5>> 【 ロンナの知らない後日談 】
雨空の中を飛んだロンナは雨が弱くなる前に川を見つけてそこに降りた。そして丸太を見つけてそこに乗り、川を下った。
途中、壊れた船を見つけてそれに乗り換えたロンナは──船には穴が空いていたが足場にさえなればいいので気にしない──途中で見かけた街に立ち寄って一休みして、また船に乗ってそのまま海まで出た。高速で進む船に見た者は驚いたが、そんな人たちにロンナは笑顔で手を振った。
海に出たロンナは今度はちゃんと運行されている客船に乗り、学園の授業で知った『魔石を使う国』を目指した。その国は個人の魔法力は重視せずに誰でも同じように扱える魔石を使って生活する国だった。5属性の魔力を『魔力の総量』でしか見ないその国はロンナにピッタリだった。
その国でロンナは自分を『平民の孤児で貴族に育てられたが捨てられた』という事にして新しい名前を名乗った。
追手が来るかもしれないと考えて水魔法を使えることは秘密にしたが、親しくなった人にバレて色々起こったのはまた別の話。
自由となったロンナは幸せになった。
そして、ロンナが去った国では…………
ロンナが最後に放った『失禁魔法』に王侯貴族がブチ切れていた。ロンナが生きた街は“王都”だったのだ。
特に王妃様の怒りは凄まじく。直ぐ様始まった原因究明の動きにパーシバル侯爵家で起こった使用人失禁事件が紐付けられるまでに大して時間は掛からなかった。そしてそこからパーシバル侯爵家で起こっていた数々の問題と、そこから更に繋がる長女の元婚約者とその恋人に起こった問題から、調査隊は最重要人物がロンナであると結論を出した。
しかしロンナは既に居ない。
話を聞きたくても当人が居ない上に、ロンナの周りからの人物像は『魔力を一つしか持たない無能』というものだった。そんな者がこんな大事件を起こせるだろうかと調査隊は懐疑的だった。
そんな調査隊にパーシバル侯爵家当主のガレリオは全てロンナの所為だと騒いだ。
ロンナに潰された右目の視力は戻らず、ガレリオは眼帯を着けていた。無能だと思っていた娘に目を潰され、ワインで窒息させられそうになった。ロンナと話をしている時に気を失ったとガレリオは調査隊に訴えた。
ロンナを捕まえてくれ、と騒ぐガレリオに追随するように義母のキャリビナと義妹のララーシュもロンナが怪しげな道具を使ったに決まっていると騒いだ。キャリビナはロンナが自分の腕を壊したと泣いて調査隊に訴えたが、それをどうやったのか誰にも分からず、そんな事ができる道具の存在も調査隊には分からなかったので、キャリビナの訴えが嘘なのか真実なのかも判断できない状態だった。
兄であるアレックスは調査隊に何を聞かれても分からない、忘れたとしか答えなかった。ワゼロン侯爵にもソフィーナにも調査隊は話を聞いたが、どれもロンナの仕業だと決定づける証言にはならなかった。
そんな中、ロンナと最近喋った者としてダリス・リットン侯爵令息の話は信憑性があるとして調査隊は彼の話に耳を傾けた。
王宮魔法士団の団長の息子である彼の話は娘を虐げてきたガレリオの発言よりも信じられる。そんな彼が
「彼女の魔法を見せてもらったけれど、とても王都全体に放てるほどの力があるようには思えなかった」
と言った事により、ガレリオたちの証言がむしろ嘘なのではないかと思われるようになった。
ロンナが失禁魔法を使ったあの日、国の半分を覆うほどの大雨が降っており、湿度は80パーセントを超えていた。その為ロンナの魔力は限界まで広がり、被害が拡大していたのだ。
だがそれを理解する者はいない。
この世界の水魔法は他の属性魔法と変わらず『魔力から生み出されるもの』だった。ロンナだけが『そこにある水分を使う』使い方をしていたのだ。それがロンナの魔力には合っていたのだ。
前世を思い出したロンナだけが理解できる事だったが、この世界の人々にはまだ想像もできない事だった。一部の医師なら話を聞いて仮説を立てられたかもしれないが、調査隊の中にそんな発想ができる者は居なかった。
だから尚更、『ロンナにはそんな事はできない』という考えが広まっていった。
『侯爵令嬢が突如として姿を消した』
『荷物を持って出た形跡もない。姿を見た者も居ない』
『彼女は家で冷遇されていた』
『彼女は家族から虐げられていた』
『彼女は魔法がほぼ使えない』
『彼女は無能だった』
『そんな彼女を家族みんなが“犯人”だと言っている』
ガレリオやキャリビナがロンナに傷つけられたと騒いでも、調査隊からは懐疑心が消えることはなかった。
