09:両親
GW?
そんなものはない!(大学生)
今夜は事情により光夜は早めに家に帰った。
本当は外に居たいが事情が事情なので仕方がない。
普段の生活が普段の生活なので午前2時を回っているにも関わらず眠れない。今は寝る訳にもいかないというのもあるのだが。
「取り合えず弁当でも作るか……」
一軒家の2階にある自分の部屋から外に出て、チラリと隣の部屋を見た後、変化がないことを確認し下に降りる。
降りてすぐに後悔するハメになるのだが。
階段を降りきると同時に1階の一番奥の部屋が開く。
しまった、と思うがもう遅い。
「………誰?」
「っ!?」
中から出てきた1人の女性、髪は伸びきり、乱れている。手に抱えているのは女の子の人形。
その女性は光夜が答えにつまり、視線を逸らしたのを見て叫ぶ。泥棒、と。
「マリア、マリアをどうしたの!」
女性は自分の世話をしてくれていると思っている別の女性の安否を尋ねる。光夜は何も答えないまま、ただ悲しげな顔をする。
そうこうしている内に部屋から出てくるもう1人の人間。今度は男性でこちらの髪もまた伸び、乱れている。そしてやはり、人形を抱えている。ただし男の子の人形という点では異なっている。
「ウチの子達に手出しはさせない!《──」
問答無用で何かを叫ぼうとする男性、恐らく魔法の名前だろう。しかし何も起きない。
何故なら2人の意識は既にないのだから。
──ドサリ
音を立てて崩れ去る2人。その2人を丁寧に部屋に運び寝かせる。
「父さん、母さん……何でなんだよ」
今しがた自分を泥棒扱いした両親にそう言って部屋を出る。勿論人形は2人の横に置いた。嫉妬を覚えずにはいられなかった。これが光夜の絶望、両親に会いたくない理由。悲しみで顔が歪みそうになる。ここで泣いてしまうことは簡単だ。けれどもそれをする訳には行かない。きっと今度こそ何もかも投げ出してしまうだろうから。
部屋を出ると同時に纏う雰囲気を一変させる。
そして2階を見て、つとめて明るく一言。
「ようレイ。起きたか」
◇◇
「ここ、は……?」
知らない天井だ。
ついそう呟きたくなる見慣れない天井が見えたレイは何故こんなところに居るのかを考える。
「……そうだ!アイツ、獣は?四埜さんは?」
戦闘の最後投げられた槍の衝撃によって気絶したことを思い出して、その後どうなったかを気にする。
疑問ばかりが増えていくが取り合えずは外に出ようと思い起き上がる。
「っ!」
脇腹に訪れる鈍い痛み。そこを反射的に触ると抉られたはずの肉の感触があった。
「そういえば……治癒魔法は後でとか言ってたっけ。凄いな本当に」
賞賛する言葉。だがそこには恐らく自分とそう変わらないであろう年齢の少女に対しての嫉妬も含まれていた。
「ということは……ここは四埜さんの家?」
見回すとベッドがあり、クローゼットがあるだけの部屋、客間だろうかとあたりを付ける。
この家が誰のものであれ取り合えず家主を探そうと僅かに残る痛みに耐えつつ部屋を出ようとする。
「────」
「────」
ドアに手をかけた瞬間に聞こえてくる叫び声と何かが地に落ちた音。レイはそれを聞いてそろそろとドアを開けた。
廊下に見える限りでは何もない。階段があるということは今のは下の階からの音だろうかと思い、上から覗く。いつでも魔法を撃てるように魔力も集めてある。
下の階の一番奥の部屋から出てくる1人の少女。髪の長さからして四埜ではない。誰なのか、今の音は何なのか、助けてくれたのは貴方なのか、それらを尋ねようとしたら向こうからレイに話し掛けてきた。
「ようレイ。起きたか」
「へ?」
つい間の抜けた声を出す。
よくよく見たら今日新しくクラスメイトになった少女もとい少年だと気付くまでレイはたっぷり10秒掛かった。
◇◇
「えーっと……光夜くん?」
「おう、空野光夜17歳だが問題でも?」
「いや、ないけど……」
光夜の声は明るい。しかしどこか無理してるような気がしなくもない。そのことに出会ったばかりのレイは気付かないが。
「ここは光夜くんの家?」
