ご褒美?
バスから降りた俺と静奈さんは、イオンの中に向かう。
特に行きたい場所は決まって居ないが、六花さんから言われた買い物は後回しにする事にした。
単純に売り切れる物でも無いし、先に購入してしまえば、物を持ったまま移動しなくてはいけなくなる。邪魔になるだろうから、後回しにする事にしたのだ。
「どこに行こうか?私はいいから、航君が見たい物でいいよ……って、バスの中で特に無いって言ってたよね♪」
「そうだよ、静奈はどこか行きたい場所は無い?」
「私も特には……」
そこで俺たちの会話は止まった。二人とも特に行きたい場所が無いという現状にどうすればいいのか、分からなくなってしまったのだ。
当然のように気の利いた会話などは出来るはずもなく、少しの間、無言になってしまう。静奈さんとはこんな気まずい時間を過ごすのは初めてだ。
やはり、練習とはいえ、デートという事になっているのが原因なのだろうか?遊びに来たという気持ちではなく、デートしに来ていると思ってしまうのが原因だろうか?答えは分からないが、とりあえず、少し気まずい。
しかし、少し気まずいからといって、このままで良い訳が無い。こういう気まずい雰囲気というのは、周りから見ても簡単にバレてしまう。
文化祭当時にこのような雰囲気になった場合、おじいちゃんにバレてしまう可能性もある……と、理由を付けてみるが、正直な所を言うと、静奈さんとこういう気まずい雰囲気にmなりたくない。
デートと言うのは、知って居る知識では男性が女性をリードする物だ。逆もあるかもしれないが、俺はそれ以外知らない。経験した事が無いというのが原因だろうか?
それは全く分からないが、とりあえず、男の俺がしっかりしリードするべきだろう。
「色々見ながら歩こうか?」
俺はそう静奈さんに問いかけながら、そっと手を差し出した。
いつもは静奈さんから手を差し出してくる。だが、こういう時にこそ、男の俺が頑張る物だろう。少し恥ずかしいが、問題ない。
「え……うん……」
静奈さんはそんな俺の差し出した手を見ながら、頬を真っ赤に染めていた。かくいう俺も真っ赤に染まっているはずだ。
デートというのは手を繋いで歩くのは支流だろう。完全に初心者の意見なので、どうか分からないが、少なくとも俺はそう思って居る。
静奈さんは俺の手を取り、そっと握り締める。柔らかな感触と共に、鼓動が早くなるのを自覚する。
やはり、女の子と手を繋ぐという行為は、何度しても慣れない物だ。しかし、なぜか分からないが、落ち着く自分が居る事も自覚している。
他人が持っている自分とは違う『熱』というのだろうか?それが心地よく感じるのだろう……と、勝手に思って居るが、あらがち間違えでは無い気がする。
そして、俺と静奈さんは、歩きながら見回る事に決めた。ウインドショッピングと呼ばれる物だ。
俺が一人で買い物する時は目的の物だけ見るが、今はそうじゃない。見ながら楽しむのだ。
それから俺たちはイオンの中を歩く。今は先ほどの気まずい空気ではなく、恥ずかしさが勝っている。さらに、静奈さんは物凄く可愛い。当然のように周囲から視線を受ける。
「なんだか、見られてるね……」
「そうだな……」
静奈さんに慣れないため口で話ながら、目を見て話す。すると、静奈さんの後ろにあるお店に視線が向いてしまう。
静奈さんもその視線に気が付き、振り返る。そこは、女性用下着売り場だった。
様々な色の下着が売られている……男性には全く縁が無い売り場だが、少し前の事を思い出して、視線を向けてしまったのだ。
「航君……流石にそれは……」
「何か物凄い勘違いしてる気がする……」
ジト目で見てくる静奈さんは何か物凄い勘違いをしているに違いない。確かに二人で居る時に下着売り場に視線を向けた俺にも問題はあるが、少し前に六花さんと静奈さん、二人で商店街に行った時の事を思い出しただけだ。決して変な意図は無い。
「え?勘違いじゃないと思うよ♪」
「絶対に勘違いだと思う……何を思った?」
「航君が女の子の下着を着たいって思ったよ♪」
「全然違う!」
何か変な事を考えていると思われた、と思ったのだが、予想以上の勘違いが飛んできた。俺にそんな性癖は無い。
「今度、文化祭で女装するから、その時に女の子になりきるために、下着も買おうとした訳じゃないの!?」
「そんな事全然考えてない!」
文化祭の劇で女装する事になったのは事実だが、流石に下着まで着けようなど考えていない。そこまでしてしまうと、俺はきっと色々な物を失う気がする!