調査隊がパーシバル侯爵家に不信感を募らせながらも調査を進めている間に世間ではおかしな動きが出てきていた。
『王都中の人が失禁した』はずなのに一部の者が「自分は違う」と言い出したのだ。幼子が居る親などは子供に『おねしょをしてはいけません』と躾けていた手前自分がおねしょをしたとは言えずに嘘を吐き、プライドが高い者は自尊心を守る為だけに嘘を吐いた。
だがその所為で、失禁に対して怒っていた者たちが『自分は失禁しました』と発表したような状態になったのだ。そしてその中で、とある高位貴族の御婦人がやらかした。王妃様に対して
「わたくしはしなかったですけれど、王妃様はされたのですね」
と要らぬマウントを取ったのだ。ただでさえ恥ずかしいと思っていたところに格下の者に馬鹿にされたことで王妃様のプライドの傷がさらに広がった。
王妃様の怒りの頂点がぶち破られたことで身の危険を感じた王は動いた。
『王都中の人々の身に起きた問題は国を挙げて調査する』
と、全国民に向けて発表したのだ。
この事により『自分は失禁していない』という嘘は吐けなくなった。国王が『全員の身に起きた』と言ったのだ。それを否定する事はできない。
そしてその裏で密かにパーシバル侯爵家に罰が与えられた。
誰もロンナが原因だとは思っていなかったが王妃の怒りを鎮める為にも人身御供が必要だったのだ。
パーシバル侯爵家の罪は『児童虐待』であり、最悪『殺人』も視野に入れられた。ロンナが家出したようには見えなかった為に“殺してその死体を隠した”可能性が出てきたからだった。
ガレリオがあの時、ロンナの言葉を受け入れて絶縁状を書いてロンナのサインをちゃんと貰っていたならここまでの話にはならなかっただろう。そして義母と義妹が自分たちが昔ロンナに上げた物の中身などを覚えていれば、あの旅行鞄が無くなっていると調査隊に知らせることができたのだが、二人はロンナに平民用の鞄一式を上げたことをすっかり忘れていたのだ。その為にロンナは忽然と姿を消したような状態になっていた。
子殺しの疑いまで掛けられたガレリオは必死に違うと訴えた。ロンナが自分にした事を必死に説明したが、それを実行できる魔法士も居ないのに『無能な娘』がそんな事をできる訳がないだろうと思われた。
ガレリオやキャリビナやララーシュがロンナがしたことだと訴えても、ロンナが無能だ欠陥品だと言っていたのは誰よりもこの家族だった為に、3人の訴えは誰の耳にも止まらなかった。
3人は人知れず平民に落とされ、アレックスは療養所へと送られた。
王妃様は罰せられた者たちがいると聞いてやっと溜飲を下げた。国王は犯人探しがまだ終わっていない事を王妃に知られるなよと秘密裏に指示を出してフウと一息を吐いた。
最高級ベッドの替えはまだ届いてはいない。
ロンナが知らないところで元家族に起こった事をもしロンナが知ることになったら、流石のロンナも申し訳ないと謝ったかもしれない。まさか元家族が罰せられるとは思いもしなかったロンナは、実のところ自分が出て行った後の事など考えてもいなかった。
父ガレリオも何故こうなったのかと着慣れぬ平民服を着て毎日後悔し、義母キャリビナと義妹ララーシュはいつまでもロンナの所為だと喚いていた。
元婚約者のカッシムは実のところロンナが国を出た後に回復していた。ロンナの魔法が切れ、その後に掛けられた回復魔法で回復したのだ。
だから幸せになったのかと言われれば……そうはならなかった。
カッシムはずっと侯爵家を継ぐのは自分だと思って生きてきた。体が不調だった時は弟に次期当主の座を譲っても仕方がない事だと思っていたが、自分の体が戻った事でそんな気はさらさら無くなった。直ぐに権利を返せと弟に訴えたカッシムに次男は当然のように抵抗した。更には三男も次男に加勢してカッシムを非難した。
「愛人を囲うような男に、このワゼロン侯爵家の当主は務まらない!」
と弟たちに言われたカッシムは頭に血を上らせて、あろうことか弟たちに向かって魔法を放とうとした。
殺人未遂で捕まったカッシムは、そんなつもりはなかったと訴えたが味方は誰もおらず。事を重く見た父に家を勘当された上に今後の憂いを無くす為に人知れず消されることになった。
乾燥肌を拗らせたソフィーナは皺くちゃになった肌が元に戻る頃には花盛りは過ぎ去っていた。愛人としても誰にも求められない現実に打ちのめされた彼女は、大人しく修道院へと入っていた。
それも全てロンナがした“ざまぁ”なのか、因果応報なのかは誰にも分からない…………
[終]
※[後日談]というものが好きでな……(*´ω`)




