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調和の守護者 リリィ&コピ第三部  作者: マスター


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第100話 中心に触れずに見る

第99話では、低酸素水誘導幕を三枚に分け、生存境界帯を守るための外縁防衛線を試しました。


完全に低酸素水を止めるのではなく、流れを少し外へ逃がし、生き物の通り道を残す。


その結果、生存境界帯は一晩を越えることができました。


しかし、内湾中央の黒泥域では、ガス反応が上昇していました。


第100話では、危険な中心へ直接踏み込まず、黒泥域の状態を外側から観測する方法を探ります。

内湾中央の水は、朝になっても黒かった。


風は弱い。


水面は静かだ。


だが、その静けさが安全を意味しないことを、もう誰も知っていた。


黒泥域の中心では、昨夜からガス反応が上がっている。


見た目には何も変わらない。


泡が少し多いようにも見えるが、はっきりとは分からない。


だからこそ怖い。


ハルトは港湾堤の上から内湾を見下ろした。


「船を出して、中心で測るか」


ソウマがすぐに首を横に振った。


「だめだ。船の波だけで底が反応するかもしれねえ」


ミラも頷く。


「採泥器を入れるのも危ない。昨日よりガスが増えているなら、底を突くのは避けたい」


ナギは地図を見つめた。


黒泥域の中心。


その周囲に、外縁防衛線。

生存境界帯。

生物退避経路。

仮設潮抜き管。


守る線は増えてきた。


でも、中心そのものには触れていない。


「触らずに見る方法はありますか」


ナギが尋ねると、コピが答えた。


「あります。中心へ船を入れず、周囲に浮標を置きます」


表示板に、黒泥域を囲む六つの点が現れた。


「観測浮標を輪のように配置し、水温、酸素、濁度、ガス反応、微弱な水の動きを測ります。中心へ直接入らず、周囲の変化から内部状態を推定します」


オルガが画面を覗き込む。


「海の周りに見張りを立てる感じ?」


「近いです」


アルセリウスが静かに言った。


「中心を支配しに行くのではなく、中心が何を出しているのかを聞くのね」


リリィは内湾を見た。


黒い中心に向かって進めば、早く答えが見えるような気がする。


でも、答えを急ぐほど壊すかもしれない。


「外から聞こう」


ナギは頷いた。


「はい。黒泥観測輪を作ります」


午前中、六つの観測浮標が準備された。


浮標は小さく、軽い。


底に重い錘を落とさないよう、港湾堤と外縁側から細い位置固定ロープで支える。


水面から吊るす測定器は、底へ触れない高さに調整された。


ハルトが確認する。


「流されたら?」


ファルコンが答える。


「上空から追う。回収ロープも付けてある」


ソウマが浮標を見た。


「黒泥の中心へ引き込まれたら、無理に引くな。底に何があるか分からねえ」


ナギが記録する。


浮標が異常移動した場合、強引な回収禁止。原因確認後、浮上回収。


リクが観測塔から見ていた。


「黒いところを囲むの?」


「囲うけど、閉じ込めるんじゃないよ」


ナギが答える。


「見るための輪」


リクは少し考えた。


「じゃあ、黒い泥の耳?」


オルガが笑った。


「かわいい言い方だね」


コピが少し間を置いて言った。


「正式には黒泥観測輪です」


「分かってるよ」


最初の浮標が水面へ置かれた。


続いて二つ目、三つ目。


船は中心へ入らない。


外側からロープを渡し、ファルコンが位置を見て微調整する。


四つ目までは順調だった。


五つ目を置いた時、内湾中央で小さな泡が上がった。


一つ。


二つ。


それから、しばらく何もない。


ナギが息を止める。


コピが数値を見る。


「底層濁度、変化なし。ガス反応、一時上昇。浮標設置による波の可能性があります」


ソウマが言う。


「これ以上近づけるな。六つ目は外側へずらせ」


ハルトは地図を見る。


「輪が少し歪むぞ」


「歪んでいい。底を起こすよりましだ」


ナギはすぐに配置を変更した。


「六つ目、外側へ二メートルずらします」


完全な円ではない。


少しいびつな輪。


だが、今の海には、その方が合っていた。


黒泥観測輪は、昼前に完成した。


すぐに結果が出るわけではない。


浮標は、ただ水面で揺れている。


だが、表示板には少しずつ線が増えていった。


北側は酸素が低い。

南側は水温がやや高い。

旧船回し場側は、ガス反応が出やすい。

旧潮抜き水路側は、わずかな水の動きがある。


ナギはそれらを重ねていった。


「中心が全部同じではない……」


コピが頷く。


「黒泥域内部にも偏りがあります。特に旧船回し場側でガス反応が高い」


ソウマが地図を見て低く言った。


「そこは昔、古い鎖や沈んだ部材が多かった場所だ」


ハルトが顔を上げる。


「記録にはない」


「だろうな。船回し場を使わなくなった時、沈んだものを全部回収したとは思えねえ」


ファルコンが上空から映像を拡大する。


水面下は黒く、何も見えない。


だが、ガス反応が強い場所は、旧船回し場の端と重なっている。


ナギは記録した。


旧船回し場側、沈没物残存の可能性。ガス反応高。


午後になると、五つ目の浮標がわずかに動き始めた。


流れに押された動きではない。


何かに引っかかったように、同じ場所で不自然に揺れている。


オルガが目を細めた。


「あれ、変だよね」


コピがすぐに確認する。


「浮標五番、位置異常。下部測定線に引っかかりの可能性」


ソウマが船へ乗ろうとする。


「行くぞ」


ナギが止めた。


「待ってください。強引な回収は禁止です」


