13:ハッタリ
今年こそ、少なくとも一章は終わらす
「今日は誠に残念だが──」
チラりと光夜の方を見て松本は続ける。
「──火を起こす練習だ。使用するのはスパークとウィンドだけな」
「オイ待てコラそこの糞教師!今何で俺の方見たんだ?……てめーらも項垂れてんじゃねーよ!」
ここ1週間光夜の失敗劇場が続いていたから今日も面白可笑しい失敗が見られると踏んでいたクラスメイトは項垂れていた。争いごとが嫌いで攻撃魔法の練習なんかしたくない生徒たちですらだ。
状況がイマイチ飲み込めない、いや、光夜の失敗が見られないことに対して皆が反応していることは理解できるがここまで過敏に反応している理由が分からない転校生、レイは隣に居た特に落ち込んでいる風音に理由を訊く。
ほぼ完全に馴染んだと言ってもやはり転校生である以上知らないことも多々あるのだ。
「……ウザいのさ」
「へ?」
「……ランクⅡ以上の魔法の練習をした次のランクⅠの魔法の練習をする日の光夜はウザいんだよ。しかもアイツに自覚がないのが余計に質が悪い……まぁ見てれば分かると思うよ」
いつもと同じように出席番号順に魔法の練習をし、松本がアドバイスをする、というのが続く。
この2日間がそうだったという理由で今日も光夜、風音、レイの3人は後に回された。今日は光夜が一番最後だ。
実はランクⅠの練習をまともにする人間というのは少ない。何故かと言うとランクⅠとは生活する上で最低限必要な魔法であり、自然と慣れていくものだからだ。練習するのはそれこそ料理人を志す者や、治療魔法によらない医療を行う者、といった繊細な魔法のコントロールが要求される者たちだけだ。
それでも授業でやるのはコツを教える為、将来細かい作業を行う職につく者のサポートといった面が大きい。文系人間の将来に大して必要にならないであろう数学や化学を教えているようなものとも言える。
そして光夜に大きな変化は見られないまま風音とレイの番が終わる。流石の2人も他の生徒より多少出来る程度。風魔法が得意な風音ですらそれなのだ。
だと言うのに……。
「次は……やらなくていいか。ウザいし」
「「「異議なし!」」」
「異議あり!」
「……ちっ。いつものお前の希望通りサボらせてやるんだから寧ろ感謝しろよ……」
「そうやって数少ない俺の活躍の場をとるな」
「しゃーない、さっさとやれ『ハッタリの魔法使い』」
そう言って光夜に場所を譲る松本。嫌そうだ。
対して光夜はニヤニヤと周りを見ながら歩いていく。
【ウザいです兄様……】
先ほど風音は光夜が自覚していないと言ったが正確には違う。
自覚していてもしていないフリをしているだけだ。
「《火の粉》《風》」
今日の授業内容は簡単だ。
用意されている木材に火種として火の粉の魔法を使い、風を操作して大きな火にするというもの。この技術は料理に応用される。
料理用の魔法具に火の粉を当てると火になる。そこから風量を調節して調理するのだ。
ただそれは放出可能な火力が決められており授業には向かない。だから木材を用いている。
それでも普通の人間は小さな火を起こすのがやっと、寧ろ火を起こすのは普段魔法具に頼っている分区立高校レベルの人間には起こせない者の方が多い。このクラスの人間は全員起こすことが出来るのだが。
光夜はランクⅡ以上は兎も角ランクⅠでは他の追随を許さない。
「……どうやったらそうなるんだよ」
「どやぁ」
何故かキャンプファイアが出来ていた。出力が低い為時間は掛かっているがそれでもおかしい。1週間の間で溜まりに溜まった彼のフラストレーションを表しているようだった。少なくとも顔は明らかにそれを表している。
【まぁ見かけ倒しですけどね】
「まぁ見かけ倒しだがな」
光夜と四埜の声がハモる。
2人の言う通りこれは見かけ倒しだ。ハッタリや何かを時間をかけて燃やすことにしか使えない。妹のように一瞬で燃やし尽くすことなど出来ない。