「大丈夫だよ?そんなに隠さなくても……航君が女性用の下着に興味を持った事は、彩ちゃんとつかさちゃん、六花にしか言わないから♪」
「そのメンバーだけは絶対にやめてくれ!」
冗談だと理解してくれても当分はその事で弄られるのは目に見えている……いや、もしかすると、冗談だと思ってくれない可能性も……。
そうなる可能性も少し考えて、体が震える。なんとしても防がなくてはいけない。
「冗談だよ♪これは二人だけの秘密だよ♪」
静奈さんは先ほどの緊張が嘘のような、満面の笑みを浮かべて、自分の唇に人差し指を添えて、そう言った。
その仕草は物凄く魅了的で、さらに鼓動が早くなったが……一つ気になる事があった。
「どうしても、俺が下着を着たいと思わせたいだな……」
「バレちゃった♪」
可愛らしいウインクを決めて、再び歩き出した。少し馬鹿な話をしたおかげて、先ほどの空気は完全に消えた。今はとても居心地の良さを感じている。
それから、お店を見回りながら二人で歩く。しばらく歩くと静奈さんは立ち止まり、笑顔で口を開く。
「あ、見て!あの服航君に物凄く似合いそう!」
「どれですか?」
指を刺す方向に視線を向けると、胸元に可愛らしいリボンが付いたワンピースだった。スカート部分には白と黒の刺繍が施されている……いわゆるゴスロリ衣装と呼ばれる物だった。
「いやいや、似合わないから!」
「そうかな?物凄く似合うと思うよ♪」
「…………」
あの服装を似合うと言われても全く嬉しくない。そもそも、俺に女装趣味は断じてない!
今日はやたらと女装を進められている気はするのは気のせいでは無いだろう。
「あの服、サイズ的に入りそうだね……」
「あの……一体何を言ってるんですか……?」
何か物凄い事を考えていそうな静奈さん。思わず敬語になってしまった。だが、流石の静奈さんでもそこまではーーー。
しかし、満面の笑みを浮かべる静奈さんを見て、俺は予感は確信に変わる。六花さんと同じような笑みを浮かべていたのだ。
「航君、あの服試着して見ようよ♪」
「冗談ですよね……?」
文化祭の劇で着るのは、劇のためと思えば問題ないが、流石にプライベートで着るのは……色々まずい気がする。主に俺のイメージの問題が。
まず、こんな大勢が居る場所で着るというのは、かなり難易度が上がる。お店に居る人には見られるのは当然として、店員にも物凄い顔で見られるのは想像できる。
そりゃ、俺も自分と同じ感じの男が、ゴスロリ衣装を着ていれば、確実に二度見する。そして、苦笑いを浮かべるだろう。
家で趣味として着る分に関しては悪いとは思わないが、場所を考えてくれ!と思うはずだ。
「大丈夫だよ♪私が付いてるから♪」
「全然大丈夫じゃない!」
流石に着たくない!決して、ゴスロリ衣装が嫌だという訳では無い!ただ、女装する趣味が無いのと、周りの人に物凄い顔で見られるのが嫌なのだ!
「そんなに嫌?」
「うっ……」
反則だって!上目遣いで、悲しそうな顔をするのは流石に反則だって!思わず、ゴスロリ衣装を着る事を無条件で受け入れそうになった。恐るべき、静奈さんの上目遣い。
「流石に嫌!」
なんとか上目遣いの誘惑に勝ち、断る。いくら、静奈さんの頼みといえど、こればっかりは嫌だ。
「そっか……せっかく、ご褒美上げようと思ったのに……」
「!?」
その言葉に俺は、驚いた。ご褒美とは一体どんな物なのだろうか?流石に、変な事を考えている訳では無い。断じて変な事は考えていない。
「気になる?来てくれたら教えてあげるよ?」
小悪魔のような笑みを浮かべる静奈さん。今までに見た事が無い表情に、目が離せない。
俺は物凄く葛藤していた。女装するのは物凄く嫌だが、静奈さんの頼みという事と、ご褒美という言葉が物凄く気になる。
そんな小悪魔のような笑みで言われると余計に気になってしまう。変な事では無いと理解しているはずなのに、色々考えてしまう。
「ご褒美だよ?ご褒美♪」
そんな静奈さんに俺は完全に負けた。なぜなら、物凄くご褒美という言葉が魅了的に聞こえて仕方がなかったからだ。
そして、俺は静奈さんに連れられて、ゴスロリの服が売っているお店に入る。お店の中には、あまり人はいない。店員も一人しか居ないので、今がチャンスだろう。
しかし、自分から言うのは物凄く恥ずかしいので、静奈さんから言ってもらう事になった。
「あの……服の試着をしたいんですけど……」
