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10・大会開始

 御前大会の会場は、バウムクーヘンを大小二つ重ねたような形状で、中央に石製の正方形リングがあり、その周りに芝生が植えられ、更にそれを囲むように観客席が階段状に設置されている。階段のひとまとまりを一階とするなら、二階はかなりの高さとなっていた。地球のようにスクリーンビジョンがあるわけではないから、その席からは米粒のようにしか見えないだろう。

 それでも構わないということであろうか、たくさんの観客が集まっていた。数としては五千人を下るまい。サッカーで言えば、J2の観客数が一番近いと明は感じた。

 ところで一階のある一角は明らかに席の豪華さが違い、赤絨毯に金の椅子が並び、その周囲とは壁で仕切られていた。そこに王様たちが現れる貴賓席なのだろう。

 その反対側は、席がせり出しており、長机が置かれていた。どうやら、解説者が座ると思われる。

 その90度南側に、選手たちの入場ゲートがある。

 大人四、五人が横に並んだとしても余裕があるそのゲートは、選手たちの宿舎から直通となっている。選手たちは、通路に居る係員から着いた順に、札を渡された。

 それは、組み合わせ抽選用の札だそうだ。ゴシカに見てもらうと、3番目の文字、つまりアルファベットで言うところのCに当たる文字が書かれているらしかった。

 他の参加者たちは先に入っており、舞台の前で並んでいる。

 みんな示し合わせたかのように袖の長いローブを着ていた。赤・青・黄・茶・白と色とりどりで鮮やかであり、学生服で真っ黒の明は明らかに浮いていた。

 数としては全部で八人。

 少なく思えるが、本来、フォトン使いとは限られた存在である。魔法文字の秘儀をそうそう広めるわけにはいかないので、フォトン使いは実子や才ある者を少数の弟子とし、育てている。

 そのため、大会が開かれたとしても、参加できる数は限られており、顔ぶれも同じ者が多くなる。

 一方で、戦争の機運高まるカリギュラ国としては、戦力となるフォトン使いが喉から手が出るほど欲しい。

 そうして、数年に一度の大会が、毎年のように行われることになった。そのため、既にめぼしいフォトン使いは、全て囲い込まれていた。

 それでも、国内に限らず、世界に募集を広げて大会を開催し続けているのは、敵国に渡る事を恐れているからに他ならない。とはいえ、国外からフォトン使いが参加する事は珍しい。どの国だろうがフォトン使いは要職につけるのだ。

 結果、今回の出場者のほとんどが国内の新人となった。

 新人とはいえ、フォトン使いの工房に入れる者は、エリート中のエリートだ。

 その顔には、自信の色がありありと見える。

 係員に誘導されるがままの明とは、様子がまるで違う。他の参加者たちは、奴隷と思しき助手を控えさせ、巻物を持たせるなどしていた。一方のゴシカは、「大丈夫です」とまるで具体性のない声をかけるだけであった。

 そんな彼らの耳に響いて来たのは、ドラの音だった。いつの間にか入場口にドラが運ばれており、屈強な男がそれを叩いていたのだ。

 ドラの音に次いで上がったのは、歓声。女性の黄色い声が明らかに多い。

 解説席に、長身で細身ながら筋肉質の男が現れていた。

 年の頃は二十代後半と言ったところで、鋭い目つきには意志の色が宿る。純白のマントに、青い軍の典礼服を纏い、肩まで伸びる黒い長髪は、似合わぬ者がその髪型にすれば印象を悪くしそうなものだが、彼の場合は清潔感を感じさせる。

 彼の登場で、自信ありげな参加者たちの表情が、一斉に緊張でこわばった。

「ハンドレッドウィザード!」

「国の誇り!」

「輝ける者!」

「オールド・フェイス! オールド・フェイス!」

 観客席から歌舞伎の大向うのように声援が送られる。

「今回の審判長にして解説を担当する、国家主席魔導師・オールド・フェイスに盛大なる拍手を!」

 オールド・フェイスに民衆が気をとられている間に、実況役が隣に現れていた。

 栗色の髪をツインテールにした、金属フレームの丸眼鏡の女性。オレンジ基調のドレスと笑顔が相まって陽気さを加速させている。マイクらしき、棒状の機材が顔の前に用意されていた。拡声器なのだろうが、電気的なものではなさそうで、おそらく何らかのフォトンで声を拡大しているのだと思われた。

「あれ、ラテミンさんじゃないですか?」

 ゴシカの言葉に明が目を細めるが、彼の視力ではそう見えなくもないといった印象だった。だが、ゴシカは確信しているようだ。このあたり、現代日本人とは視力がまるでちがうのかも知れない。