何者かは分かったので当初聞く予定だった残りの質問をすることにするレイ。
「そうだけど?」
「四埜さんは?」
「おいおい運んでやった人間に感謝するより先に別の人間のこと聞くか普通?」
「あ、ごめんなさい……それからありがとう」
「どういたしまして」
謝罪と感謝の言葉を述べるレイとそれを受け入れる光夜。
このとき質問をはぐらかされたことにレイは気付かなかった。
「他に質問は?」
他に、と付けることで四埜についての質問をもうさせない。
「じゃあ……さっきの叫び声と、それからどうしてこの時間に外に出ていたのかを。いや、それで助かったんだけどね」
光夜にとって予想通りの質問。叫び声が気になったから魔力を集めながら出てきたのだし、反社会的組織が活動するのも夜だ。外に出ていくのは危険だ。大体今日光夜が片付けしている時にした会話からして、また出かけるのは分かっていたが今日ぐらい自粛すると思っていたのだ。気になるのは当然だろう。
「……ほら、さっきも言っただろ?外に出てたのはちょっとした気分転換で、さっきの叫び声はこんな時間に出歩いて!って怒られたんだ。気にすんな……それから許可無しで外に出たけど逮捕しないでくれよ」
明らかな嘘。
しかしそれに納得しかけたときに気付く、頬を流れるその涙に。
「じゃあ……何で泣いてるの?」
「え…………あれ………本当だ………」
泣く訳には行かなかったはずなのに、何故か涙は止まらない。心配そうに見るレイを昔の母と重ねてしまう。
「くそ……なんでだよ……止まれよ………ちくしょう……あのとき枯れるほど泣いたのに……………いや、大丈夫だ……あのときほど拒絶された訳じゃないんだから──」
独白は続く。まるで誰かと会話しているように。
「──そうだ、立ち止まるな空野光夜。俺にはまだやるべきことがあるだろ──」
5分程経った後、そこに居たのはいつもの光夜。
「──あぁそうだったな、ごめんレイ。みっともない姿見せた」
「え……ううん気にしないで」
もう光夜の涙は消えている。ただ泣いた跡は残っている。綺麗な顔には一筋の線が走っている上に目元は赤く腫れている。
レイの返答に若干間があったのはそっとしておこうと考えてボーッとしていたからだ。
「で、本当の理由は?」
「…………ハァ。誤魔化せそうにない、か」
「まぁ流石にね……」
今の光景を見て光夜が非行(?)を怒られたと思う人間はいないだろう。
「先週風音と話してただろ?その時俺の親について聞いただろ?」
「エスパー?」
「いや、アイツは俺が魔法苦手なのは親の病気のせいだって思い込んでるからな、どうせ実力に対して明らかに不釣り合いな俺の勘について聞いたんだろ?じゃあそんな話になったんじゃないかって思っただけだ」
意外と馬鹿じゃないんだな、と思うレイだが勿論そんなことは言わない。
「その通りだよ……凄いね」
「まぁ本当は教えたって聞かされてたんだけどな」
「私の感心を返してよ……」
光夜は両親について詳しいことをクラスメイトには風音にすら話していない。そういう契約だから。レイに話すつもりもない、知っているなら気付くはずだから。空野光夜という名前を見たならば絶対に。
「まず勘、及び魔法に関しては生まれつきだ。両親の病気は関係ない……あ、これ誰にも言うなよ。その方が都合いいから」
その都合がいいというのを病気のせいということに出来るからだろうとレイはとる。男の子(?)の意地なのだろう、と。
レイが頷いたのを見て光夜は続ける。
「で……9年前に発症した俺の両親の病気……起きる時間、活動時間が深夜になって、昼の12時前後にご飯だけ食べに起きるようになっている……変だろ?」
レイはそんな病気聞いたことがなかった。だが今彼女が気になっているのはそんなことではない。それだけなら先ほどの叫び声と光夜の涙の説明がつかない、そこが知りたいのだ。しばらく間を置いた後光夜は続ける。
「………それから、さっきの叫び声………あれは俺を泥棒だと思っているからだな」
