約束
静奈に言われた次の日。私は家族で旅行に出掛けるために朝早くから起きていた。
昨日もみんなにお土産が何が良いかと聞こうと思って居たが、予想外の話に聞くタイミングを完全に見失った。いや、その時はお土産の事など完全に忘れていた。静奈がどうして私の心の中を知って居るのかという疑問でいっぱいだった。どうして誰にも話をしていないのに知って居るのかと不思議で仕方がなかった。
それと、静奈の言葉がなぜか物凄く心の奥に突き刺さった。本当の事を言われたからではない。心の奥に痛みと、そして大きな優しさを感じたのだ。そんな事を感じたのも初めての経験だった。
「六花、準備終わったか?」
「終わってるわ」
お兄ちゃんが笑顔で聞いてきた。その手には大きな鞄を抱えている。私も準備は終わっているが、持っている荷物は少ない。両親と一緒の場所に入れているためだ。
「一応、お父さんにも確認しにいくよ」
「流石に大丈夫だと思うわ」
「一応だよ」
そう言うとお父さんの方向に行く。私はそんな光景を眺めているだけだった。
私の心の中など関係なく、いつも通りの日常。旅行に行かなければ昨日と大差ない出来事しか起きなかっただろう。時間という物は人に関係なく過ぎていく。悲しい気持ちでも、寂しい気持ちでも、嬉しい気持ちでも……どんな感情を抱えていても勝手に経過していく。止まって欲しいと……今の時間がずっと続けば良いと思って居ても……え?
(どうして私、そんな事思ったのかしら?)
家族で夏休みに旅行に行く。それは友達の居ない私にとってはとても幸せな出来事のはずだ。きっと楽しい時間になるはずだ。しかし、私は今の時間が終わって欲しくないと思って居る。不思議で仕方がなかった。今、家族全員で居る瞬間が終わってほしく無いと思っている。
「どうかしたのかい、六花?」
お父さんが不思議そうな顔をしながら覗き込んでくる。なぜかはわからないが、物凄く嬉しい気持ちになった。変な意味ではない。本当に理由はわからないが、嬉しい気持ちになり、私は自然と笑顔になって居た。
「何もないわ!行きましょ!お父さん!」
私は覚えている限りでは一番の笑顔をお父さんに向けた。そんな私をますます不思議そうに見ているが、そっと柔らかな笑みに変わり、頭を撫でてくれた。
「どうしたのかしら?」
「なんでもないよ。それじゃ、行こうか?心の準備はいいかい?」
顔には出さないようにしていたが、その言葉に私は少し悲しくなる。しかし、私は笑顔で返した。
「いいわ!もう大丈夫だもの!私にはーーー」
「そうかい、それなら心配無く行けるよ」
お父さんは今までに見た事が無い優しい笑みを浮かべていた。けど、その笑みは私には物凄く悲しそうに見えた。きっと、お父さんも行きたくないのだと察した。そう、何が起こるのかはわからない。けど、私には感覚で理解してしまった。この先には良い事は無い。
この時間が止まって欲しいと思ったのもそういう事だろう。けど、たかが人間の願いごときで時間が止まる事などありえない。巻き戻る事などありえない。今起きている事自体ありえない事だった。
「何やってるの?置いていくよ?」
「はは、誰が運転するんだい?」
お母さんの言葉にお父さんは笑う。運転出来るのはお父さんだけだ。お父さんが居なければ無免許運転になってしまう。
私たちは荷物を車に乗せ、最後の旅行に向かう。そう、なぜか全く理解できないが、これが最後になると心の奥が叫んでいる。そして、それを阻止したいと望んでいるのに、何も出来ないもどかしさ。私に出来る事はもう一つも無いだろう。
しいて言えば、この旅行を楽しむ事ぐらいだ。家族で行く最後の旅行になる。毎年行って来たが、今年で最後になる。それを楽しまないのはもったいないだろう。
(先に何があるとしても、旅行を楽しむわ!)
