伝えたいもの
私は自分で言うのもなんだけど、大人しい子だ。
特に得意な事がある訳でもなく、特に好きな物がある訳でもなく、特に友達が多い訳ではなく、特に勉強が出来る訳ではない……本当に何も取り柄がない静かな子だと思う。
一緒に居ても全く面白みはないだろう。自分でもそう思うのだから、他の人は当然そう思って居る。そうでもない人も居るかもしれないが、人が周りに集まらないというのはそう言う事だ。
いつも一人で居る……家の中でテレビを見たり、宿題をしたり……けど、寂しいと思った事は一度もなかった。それは、家族という一番近い存在が私の傍に居てくれたからだ。
家に帰れば家族が話を聞いてくれる。お父さん、お兄ちゃん、お母さん……その三人が居れば寂しい気持ちにはならなかった。
外に遊びに行く事はなかった。友達が居ないのだから、遊びに行く用事など出来る訳なかった。一人で遊んでも何も楽しくないので、遊ばなかった。家が私の居場所だった。
家に居れば嫌な思いをする事はなかった。家族のみんなは、私に優しくしてくれる。私を可愛がってくれる。
自分で言うのも本当になんだけど、私は愛されているという自覚があった。愛されても無いのに、優しくされる理由もないし、良くもしてくれないだろう。
私は家族が居ればよかった。けど、家族のみんなは私の事を心配していた。それも愛されているという自覚を持つ一つの理由でもあるが……それは置いておいて、心配されていたのだ。
「たまには外で遊んできなさい」
「友達は出来たかい?」
「誰でもいいから話しかけろよ……友達と遊ぶのは楽しいぞ」
そう、家族のみんなは私に友達が居ない事を心配していた。確かに私と同じ学校のクラスメイト達は毎日のように、誰かと遊んでいる。
休み時間は話をして、昼休憩の時は外に遊びに行ったり……私のように静かな子も、私のように一人ではない。
その子にも友達と呼べる存在が居る……しかし、私には居ない。それはどうしてなのか?と問うまでもなく、私が面白くないからだ。
それとも……私が家族だけが居れば良いというのを、外にも出しているのだろうか?だから、誰も寄ってこないのかもしれない……けど、それでも困った事はなかった。
家族が居たからだ。それに、今まで友達が居た記憶など全くない。だから、友達という存在のありがたさや、必要性が感じられなかった。
知らない物を知って居るようにするのは私には出来ない。必要だと感じた事の無い物を必要だと言われても、信じられない。友達というのが、どういう存在なのかわからなかった。
けど、家族が心配してくれている……だから、一度だけ話掛けようとした事もあったが、結局出来なかった。今更話しかけた所で何かが変わるとは思えなかった。
結局、家族に心配ばかりさせて、友達は出来なかった。友達なんて必要が無い……。
けど、本当はわかっていたんだ。必要性を感じられないのは、事実だけど、友達というのがどれほど大切な存在かというのを。他愛もない話をしているだけで互いが笑顔になる……それがどれほど凄い事なのかを。
ただ、怖かっただけだって言う事を。そう、私は友達作る勇気が無いのが本当の事なのに、ただ、言い訳してただけだってーーー。
本当は知って居たんだ。初めの一声が掛けられないのは自分の弱さのせいだってーーー。
家族は居ればいいのは事実だけど、友達が出来ないのは紛れもなく、私の責任なんだってーーー。
*************
俺たちは六花さんに会うために、六花さんのお父さんが歩いて行った方向に向かった。
六花さんの後悔の物語……どういう後悔なのかは俺たちにはわからない。聞いてもきっと、静奈さんは話をしてくれないだろう。
二人の関係は見ていればわかる。きっと、特別な関係なのだろう。そんな静奈さんが六花さんの事を簡単に話をしてくれる訳がない。
みんなもその事を十分に理解しているからこそ、聞かない。きっと、六花さん自身が話をしない限り、詳しい事はわからないままだろう。
大切な友達だからこそ話をしないのだ。それならば俺たちは何も聞かずに、黙って次を考えればいい。
「六花さんのお父さんと話をしている時に聞けば良かったね」
「忘れてたのだ!」