「そうか?」

「なお、実況はこの私、ラテミンが担当します!」

「……そうだった」

「そうでしょう」

 ムフー、と自慢げに鼻を膨らませるゴシカ。

 歩く朴念仁と言われるくらいの明からすれば、後ろで髪を結んでいたラテミンが、サイドで結び直して眼鏡までかけているのだ。仮によく見えていても別人と思ってしまうだろう。

「では観客の皆様にルールを説明します! まず、この御前試合はもちろんフォトンの腕を競うもの。そのため、事前に準備したフォトンの使用は禁止! 全て【空書き】でお願いします! また、武器の使用も禁じられています。そして、リングアウトしたほうが負けとなります。なお、我々はケガや死亡にも責任は持ちません! 命の危険を感じたら、自らリングアウトするように!」

 死ぬこともあるのか……と明の頬を冷たいものが流れる。

 だが、傍らのゴシカは「大丈夫です。死者が出たことはありませんし、そもそもあなたなら負けません」と自信満々であった。

「また、試合が長引きすぎた場合、審判長の判断で勝敗をつけます! まさかオールド・フェイス氏の判断に文句を言う人はいませんよね? 審判は絶対です!」

 ただのルール説明であっても、観客は大盛り上がり。それを受けてラテミンもテンションをどんどん上げていく。

 実況席が華やかになる一方、貴賓席は閑散としていた。

 ただ一人、緑色の髪をロールさせ、純白のドレスを身にまとった小柄な少女だけが、日傘を差して端の席に腰掛けている。どこか純朴そうな印象を与えるそばかすを除けば、いかにも姫君といった風体だが、傍らに置いた大剣だけが異様だった。鞘に入ったまま、その鞘に包帯がぐるぐる巻きにされており、何かを内側に封じ込めているような印象を与える。

「本日、二回戦まで行い、勝ち抜いた二人は明日の決勝で、国王陛下の御前で戦うことが出来ます。拝謁できるよう、みなさんがんばってください!」

 陽気なラテミンの声とは対照的に、参加者たちの表情はチリチリとした焦燥感が漏れ出し、お互いに睨みあっていた。

「また本日は、特別に第十三王女であらせられるステンシル様が特別に観覧されています。導師道に則って戦いましょう!」

 その実況に合わせて、貴賓席の緑髪の少女が手を振った。

 しかし、歓声はどこか力なく、まばらである。

「……?」

 明は首をかしげるが、他の面々は不思議がっている様子はない。

「それでは、予選を開始したいと思います! 抽選は入場の際にランダムで各選手にお配りした札の通りとなっています!」

 つまり、Cの明は二回戦ということになる。

「さぁ、第一試合は、疾風のアトリエより有望新人【風のアーチ】選手に、対するは昨年のリベンジなるか、流水のアトリエより【水のピーク】選手!」

 アーチは金髪に白いローブを着ており、ピークはブラウンの髪に青のローブを着ている。ローブはどうやら彼らの流派の色を表すらしく、助手も同じ色の服を着ているし、他にも同じ色のローブの参加者がいた。

 明ら他の参加者たちは、リング外周に用意されたベンチに座らされた。それぞれ、等間隔で左右に配置され、試合前に小競り合わないように配慮されているらしい。

 そんな特等席からの眺めの中、ドラが打ちなされ、決戦の火ぶたが切って落とされた。

「さぁ、試合開始です!」

 風のアーチも水のピークも、まだ十代後半と言ったところだろう。この世界で言えばもう成人ということもあるかもしれないが、まだまだ子どもの部分を残しているように見える。

