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過去

 季節は夏。強い日差しが肌を刺し、蝉の声がどこまでも聞こえてくる季節。海に行ったり、バーベキューをしたり……様々な楽しい事が出来る季節。


 そんな中、小学生が一番楽しみなのは言うまでもなく、夏休みであろう。夏にある長期休暇で、時間がたくさんある小学生は、友達と遊んだり、両親と一緒に旅行に出かけたり……楽しみ方は様々だ。しかし、誰もが一度は夏休みというのを楽しみにしたに違いない。


 立花六花もその中の一人だった。


「ねぇ、今年はどこに行くの?」


 今から七年前……六花は小学校五年生だった。小学生の時の六花は、あまり騒がしくなく、基本的に大人しい子であった。クラスの中でも印象は静かで大人しい子という印象だった。


 そんな六花は、小学生に上がってから毎年のように両親と兄と一緒に旅行に出掛けていた。兄は六花の三つ上で、中学校二年生だった。


 特に部活などもしていないので、夏休みする事と言えば、遊ぶ事と、夏休みの宿題をする事ぐらいだ。なので、いつも家族全員で旅行に行って居たのだ。


 当然、今年も旅行に行くことが決まっていた。だが、六花はどこに行くか知らされていないで、父親に尋ねたのだ。


「気になるかい?」


「そりゃ……」


 毎年どこに行くかなかなか教えてくれないので、今更すぐに教えてくれると思ってはいない六花だが、やはり自分が行く場所なので、気になるに決まっている。それに、兄は知って居る様子だった。


「六花はまだ知らないのか?」


「むぅ……」


 自分は知らないのに、兄だけ知って居るという事実が、六花を拗ねさせる。兄だけが知って居るという事実が嫌なのではなく、兄の自分は知ってますという顔が気に入らない六花であった。


「今年は、海に行くぞ!」


「去年も行ったよ?」


 そう、六花たちは去年も海に行った。それも夏休み中に二回行ったのだ。六花自身も海で遊ぶのは楽しいので好きだが、父親の普段と違う様子に疑問を感じたのだ。


「今年は、泊まりで海に行くぞ!それも普段行ってる場所とは海の綺麗さが段違いだ!」


「ここに行くんだよ」


 兄はスマホで、今年行く海の写真を六花に見せた。すると、六花は驚いた目で写真を見つめる。


「海が蒼い……」


「これまでの海も蒼かったわよ」


 キッチンに居た六花の母親が姿を現した。金色の髪に白いエプロン姿……近所でも綺麗と評判の母親だ。将来、六花も母親のようになると言われている。


「そうだけど、違うの。青かったけど、今回は蒼いの」


「まぁ、六花の言いたい事はわかるけどな」


 そう、スマホに映っている海は透き通るほど綺麗な海だった。去年行った場所とは綺麗さは天と地ほど離れていた。それほどに綺麗な海だった。


「国内でも有名な場所なんだ。人が多いかもしれないが、物凄く綺麗だから行ってみようと思ってな」


「私も行きたい!」


「当り前よ。六花が行かないって言ったらお尻叩きながらでも連れて行くわよ」


「そんな事したら六花が泣くよ」


「泣かないもん!お兄ちゃんのバカ!」


 六花の声に家族に笑いが起こる。そんな光景は毎日のように続いていた。六花は優しい両親と、妹思いの兄に囲まれて生活していた。家庭も裕福ではないが、決して貧乏でもない……どこにでもある普通の家庭だった。


 六花はこの家庭を特に幸せだと感じた事は無かったが、決して家族のみんなが嫌いではなかった。どちらかというと、好きだった。いや、好きだ。


 両親も大好きだし、意地悪な事を言う兄の事も大好きだった。だが、この光景を幸せだとは感じていなかった。理由は簡単で、当たり前な光景だったからだ。


 誰も大切な人を失った事もない。おばあちゃんもおじいちゃんも元気に生活していて、優しい両親と兄も一緒に居る。当たり前の光景を、小学生が幸せだと感じるのは少し難しいだろう。


 当たり前だったからこそ、こういう毎日がずっと続くと思って居た。当然この時も失うなど全く考えていなかった。だが、そういう幸せな光景というのは失って初めて大切な物だったと気が付くものだ。


 そして、六花は小学五年生の夏休みに、大切な者を失った。


 家族みんなで海に行った帰りだった。綺麗な海を家族全員で共有し、楽しい時間を過ごせたのは言うまでもない。しかし、まるでその時間に終わりを告げるように交通事故が起こってしまった。


「お、お父さん……?」


 六花は疲れ果てて車の中で眠っていた。家族で遊んで、綺麗な海を満喫した六花は車の中で寝ていたのだ。逆にこの寝ていた時間があったからこそ、六花は怪我程度で済んだと言えよう。


 六花の呼びかけに反応はしない。だが、今の現状はどう見ても可笑しいことは小学生の六花でも理解出来た。


 まず、乗っていた車が大破していたことと、フロントガラスに真っ赤な血が飛び散っていたという事。後、隣に乗っていた兄の体に鉄の棒が刺さって貫通していた事……そして、視線の先には大型トラックが転倒していたこと。明らかな交通事故だった。


