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調和の守護者 リリィ&コピ第三部  作者: マスター


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14/24

第91話 港の下に残された道

第90話では、港へ降った雨が、修理場の油や金属粉、資材置き場の樹脂片、倉庫周辺の有機物を内湾停滞域へ運んでいることが分かりました。


そのため、二回目の仮設潮抜き試験は延期され、使われなくなった旧点検槽を、港湾雨水処理試験区として再利用することになりました。


しかし、その点検槽の下から、図面に記されていない細い空洞が見つかります。


第91話では、港の地下に残された道を調べながら、その構造が潮抜きと雨水排水のどちらに使われていたのかを確認します。

旧点検槽の底には、黒い泥が溜まっていた。


前日の雨水。

長年流れ込んだ砂。

錆びた金属片。

細かな樹脂片。

作業路から運ばれてきた土。


それらが重なり、槽の本来の深さは見えなくなっている。


作業員たちは、泥を一気に取り除かなかった。


どこに何があるのか分からないまま掘れば、古い管を壊すかもしれない。

溜まった水が急に地下へ流れ込み、別の場所から噴き出す危険もある。


コピが点検槽の縁に立ち、簡易地中測定図を表示していた。


「空洞は、点検槽底面から約一・二メートル下にあります。幅は狭く、東側へ伸びています」


ハルトが古い港湾図面と見比べる。


「東側は、旧潮抜き水路の閉鎖地点だ」


ナギが尋ねる。


「つながっている可能性は?」


「あります。ただし、現在の測定だけでは確定できません」


ソウマが槽の中を覗き込んだ。


「昔の潮抜き水路が、港の雨水にも使われていたんじゃないのか」


トウジが首を横に振る。


「それなら、排水図に記録が残るはずです」


ソウマは鼻を鳴らした。


「記録が残ってないものなら、今までいくつも出てきただろ」


トウジは言葉に詰まった。


旧小水源群。

湿地跡。

仮設排水路。

旧潮抜き水路。


どれも、一度は使われ、役割を持ちながら、記録の外へ消えていた。


今回も同じ可能性がある。


リリィは点検槽を見下ろした。


「まず、泥の下に入口があるか確かめよう」


コピが頷く。


「直接掘削ではなく、排水と吸引を段階的に行います」


オルガが作業用の長靴を見て、少し嫌そうな顔をした。


「また泥の中?」


ミラが笑う。


「最近ずっと泥だね」


「海の話なのに、土と泥ばっかりだよ」


アルセリウスが静かに言った。


「海へ届くものを追えば、泥に行き着くことが多いのよ」


「それは分かるけどさ」


オルガは長靴を履いた。


「入るよ。危ない場所は先に見る」


旧点検槽の水は、仮設ポンプで少しずつ抜かれた。


抜いた水は、そのまま内湾へ流さない。


昨日設置した仮設堰を通し、泥を沈め、浮いた油を布で回収し、最後に簡易ろ材を通す。


港湾雨水処理試験区は、すでに役目を始めていた。


ハルトは処理後の水を見た。


完全に透明ではない。


だが、槽から直接抜いた水より明らかに薄い。


「これだけ違うのか」


ミラが答える。


「止めて、分けて、沈めただけでも変わります」


コピが補足する。


「油分反応も低下しています。ただし、この設備は応急用です。大雨時の処理能力は不足します」


ハルトは頷いた。


「分かっている。まずは、何が必要かを見るための試験だ」


その言い方に、ナギが少し笑った。


ハルトも、少しずつ調律の言葉を使い始めている。


点検槽の水位が下がると、底の形が見え始めた。


四角い槽の東側。


泥の中から、石で囲まれた小さな開口部が現れた。


人が通れるほど大きくはない。


太い管よりは広く、排水溝よりは狭い。


開口部には、錆びた格子が取り付けられている。


オルガが槽の中から声を上げた。


「入口、あったよ」


ハルトたちが身を乗り出す。


ナギはすぐに位置と形を記録した。


「幅、約半メートル。高さは泥で埋まっていて不明。格子あり」


トウジは格子を見て言った。


「ただの排水管ではない。流量を抑える構造に見えます」


コピが格子の形を読み取る。


「格子の奥に、逆流防止板と思われる部品があります。ただし腐食しています」


ミラが尋ねる。


「水が両方へ動くことを想定していた?」


「可能性があります」