結局、六花さんに会いたいと伝える事を忘れていた。六花さんのお父さんが去ってからしばらく経過したので、全く姿が見えない。もう、見つける事は難しいだろう。
方向から察するに、六花さんのお父さんは家に帰ったのではないだろうか。歩いていた方向は商店街の方向だった。その先には住宅街があると聞いているので、俺たちもそちらに向かう事にしたのだ。
「俺たちはどうすればいいですか?物語の内容はわかりましたけど……」
俺は隣を歩いている静奈さんに尋ねた。六花さんの後悔を知って居るのは、静奈さんだけだ。静奈さんに指示を仰ぐのが一番良いだろう。
俺たちは詳しい事はわからないので、出来る事は静奈さんの指示を聞いて、行動する事ぐらいだ。
「私に任せてもらっていい?」
「俺は大丈夫です」
「我も全然大丈夫なのだ!」
「彩も大丈夫です!」
俺たちの答えは一緒だった。何も知らない俺たちは、これからどう動けば良いのか見当もつかない。これからの展開は任せる事にした。それに何か案があるように思える。静奈さんが案もなく任せてと言うとは思えない。
「ごめんね?何も言えなくて」
「それこそ大丈夫ですよ」
人の後悔など簡単に話をして良い訳がない。六花さんも静奈さんを信用して話をしただろうし、いつか、本人が話をしてくれるまで待つ以外無い。
話したくない事の一つや二つ人間になら存在する。静奈さんはそれが大切な友達の事なのだから、話しをしなくても当然の事だろう。
俺たちは商店街を抜け、住宅街まで来た。当然のように同じ形の家がたくさん並んでいるので、どれが六花さんの家かなど判断できない。
一軒ずつ表札を見ていけば、『立花』があるかもしれないが、同じ名前の人が近くに住んで居る可能性もある。尋ねればいいが、物語の中とは言え、他人に迷惑を掛けるのは申し訳ない。
だが、それ以外見つけようがない。この周囲に住んで居るという確証もないが、とりえず名前だけでも確認できればいいだろう。インターフォンを押さなければ問題はない。
「とりあえず、六花さんの家を探しますか?」
「そうだね♪六花に伝えたい事があるしね♪」
「それなら、手分けした方が速そうですね!」
「四人で場所を決めて、回るのが良いと思うのだ!」
柊の案を採用して、一人ひとり区画を決めて見る事になった。見終わったら今居る場所に集合する事になった。初めて来る場所だが、今居る場所は、見渡しが良く、わかりやすい場所なので迷う事は無いだろう。
俺は一人で歩き出し、決められた区画を探し出すが……五分もしない内に、金髪の女の子と目が合う。というか、六花さんが目の前に居た。
「あれ……航じゃない」
「六花さん……」
どうして外に居るのだろうか?あまり外には出ないと聞いていたので、てっきり家の中に居る物だと考えていた。しかし、こうして無事に見つける事が出来てよかった。
「むぅ、六花で良いわよ。私も航って呼んでるしね。後、敬語もダメよ」
「わかった……」
六花さんは少し頬を膨らまし、そう言った。俺は物凄く違和感を感じていた……というか、話し方が俺の知って居る六花さんなのだ。公園で遊んだ時には感じなかった物だ。
俺はこちらの方が慣れているので、全然問題はないが……急に話し方が変化するのは少しおかしいだろう。何かあったのだろうか?
「どうかしたかしら?」
「なんか、話し方が違うなって、思って……」
遠回しに聞いても仕方がないので、俺は率直に聞く事にした。すると六花さんは納得したように、手を叩いた。
「なんか、こっちの方がしっくりするのよね……公園で遊んだ時の話し方は私じじゃない見たいな感じがするのよ。前の方がいいかしら?」
「今のままでも良いと思うよ」
これはどういう事だろうか?六花さんのお父さんも同じように、現実の世界の記憶が残って居る見たいだった。心の中に現実での事が何かしらの形で残って居るのだろうか。
しかし、どうして、そんな事が起こるのだろうか?もしかすると、物語の世界だからこそだろうか?これも物語の一部となって居る?桃太郎が鬼を退治しなければ完結しないように、シンデレラが王子と結ばれなければ完結しないように……二人が違和感を抱かなければ完結しないのだろうか?
