あーん!
俺と静奈さんは昼食を食べるために、フードコートにやってきた。
ゴスロリの衣装の後は、二人で色々見回った。そして、気が付いた頃にはお昼になっていたのだ。お腹が空いたため、フードコートにやってきたという訳だ。
フードコートにはたくさんの人が居る。歓迎会の時とは違い、今回は普通にお昼時に来た。休日なので、人が大勢居て
も何も可笑しな事では無い。
そして、人が多いという事は、当然のように空いている席も少ないという事だ。二人でフードコートの端から見回るが、なかなか空いている席は無い。
「無いな……」
「そうだね……」
ある程度見回ると、やはり空いていない事が分かる。大勢の人が居るのだから、来る前から空いていない事はなんとなく想像出来ていたが……やはり、空いていない見たいだ。
「食べる場所はここしか無いもんね……」
「下の階にも一応あるけど……」
「この調子だと、どこも同じように混んでるよね……」
俺たちと同じように、フードコートに来たはいいが、席が空いて居なかった人も数多く居るだろう。その人たちも同じような事を考えるに違いない。
一応最後まで見るが、結果は同じだった。お腹は空いているが、空いていないのであれば、時間を変えて再度来るしかないだろう。
俺は静奈さんにそう言おうとした時ーーー。
「ちょっと、待って!もしかしたら!!」
静奈さんは急に何かを思い出したように、手を叩き、早歩きで外に向かう。フードコートはイオンの中にしか無いはずだが……どこに行くのだろうか?
「あったよ!空席!!」
自動ドアがの先には、白い椅子と白い机がある。どうやら静奈さんはここの事を言っていたようだ。
確かに静奈さんが言う通り、その場所は人もそれほど多くなく、二席ほど空いている。俺たちはその場所を取られる前にすぐに抑えた。これで、昼食を食べる事が出来る。
今の季節は、暑さも少し穏やかになり、過ごしやすい季節なのは間違いない。だが、それでも外で食事をするのには少し暑い……だからこそ、空席があったのだろう。
イオンの中は、夏場に比べてクーラーの効きも抑えてあるが、やはり外よりも遥かに涼しい。だが、こうしてお昼時に座れたのだ。文句は何一つ無い。
「航君は無いを頼むの?もしかしてラーメン?」
歓迎会でここに訪れた時はラーメンを食べた。今日もそれで良いのだが、せっかくデートの練習をしているのだ。静奈さんの意見を聞いてから考える事にした。
「まだ決めてないよ。静奈は何にするんだ?」
「私?何にしようかな……」
どうやら静奈さんは何にするか決めていないようだ。時間もたくさんあるので、ゆっくり考えるのが良いだろう。前と違い、今は二人だけだ。静奈さんが決まるまで、待つつもりだ。
それから、しばらく静奈さんは考えて居た。俺も決まるまで待った。時々関係の無い話をしながら。
「決めたよ!これにするよ!」
いつも間にか持っていたフードコートのパンフレットを俺に見せながら、笑顔で言った。
「これはなんだ……?」
お店の名前を見ても何か全く分からない。というか、歓迎会の時にはこんなお店は無かった。
「これは、ついこの前出来たお店だよ♪内容は色々な物があるけど……何よりカップルに人気がある見たいだよ♪」
そう言いだすと、次は携帯を取り出し、画面を見せてくる。確かにそれっぽい事が書かれているのが確認出来る。
「航君もまだ決まって無いって言ってたよね♪だったら、二人でここの食べよ♪」
カップルに人気があるお店……一体どんな物なのか想像も出来ないが、こうして練習しに来ているのだ。こういうのを体験しておくもの案外良いかもしれない。
「勿論、航君が他に食べたいのがあるなら、無理強いが出来ないけど……」
少しだけ、悲しそうな顔をしながら静奈さんは言う。だから、そういう顔を反則だった。もしかして、狙ってやっているのだろうか?仮に断るつもりでも、そんな顔をされてしまえば断れなくなる。
「大丈夫!俺も気になるから、それにしよう!」
なるべく静奈さんには笑って欲しいので、俺はすぐに静奈さんの意見に賛同した。
すると、満面の笑みに変わり、静奈さんは俺の手の握り締めた。
「ありがとう♪それじゃ……二人で見に行こう♪貴重品だけもって、行けば大丈夫だよ♪」
という訳で、俺たちは席に目印になる物を置いて、席を立つ。そして、再び中に入る。
