あまくち。
同日更新5回目です。
「そろそろ機嫌を直してはくれないか」
「……」
私はお盆を胸の前にかかえて、ぷいとそっぽを向きます。
いつもの飯屋です。
騎士さまは混雑している昼時でなく、閉店まぎわの夕暮れにいらっしゃいました。
ほかに客がいると話せない、という理由だそうです。
それ自体は嬉しいです。
「いや、断じて、その……君の体が目当てなどということはないのだ」
「どうだか、です」
「あああー……」
卓子の天板に突っ伏して、頭をかかえてしまいました。
ほんとうは別にもう拗ねてはいないです。
ただちょっとわだかまりがあるだけです。
尻尾で卓子の横面をぺしぺし叩きました。
そもそもの話です。
「ならば、なぜ騎士さまは私を好いてくださいましたか」
「う、うむ」
騎士さまが顔を上げ、改めるように、こほんと咳をしました。
「まあ、姿に惹かれたことも否定はしないが、な」
「……」
「うむ。そのような目で見るのはよせ」
なぜ騎士さまは私の表情を読めるのか。
「それだけで求婚などしないさ」
「そうですか」
「そうだよ」
言って騎士さまは小さく笑いました。
どちらかといえば苦笑気味に見えました。
「いや、なに。かつて私はな、騎士になるために生まれてきた、と思っていた」
「はい」
天職であることに間違いないと思います。
実際、騎士であることに特化した職能を授かっているそうです。
装備した鎧や鎗の重量軽減であるとか。
騎乗突撃の威力向上であるとか。
一対一で名乗りをあげた局面における身体能力の増強であるとか。
いずれにせよ、ただ騎士団に入りさえすれば得られるというものではなく、修養を積み、世界に認められることで、初めて取得できるそうです。
「なんの障害もなく騎士団に入り、なんの疑問も持たず死ぬまで騎士であると……思っていたのだ」
「はい」
少し遠い目になる騎士さま。
「だから騎士団が解体された時、自分がどう生きていけばいいか、完全に見失ってしまった」
「はい……」
騎士さまが笑みましたが、今度は自嘲であるのが、はっきり分かりました。
私はかかえたお盆のふちを、ぎゅっと握りました。
「家族も友人も、私の周囲の人間は皆、腫れ物に触るような態度になってな。それで私も余計に卑屈になってしまった……しかし」
と、目を向けられました。
「君だけが、私と向かい合ってくれた」
「私……そんな大層なこと、してません」
ただ辛口だっただけです。
自分が厭だったから立ち直って欲しかった、それだけです。
傲慢だったと思います。
騎士さまが小さく息をつきました。
「最初は……君に会うことで過去の栄光にすがりたかったのだろうな。まだ騎士だった時分に為した功績を、反芻したかった」
「……」
「早々に叩き潰されたが」
「……その件に関しては遺憾の意を表明します」
「いや、いいのだ」
吹き出すように笑われました。
「自分でも分かっていたのだよ。いつまでも足踏みはしていられない、とな。けれど、どうしても認めたくなかった」
そして、しっかりと見据えられました。
「ただ意固地になっていた私に、君が道を示唆して――いや、思い出させてくれた」
「私がですか」
目をみはると、微笑んで肯かれました。
「ああ。私がなりたかったのは、職としての騎士ではなく――生きざまとしての騎士だった、とね」
「……はい」
「きっと君に出会えなかったら、すんなりとは思えなかっただろう」
「過大評価だと思います」
「そうかな?」
「はい。騎士さまであれば、いずれ自分で結論を出されたと思われます」
けれど少しでも手助けできたならば、嬉しいことです。
「それこそ過大評価だろう……」
笑った騎士さまが、席を立ちました。
そして向かい合って跪きます。
「辛いことばかり言うがね、それでも君は、ずっと――私のことを『騎士』と呼び続けてくれた」
「……私にとっては、地位や鎧がなくても、騎士さまは騎士さまですので」
「ああ。そんな君が傍らにいてくれれば、私は常に初心を忘れずにいられると思うのだよ」
「……はい」
片方の前肢を手に取られました。
「だから改めて言おう――私の伴侶となって欲しい」
「……はい! 喜んで」
「うむ!」
ぎゅっと握られました。
「そんなに感触いいですか」