ソウマは一瞬動きを止め、舌打ちした。


「そうだったな」


ハルトが作業員へ言う。


「浮上回収具を使う。ロープを引くな」


ファルコンが上空から位置を示す。


「五番の下、泡の出る場所と近い」


ミラが小型の浮上具を準備した。


測定線に沿って、小さな浮き袋を下ろす。


水中で膨らませ、絡まったものを上へ持ち上げる仕組みだ。


底をこすらず、力をかけすぎない。


作業は遅い。


だが、誰も急かさなかった。


しばらくして、黒い水面から錆びた鎖の一部が浮かび上がった。


太く、古い係留鎖だった。


そこに、浮標の測定線が絡んでいた。


ソウマが顔をしかめる。


「やっぱり残ってたか」


ハルトは鎖を見たまま黙った。


港が忘れたもの。


海の底へ沈めたままにしたもの。


それが、今も水の流れを乱し、泥を溜め、ガスの出る場所を作っているかもしれない。


ナギが静かに記録した。


旧係留鎖、黒泥域内で確認。周囲ガス反応高。強引な引き上げ禁止。


オルガが尋ねる。


「これ、すぐ回収しないの?」


コピが答える。


「鎖全体が泥に埋まっている可能性があります。一部だけ引けば、底泥を大きく撹乱する危険があります」


ハルトが頷く。


「位置を記録する。今日は触らない」


ソウマも同意した。


「まず、どれだけ埋まっているか見る」


リリィは、黒い水面に浮いた錆びた鎖を見つめた。


黒泥域の中心は、ただ泥が溜まった場所ではなかった。


忘れられた物も眠っている。


いや、眠っているように見えて、流れを止め続けている。


「海の底にも、片づけられなかった過去があるんだね」


アルセリウスが通信で答えた。


『ええ。でも、過去は無理に引き抜くと周囲を壊すことがあるわ。まず、どこにあるかを知ることね』


夕方までに、観測輪から初日の地図が作られた。


黒泥域の中心。

旧船回し場側の高ガス反応。

旧係留鎖の位置。

旧潮抜き水路側の弱い流れ。

生存境界帯へ伸びる黒い舌の入口。


すべてがつながり始めていた。


確認会で、ナギは説明した。


「黒泥域は一様ではありません。特に旧船回し場側に、ガス反応が高い場所があります。そこに古い係留鎖が残っていました」


ハルトが続けた。


「港湾側で、過去の係留設備撤去記録を探します。記録がなければ、沈没物として登録します」


ソウマが言った。


「漁師側の記憶も集める。昔、網を引っかけた場所があるはずだ」


コピが次の方針を表示する。


一、黒泥観測輪を日中のみ設置し、夜間は一部縮小する。

二、旧係留鎖を引き上げず、範囲を確認する。

三、沈没物とガス反応の関係を調べる。

四、黒い舌の入口を観測する。

五、底泥を動かす作業は行わない。


町の商人が言った。


「また調べるだけか」


少し前なら、その言葉で場が重くなった。


だが、ハルトが落ち着いて答えた。


「調べずに引けば、港の底が壊れる」


ソウマも言った。


「海は片づけ場じゃねえ。だが、片づけるにも順番がある」


ナギは二人を見た。


港と漁師が、同じ方向を見ている。


まだ意見は違う。


でも、急がない理由を、もうリリィたちだけが説明する必要はなかった。


夜。


観測輪は一部だけ残し、回収された。


黒泥域の中心に近い浮標は、夜間の漂流物やガス反応に備えて外す。


残したのは外縁側の二つだけ。


ナギは観測塔から内湾を見た。


「中心を見に行かなくても、少し見えました」


リリィが頷く。


「うん。触らなくても、聞けることがあるんだね」


リクは記録板に、黒い丸と、その周りの六つの小さな耳を描いた。


その一つに、鎖の絵も描いてある。


「黒い泥の耳と、古い鎖」


ナギは笑った。


「それも記録に添えよう」


リクは嬉しそうに頷いた。


その時、コピの端末が新しい線を表示した。


「旧係留鎖の位置と、黒い舌の入口が近接しています」


ナギが顔を上げる。


「鎖が、低酸素水の流れを作っている?」


「断定はできません。ただし、沈没物が水の動きを遮り、泥と有機物を溜め、ガス反応を高めている可能性があります」


ハルトは静かに言った。


「次は、沈んだものの地図か」


ソウマが頷く。


「海の底の忘れ物を数えるんだな」


リリィは夜の内湾を見た。


黒い中心は、まだ触れられない。


けれど、その周りに耳を置き、声を聞くことはできる。


泡の音。

酸素の低下。

水温の偏り。

鎖に絡む流れ。


中心は、黙っているわけではなかった。


人間が聞いていなかっただけだ。


「次は、海の底の忘れ物を見つけよう」


ナギが頷いた。


「はい。引き上げる前に、全部地図にします」


夜の内湾は、静かだった。


だが、その静けさの下で、黒い泥は確かに動き続けている。


そして人々は、ようやくそれを聞くための輪を作り始めていた。

第100話では、黒泥域の中心へ直接船を入れず、周囲に観測浮標を配置する「黒泥観測輪」を作りました。


中心へ踏み込まなくても、周囲の酸素、水温、ガス反応、微弱な流れを記録することで、内部の偏りが見えてきます。


その結果、旧船回し場側でガス反応が高く、古い係留鎖が黒泥の中に残っていることが分かりました。


ただし、すぐに引き上げることはしません。


鎖の多くが泥に埋まり、強引に引けば底泥を大きく動かす危険があるからです。


第100話の節目ではありますが、物語としては大きな勝利ではなく、「中心に触れずに見る」という慎重な一歩にしました。


次回は、海の底に残された沈没物や忘れられた構造を地図化していきます。


原案・構想:マスター

物語構成・本文作成・文体調整:G(ChatGPT)

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