「それじゃ、行くよ。準備はいいかい?」
お父さんは笑顔でそういった。私たちも笑顔で返す。
「いいよ!」
カーナビをセットして、車が動き出す。立花家の最後の旅行は、笑顔で開始された。
**********
あの時の違和感……正体は未だにわからない。家族で過ごしている日常……当たり前の日々なのに、自分はここに居て良いのかという疑問。あの四人の子供に話をした後もずっと心の奥にあった。
そんな違和感を抱えながら家族で旅行に行く日になった。ずっと楽しみにしていた日だ。大好きな家族と一緒に行く旅行……楽しい物にしたいし、絶対に楽しい物になるという自信がある。毎年楽しいが、今回は特別楽しくなると予感がある。
『六花としっかり話をしてくださいね』
あの女の子の言葉が頭の中に蘇る。自分がここに居て良いのかという疑問と、六花に何か伝える事があるのではないかという気持ち。そして、あの女の子の言葉……何か知って居るのは間違いないと思った。しかし、教えてくれそうな雰囲気ではないのはすぐに察する事が出来たので聞かなかった。
きっと、何かあるのだろう。その何かはわからない。けど、こんな違和感を抱いた事なんて今まで一度もなかった。そして、この旅行に行く日、この日だけは違和感が薄くなっている。何か狙ってそうなっているかのように、違和感をあまり感じない。
そして、心が叫んでいた。この先には良くない事が起こると。それを止めす術は全くないと。そして、それを強く自覚すると、薄くなっていた違和感は、晴れ渡る空のように晴れる。これが答えだった。
「お父さん……」
「どうかしたのかい?」
颯斗が少し悲しそうな顔で来た。旅行に行くというのに、そんな悲しい顔をする理由が理解出来なかった。だが、颯斗から発せられる言葉で理解してしまった。
「今までありがとう。俺はお父さんとお母さんの下に生まれてきて本当に良かったよ」
「あ……」
そう、理解してしまったのだ。この旅行の先に起こる悪い事は自分だけに起こる物ではないと。颯斗にも起こるのだと。そして、颯斗は何が起こるか知って居たのだと。
「颯斗……知って居るのかい?」
「知ってるよ。俺は主人公じゃないから何も言えなかったけど、今日と言う日だからこそ、言える。俺たちはもう……」
「そっか……」
納得してしまった。颯斗が言って居る主人公の意味は良く分からないが、それでも言いたい事は理解してしまった。そして、ここに居て良いのかという違和感の正体も理解した。そう、居ない存在なのだから、違和感を感じて当たり前なのだ。
実態を持った幽霊だと思っていいだろう。そんな存在なのだから、違和感を感じても何も可笑しな事ではない。むしろ自然な事だろう。
「こちらこそ、ありがとう。俺の下に生まれてきてくれて」
本当にそう思って居る。これは間違いない。
「感謝してくれよ!」
そう笑顔で言う颯斗は六花の方に視線を向ける。その意味を理解出来ないほど颯斗の事を理解していない訳ではない。今まで一緒に暮らしてきたのだから、言葉を聞かなくても理解出来る物はある。
「行ってくる」
「俺は先に車の方に行ってくるよ」
そう良い、颯斗は笑顔で踵を返す。それを見送ると、俺は六花の下に向かった。
「どうかしたのかい、六花?」
何か考え事をしている六花に話しかける。くだらない事を考えている可能性もあるが、きっと違う。今日の事を考えているのだろう。当事者である六花がわからない訳が無いからだ。自分がこうして気が付いたのに、気が付かない訳がない。
「何もないわ!行きましょ!お父さん!」
俺はその元気な返事と、笑顔を見て、手が伸びた。そして、六花の頭を優しく撫でる。
(俺の下に生まれてきてくれてありがとう)
そう、心の中で呟きながら優しく、優しく、愛おしく撫でる。撫でられている六花の姿は可愛く、自慢の娘だった。