そう告げた光夜の声は僅かに震え、他人のことを話しているようだった。だがこれ以上醜態を曝す訳にはいかないという思いからか泣き出してはいない。
「えっと……それはどういう?」
「あの2人にはここ17年…正確には17年前から9年前までの記憶が一切ない、だから外に出てた」
「っ!それ、は……」
「……2人にとって子供たちってのは人形らしい」
それが意味することはただ1つ。光夜の存在を丸々忘れているということ。いや、忘れられるよりもっと酷い。子供はいると思っているのに子供として認識されていないのだから。
幼い頃に両親から拒絶されるというトラウマ……絶望は想像の範疇を越えているだろう。
だがレイは、幼少時に別のタイプの絶望を味わったレイは理解出来た。
「そっか……光夜くんも絶望を味わったんだね」
「も?」
「私もね子どものときにトラウマがあるのよ」
光夜にはレイがいきなり過去を語りだした理由が理解できない。自分のことまで話すとか馬鹿なのかとさえ思っている。
何だかんだで性格は悪いので聞いておこうとは思ったが。
それに、心当たりもあった。
「お前が寝言で言ってたお父さんごめんなさい。ってヤツか?」
「…………うん」
人には知られたくないことがある。
部屋に運んでいる際レイが呟いたそれに本来触れるつもりはなかったが、自分から話し出したのだから別にいいだろうと判断し尋ねることにする光夜。
「私が8歳のときにね……殺されちゃったのよ……私のせいで」
SSOの人間は基本的に外で戦う。『結界発生結晶』の効果が及ぶのはあくまで建造物であり、ビルや家は勿論、道路や公園の遊具は守られていても、中の物や人間にまで効果は及ばない。だから戦闘の場に足手まといの娘を連れていったというのはおかしい。建物の中で何かすることが目的なら別だが。
そこまで考えたところで気付く。そんな組織もあるということに。
「『MA.ID.EN.』……か?」
心当たりのある組織の内、可能性が最も高い組織の名を上げる。
「え?……うん。というか何で分かったの?」
まさか自分のせいだというフレーズではなく組織の方に興味が行くとは思わなかったため先ほどまでの空気が一転する。自分への気遣いかと思ってレイは光夜の評価を上げたが光夜はただ自分の疑問を解決したいだけだ。
「あの変態痴女軍団の目的は…………お前、なんだろうな…………ドンマイ」
「う、うん………私の誘拐が目的だったみたい」
妙に実感の籠った光夜の態度に引きつつ本題に戻す。
「……確かにそれならお前のせいと言えなくもない、か?」
それだけなら弱い気がすると思いつつも一応納得する光夜。
「ううん……そうじゃなくて敵を倒したお父さんに駆け寄って……それで、最期に力を振り絞って敵が私を狙って攻撃したの……それをお父さんが庇ってくれて……それで……」
段々瞳を潤ませながら話すレイ。
「……それで……うぅっ」
光夜は流石に見かねて止める。
「いいから……明日も学校なんだしもう寝ろ」
話してる間に3時を回っている。もう寝ないと明日はもたないだろうと思い寝ることを薦めるフリをして話を打ち切った。
「うん……おやすみ」
「あぁ……おやすみ」
顔を伏せながらも割り当てられた部屋に向かうレイ。ここで光夜の部屋と間違うなんてことはなかった。
レイが部屋に戻った音を確認して虚空に話しかける。
「あーあ、教えるつもりなんかなかったのにな……」
レイが知るのは数年先の予定で、その頃には縁も切れているはずだったというのに予想外のタイミングで知られてしまった。これは話していない真実に辿り着くのも時間の問題だろう。
「どう思う?四埜」
話しかけた相手はレイを助けた仮面の少女と同じ名前。
【取り敢えず……母親は生きいてるみたいでしたけど連絡とかしないでいいのでしょうか】
「……あ」
光夜と瓜二つな顔をした少女は笑いながら光夜が聞いたものとは違う答えを返した。
作者「……」
光夜「……まさか書くことが思いつかないとか言わねぇよな?」
作者「いや、お前イイとこ全然ないな、と……」
光夜「お前のせいだろうが!ギブミー活躍!」