ハルトは古い図面を何枚もめくった。


「待て」


一枚の図面の端に、小さな記号があった。


旧点検槽の位置から、旧潮抜き水路へ向かう点線。


だが、線には名称がない。


注記も途中で切れている。


ナギが顔を寄せる。


「この線、空洞の方向と同じです」


コピが図面と測定結果を重ねた。


「ほぼ一致します」


ソウマが言った。


「やっぱり潮抜きにつながってるのか」


ハルトは慎重だった。


「まだ分からない。点線は工事予定線かもしれない」


アルセリウスが通信越しに言う。


『線の形だけで役割を決めない方がいいわ。現物と、周辺の記録を確認しましょう』


リリィは頷いた。


「この入口を、少しだけ確認できる?」


コピが答える。


「格子を外す前に、内部の水質と空気を測定する必要があります。閉鎖空間では危険なガスが溜まっている可能性があります」


ソウマが苦い顔をした。


「黒い底泥と同じか」


「はい」


細い測定管が、格子の隙間から空洞へ入れられた。


数秒後、コピの端末に数値が表示される。


「酸素濃度、低。硫化系ガス反応、軽度。人が近づける状態ではありません」


オルガがすぐに槽から上がった。


「先に言ってよ」


「オルガの位置では危険値に達していませんでした」


「そういう問題じゃない気がする」


それでも、全員が開口部から少し離れた。


ハルトが尋ねる。


「どうやって調べる」


ファルコンが小型観測機を運んできた。


「これを使う。細い通路用に、ギアードの点検班が調整した」


手のひらほどの大きさの観測機。


小さな車輪と、前方を照らす灯り。

水質計と空気計。

簡易映像装置。


コピが言った。


「格子を完全には外さず、破損部を少し広げて投入します。内部に流れがある場合、観測機の回収が困難になる可能性があります」


ナギが記録する。


「失われる可能性も記録します」


ハルトは作業員へ指示した。


「格子の右下だけを切る。全体は外すな」


錆びた金属を切る音が、点検槽に響いた。


小さな隙間ができる。


観測機がゆっくりと入っていった。


表示板に、暗い内部の映像が映る。


石で囲まれた細い通路。


底には泥が溜まり、ところどころに水が残っている。

壁には、古い水位の跡が何本も残されていた。


ナギが息をのむ。


「昔、水が通ってた」


コピが答える。


「複数の水位痕を確認。継続的または周期的な通水があったと推定されます」


観測機はさらに進む。


十メートル。


十五メートル。


通路は緩やかに下っている。


やがて、壁の片側に別の小さな管が現れた。


ミラが指差す。


「横から何か入ってる」


ハルトが図面を確認する。


「港の旧雨水排水かもしれない」


観測機がその分岐へ灯りを向ける。


管の内部には、砂と錆が詰まっていた。


完全に閉じてはいない。


水が通った跡もある。


コピが分析する。


「この地下構造は、潮抜き水路へ雨水を合流させる補助路だった可能性があります」


トウジが言った。


「潮が引く時、雨水も一緒に外へ出す構造?」


「その可能性があります」


ソウマが低く言った。


「昔は、雨水を内湾へ直接捨てず、潮の流れで外へ出していたのか」


ハルトは図面を握ったまま動かなかった。


もしそうなら。


港は昔、雨水と潮の両方を動かす構造を持っていた。


しかし、潮抜き水路が仮閉鎖され、地下補助路も使われなくなった。


行き場を失った雨水は、新しい排水路で内湾へ直接捨てられるようになった。


港湾堤の内側には、潮が抜けない。

その上、汚れた雨水だけが入り続ける。


黒い水が生まれる構造が、そこで完成した。


ナギは小さく言った。


「入口と出口の両方を失ったんだ」


アルセリウスが通信で答える。


『そうかもしれないわ。外海との交換路を閉じ、雨水の処理路も失い、内湾へ直接流すようになった』


リリィは表示板の暗い通路を見た。


人間は、一つずつ変更したのだろう。


港湾堤を伸ばす。

潮抜き水路を仮閉鎖する。

後期工事を延期する。

雨水設備が壊れる。

仮設排水路を作る。

古い点検槽を使わなくなる。


一つだけなら、大きな問題には見えなかった。


だが、積み重なった時、内湾は呼吸も排出もできなくなった。


「構造が、少しずつ反対になっていったんだね」


リリィが言う。


コピが頷く。


「本来は潮と雨水を外へ巡らせる構造でした。現在は、潮を遮断し、雨水負荷を内湾へ集める構造になっています」


