17-1 勇者サード
17-1 勇者サード
「勇者……サード……?」
しーんと、あたりが静まり返った。きっと誰もが、自分の聞き間違いじゃないかと、考えているに違いない……しかし、そんな俺たちなどお構いなしに、その男はこくりとうなずいた。
「僕のことだ。僕は、かつてその名の勇者だった。本名は……」
「信じられるか!そんな世迷言!」
自称サードを遮って、エドガーが大声を出した。
「勇者サードだと?冗談も大概にしろ!かの勇者は、もう十年以上も前に死んだのだぞ!」
その通りだ……サードはとっくの昔に死んだ。そんなことは、いまさら言われなくても、この場にいる全員が知っているだろう。それだけエドガーも動揺しているということだ。
(つっても、俺だってかなりの混乱模様だけどな……)
ここに来て、サードだと?俺はてっきり、この男が元勇者だと分かった時点で、こいつがファーストなんじゃないかと思っていたんだ。ファーストの名前は、すでに何度も耳にしている。まだファーストが生きていたって言われる方が、信じられるってもんだぜ。
「お前の言っていることは、デタラメだ!真っ赤な嘘だ!」
エドガーはびしりと指を突き付ける。だがその時、将校の一人が、ばっと口元を押さえた。さっき男を殺してしまえと息巻いていた、顔に傷のある将校だ。その彼の顔は今や、すっかり青ざめている。
「いや、そんな馬鹿な……その声……それに、面影が……」
声に、面影?将校はわなわなと震えている。……まさかこの人、サードと会ったことがあるのか?
(それなのに、今まで気づかなかったのか?おいおい、このおさっさん、マジかよ)
よく殺しちまえなんて言えたな?こいつらが勇者をどんなふうに想っているのか、よく分かるってもんだぜ。
(だけど、ほんとにこのおっさんがサードを知っているのなら、その目を欺くことは至難の業ってことになるよな)
面識のない俺たちならともかく……もちろん、この将校が知っているのは、少年だった頃のサードのはず。今ここにいる自称サードは童顔だが、月日は確実に刻まれている。そのギャップが焦点になりそうだな。
将校の様子を見て、エドガーは脇腹を刺されたような顔になっていた。味方に背中を切られた形になったわけだ。そしてサードは、その反応に気を良くしたように、自信を持ってうなずく。
「そう。死んだ、と思われていただけさ。現にこうして、僕はここにいる」
谷底に落ちたサードは、本当は死んでいなかった……映画じゃあるまいし、そんなことが本当にあり得るのかよ?頑固頭のエドガーは、自分の意見を曲げようとしない。頑なに首を振る。
「だから、それが信じられんと言っておるのだ!だいたい……」
「隊長、ちょっと静かにしてください。水掛け論じゃらちがあきませんよ」
ヘイズが割り込んでくると、ぐいっとエドガーを押しのける。エドガーは今にもヘイズに食らいつきそうな顔をしていたが、ヘイズは完ぺきに無視した。
「ひとまず、事実を整理しましょうか。こいつが勇者何番でも構いやしませんが、勇者、つまりこことは異なる世界からやって来た人間だということは、かなり信憑性があるように思えますね。どうだ、桜下?」
ヘイズがこっちに話を振ってくる。俺はぎこちなくうなずいた。
「どうやら、そうらしいな。なんなら、もう少し確かめてみようか。なあおい、あんた?えー、今はこう呼ばせてもらうけど、サードさん?」
俺は床に転がされている(こうして見ると、伝説の勇者にはとても見えない……)、自称サードに質問してみた。
「あんた、電池は知ってるみたいだけど、じゃあ電車は知ってるか?」
「もちろんだ」
自称サードはノータイムでうなずいた。
「電気で走る乗り物だ。この世界にも汽車はあるが、電車はないようだね」
うん。俺は確認の意味も含めて、クラークと尊の方を見た。二人とも、同意見だとうなずいた。
「どうやら、俺と同じ認識だな。ヘイズ、やっぱりこの人は、俺たちの世界のことを知ってるみたいだ」
「なるほどな……勇者サードか。ふふん、なかなか面白いじゃねーか」
ヘイズはにやりと笑った。信じられんな……この状況で笑える胆力は、どうやったら身につくんだか。
「けどな、自称サードさんよ。オレたちの認識では、勇者サードはとっくに死んだことになっている。天と地がひっくり返っても、死者が生き返ることはねえ。よって、お前の発言は到底受け入れられるものじゃねえ。分かるよな?」
「ああ……不服だけどね。けど前提として、サードが死んだことになっている。勇者サードが死んでいないのだとすれば、全てがひっくり返るだろう?」
「ふん。そこまで言うなら、オレが次に何を言いたいか、分かるだろうな?」
「ああ。君たちは、僕にそれを証明してみせろと言う気だろう」
ヘイズは、肩をすくめるようにして笑った。
「話が早くて助かるね。ぜひそうしてもらおう……と、言いたいところだが」
うん?ヘイズが突然真顔になった。
「あいにく、そんなことはどうでもいい。オレたちは、あんたが何者かってことよりも、もっと重要なことがある」
「えっ?」
男はギョッとすると、慌てて言い連ねようとしたが、ヘイズはやんわりとそれを制した。
「ま、聞けよ。いいか?あんたの正体は、今のところそんなに重要じゃない。あんたが伝説の勇者だろうがその辺の農民だろうが、今のあんたを信用しろっていうのは、ハッキリ言って無理だ。何を言われたとしても、完全に信じることはできねえな。あんたがどっから現れたのか考えてくれ」
確かに……なんと言われても、怪しいものは怪しいよな。自称サードも痛いとこを突かれたように黙っている。
「つまりだ。あんたは、自分の身の潔白を証明するより、自分の有用性を証明したほうがいいってことだ。優秀な情報源なら、オレたちだってないがしろにはしない」
ふむ。ヘイズは巧妙に、話を訊き出す方向へと誘導している。よくもああ口が回るもんだな。
「理解できたか?そんなら、当初に立ち戻りたいんだがな。つまり、オレが訊いて、あんたが答える」
「……いいだろう。どのみち僕には、それしかないようだし」
渋々、自称サードがうなずいた。
「よし。それなら、最初の質問だ。あんたは、魔王軍の内部事情に詳しいか?」
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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