「勝つのはオレだ」

「自信過剰は恥ずかしいぞ」

 互いに言葉をかわすと、二人は対照的な動きでリングを広く使うと、両手をだらりと下げた。

 腕がすっぽりと隠れるローブの袖の中で、ごそごそと腕を動かす二人。

「おおっと、二人とも相手の出方を見るまでもないということでしょうか!? いきなりフォトンを描き始めたようです!」

「なるほど……」

 思わず明も呟くが、つまりあのローブは、空中に描くフォトンを隠すためのものなのだ。

 袖の中で指を動かすことで、フォトンを見せないで魔法を発動させることができる。そして、秘儀を漏らすこともない。

 ただ、観客としては、実際に魔法が発動するまで何が起こるかはわからないことになる。

「おおっと!」

 突然、虚空にテニスボール大の火の玉が浮かび上がった。

「二人とも火の流派ではありませんが、これはいったい……!」

「おそらく、アーチ選手でしょう」

 オールド・フェイスの言葉通りと言うべきか、アーチがにやりと笑った。

「くらいやがれ! ファイヤーウィンド!」

 火の玉に風が吹き付け、熱波となって拡散した。

「おおっ! 火に風を組み合わせた高度な攻撃です!」

「フッ……」

 ピークは笑う。

 その余裕は、彼が【水】を冠するフォトン使いであるからかもしれない。

 まさに彼の眼前から、噴水が一斉に吹き上がるように壁を成した。水のカーテンは熱波を打ち消す。

「ウォーターウォール。【水】の流派の代表的な技です。前回出場者だけあって、ピーク選手の技術は安定していますね」

「なるほど……すばらしい攻防ですね! さぁ、次はどう出るのか!」

 実況も観客も大盛り上がりしているが、一方で明は拍子抜けた顔をしていた。

 あんなものなのか?

 おそらくアーチは【火球】を出して【風】、ピークは【水壁】を書いたのだろう。

 それが普通なのだとすれば――

「楽勝ですね」

 隣で小さく呟いたのはゴシカ。

 まったくその通りだった。

 だが――

「気は進まないけどな……」

 それが彼らの必死に修行して得た力だとすれば、半ば反則的な方法でそれを超えてしまった自分なんかが勝っていいのだろうか。彼らの努力を踏みにじりはしないのか。

 そんな思考を表情から読まれたらしい。

「アキラ殿、今は余計なことを考えないで下さい。あなたの記憶を取り戻すためにも、今は戦いに集中しましょう」

「あ、ああ……」

 いまだにゴシカは、明が記憶喪失だと思い込んでいる。それくらい異世界から来たなどというのが突拍子もないことなのだ。

 だとしても、自分は日本に帰る方法を見つけ出さなくてはならない。そのためには、この街を自由に動ける権利と地位を得る必要がある。特に知の集積である図書館などは相当な権限が必要だ。現代日本と違って、一般人が触れられる情報など知れたものなのだ。

 相手への配慮を、一時棚上げして戦うしかない。

 一方、アーチとピークの対決は、一進一退の攻防を続けていた。

 ただ、いずれも決め手に欠いているのは傍目にも明らかだった。

 アーチの風は、威力が足りず、相手を突き落すほどではない。火をプラスしたところで、ピークの水とは相性が悪い。

 だが、ピークはピークで、彼の水は攻撃力に乏しかった。

 時間切れによる判定に入ることも頭をちらついたのか、本人たちも焦燥の色が見え始める。

「フン、一回戦では使いたくなかったが……」

「なに?」

 アーチが袖の中で指を何度も動かした。

 それはあまりにも大げさすぎるほどの動きだった。知らない人間が見れば、服に虫でも入って来たのかと思うだろう。

 観客にも笑いがこぼれたが、オールド・フェイスだけは真剣な面持ちだった。

「……ほう。そうまでして動きを隠したいと。これは大技が出ますね」

 直後、アーチの眼前に、大きな火の玉が浮かび上がった。

「おおっと! これはすごい! 巨大な火の玉です!」

 先ほどの火の玉がテニスボール大だとすれば、今度のものはソフトバレーボールの球ほどもある。人の顔などすっぽり覆い隠れるほどのサイズだ。

「お、おい!」

 それに慌てたのはピークだ。素早く指を動かすと、水の壁を生み出した。

 だが――

「バカめ」

 にやりと笑ったアーチが更に指を動かす。

 すると、今度は大きな風が吹き荒れ、火の大玉が爆ぜ散った。

 熱波と言う言葉では収まらない炎の風が、水の壁を突き破る。

「うわあああ!?」

 そのままピークは吹っ飛ばされ、場外へ飛び出した。

「おおおお! これはすごい新人が現れました! もはや【風のアーチ】とは呼べないでしょう! 【熱風のアーチ】の誕生です!」

「……この年で、【エクステンドフォトン】を使えるとは、将来が有望ですね。おそらく五字以上は授けられているでしょうし、師匠の期待が伺えます」

 これまで朗朗と解説していたオールド・フェイスが、言葉を溜めてから紡いだ。

 それが特別なことであるというのを察し、会場が息を飲む。

「あ、あの、オールド・フェイスさん、【エクステンドフォトン】とは?」

「はい。詳しくは言えませんが、それを足すことで、効果を引き上げるフォトンが存在するのです」

「そ、そんな凄いフォトンがあるんですか……?」

「ええ。ただ文字が増えるということは、書く時間も他人も一文字ぶん増えるということです。隙をどう消していくかがポイントとなるでしょう」

 その言葉に、ゴシカがうなずく。

「だからこそ、伴士は必要なのです。だというのに、なぜ理解されないのか……」

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