少し考えてみるが、当然のように答えが出て来る事はない。しかし、そう考えれば納得できる部分もある。
「それで、どうしてこんな場所に居るのかしら?この辺りに住んでる訳ではなさそうだし……」
不思議そうな顔を浮かべていた。六花さんはこの辺りに長く住んで居るのだろう。俺たちを見た事が無いので、そう思ったに違いない。
「六花を探してたんだよ」
「私?特に用事は無いからいいわよ。ちょうど、私もあなたたちを探しに行こうと思ってたから」
「それなら良かったよ」
という訳で、俺と六花さんは一緒に集合場所に向かう。想像以上に早く見つける事が出来たので良かった。だからこそ、集合場所に着いた時には誰も居なかった。
「あれ、どうして六花が居るの?」
十分ほど経過すると静奈さんが戻ってきた。六花さんが居る事に驚いている見たいだ。
「歩いていたら偶然会いました」
「そうなんだ♪それなら良かったよ♪」
色々探す手間を省けたのは正直助かる。どうすれば六花さんの家を探し出せるかと考えていたので、色々しなくて済んだからだ。
「あれ、立花先輩が居るよ!」
「本当なのだ!」
彩と柊が一緒に戻ってきた。二人も六花さんが居るとは思っても居なかったみたいで、驚いている。
「どうして、静奈以外は私の事を『さん』か『先輩』扱いするのかしら……」
俺の時と同じように六花さんは拗ねていた。二人は公園で六花と呼んでくださいと言われている事を思い出したようだ。
「特に意味はないよ、六花!」
「そうなのだ!深い意味は無いのだ!六花!!」
その場繋ぎのように名前を呼ぶ二人に、頬を膨らませていた。しかし、深くは突っ込まない見たいだった。
「ところで、航君。六花の話し方が、戻ってる見たいだけど……」
静奈さんも俺と同じようにその部分が気になる見たいだ。だが、俺も何もわからないので、言える事は一つしかない。
「多分ですけど、六花さんのお父さんと同じですね」
「違和感ってこと?」
「そうです。話し方が私じゃない見たいって言ってましたよ」
「そういうこと……」
俺と静奈さんは六花さんに聞こえないように耳元で話をする。少し視線を感じるが、聞こえるよりはマシだ。
それよりも、静奈さんが何か心当たりがあるように見える。この変化について何か知って居るのだろうか。
「何をそんなにコソコソ話しているのかしら?」
当然のように六花さんは気になる。それも、チラチラ見られながら話しをされては気になって仕方ないだろう。
「特に何もないよ♪」
「そうは見えなかったけど……まぁ、いいわ」
六花さんは納得したのか、してないのかわからない表情を浮かべていた。しかし、特に深く聞かずに、口を開いた。
「それで、私を探してたって聞いたけど、どういう用かしら?」
ここからは静奈さんに任せる事になる。何も出来ないのは申し訳ないが、頑張ってもらう以外に無い。後は静奈さんを信じるだけだ。
「六花と話をしに来たんだよ」
「奇遇ね。私もみんなに話があったの」
「本当に奇遇だね♪私からでもいいかな?」
「大丈夫よ。私の話は大した事じゃないわ」
そういうと静奈さんは六花さんを見つめる。そして、いつも以上に真剣な顔付きに変わる。流石に六花さんもその変化に気づいただろう。
「まだ、必要ないって思ってる?」
「え……」
静奈さんの言葉に、六花さんは目を見開き驚愕した。どうしてなのか分からないが、六花さんからすれば、その質問は予想外の言葉だったに違いない。
「どうしてそれを……私、誰に話をした事が無いのに……」
しかし、静奈さんは六花さんの言葉に返事をせずに、言葉をつづける。
「私が必要だと思うよ。六花も十分それを理解してるでしょ?」
「…………」
「家族が居れば幸せだよ。私も家族が居れば幸せだもん。それはみんな一緒だと思うよ。けど、それだけじゃ完全にはならないよ」
この話はきっと、六花さんの後悔についての話だろう。内容の事は全くわからないが、この物語の大部分を占めていると理解出来る。
二人にしかわからない話……それを聞いてもいいのかと心の中で思うが、俺は立ち去る事が出来なかった。
「私は、必要だと思うよ。家族は支えになってくれる。けど、それは六花が必要無いと決めつけた物も同じだよ。同じように六花の事を支えてくれる。困ったら手を差し伸べて……その逆もあって……同じ時間を笑いあって……それって物凄く良い事じゃない?」