「《水》」
証拠に松本が放った光夜でも使えるような簡単な魔法で消え去った。
「まぁ確かに空野の魔法は本人の言う通り見かけ倒しだ。ハッタリでしかない。理由を誰か説明出来るか?」
レイが勢い良く手を上げる。他に誰も手を上げないところを見て仕方ないなと言いながら松本はレイを指名する。別にレイが嫌いな訳ではなく他の生徒、言い方を悪くするとあまり出来の良くない生徒の自主性を見たいという教師としての考え方から来る態度なのでレイも悪い感情は抱かなかった。
「魔力が余り込められてないからです。さっきの光夜くんの魔法は大きくてもただの火、自然現象とほぼ変わらないものであってそれより強かった先生の魔法には及ばなかったからすぐに消火されました」
レイが答えた通り光夜の見た目が大きかっただけ。これが四埜やレイ、風音の魔法であったならば松本はもう少し強力なものを使わなければならなかったはずだ。自然発生した火はその限りでないがここでは説明を割愛する。
「正解だ。じゃあついでに強力な魔法の見本を見せてくれ。清川、ランクⅧ以上の魔法を使ってくれ」
「え?はい。私としては構わないんですけど……その、夜に」
「大丈夫。今からならギリギリ間に合うはずだ」
レイがしたのは夜に魔力が足りずに戦えなくなる心配だ。昨日四埜という化物が居ること、どうやら味方らしいことは分かったが彼女の真意は分からない。しかも昨日の獣という男がまた襲撃してくるかも知れないのだ。万全の状態で臨みたかった。
まぁ昨日の様子を見ている限り四埜が負けることはなさそうだ。例え彼女が何を考えていようと味方であってくれるならばそれでいいかとレイは考えて今眼を輝かせているクラスメイトたちに応えることにした。一晩寝れば回復出来るということは、家に帰って特殊な枕で寝れば回復出来るというのもある。
「包み込め。《光の光線》」
黄色いレーザーが昨日も使用していた的に向かって飛び、消し飛ばした。ライトボール程度で抉れるような安物では存在することすら出来なかったようだ。的を壊すという悪意を持っていたので校舎の壁は傷1つ付いていない。
レイは改めて『結界発生装置』の、今夜再び起こるであろう戦いの重要性を思い知り、昨日失態を演じた自分を責め、反省した。
教室のあちこちで拍手が上がる。
「ど、どうも……」
拍手が鳴り止むのを待ち、松本が授業を再開した。
「今のがランクⅧだ。ランクⅦまでの魔法の見分けはしにくいがそれ以降はしやすい。おい、そこの我が儘姫理由答えろ」
光夜の方を指差して答えを求める。だが向けられた光夜は後ろを向いて風音に言う。
「言われてるぞ風音」
「いや、どう考えてもボクじゃないだろ?」
「薙海じゃなくてお前だよ空野。さっさと答えろ」
「何で俺が姫なんだよ……えっとー『刻まれた言葉』だけがランクⅧ、『刻まれた言葉』と体言止めがランクⅨ、『刻まれた言葉』、体言止め、命令文がランクⅩ。魔法をそれぞれ発動するときに魔法名の前に詠唱しなければいけない。これでいいか?」
「正解だ。説明不十分な気もするが合ってるからなぁ……馬鹿でもこれくらい知ってるか」
クラスメイトたちも頷く。たとえ使えないのだとしても憧れの対象である高位魔法のことは知っているものだ。
「じゃあ『刻まれた言葉』についての説明を……宮崎」
「人が生まれながらに頭に刻まれた言葉です」
勢い良く、ビシッと立ち上がり、ドヤ顔で
「まんまじゃねーか……まぁそれで間違いではない。これが必要になるのは一部の人間だけだ。お前ら……多分清川以外の人間には関係ないな。あっても薙海くらいだな。ちなみに俺のは『積み立てろ』」
生徒の可能性を否定した言葉。ある意味現実を教えると言う意味では教師らしい。松本はさらに続けて言う。
「まぁ俺はⅦまでしか使えないんだがな。……ってそれはいい。問題は『刻まれた言葉』は文脈に関係はないということだ。世の中には『焦がせ』というのが最初に来るくせに水魔法を使ってくる奴もいる」