外に居る時には感じなかった涼しさを全身で感じながら、そのお店まで行く。席を探すのに必死になっていたためか、見ている時には気が付かなかったが、確かに新しいお店が出来ていた。
外装はカップルに人気があるだけあって、ピンクは赤色などを基調としている。黒板を使った看板には、店員が書いたのか、キャラクターの可愛らしい絵が描いてある。
そして、並んでいる列には、カップルが大勢居て……というか、見える限りではカップルしか居ない。俺たちも最後尾に並ぶ。
少し並んでいると、店員がメニューを渡しに来た。列捌けを良くするために、並んでいる間に頼む商品を決めて欲しいのだろう。
人気のあるお店らしく、直ぐに俺たちの後ろにも数組が並ぶ。あまり待たせない考慮をしているのだろう。
「どうする?何か食べたい物ある?」
メニューは俺は貰ったので、静奈さんは自然と体を俺に寄せてくる。静奈さんにも見えやすいように、少し低い位置にメニューを下ろし、二人で見る。
その光景は、端から見れば完全にカップルに見えているのだろうか?そればっかりは、聞いてみないと分からないが、そんな事をいちい他人に聞く事は出来ないので、どう見えているのかは分からない。だけど、カップルに見えているのだろうと思う。
「私たちって、普通にカップルに見えてるのかな?」
静奈さんも疑問に思ったらしく、小声で質問をしてくる。
俺は周囲に居るカップルを見渡すが……特に不思議そうな目を向けられていない。というか、静奈さんの方を見ている男が何人か居る事が気になる。
隣に居る彼女にバレてしまうと、めんどくさい事になると思うので、辞めた方が良いと個人的に思うぞ……。
「見えてると思う。こればっかりは、確認を取っ訳じゃないから確信をもって言えないけど……」
まぁ、普通にカップルの中に男女が二人で並んでいたら、そう見えるのは自然な事だろう。気にしない方が良い。
「ところで、私から提案があるんだけど……良い?」
「大丈夫」
「良かった♪それじゃ……私、これを食べたい♪」
静奈さんが選んだ物は巨大なオムライスだった。巨大と言っても一人で食べる分にしては大きいという意味で、二人で食べるのなら問題ない大きさだ。
ただ、書かれている内容は大きなオムライスなど気にするに値しない物だった。
「せっかく、カップル(仮)なんだから、経験して見たい♪ダメかな?」
メニューに書かれている内容には、同じオムライスを二人で食べる物だった。
それだけであれば、特に問題がある訳でも無い。しかし、その先に書かれている事が問題なのだ。
「一本のスプーンで……あーんをしながら……?」
そう、そこには、二人用のオムライスなのにも関わらず、一本のスプーンしか付いてこない。細かい事を気にするなと言われては元も子も無いが、その段階で間接キスになる。
だが、それだけではなく、互いにあーんをしながら食べましょう!と書かれているのだ。
これは、別に強制では無いのだが、静奈さんの言葉から察するにこれも含まれているのだろう。
あーんしながら、食べさせ合って、さらに関節キス……想像しただけで心臓が高鳴る。
普段であれば真っ先に断るのだが、今の俺は静奈さんの彼氏だ。当然、普段のように断る訳には行かない……というのは完全に建前で、俺も少しだけ興味がある。
同じようにこのオムライスを頼んでいる人も居るので、俺たちだけがしているという訳では無い。しかし、あくまでも他の人はカップル(真)だ。俺たちは(仮)だ。その差は果てしなく大きい。
関節キスなのと、『あーん』をしていいものなのか……そん事を考えてしまった。
「むぅ、どうせくだらない事考えてるでしょ?私がしたいって言ってるんだから、大丈夫だよ♪」
「そう言うなら……」
静奈さんがそう言うのであれば問題無い。そう、これはあくまでもデートの練習だ。そう自分に言い聞かせる事にした。練習……練習……。
そう言い聞かせる事で、決まった。せっかく静奈さんの方から言ってくれたのだ。彼氏役の俺が拒んでどうする。
「やった♪それなら確定だからね♪もう決まったからね♪」
静奈さんの今日見た中で一番の笑みを浮かべていた。それだけで十分だった。
それから、俺たちは順番を待って、静奈さんが言っていたオムライスを頼む。