「最高だ!!……あっ」
私は手を振りほどき、騎士さまの頭にお盆を乗っけて、庖厨に向かいました。
別に好まれるのは厭ではないです。
ただ少し恥ずかしいだけです。
「ま、待ってくれ、違うんだ――!!」
背後からは声と床に何か落ちる音が追ってきましたが。
無視して、棚から皿を取り出します。
後ろ手に持ったまま客席に戻りました。
まだ床に膝をついたままの騎士さまが、情けなく眉を下げていました。
「その、だな、今のは決して」
「騎士さま」
「う、うむ」
「目をつぶって口を開けてください」
「な、なんだい急に」
戸惑いつつも、その通りにする騎士さま。
皿に盛ってあった焼き菓子を、ひとつ摘んで、口に放り込みます。
「むぐ……これは」
「試食です。女将さんが新しく出そうかと言っていました」
「うむ。甘い」
「え」
辛い椒の粉をたっぷり生地に練り込んだと言われたのに。
首を傾げていたら、次を催促されました。
ぽいぽい投入しました。
なんだか餌付けのようです。
「うむ。甘いな」
幸せそうにほお張る騎士さまが見れたので満足です。
その日の夜。
さっそく女将さんに上々だったと騎士さまの感想を伝えたところ、まだ辛くし足りなかったかねぇと首をひねられました。
旧皇国は無事に独立し、公国となりました。
時々、領事塔に足を運びます。
騎士さまといっしょに魔物と人の感性の違いを説明したり、観光行事で通訳をこなしたりします。
歌って踊れる魔族の方たちに、皇国語を教えることもあります。
おかげで握手会が捗ると魔王さまに感謝されました。
臨時報酬も貯まり、庶民では望むべくもない高価な書簡を故郷に送ることもできました。
とっくに野垂れ死にしたと思っていたという返事を、押しかけてきた血族一同から直接、受けました。
揉みくちゃにされました。
騎士さまが遠目に、なぜだかうんうんと頷いていました。
つがいの核の件でぼやいたところ、不甲斐ないやつだと散々にこき下ろされました。
そして血族総出で荒野に繰り出したかと思えば、とんでもなく上質な核を入手してきてくれました。
自分ひとりで、という伝統が台無しです。
どれだけ私が悩んだと思っているのか。
と、怪我の手当てをしながら憤慨しました。
なのに相手が人間の時点で形無しだとか、相手も不正をしたと聞いたからお似合いだとか散々に揶揄されました。
つい騎士さまに愚痴をこぼしたら、君の物言いと素振りは家族譲りだねと笑われました。
解せません。
その後、たっぷり観光を楽しんで帰っていきました。
他の魔物にも喧伝してくれるそうです。
騎士さまは毎日、衛士の仕事に励んでいます。
衛士隊は、さまざまな種族で構成されています。
なので、隊の規定として、有事の際は各自に合った装備が認められることになりました。
いつ出番があってもいいように、と。
毎日、騎士鎧をぴかぴかに磨いています……騎士さまが。
そもそも手入れするのが趣味だったようです。
一度は頼むと言われました。
けれど手入れを始めようとすると、どこからともなく現れ、周囲でそわそわうろうろしだします。
問いつめたら白状しました。
最終的には、上半分と下半分で日替わり担当にすることで話がつきました。
でも騎士さまが磨いたほうが、ぴかぴかです。
いつか比肩してみせます。
飯屋は、安くて美味しい料理と、名物の激辛菓子で、ますます繁盛しています。
女将さんは看板娘のおかげだよと笑ってくれます。
私は女将さんの腕がいいからだと思いますが。
いつも焼き菓子を土産にもって新居に帰ります。
いつものように騎士さまに食べさせてあげます。
「うむ。甘い」
「そう言うのは、騎士さまだけです」
首を傾げますが、どうあっても言いはって譲りません。
解せませんが、私は幸せです。
おしまい。
『甘辛な私と、職無しの騎士さま。』これにて完結です。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました!
どうってことない設定。
見上げさせるのが申し訳ないからと、できるだけ椅子に座ったまま会話する傾向のある騎士さま。
どうしようもない設定。
魔王さま裏プロフィール多すぎて無駄に本文に食い込んでる件。すみません。