どこか哀愁が漂ったその言葉、自分の体を見ながら呟かれた言葉に光夜、四埜そしてレイは反応した。いや、目に見えて表情を変えたのはレイだけなのだが幸いそれに気付く者は居なかった。松本は下を見ながら話していたし、他の者は松本を見ていたからだ。
ただ光夜はソワソワしておりそれを見てどうしたのだろうと思っている生徒はいたのだが。
と、そこで授業終了を告げる鐘の音。
「まぁお前たちにはほぼ関係ない話だったと思うが知っといて損はない。今日はこれで授業を終わる。山根先生のHR受けに教室戻れ」
その言葉と同時に走り出す生徒が1人、光夜だ。トイレに駆け込む彼を見てソワソワしていた原因が分かった生徒は笑いながら教室を出る。
レイは残って松本に聞きたいことがあったのだが、クラスメイトに捕まり、聞く機会を失ってしまったのだった。
光夜は学校の屋上に居た。
食べ損ねた昼食を摂るためだ。
「焼きそばパン久しぶりに食ったけどうまいな」
【私も食べたいです】
「今日は我慢しろ」
【……ケチ】
人も居ないため学校だと言うのに堂々と四埜と会話できていた。が、誰かの話し声が聞こえたので途中で中断される。
ギィ、と屋上の扉を開ける音。
「──はい……、すか………、した…は……ター………なら」
片手に最近開発された魔力を世界から取り込むことで使い手の魔力なしで会話できるようになった通信具を持った少女が入ってくる。彼女が通信を切ったのを見計らって声をかける。
「よっ奇遇だな」
ビクッと少女は体を震わせるが、相手が光夜であることを認識すると怯えがほぼ消えた。ただまだ僅かに残っている。
「……奇遇、ですね空野さん。……今の話聞いてない、ですよね」
少女、雫が怯えを完全に消していない理由はそれのようだ。余程聞かれたくない内容だったらしい。
「ん?聞こえなかったけどそれがどうかしたのか?」
その言葉を聞いて胸を撫で下ろす雫。怯えも完全に消えてなくなった。
「……ならいいん、です」
「そうか」
光夜もここで問い詰めたりしない。絶対に口を割らないであろうことは分かっているし、そんな無駄なことに労力をさこうとも思わない。
「……あの、どうしてここに居るん、ですか?」
2人は当たり前のように来ているが屋上は立ち入り禁止である。だから雫は光夜がここに居る理由が気になった。
「昼飯食いそびれたから食いに来た。あぁ、別にお前が悪いんじゃなくてアイツ等が悪いんだから気にするなよ」
「……はい」
雫が来たのは通話をするためであり、光夜もそれを分かっているので聞き返したりしなかった。それよりももっと気になっている事柄を尋ねる。
「なぁ、何でレイを親の仇を見るように睨んでたんだ?」
その質問をした瞬間強い風が吹いた。だがそれでも髪は雫の目を隠すのを止めない。
「……私が眼を隠してるのも、私の病気も、両親がいないのも全部SSOのせいなんです」
普段と違い敬語の前に間がない喋り方。流暢に紡がれるその言葉はどこか狂気を含んでいる。
「……人々を守るだなんて言っといて裏でやってることはそんなものなんです。勿論清川さんが悪だなんて言っていません。彼女がいい人であるのは分かります。それでもSSOが憎いんです」
風は止むどころか強さを増している。まるで雫の狂気に呼応するかのように。バサバサと彼女のスカートがはためいているが、何故かその声はよく通る。
「……今夜、出来れば街の外に出ていて下さい。空野さんには生きていて欲しい、ですから」
雫は光夜に背を向けて自分が来たドアの方へ歩き出す。
「なぁ凍城、眼を──」
見せてくれないか、というお願いをしようとした時にはもうドアは閉められ、雫は光夜の視界から消えていた。
そして風はもう吹いていない。
「あ、いたいた。おーい光夜くん!」
「ん?どうしたんだレイ?」