「どちらの服でしょうか?」
「これです♪」
静奈さんは定員さんをゴスロリの服の前まで連れて行った。俺も後ろからついていく。
今は笑顔で対応してくれている店員だが、俺がこの服を着るとなると、物凄い顔になるに違いない。ご褒美という言葉に惹かれた事を少し後悔した。
しかし、惹かれたのは俺なので、覚悟を決める。しかしーーー俺の覚悟は杞憂に終わる。
「すいません、こちらの服は試着がする事が出来ない商品になります。こういう服は予約制になっていまして、見本のような形になっています」
「そうですか……ありがとうございました♪」
店員に笑顔を向け、俺たちは店を出る。どうやら、ゴスロリ衣装を着るのは間逃れたようだ。
しかし、同時にご褒美も貰えないという事になる。まぁ、何事も無いのが一番いいだろう。ゴスロリの衣装を着る事も無く、ご褒美も貰えないのが一番良い。
「残念だったね、航君♪あの衣装が着れなくて♪」
「着れなかった事は安心してるけど……」
「そうなんだ♪けど、ちゃんとご褒美が上げるからね?」
「着てないのにか?」
「そうだよ♪着ようとしてくれたし♪それに、私も少し悪ふざけが過ぎたもん。だから、ご褒美は上げる♪」
「着てないのに貰うのは申し訳無いから……」
「ダメだよ♪私が上げたいから、上げるんだよ♪だから、貰ってね♪」
何もしていないのに貰うのは流石に申し訳無いので、その時になれば断る事にした。断っても、言いくるめられそうな気もしてるけど。
「ご褒美は、また今度上げるね♪じゃ、ウインドショッピングしておこう♪」
なんとかゴスロリの衣装を着る事を回避した事に安心しながら、静奈さんの言葉に頷いた。
手を繋ぎながら、再びウインドショッピングを始める。
*************
一方、怪しげな三人組は、航と静奈がバスを降りてからずっと尾行していた。
一定の距離を空けながら、気づかれないように尾行する。それは三人が思って居る以上に難しく、思った以上に楽しい事だった。
「つかさ、物凄く楽しいよ!」
「我も楽しいのだ!六花さんはどうなのだ?」
「私も物凄く楽しいわ!」
デートの内容を見るという事を忘れているのでは?と思ってしまうほど、普通に尾行する事を楽しんでいた。初めは乗り気じゃ無かった彩だったが、直ぐに楽しくなってきて、今に至る。
「なんだか、少し雰囲気が可笑しいわね」
「彩も思ってた!」
「我も少し思ってたのだ!」
普段の二人の雰囲気とは少し違う……三人はそんな気がして仕方が無かった。
普段であれば、もっと軽い感じの空気なのにも関わらず、今は少し重い……ようは気まずさが二人の間にある気がする三人だった。
三人は松本の協力により、声は聞こえるようになっているが、今は話声も聞こえない。どこに行きたいか?という会話以降全く話声が聞こえない。
その話だけでは、どうして今のような空気になっているのかは到底理解できる物では無い。というか、話声が聞こえてきても理解出来るかどうか怪しい。
しかし、しばらくすると、三人の耳に航の声が聞こえてきた。
『見ながら歩こうか?』
その声と同時に航は静奈に手を差し出した。
「おおおおおおおおお!!!!」
その行動と同時に三人は唸り声のようなものを上げた。単純に航がそういう行動をした事に対しての驚きと、本物の恋人のように見えたのが原因だ。
三人はこれぞまさにデート!声には出さなかったが、そう思って居た。
「今のは物凄く自然だったわ!」
「我もそう思うのだ!恋人って感じがしたのだ!」
「羨ましいよ!彩もあんな風にされたいよ!」
彩だけは物凄い嫉妬をしていたが、言葉にしなかったが、二人に同意だった。あの行動だけでは、本物と言えるのか全く分からないが、それっぽく見えたのも事実だった。だからこそ、悔しさと嫉妬が重なった。
そして、二人が手を繋ぎ、イオンの中を歩きだす。動き出した対象を追う三人。恰好が怪しいので、イオンの中でも物凄く浮いている。
というか、周囲の人達から物凄く見られている。しかし、追跡に夢中になっているため、気が付かない。
『航君……流石にそれは……』
「会話が始まったのだ!」
二人は立ち止まり、あるお店の方に視線を向けていた。それは女性用の下着売り場だった。
「あの二人は一体何をしているのかしら……」
六花は少し呆れながら、つぶやいた。確かに、六花の気持ちも分からない訳では無いが……それを言えば、六花たちも何をしているのか?となる。
