EP3 医療と薬学の国「キュアシエラ」
「英雄は勇者と決別し、世界の敵となるのか?」のEP3を投稿します。
話の舞台は騎士の国シェーリーダンから医学と薬学の国キュアシエラ移ります。
どうぞお楽しみください。
【EP3 医療と薬学の国「キュアシエラ」】
さて、見事ブレンを退けて西の城門から脱出したヒューズ、フィアナ、ハナの3人。フィアナの言うように追手の騎士が来ることはなかった。
これは簡単な工作で、フィアナが自分の父親である主宰に対して反感を抱いている貴族に騎士の派兵を止めるようにお願いしていたのだ。まだまだ少数派である主宰派は、反対の意見に押されて彼らを追うことはできなかった。
ついでに言うと、西の城門の開閉の権限を持っているのも主宰反対派の貴族で、フィアナはその人物にも交渉して西の城門を開けっ放しにしていたのだ。
「相変わらず、フィアナのコネというか交渉力には脱帽するな」
場所は隣町の宿屋の食堂。目立たないようにすみっこの席で食事をしていた3人の姿があった。
ヒューズは一通りの説明を聞き感心している。
「まあね、これでも長年の付き合いがあるものだからさ。お父様は強引すぎるところもあるし、元々それへの反対派の意見をまとめてたりしてたんだよ」
ノンアルコール(本当はお酒を飲みたいが)を口にしながら、フィアナは自慢げに語っている。
フィアナの政治力は本物であり、社交界デビュー後に様々な貴族と仲良くなった。そして、自分の父親が強引なやり方で主宰になったのを止められなかった貴族たちはこぞってフィアナに助言を求め、彼女はそれを受け止めて活動していたという経緯があった。
反主宰派への影響力はそのためすさまじく、今回の「明らかに犯罪者を逃亡させる」ということになっても主宰が無理やり犯罪者に仕立て上げたのだろうという考えから、反対派はこぞってフィアナを応援してくれたのだ。
「フィアナさんって本当にすごいんですね、尊敬します!」
最初は抵抗があった謎の果物を、今は美味しそうに食べながらハナは言う。彼女と出会ってからハナはすごいところばかりを見せられており、頭の中では完璧超人と化している。
実際、フィアナは教えられたことをすべて高次元で習得し、自分のものにする才能に長けている。そのあまりの飲み込みっぷりが国中で話題になり、付いた別名が「万能の天才」だ。
「そうでしょ、そうでしょう。どんどん尊敬していいんだよ、ハナちゃん!」
「あまり持ち上げるのはやめた方がいいぞ。こいつは酒飲ませたらとにかくめんどくさいし、なぜか料理はできないし、家で何もなければベッドでゴロゴロしてるだけの怠惰な人間だから……ブッ!」
肉を食べながらそう言ったヒューズだったが、あえなくフィアナに頭部を殴られる。
「余計な事を言って、あたしの株を下げるのはやめてくれない?」
ムッとした表情でヒューズを見てくるフィアナ。
その姿を見てつい笑ってしまうハナ。
そして、あまりの痛さに殴られた部分を抑えているヒューズ。
普通なら珍しい光景ではないが、魔王討伐から西の城門からの逃亡まで緊迫した時間が続いたことで、このような時間は久しぶりだとヒューズもフィアナも感じていた。
「それで、これからどうするんだ? まさか当てもなく彷徨い続けるわけじゃないだろ?」
ヒューズは仕切り直すかのように話題を切り替える。これ以上、話を広げていったら確実に2撃目が向かってくるのがわかっているからだ。
「とりあえず、『キュアシエラ』に向かおうと思ってる。今でも安全だけど、あそこならさらに安心だし、それに最終目的地への足掛かりにもなるから」
「……キュアシエラ、ですか?」
「そう、医療と薬学の国と言われている国でね、『世界樹』の恵みによって様々なエリクサーやポーションを製造している拠点にもなってる。それに、あそこは特殊なのよ」
特殊と言われても、この世界のことを知らないハナは何が特殊なのかピンと来ていない。
「特殊な国って、どういうことなんですか?」
「あの国はね、3大国のどことも外交上の結びつきも支配下にも入ってないのよ」
「えっ、そんな国があるなんて聞いてませんよ!」
ハナは驚きを隠せないでいた。
この世界には巨大な勢力を誇る国が3つある。
一騎当千の騎士を抱え、貴族社会が生きる国、騎士の王国「シェーリーダン」。
この世界で最もメジャーな宗教の本拠地、神星王国「テーリア」。
世界最大の魔法の拠点、最高戦力を持つと言われる、魔法連邦「オティアティーチ」。
ほとんどの国はそれらのどこかに支配されているか外交上で不利な立場に置かれている。
ハナもそこまでの話は聞いていたが、その枠から外れる国があるとは聞いてはいなかった。
「まさか、あそこに行こうとなんて思ってなかったからねぇ。あの国は医療と薬学、エリクサーなどの製造技術を独占してるけど、すべての国に提供もしている。逆に自分たちに不利なことを行おうとすれば、それらの提供をすぐに止めると言ってきてるのよ」
「提供をすぐに止めるってことは……」
「そう、それぞれの国の命をすべて、人質に取られているようなものなのよ。権力者だって人間、病気もするし怪我もする。その時に命を助けてくれる人がいなければ辛いでしょ。それを逆手に取ってキュアシエラは強気に出てるの」
「まあ、神星教団が何もしないからな。あそこが自分たちの神秘だからと回復魔法を世に出さないから、こういう事態に陥っているし。それに世界樹の雫で作ったエリクサーやポーションの質が高いのも要因だろうな」
フィアナの言葉に補足するヒューズ。
神星教団とはこの世界で最もメジャーな宗教だ。空に浮かぶ光る衛星に神が住まうとされ、その星と神々を敬うというものである。彼らは独自の魔法形態で回復魔法を持っており、それは教団の神秘だからと世に出すことをしていないのだ。
しかし、フィリアが使える「応急処置」はその昔に教団から流出した回復魔法と言われ、今では世界中の人が使える唯一の回復魔法として浸透している。
「キュアシエラは隣国だから、このペースでゆっくり進んでいけば問題ないよ。フィアナのおかげで追手の心配もなさそうだし、歩き疲れるだろうけどそこは辛抱してくれ」
「わかりました」
ヒューズにそう返答するハナ。のんびりとした時間が流れていくかと思っていたが、
ドォォォォォォンッ!