観測機がさらに進む。


二十メートルを過ぎたところで、通路の先に崩落が見えた。


石材と土砂で、半分以上が塞がれている。


その奥から、わずかな水音が聞こえた。


ナギが身を乗り出す。


「水がある」


コピが観測機を止めた。


「崩落部の先に水域があります。位置を照合します」


地図上の点が、旧潮抜き水路の閉鎖地点近くに重なった。


ハルトが息を吐く。


「つながっている」


「完全な接続は確認できません」


コピは慎重に言った。


「ただし、同一構造の可能性は非常に高いです」


ソウマが言う。


「崩れた場所をどかせば、潮が通るかもしれない」


ハルトはすぐに首を横に振った。


「今すぐは駄目だ」


ソウマが見る。


ハルトは続けた。


「内部の酸素が低い。崩落の向こうにどれだけ水圧があるかも分からない。土砂を動かして、黒い水が点検槽へ逆流するかもしれない」


ソウマは少し黙り、頷いた。


「ああ。そうだな」


以前なら、立場が逆だったかもしれない。


港は閉じたがり、漁師は開けたがる。


だが今、ハルトの慎重さは港を守るためだけではない。


海と作業者を守るためのものだった。


ナギは言った。


「今日は、道があることを確認したところまでにします」


誰も反対しなかった。


観測機がゆっくり戻された。


車輪には黒い泥が付着している。


だが、無事に回収できた。


コピが観測結果を整理した。


地下補助通水路・初期確認


一、旧点検槽下に石造通路を確認。

二、周期的な水位痕あり。

三、旧雨水排水と思われる分岐管あり。

四、通路内の酸素濃度は低く、ガス反応あり。

五、旧潮抜き水路方向へ延伸。

六、約二十二メートル地点で崩落。

七、崩落先に水音および水域反応あり。

八、現時点で人の進入および掘削は禁止。


ハルトは最後の項目を見た。


「禁止、か」


ナギが答える。


「今は」


「分かっている」


ハルトは地下の入口を見た。


「見つけたからこそ、壊したくない」


午後、港湾管理棟で確認会が開かれた。


新しく見つかった地下構造は、正式に仮称を与えられた。


旧雨潮連絡路。


雨水と潮の両方に関わっていた可能性があるためだ。


名称を提案したのはナギだった。


「役割が確定していないのに、名前を付けていいのか」


ハルトが尋ねる。


ナギは頷いた。


「仮称だと記録します。名前がないと、次の確認で呼べません」


ソウマが言った。


「雨潮連絡路か。悪くない」


トウジも図面を見ながら頷く。


「潮位と雨水を同時に扱っていたなら、役割にも合います」


会議では、次の作業が決められた。


一、旧雨潮連絡路の内部地図を作る。

二、崩落部の水圧と水質を、細い測定管で確認する。

三、旧雨水分岐管と現在の排水路の関係を調べる。

四、旧点検槽を港湾雨水処理試験区として整備する。

五、地下構造の確認が終わるまで、掘削と通水は行わない。

六、第二回仮設潮抜き試験は、雨水処理試験後に実施する。


町の商人が不満そうに言った。


「また潮抜き試験が遅れるのか」


ハルトが答えた。


「遅れるのではない。順番が分かった」


商人は眉をひそめる。


ハルトは表示板を指した。


「汚れた雨水を止めずに潮を入れても、内湾の汚れを広げるだけだ。地下の道を不用意に開けば、黒い水が逆流するかもしれない。先に入口を整え、道を確かめる」


ソウマも言った。


「海を早く戻したいのは俺も同じだ。だが、焦ってまた魚を消したら意味がねえ」


商人は黙った。


以前よりも、「早く成果を」と求める声に対し、現地の人々自身が説明できるようになっている。


リリィたちが代わりに止める必要はなかった。


そのことが、リリィには少し嬉しかった。


夕方。


旧点検槽では、雨水処理試験区の整備が続けられていた。


槽の中を三つに分ける。


最初の区画で泥を沈める。

二つ目で浮いた油を回収する。

三つ目で簡易ろ材を通す。


地下の旧雨潮連絡路の入口は、仮の格子で保護された。


水が勝手に入らないようにしながら、内部の空気を少しずつ交換できる構造になっている。


ミラが仕切り板を固定した。


「これで、すぐに内湾へ流れなくなる」


ユウリが旧肥料倉庫から持ってきた板を押さえている。


「こっちでも使えたな」


ハルトが頷いた。


「助かった」


ユウリは少し驚いた顔をした。


「港の人に礼を言われるとは思わなかった」