「どうしたのかしら?」
「なんでもないよ。それじゃ、行こうか?心の準備はいいかい?」
「いいわ!もう大丈夫だもの!私にはーーー」
「そうかい、それなら心配無く行けるよ」
そう、六花は一人ではない。あの女の子はきっと六花の未来の友だちだ。六花の事を深く知って居るような素振りがあった。だったら何も心配はいらない。俺は後は伝えそびれた言葉を伝えるだけだ。それで、安心して……。
千尋に呼ばれて、六花と一緒に車まで行く。そう、俺たち家族の最後の旅行が始まったのだ。
****************
旅行が終わり、私たちは夕暮れの車の中に居た。楽しい時間は一瞬で過ぎ去り、過去の物になる。そして、時間は進んでいく。
車の中は重たい空気が流れている。それは、私とお父さんがずっと黙って居るからだ。お兄ちゃんは一番はしゃいでいたので、遊び疲れて寝ている。
私も遊んだにも関わらず、全く眠気は来ない。この先に何か起こると理解していながら、寝れるほど強い精神を持っていない。旅行を楽しむと決めたにも関わらず、今はそんな気持ちになれなかった。
どうしようも無い事だと理解していながらも、どうにか出来ないのかと必死に考えている。子供の私に出来る事などある訳がないのに、考えてしまう。でもそれは仕方がない事だった。
理由は簡単で、私は家族のみんなが大好きだからだ。これからもずっと一緒に居たいと願っているにも関わらず、どうする事も出来ないもどかしさ。何か変えれば結果が変わる……という物ではない。これも感覚になるが、この結果は決まって居る物だ。
何をどう変化させても、結果の部分は変える事は出来ないだろう。起きる前から決まって居る出来事……運命という言葉に近いかもしれない。だが、運命と言われても、簡単に認める事も出来ない。私は家族と一緒に居たいという気持ちを捨てれない。
だからこそ、何かを伝えたいと思って居る。しかし、何かどう伝えればいいのか全くわからない。私は何を伝えたいのだろうか。
ずっと傍に居てほしい事?大好きだった事?もうどうする事も出来ないのか?何を考えても違う気がするし、正しい気もする。ようするに全くわからない状態だった。
伝えたい事など、たくさんあるはずなのに、言葉に出来ない。どう言葉にすればいいのかわからない。私は後部座席で、風景を見ている事しか出来なかった。
「六花……」
重い空気に耐えかねたのか、それとも私と同じように何か伝えたい事があるのかわからないが、お父さんが私の名前を呼んだ。その声は物凄く真剣な声だった。
「ど、どうかしたのかしら?」
「話を聞いてくれるかい?」
後者だった。お父さんも何か伝えたい事があるようだった。それを私は黙って聞く事にした。いや、最後になるのだ。聞きたいと心が叫んでいる。
「六花はもっと自分に自信を持って生活しなさい」
「え……」
思って居た事と違う言葉が来たせいで、私は声を出してしまった。思い出の話でもしてくれるのかと思って居たのだ。しかし、説教が始まったように感じた。
「静かなのは別に悪い事じゃない。けど、六花は自分に自信が無いんだ。だから友達も出来ないんだよ」
「うん……」
全く否定出来なかった。自分に自信が無い事もそうだし、友達が居ない事も……何もかもお父さんの言う通りだった。私は静かで、面白みのない子だ。だからこそ、友達出来ない。ずっと、一人で居る人に好き好んで話しかけはしないだろう。
「けど、六花は物凄く良い子だ。お父さんが自信を持って言える事だよ」
「…………」
「そんな六花に友達が居ない方が可笑しいんだよ」
何も可笑しな事ではない。私に友達が居ないのは当然の事だった。だって、私自身が逃げていたから。誰にも話しかけずに、怖がって逃げていた。家族が居れば良いと言い訳して逃げていたからだ。