と激しい音とともに、彼らがいた席のすぐ側の壁が吹き飛んだ。
破壊された壁の奥から声がする。
「やっぱりいたね。全員揃っているなら、ますます好都合だよ」
地面に落ちた元壁だった木材をバキバキと踏みつけながら、ブレンが姿を現した。
右手にはナタスを、左手にはロングソードを持ち、おそらく壁の破壊にナタスを使ったのだろう。
「……やばっ!」
「噓でしょ!」
「えっ、えっ、えっ……」
ヒューズはすぐ傍に立て掛けてあった大剣を手にし、食事中だからと籠手を外していたフィアナは急いで装着し始め、ハナはただ何が起こったのか判断できずパニクっていた。
「ヒューズ、急いで撤退するわよ。こんな所じゃあんたもまともに剣を振るえないし、あたしはまだ戦える準備が整ってない!」
右手の籠手を装着しながら、フィアナは叫ぶ。
ブレンのナタスによる一撃は容赦なくヒューズに襲い掛かるが、屋内という不利な状況にも関わらず彼はその攻撃を確実に受け止めた。そして、すぐに右脚でブレンを蹴り飛ばしうまく距離を取る。
「行くぞ、ハナ! ボーっとしてる暇はない!」
左手でハナの手をつかみ、逃走準備にかかるヒューズ。フィアナも右腕の籠手を装着しており、少しは体勢が整ってきた。
「簡単に逃がさないよ」
ブレンは攻撃できる範囲に誰もいないのにも関わらず、左手のロングソードを振る。
剣の軌道上に現れたのは漆黒の球体。それは宙に浮かんだままで周囲にある料理やテーブルや椅子、店の装飾品をも吸い込み始めた。
その吸引力にヒューズたちも捕まってしまい、その場で留まることしかできない。
ちなみにハナは踏ん張るほど脚力がないので、ヒューズに掴んでもらってないとそのまま吸い込まれそうになっている。
「しまった、こんな方法で仕掛けてくるなんて思ってもいなかったわ」
左手の籠手も装着し終えたが、漆黒の球体の吸引力にバランスを崩されて攻撃に出られないフィアナが悔しそうに言う。
ブレンが左手で振ったロングソードは「魔法剣ムアムオン」といい、剣を振るとその軌道上に俗に言うマイクロブラックホールを短時間だが発生させるというものだ。攻撃できる用途は少ないが、相手のバランスを崩したり状況を混乱させるのが一振りでできるために重宝している。
「君たちの逃亡劇は、ここでもう終わりだよ」
そう言ってブレンはマイクロブラックホールがなくなった瞬間にヒューズにナタスを振り下ろそうとする。そして次の瞬間、
グワァァァァァァン!