「彼女さん、物凄く可愛いですね!私、ここが出来てからずっと働いてるけど、こんなに可愛い女の子見た事無いですよ!大事にしてあげてくださいね!」
若い女の店員にそう言われ、やはり俺たちはカップルに見えているという事を再確認した。本当に付き合って居る訳では無いが、大切にしたいと思った。
オムライスが出来るまで、近くで待つ。お会計時に貰ったブザーが震えて、音が鳴るとオムライスを受け取る。そして、自分たちが抑えた席に戻る。
置いていた荷物も、席も取られていなかった。机にオムライスを置き、二人で向き合う。
書いてあった通り、スプーンは一本しか無い。それに向き合ったのは『あーん』をするためだ。
「私、気になった事があるんだけど……聞いてくれる?」
「いいけど……」
「本当にくだらない事だけど、『あーん』の正式名称ってなんて言うんだろうね♪」
「うーん……考えた事が無いからなんとも言えない……」
「普通に食べさせっこでいいのかな?」
「多分……」
今までそんな事誰も気にした事無いだろう。気になると言えば気になるが……多分、口を空けている姿をそのまま言葉にしただけだろう。
「ごめんね?くだらない事聞いて」
「気にしないでください。言われてみれば、確かに気になりますし」
「そう居てくれると、助かるよ♪」
そして、二人は少しだけ無言になる。その間二人ともオムライスには手を付けなかった。
しかし、せっかく作ってくれた物だ。気温がまだ高いので、直ぐに覚める事は無いだろうが……早く食べた方が良いだろう。
「それじゃ……言い出しっぺの私からするね……」
静奈さんはそう言いながら、スプーンに手を伸ばす。俺はその動きを一瞬たりとも見逃さずに、見つめる。
そして、オムライスにスプーンが入ると、食べやすい一口サイズに分けてくれた。
少し緊張しながらーーーそれと同時に頬を赤く染めながら、静奈さんはスプーンを持った手を、俺の顔の前に差し出す。
「航君……あーん」
恥ずかしそうに言うと、俺も同じように言いながら、スプーンを咥える。それと同時に、口の中には柔らかな味と、仄かに甘い卵の味がした。
「……どう?」
「恥ずかしいけど、このオムライスおいしい」
カップルに人気がある理由は、この企画だけではなく、味もから美味しいからなのだろう。食べてみると、物凄く納得してしまった。
「次は航君からだよ……」
してもらったからには、するしか無い。というか、多くの人があのお店に並んでたいにも関わらず、どうしてこの場で食べているのが俺たちだけなのだろうか?
周りの人は普通の物を食べて居るので、物凄く視線を感じるのだ。それは、凝視に近いほどに感じる……。
しかし、俺はスプーンで、オムライスを一口サイズに取り分け、静奈さんの口元に近づける。そして、小さな口でスプーンを咥える。
この瞬間、間接キスになる訳だが……照れるというよりも、恥ずかしさを感じる。周囲の視線も、それを加速させる。
お年寄りの夫婦は俺たちの光景を見て、微笑ましい笑みを浮かべている。家族で来ている人達も俺たちをそんな感じの目で見ている。
小さな子は指を刺したり、年が近い人は羨ましいそうな目をで見ている者、なぜかわからないが、恥ずかしそうにしている者ーーー様々な人が居る。
それから俺と静奈さんは無言で『あーん』をする。二人の間にはほとんど会話は無いが、なぜか悪い気もしない。
そして、食べ終わる頃には、周囲から感じていた視線もほとんど無くなる。しかしーーー俺たちの事をずっと見ている三人組が居るのだ。
俺たちがオムライスを食べ始めた頃からずっと俺たちを凝視している。確かに、周りにこんな事をしているのは俺たちしか居ないが、そこまでずっと見るだろうか?
それに、三人は特に何も食べずに、近くにあるベンチに座って、見ているのだ。さらにーーー恰好が物凄く浮いている。
さらにさらにーーー髪の色も見た事がある組み合わせの三人でーーー俺は確信した。
いつからか、全く分からないが……いや、どうせ一番初めからに決まって居る。
俺は静奈さんに三人の方から見えないように合図を送る。静奈さんが三人に視線を向けると、少し驚いた顔をしたが、すぐにいつも通りに戻る。
多分だが、ずっと俺たちの方を見ているので、顔の変化でバレてしまう可能性が高い。顔に出さないのが正しいだろう。
そして、俺はゆっくりと立ち上がり、三人の居る方向に向かうーーー。