ハルトは苦笑する。


「私も、農地の仮設堰に助けられるとは思わなかった」


オルガが横から言った。


「仲良くなった?」


二人は同時に答えた。


「まだだ」


その声が重なり、周囲に小さな笑いが起きた。


仲良くなる必要はないのかもしれない。


必要な時に、記録と技術を渡し合える。


それだけでも、循環は作れる。


夜。


旧点検槽のそばには、小さな観測灯が置かれていた。


ナギは、地下の入口へ向けた空気計を確認している。


酸素濃度は、昼より少し上がっている。


急激に空気を入れれば、内部の状態が変わりすぎる。


だから、格子の隙間から少しずつ交換している。


リリィが隣に立った。


「地下にも、呼吸が必要なんだね」


ナギが頷く。


「でも、急に空気を入れたら、中の泥や水が変わるかもしれない。ここも少しずつです」


「ナギ、すっかり調律者みたいだね」


ナギは慌てて首を振った。


「違います。私は記録係です」


「うん。でも、記録を見て、急がないようにしてる」


ナギは地下の入口を見た。


「リリィたちがいなくなっても、誰かが見ないといけないから」


その言葉に、リリィは静かに微笑んだ。


「うん」


これが、彼女たちが目指しているものだった。


リリィたちがすべての場所に残ることはできない。


コピがすべての数字を永遠に計算し続けることもできない。


その土地の人が、流れを見て、危険を記録し、止める時を選ぶ。


ナギは、もうその役割を引き受け始めている。


その時、地下の観測器が小さく鳴った。


ナギが端末を見る。


「水位が変わった?」


コピが通信で確認する。


『旧雨潮連絡路内部で微小な水位上昇を検出。外海潮位の上昇と時間が一致します』


リリィが入口を見る。


「外海と、まだつながってる?」


『完全閉鎖ではない可能性があります』


コピが答えた。


『崩落部または閉鎖構造の隙間を通じて、潮位変化が内部へ伝わっています』


ナギは息をのんだ。


閉じたと思われていた道。


崩れ、泥に埋まり、忘れられていた道。


それでも、外海の潮はわずかに届いていた。


水路は完全には死んでいない。


旧小水源群と同じだった。


人間が忘れても、流れは細く残っている。


ナギは端末に記録した。


満潮時、旧雨潮連絡路内水位微増。

外海との弱い接続が残存している可能性。


リリィはその文字を見た。


「まだ、道は生きてるんだね」


ナギは頷いた。


「はい。でも、今すぐ開けるんじゃなくて、どう生きているのか確かめます」


地下の奥から、かすかな水音が聞こえた。


遠い。


弱い。


けれど、確かに潮の音だった。


港の下に残された道は、完全には閉じていない。


雨の道と、潮の道。


二つがもう一度つながる時、内湾の黒い水は少しずつ動き始めるかもしれない。


だが、そのためには、まず汚れた雨を整えなければならない。


そして、眠る道を壊さずに目覚めさせなければならない。


リリィは暗い入口を見つめた。


「次は、この道の向こう側を確かめよう」


ナギが頷く。


「うん。開ける前に、向こうに何があるのか見る」


夜の港に、潮の音が響いていた。


外海の大きな波音。


内湾のほとんど動かない水音。


そして、その間の地下で聞こえる、細い水の音。


忘れられた道は、まだ静かに息をしていた。

第91話では、旧点検槽の下にあった図面外の空洞を調べました。


そこには、過去に水が通っていた跡、古い雨水分岐管、そして旧潮抜き水路方向へ伸びる石造通路が残されていました。


この構造は、雨水と潮の流れをつなぐ役割を持っていた可能性があるため、「旧雨潮連絡路」という仮称が付けられています。


ただし、通路内は酸素が少なく、ガス反応もあり、奥には崩落があります。


そのため、すぐに掘ったり開通させたりはせず、内部地図、水圧、水質を確認してから次へ進みます。


一方、旧点検槽は港湾雨水処理試験区として整備され始めました。


潮の出口を作るだけでなく、内湾へ入る雨水を整える。


入口と出口を同時に直すことが、今回の数話の中心になります。


最後には、満潮に合わせて地下水位がわずかに上がり、旧雨潮連絡路と外海の弱い接続がまだ残っている可能性が示されました。


原案・構想:マスター

物語構成・本文作成・文体調整:G(ChatGPT)

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