「……!?」
優しい声で、柔らかい笑みを六花さんに向ける。子供に語り掛けるように優しく、けど、心の響く声で語り掛ける。
「本当は必要だって誰よりも理解してるのに……本当は欲しいって願っているのに……けど、怖いんだよね?」
「ねぇ……なんでそんな事知ってるの……」
六花さんは物凄く戸惑っているように見える。誰にも話をした事が無いと言って居た。その事を静奈さんが知って居るのが不思議で仕方ないのだろう。
しかし、逆に六花さんは静奈さんに話をしたのだ。静奈さんと出会う前は誰にも……家族にも話をした事がない内容を、静奈さんには話をしたのだ。その理由は単純で、本当にわかりやすい物だった。六花さんも同じように静奈さんを特別だと思って居るからだろう。
「知ってるよ。六花の事ならなんでも……とは言えないけど、大体の事ならわかるよ。今は違うけど、私は六花の……」
静奈さんはここで言葉を止める。そして、下を向き、深呼吸をする。俺には伝えるべきなのか悩んでいるように見える。
「ちゃんと、伝えるべきなのだ!」
「!?」
そんな静奈さんの背中に柊は声を上げて言った。
「伝えなければ、後悔すると思うのだ……それは物凄く悲しい事なのだ」
柊からは聞いた事もない柔らかな声……しかし、どこか影を感じる声。その意味はわからないが、静奈さんは覚悟を決めたようだ。
深く深呼吸をして、前を向く。
「私は六花の未来の友だちだもん!大丈夫だよ!どんなに辛い事あっても、絶対に私が支えるからね!私は六花の事大好きだもん!一番の友達だもん!その友達を支えるなんて造作もない事だよ!」
「え……」
六花さんが驚いた声を出すのと同時に、静奈さんは六花さんを抱きしめた。それも強く、強く。
「今の六花は必要ないって思ってるかもしれないけど、私には六花が必要だよ。だから、怖くなんかないよ。私は待ってるから!未来で六花の事を待ってるからね!」
そういうと静奈さんは六花さんを話、満面の笑みを浮かべる。そして、急に六花さんに背を向けて、走り出す。俺たちもそれの後を追うように走り出す。
二人の過去に何があったのかは当然のように知らない。しかし、この二人の会話を聞いて確かに思った事があった。それは二人の友情の深さは本物だという事だ。
六花さんの後悔というのはどういう物なのかは深くはわからない。いや……そんな事大した事ではないのだろう。
静奈さんはただ、伝えたかったのだろう。幼い六花さんに、友達という存在の大切さを。俺にはそうとしか思えなかった。
************
「もういいんですか?」
静奈さんは公園まで走り切った。そして、荒れた息を整えてから、静奈さんに聞いた。
「大丈夫だよ。あの六花の状態ならね」
「どういうですか?」
彩は不思議そうな顔をしなが聞いた。俺たちも気になるので、耳を傾ける。
「あの状態の六花は、少し立ち直った時の六花に似てたんだよ♪」
「立ち直った後ですか……」
「そうだよ♪」
何からと聞くまでもなく、事故からだろう。幼い頃にお父さんとお兄さんを亡くすのだ。立ち直るのに時間が掛かるのは容易に想像できる。心に深い傷を負っただろう。
それに六花さんは家に居る時間が長いので、余計に家族の大切さという物に気が付いて居たはずだ。家族が一緒に居てくれる暖かさという物に。
「私は思うんだ。物語というのは登場人物が作りだすものだったら、私たち以外にも言えるじゃないかって」
「…………」
「この物語の主人公は、きっと六花とお父さんだよ。私たちの方が脇役なんだと思うよ。脇役に出来る仕事なんて、どの物語でも決まってるよね」
静奈さんは俺たちに笑顔を向けた。なるほど……考えてみれば物凄く簡単な事だった。六花さんの後悔の物語の主人公が俺たちは訳が無いのだ。
そもそも、本来であれば俺たちは存在しない。この物語は二人のために存在するものだ。それなら、必然的に俺たちに出来る事は限られている。完結させるのは俺たちではない。あの二人だ。
脇役に出来る仕事なんて、決まって居る。そう、主人公を支え、しっかりと道に戻してやる事だけだ。物語を完結させるきっかけを作るぐらいしか出来ない。
「私たちに出来る事は何も無いよ。後は私たちは信じて待つだけだよ」
そう呟く静奈さんは、今まで見た中で一番良い顔をしていた。