家族だけが居れば良いなんて心の奥では思って居ないくせに。楽しそうにしているクラスメイトが羨ましかったくせに。けど、私は必要ないと逃げたのだ。当然一人になるだろう。
「だったら、六花に友達が出来る魔法を教えよう。知りたいかい?」
「知りたい……」
もし、そんな魔法があるというのならば教えて欲しい。こんな私にも友達が出来るのであれば、教えて欲しい。
「それは明るくだ!」
「明るく……?」
私は目を見開き、お父さんの言った言葉を繰り返す。だって、それは魔法でも何でもない。確かに私には無い物だけど、持っている人はたくさん居る……珍しい物ではもない。
「そうだよ。明るさというのは、必ず友達に繋がる。だって、そうだろう?自分の明るさで、誰かが笑顔になってくれるのって、物凄く幸せな事だと思わないかい?そして、笑顔にしてくれる人の傍にはたくさんの人が集まるだろ?」
「!?」
「もっと、自分に自信を持って、他人を気にせずに、明るくする事!約束出来きるかい?」
「そ、その言葉……」
私の頭の中に響くように入ってきた言葉。その言葉で私は全て思い出してしまった。これから何が起こるのか、そして、現実での事故の事を。
私は疲れて寝ていて、そして車は事故にあった。そして、お父さんとお兄ちゃんは亡くなった。お母さんと私だけが生き残った。けど、私は簡単に立ち直れなかった。簡単に立ち直れるわけがない。けど、それを支えてくれる人が現れたのだ。
そして、ずっと気になって居た。事故にあったお父さんが言おうとしていた言葉。
『もっと……じ……に……たに……き…ずに……あか……く……や、くだ』
ほとんど聞き取れなかった言葉だったが、やっとその言葉を聞く事が出来たのだ。七年という月日が経過してからやっと聞く事が出来た。
「や、約束するわ……」
私は自然と涙があふれていた。ずっと、後悔していたのだ。この言葉を聞き取れなかった自分に。お父さんが瀕死の状態で、私に何かを伝えようとしたのに、全く分からなかった事を……そして、お父さんに友達と一緒に遊んでいる光景を見せてあげられなかった事を。
何度も泣いた。どうしてなのだろうか?と何度も自分自身に問いただした。けど返ってくる言葉は何一つなかった。私は答えを持ち合わせていなかった。だからこそ、聞き取れな事に後悔したのだ。
その言葉が、失った私に何かをくれようとしたのではないか?と思ったからだ。
拭いきれない後悔だった。決してどうにか出来ない後悔だった。だって、お父さんは亡くなったのだから。けど、こうしてもう一度、聞き取れなかった言葉を聞けた事によって、私は歩き出せる。止まっていた物が動き出す。
「ああ、本当に約束してくれるかい?元気で生活してくれるかい?」
その言葉に私は笑顔で答える。言う答えなど決まっていた。だって、私は再び笑顔になるきっかけをくれる人と出会うのだから。
「約束するわ!もう、私の後悔は無くなったもの!私はもっと、楽しく生きるわ!」
この言葉はたまに夢でも見る事があった。立ち直る事が出来た後でも、後悔だけは消える事はなかった。けど、この場で後悔は消え、歩き出せる。
「そうかい……それは本当に良かったよ」
お父さんが前を見ずに、私の方に顔を向け、泣きながら笑顔を向けてくれた。覚えている、この辺りで事故にあった事を。決して、どうする事も出来ないという事を。
「お父さん、私はお父さんの子供で良かったわ!」
「それは俺も同じ気持ちだよ」
そう微笑みお父さん。私は涙で視界が滲む。けど、前を向くために涙をふく。すると、車の中には私とお父さん以外居なくなっていた。変わりに見覚えのある扉があった。
「私、行くね」
「ああ、約束を守って、元気に暮らしてくれよ」
「うん!任せて!!」
私は今出来る最大限の笑顔を向けて、力強く答えた。そして、ゆっくりと扉を開けた。




