絶中に出した尿は確保しておきました」

「おお、よくやった…うん…? なんだこの成分は!?」

「非常に色の濃い尿だったので…やはり通常ありえないものだったのですね」

「どうやら…奴自身は素直でも、体のほうは曲者のようだな」


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