①
「それじゃあ、行ってくるわね」
成田空港のロビーで、千尋さんは従姉妹である益美の目をじっと見つめたまま、彼女の手を握った。
「チー姉ェ、気を付けてね……」
かたや益美も、まるで一生の別れにでもなるかのような勢いでもって千尋さんの手を握っている。
「オーバーだなあ、二週間したら戻ってくるんだろ……イデデッ」
水を差した弘之が、益美に鼻をつままれて悲鳴を上げる。
「あんたねえ、チー姉ェは初めてのアメリカ行き、初めての海外渡航なのよ! なにかあったら、って思うのが筋じゃないの!」
「こらこら益美、曾野辺くんが可哀そうよ……。美咲も、留守の間、元気でね」
一緒に見送りに来ていた沼井さんに声をかけると、沼井さんも一歩歩み出て、彼女の手を握りしめながら、
「わかったわ。気を付けて帰ってきてよ? お水には気を付けてね……」
「ハハハ、まるで一昔前の海外旅行みたいだなあ。しかしまあ、こんなに大勢見送りが来るんだから、やっぱりお嬢は、人に恵まれてるよなあ」
熱烈な見送りの光景に、遠くから様子を見ていた瀬尾さんが茶々を入れると、
「――あ、そうそう。おじいちゃんも気を付けて行ってきてね。あと、お父さんが『ハメ外して飲みすぎるなよ』って言ってたから、伝えとくわね」
「トホホ、オレはついでかよ……」
その様子を見て、手荷物と一緒に楽器を抱えたテイルズ&フラッツのメンバーたちは、一斉に笑い声をあげたのだった。これから始まろうとしている、十数年ぶりの海外での演奏会の幸先は、非常に良いようだ。
――あのクラリネットソロ、また聴いてみたいなあ。
最初に日比谷公会堂で聴いたときと、この前の吹奏楽コンクールで披露された千尋さんのクラリネットを思い出して、僕はここまでの出来事をゆっくりと思い返した。
あの日、悠一さんやU先生不在のまま始まった翡翠ヶ丘高校吹奏楽部の演奏は、指揮と指導を請け負った原さん言うところの「ベニー・グッドマン風な感じ」で幕を開けた。
本家本元のジャズマン達の指導がよかったのか、「シング・シング・シング」、「危険な関係のブルース」、「ビギン・ザ・ビギン」をメドレーで演奏してゆくにつれ、それまで半ば義務的に他の学校の演奏を聞いていた保護者達も熱狂しだすのが分かった。
そして、その熱狂は、最後に演奏された「鈴懸の径」の演奏で最高潮に達したのだった。テイルズ&フラッツの若きクラリネット奏者・鈴置千尋の奏でる「鈴懸の径」は、それまで部内でとくにクラリネットの腕前に定評のあった部員とのセッションになっており、観客たちはその二人の様子を食い入るように眺めていた。
そして、すべての演奏が終わり、原さんや部員たちが一斉に挨拶をすると、場内には割れんばかりの拍手がこだまし、あやうく耳がつぶれてしまうところだった。
惜しくも、頭の固い審査員たちの理解を得られずに予選は落ちてしまったが、ラジオを通じて流れた演奏が話題となり、また、部員たちも原さんたちの熱心な、しかし紳士的な指導にすっかり感化されたのか、彼らの嘆願や保護者からの声もあり、翡翠ヶ丘高校では正式に、吹奏学部を学外顧問であるテイルズ&フラッツへ任せることとなったのだった。
かたや、それまで指導を行っていた大沢顧問は、テイルズ&フラッツのみへと向けられていた恨み節が、実は千尋さんのクラリネットの腕前への嫉妬も一役買っていたことが白日のもとにさらされ、現在は東京拘置所で判決の出るのを今か今かと待っているのだが、どうあがいても十年ばかりは塀の向こう側、ということになりそうだと猫目さんが言っていた。
「さて、それじゃあ皆さん、参りますかなあ」
原さんの声に従い、他のメンバーたちが窓口へ行こうとしたところへ、慌ただしい足音が四つ、駆け込んできた。
見ると、悠一さんと猫目さん、それから、U先生と金沢先生がこちらへやってくるところだった。
「――やあ、間に合ったらしい。鈴置さん、長旅、気を付けて行ってきてくださいね」
いきなり走ったのがよくなかったのか、息を切らし気味のU先生が挨拶をすると、千尋さんはええ、わかりました。と言って、そっと手を握ったのだった。
「鈴置さん、お気を付けて」
「千尋さん、またそのうちに、演奏会へ行きますね。そんときでいいんで、サインくださいな……」
「鈴置さん、お気を付けて。――もし、よろしかったら、その……今度、一緒にジャズ喫茶でも、いかがですかな?」
「ああっ、お前いたいけな少女に何をする気だ!」
悠一さん、猫目さんと続いた見送りの言葉は、金沢先生の一言と、それに食いついたU先生のせいで台無しになってしまった。ふたたび、その場が笑いに包まれたのを見てとると、U先生ともども、金沢先生は小さく手を振り、千尋さんたちの出国を見守るのだった。
そして予定通り、テイルズ&フラッツのメンバー全員の乗ったニューヨーク行きの国際線の飛行機が飛び立ってゆくのを窓越しに見送ると、僕たちはしばらく、何もない滑走路へ目を落としていたが、そこへ水を差すように誰かのお腹が鳴る音が響いた。
「――お前か、U」
「あらっ、ばれちゃったのかア、ハハハ……」
U先生の笑顔につられて、僕や悠一さんたちも大笑いし、しばらくそのままお腹を抱えていた。
「――よっし、今日はテイルズの無事を祈って、神田で夕飯と行こう。こないだ行ったビヤホール、料理がうまいからおすすめだよ」
「おおっ、さっすがU先生、太っ腹ァ」
弘之が褒めちぎると、そうでもあるんだぜ、ヘヘヘ、と、U先生はわざとらしく言って見せる。
「なんたって、これからオレは、この大事件をまとめる仕事が待ってるんだからなあ」
「そういえば、そうでしたね。ひとつ、よろしくお願いいたします」
悠一さんが丁寧にお辞儀をすると、任せときなさい、と、U先生は胸を叩く。前々から悠一さんに興味のあったU先生からの懇願にやや負ける形で、悠一さんは今度の事件の仔細を、一種の伝記としてまとめてもらうように頼んだのである。
そして、思いがけずその過程で、僕がかかわったあの秋の出来事も、先生の手によってまとめられることとなったのだから、何があるかわからないものだ。数日前、それが決まった直後に電話をもらったのだが、その時に先生はこんなことを言っていた。
「――オレは小説家であると同時に、悠さんときみの伝記作家になったわけだ。誠心誠意、頑張らせてもらうから、ひとつよろしく頼むぜ」
それを聞いた僕は、もちろんそのことを許諾すると同時に、
「ええ、よろしくお願いします。あ、二枚目に書いてくださいよ、先生……」
と、ちょっとだけ贅沢を言っておいたのだが、はたしてどうなるのだろうか。まあ、あまり期待はしないことにしておこう。
――とにかく今は、千尋さんや原さん、佐々木さんや瀬尾さんの無事を祈ろう。
梅雨が去り、ますます夏らしさを増してゆく空を一べつすると、僕は悠一さんやU先生と一緒に、成田を後にした。
遠くの空に入道雲が浮かぶ、七月中旬のある土曜日のことだった。