「お父さん!お母さん!お兄ちゃん!」


 六花は今までで一番大きな声で家族を呼んだ。そして、一人だけ反応があった。


「六花……大丈夫?」


 六花の母親の声だ。母親も六花と同じでまだ軽い怪我だった。しかし、咄嗟に母親を守ろうとした父親と、兄はそうではなかった。素人の目でもわかる大怪我だった。


「私は大丈夫!おかあさんは!?」


「私も大丈夫よ……」


 母親は意識を失っていたため、今の状況が読み込めない。しかし、隣に居る父親を見て、目を見開き、ようやく事態を読み込めた。


「あなた……返事してよ!」


 手を伸ばすが、感じる体温は物凄く冷たく、どこを触っても手に真っ赤な血か付く。このままではダメなのは容易に想像する事が出来た。


「六花はそのまま大人しくしててね」


 焦らせないように六花に優しい笑みを浮かべる母親。そして、ポケットに入っているスマホで、警察に連絡した。すぐに救急車を出して欲しいという事と、今の場所を見える限り説明した。


「二人共……だ、だい、じょうぶ、か?」


 電話を終えたと同時に意識が無かった父親の声が聞こえた。しかし、声は物凄く小さく、か弱い声だった。


「私と六花は大丈夫よ!あなた、あまり話をしないで!」


「だ、だい、じょうぶだ。それに、今、言わない、と、一生言えない、かもしれない、だろ?」


「そんな事言わないでよ……」


「お母さん……」


初めて聞く母親の泣き声に六花は、ただ呼ぶ事しかできなかった。六花の目の前ではずっと笑顔で居た母親だけに、六花は驚きを隠せなかった。母親は悟ったのだ。もう、長くはないと。


「俺たちは、家族だ。たとえ近くに居なくても……家族だ」


 父親は優しい声でそう言う。六花は今までに聞いた事が無い父親の声に、何かを察して、涙が止まらなかった。


「千尋……愛してる。それと、六花も愛してる。もちろん、颯斗も愛してる……。それと六花……」


「ど、どう、したの?」


「お前は優しい子だ。だか、ら、こそ、他人を……だから……」


 途切れ途切れになる声。だが、そんなのはお構い無しに父親は話をする。


「もっと……じ……に……たに……き…ずに……あか……く……や、くだ」


「わかんないよ……」


 父親は六花の方に手を伸ばしてきたが……。


 そこで、父親は反応をしなくなった。母親の泣き声と、六花の鳴き声が壊れた車内を占める……そして、それから三十分ほどで警察と救急車が来た。


 だが、その時には父親と兄はこの世を去って居た。


**************


 それから母親は体調を悪くした。六花もさらに元気がなくなり、常につまらなさそうな顔をしていた。


 事故にあった事は学校中に知れ渡った。当然のようにそれを知って、何かを言ってるくクラスメイトも居たが、全く相手にしなかった。


 だが、母親は自分の娘がそのような状態になって居る事を理解していた。同時に自分も周囲からそういう目で見られる事が耐え切れなくなり、四人で共に過ごした家を売り、引っ越しする事を決意した。


 そして六花たちは、今住んでいる街に引っ越ししてきたのだ。


 学校に通っていたが、そんなに簡単に心の傷が治る訳がない。急になくしてしまった日常は、六花の心の中に大きすぎる穴を残してしまったのだ。


 誰とも話をしない時間が続いた。しかし、そんな六花に興味を持った人が一人居たのだ。


「なんでそんなにつまらなそうなの」


 そう、これが静奈である。近所では仙道家として、有名だったために、あまり多くの友だちは居なかった。いや、居なかったと言った方がいいだろう。


 だからこそ、急に転校してきた六花に話しかけたのだ。六花の身に起こった出来事を知るのはもう少し先になる。


「…………」


「どうしたの?何か大切な物でもなくした?」


「!?」


 六花は急に立ち上がり、静奈を睨み、そして頬を叩いた。


「あ、あなたに何がわかるの!?無くしたことが無いあなたに何がわかるのよ!近寄らないで!!」


 静奈は目を見開いた。六花が物凄く辛そうな顔で、泣いていた事に。


 そう投げ捨てると、六花は教室を後にした。クラスは重い空気になり、全員がその光景を見つめていた。当然、静奈に大丈夫と声をかける人も居た。しかし、静奈は頬を全力で叩かれたにも関わらず、笑っていたのだ。


「初めてだよ……!」


 そう、静奈は初めての経験だった。同学年に、同学年として接してもらった事がこの時が初めてだったのだ。当然、頬を叩かれるなど、肉親以外初めての経験だった。だからこそ、静奈はジンジンする頬を撫でながら……痛みに耐えながら笑っていたのだ。


 これが、静奈と六花の出会い……この六花にとっては最悪以外のなんでもない出会い。この時の六花は思いの寄らなかったはずだ。七年後では親友と呼んでも差し支えない存在になって居る事など。



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