『何か物凄く勘違いしてる気がする……』
『え?勘違いじゃないと思うよ♪』
二人の会話を無言で聞く。一応、バレないように周囲に気を使いながら。
『絶対勘違いだと思う……どんな事思った?』
『航君が女の子の下着を着たいって思ったよ♪』
「!?」
聞こえてくる静奈の発言に、驚く三人。もはや、どうしてそういう会話をしているか?と疑問しか浮かんでこなかった。
「航はそんな性癖持ってたのね……」
「女性用の下着なんて着たら、大問題だよ!」
「間違いなく、捕まるのだ!現行犯逮捕なのだ!」
流石に現行犯で逮捕される事は無いと思うが……外でバレてしまえば、逮捕は十分あり得る事だろう。
高校生男子が女性用下着を着用……白い鳥がアイコンのアプリで物凄くネタにされそうだ。
『全然違う!』
当然の話題に驚いたが、この話を気に二人の間に流れていた気まずさは完全に無くなる。三人から見ても、普段通りの二人に見えるようになった。
再び歩く二人に合わせて、三人は追跡する。ありきたりな会話をしながらイオンの中を歩く二人。
『あ、見て!あの服航君に物凄く似合いそう!』
静奈の声に再び止まり、静かに話を聞く。そして、静奈が指を刺している方向に三人も視線が向く。
「もしかして……あの服の事言ってるのかしら……」
「流石にそれは無いと思います……」
「そうなのだ!だって、あれは男性用じゃ無いのだ!完全に女物なのだ!」
そう、静奈が指を刺していたのは、ゴスロリ衣装だった。明らかに航に似合う衣装では無い。
流石の三人も、それは無い……そう思わさるほどに女の子の衣装だ。男が着て似合う物では無い。
航は別に女の子顔という訳では無い。どちらかと言えば、カッコいい部類に属する。そんな人がゴスロリの衣装を着ても似合う訳が無い。男の娘ではあるまいし……。
『いやいや、似合わないから!』
全否定する航を見ながら、その意見に完全に同意していた。似合わないだろう……しかし、だからこそーーー。
「航に物凄く着て欲しいわ!」
そう、満面の笑みを浮かべて、六花はそう言った。似合う服を着ても楽しくないーーーなら、似合わない女装をする方が何倍も面白いに決まって居る。
だからこそ、六花は着て欲しいと思わずには居られなかった。似合わないゴスロリ衣装を着ている航を見たいと思ったのだ。理由?そんなのは決まって居る。
「似合わないからこそ、来て欲しいのよ!だって、楽しそうだもの!着ればずっと、そのネタで弄れるわ!」
結論は、自分が楽しいと思ったからでーーーそれ以外でもそれ以上でも無い。
『そうかな?物凄く似合うと思うよ♪』
『…………』
そんな訳ないーーーそんな顔をする航だったが、楽しそうに笑っている静奈は、当然のように試着して見ようと提案する。
「いいわ、静奈!差せ!差せ!」
「それは違うと思うのだ……」
『そっか……せっかく、ご褒美上げようと思ったのに……』
「!?」
物凄く大胆な発言をする静奈……航も驚いた表情をしているが、三人も同じく驚いた表情をしていた。
「絶対にエッチな事なのだ!間違いないのだ!」
「ご褒美なんて、貰わなくても彩がたくさんあげるのに!!それにエッチなのはダメだよ!」
「静奈……そんなに……いえ、なんでもないわ」
三人は冷ややかな目をしながら、見ていた。ご褒美を上げると言った静奈に対してもだが、その言葉で迷っている航にはもっと冷ややかな視線を送った。
間違いなく、エロい事を考えているのだろう……心の中が見えなくてもわかってしまう。男心という物があるとすれば、仕方が無い事だろう。
結局、航はご褒美という言葉につられて、あれだけ断っていたゴスロリ衣装を着る事を選択する。しかし、幸運なのか不幸なのか、試着出来ない物だった。
「試着出来ないのね……けど、偶然を装って、あの衣装を買おうかしら……部費で!」
「どう説明するんですか!ボランティア部に絶対に必要無いですよ!」
「何言ってるの!部屋の掃除をするため!って言えば大丈夫よ!」
「我でもわかるのだ!全然大丈夫じゃ無い事が!」
流石に今のは六花の冗談だが、六花が言うとなぜか冗談に聞こえないと思った、彩とつさかだった。
結果的にゴスロリの衣装は着る事が出来なかったが、着ようとしてくれた航に静奈はご褒美を上げる事にした。
お店を離れて、イオンの中を歩きだす。デートの練習はまだ続く。