という音とともにブレンの動きは止められた。
ブレンの横に大きなフライパンを持った、明らかに体躯がブレンより大きい男性が立っている。間違いなく男性の持つフライパンにブレンは殴られた。
「おい、あんちゃん、ワシの店をめちゃくちゃにしやがってよ、どう落とし前付けてくれんじゃい、ワレ!」
「……えっ? ああ、僕は勇者なので世界の脅威を排除するのが優先事項でして」
宿屋の主と思われる男性にすごまれているが、ブレンはそれに動じないどころか何を言われているのかわかっていない様子で首を傾げている。
「助かったわ、あいつが本当に『勇者バカ』で! 今のうちに逃げるわよ!」
「相変わらず戦いも生活も常識が通用しないなぁ」
「えーと、ブレンさん大丈夫なんですか?」
すごんでくる宿屋の店主、それが全然通じずキョトンとしているブレン。
そのような異様な光景を背にしながら、ヒューズたちは何とかこの窮地を脱出した。
そのような経緯で隣町の宿屋に泊まることを諦めた3人だが、追撃はそれだけでは終わらなかったのである。
次の町でも、その次の町でも、ブレンは彼らが泊っている宿屋を突き止めて確実に襲撃してきた。
まあそのたびに店を破壊し、宿屋の主に怒鳴られたりしてるようだが、ヒューズたちにはそんなことを気にして逃亡に支障をきたすつもりはない。
数日間による逃亡の結果、たどり着いた先がここである。
「私、キャンプとかって初めてなんですよ!」
メラメラと炎が立ち上る焚き火にかざされたたくさんの魚の姿を見ながら、ハナは楽しそうに話す。
「野宿なんてそんないいものでもないのに、ハナがうれしいならいいけど……」
焼きあがった魚をハナに渡しながら、ヒューズはそうつぶやく。
場所はどこにでもある河原、そこで焚き火を囲みながら3人は座っていた。
「どういう理屈でブレンが確実にあたしたちの場所をつかむのか分からないけど、これ以上は宿屋に泊まるのは危険すぎるものね。まあ、新鮮なお魚が食べられるしいいんじゃないの?」
魚釣りをそつなくこなし、大漁だった要因であるフィアナも焼きあがった魚を手に取り食べ始める。
町を変えても確実に追ってくるブレンに、さすがの彼らも適正な手段が取れず、とうとう野宿をするという決断に至った。もっとも、ヒューズもフィアナも魔王討伐の旅の時に何度も野宿は経験しているし、未経験のハナも楽しそうだから結果オーライだと思っている。
「たぶん、あと2日もあればキュアシエラには到着するかな」
「そうね、だいたいそのぐらいでしょうね。あっちに着けばしっかりとした寝床を確保できるから、安心してちょうだい」
魚を食べながらヒューズとフィアナは会話する。その姿を見て、魚のおいしさに感動していたハナが笑みをこぼす。
「どうしたの、ハナちゃん?」
フィアナの疑問にハナは焦ったようになり、
「いえ、こういうのって憧れてたから、実現できたことが嬉しいんですよ」
と満面の笑みでそう答えた。
「ハナの世界では、こういう野宿って珍しいのか?」
「そうじゃないんです。キャンプはメジャーではありますけど、私、この世界に転移するまでは体が弱くてずっと病院にいたものですから……」
言葉の最後の方で声量が弱くなりながらも、ハナは返答する。
それを見て、ヒューズもフィアナもまずいことを聞いたと思う。
「あっ、でも私はこの世界に来られてうれしんですよ。なぜか病気は治っているみたいですし、憧れてた外を満喫できてますから」
その雰囲気を察したハナは慌てて明るく振る舞った。
「なんで病気が治ってるってわかるの?」
「それは自覚症状がすべて消えてるからです。息切れがありませんし、微熱もない、そして……首などのしこりもなくなっているんですよ。仕組みはよくわかりませんが、私は転移できてうれしいですね」
そう言いながら転移前のことをハナは思い出す。
しつこく行われる検査への嫌悪感、微熱や息切れによる苦痛、そして何よりもあまり見舞いに来ない両親への寂しさ、それを思い出すと泣きたくなるのだが、ここで泣いてはいけないと考え思いとどまった。
「あたしもハナちゃんに会えてうれしいわよ。それに魔王を倒して終わりになったら、こいつはまたどこかに行っちゃうんだろうしね」
ジト目でヒューズを見るフィアナ。完全に分かられていたことに気づき、ヒューズは明後日の方向を見る。
「バトルジャンキーが大人しくしてるわけないものね。きっと謁見が終わった後にでも戦場を探して傭兵業を再開しようとしてたでしょ」
「……なんでわかるんだよ」
「そりゃあ、ブレンも含めて幼馴染で付き合いが長いんだもの、そのぐらいわかるって」
そのようなやり取りを、ハナは微笑ましく見つめていた。
この世界に転移したばかりの時、魔王に捕らえられ幽閉されてこのまま人生が終わるのかなと思っていた。しかし、彼らに救出されてからはスリリングな展開はあったものの病院の外(というには広大すぎるが)を満喫している。
病気もなぜか治っており、このまま第二の人生というか新しい人生を楽しもう。ハナは心の中でそう思うのであった。
「あっ、フィアナさん待ってください、ヘッドロックはまずいです!」
ハナは慌ててヒューズとフィアナの仲介に入る。
そして2日後、ヒューズたちの目には遠方からでも巨大だとわかるほどの大樹が見えていた。
その大樹を中心に石造りの建物が立ち並び、きれいな石畳の歩道も含めて裕福な国だと明らかにわかる。
医療と薬学の国「キュアシエラ」、ありとあらゆる医療と薬を独占し、3つの大国の干渉すらもさせない独立国。無兵の最強国家と呼ばれている国である。
読んでいただきありがとうございました。
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次回の更新は7月1日(水)の22時です。よろしくお願いします。