光夜がパンを食べ終わり帰るため下足箱に向かうと金髪美少女が待っていた。2人は恋人でもないし待ち合わせをしていた訳ではない。なのに明らかに待っていた雰囲気を出しているレイに疑問を覚えた。
【服じゃないですか?ウチにありますし……】
「あぁ、SSOの制服か」
洗濯以前にボロボロだったのだが、そこは流石SSO特製の服、勝手に直っていた。ただ血だらけなので必死に洗わなければ使えないだろう。自動洗浄機能も付けろよ、と光夜は思っていた。
「そこは浄化を使うから問題ないわ」
「……その発想はなかった」
光夜はそんな方法を思い付かなかったことに落ち込んでいた。よく考えたら当たり前のことだったのだ。
地面に膝と手をついている。
「いや、別に光使いしか出来ないことなんだからいいんじゃない?」
「……あぁ、そうだな。ってゆーかそんなことよりレイ、お前自分の母親に連絡したのか?」
「えぇ、友だちになった可愛い娘の家に泊まったって言っといたわ。心配かけたくないし可愛い娘は事実だし……ぷっ」
【うん、可愛いかったですね】
女装中の光夜を思い出したのか笑うレイ。イラッと来た光夜だがここで言い合うとさらに長くなる気がしたので何も言わない。四埜の方は睨んでおいたが。
「ごめんごめん。……そういえば氷城さんが私を睨んでた理由って何でか知らない?」
「気付いてたのか」
「え?私今馬鹿にされた?」
「してねーよ」
レイは一しきり笑った後急にちょっと寂しそうな顔をして雫が自分を睨んでいた理由を知らないか尋ねる。自分に身に覚えのない悪意をぶつけられて平気で居られるほど彼女の精神は強くない。いや、きっとどこか純粋な心を持つ光使いである以上平気になることはないだろう。
【兄様、どうするのですか?私は取り敢えず嘘を言って真実を突き止めた後からその真実を言った方がいいと思いますよ?】
かと言って雫が語った内容をそのまま言っても信じないだろう。光夜自身も信じていない。知らないと言うのも悪手だ。レイは気にし続ける。ならここは四埜の言う通り嘘を言うべきだと光夜は判断する。
「……さっき会ったから聞いたお前がら恨みがある人間に似てたらしいぞ?謝っといてくれって言われた」
一見直ぐにバレるであろう嘘ではあるが問題はない。恐らく今晩にも真実が分かるだろうから。
「……そう、なんだ。私が何かしたわけじゃないんだね?……ならいいか。じゃあ光夜くん、手を掴んで」
レイはホッとした後光夜に手を差し出す。反射的に光夜は握ってしまった。………朝の悲劇を思い出したのはその後だ。
「《光速移動》」
「おい、馬鹿、やめ……あぁああぁあぁぁぁ」
僅か数秒で光夜の家に着いたのだが光夜の顔には幾つかの擦り傷が出来ていた。朝と違い気絶しなかっただけマシかも知れなかった。
「ブラッディソウル……面倒な前例だよな」
【……ですね】
レイが制服を受け取り、浄化して綺麗にし、再び礼を言って帰った後の兄妹水入らずの会話。ただし内容は穏やかな物ではない。
過去最大の死傷者を出し、未だに犯人グループの特定には至っていない最悪のテロ事件、血にまみれたソウル。
【『ハウンズ』が来た瞬間にソウル市民の虐殺を終了、撤退、実行犯には敬意を表したいレベルの計画性です】
あえて1つの街に襲撃をかけてSSOと衝突、撤退。そのSSOが日中に避難命令を出した瞬間を狙って複数人で街から退避する人間を殺しまくった。
この前例のせいで本当は街から避難してほしくてもさせるわけにはいかない、自分で対処するしかないという決意の目をしていたレイを思う。
「まぁ、俺たち(・・)がいる以上何の問題もないんだがな」
【はい】
恐れなど微塵も感じられない2人だった。
光夜「今度こそ俺の活躍が見られたぜ!」
作者「……どや顔で誇るほどでもなかったけどな」
光夜「せ、世界中の料理人が見たら嫉妬するほどの火の調節力なんだからな!」




