12-1 王の名
12-1 王の名
「え……?」
な、なんだって?情報量が多すぎて、脳の処理が追いつかない。
レーヴェが、元は狼だった?それに、実験?俺は茫然と、レーヴェの頭を見る。狼そっくりの耳……もともと人型だった魔物に、耳を移植したのか、それとも……
「魔王……ファースト、だって!?」
クラークは今にも剣を抜かん勢いで、がたっと立ち上がった。俺はハッと意識を戻す。そうだ、そっちもあった。レーヴェは確かに、魔王のことを、ファーストと呼んだ。かつての勇者、今にも伝わる伝説の英雄と、同じ名前を。
「どういうことだ!魔王の名前は、テオドールだろう!」
「違ウ。テオドール様は死んだ。今の魔王は、ファーストだ」
魔王テオドールが、すでに死んでいる……?そして、今の魔王はファースト……俺は鳥肌を押さえられなかった。レーヴェが言っていることは、あの夜マスカレードが言ったこと、そして俺が予想していたことと、まったく同じだ!
「ふっ……ふざけるな!どうして魔王が、勇者の名を騙るんだ!」
クラークはまだ認めようとしない。あくまで同じ名前の、別人だと考えているらしい。
「英雄を侮辱する行為だ!もしや、それが狙いなのか?」
「違う、侮辱ではなイ。なぜなら勇者ファーストと、魔王ファーストは、同じニンゲンだかラ」
「な、にを……」
クラークはふらふらと後ろによろけて、ミカエルにぶつかった。ミカエルは慌ててクラークを支える。
「く、クラーク様……」
「バカな……そんなこと、あるはずがない!その娘は嘘をついている!」
クラークはびしっとレーヴェを指さす。俺だって、にわかには信じがたいが……
「……レーヴェ」
「なんダ」
レーヴェはショックを受けるクラークを一瞥した後、俺を見る。
「お前も、レーヴェを嘘つきよばわりするのカ?」
「いいや。だが、はいそうですかと信じることもできねえ」
「ふム。まあ、いいだろウ。なんでもウノミにするやつは、たいていすぐ食われるやつダ。そして、なにもかも頭ごなしにヒテイするやつは、たいていすぐ飢え死にすル」
クラークが今にも剣を抜いて暴れそうなのを、ミカエルが必死になって押さえている。気の毒だが、あっちのことは、今は放っておこう。
「レーヴェ。お前はどこで、魔王がファーストだと知ったんだ?」
「つい最近ダ。魔王様本人がそう言っているのを聞いタ」
「最近?それまで、魔王の名前すら知らなかったのか?」
「うン。レーヴェは別に、魔王様と話すわけでモ、一緒に狩りをするわけでもなイ。知らなくてもなんら問題なかっタ」
「そんなもんか……ま、それはいい。じゃあ、魔王は誰に名乗ったんだ?」
「人間ダ。人間のメスに、そう言っていた」
人間の、メス?つまり、女性か?魔王城に集められた女性といったら……
「まさか、最近になって攫われて来た人たちか?」
「そうかもしれなイ。あいつらは、急に増えたかラ。レーヴェはあいつらの世話係だったんダ」
なるほど……ひょっとすると、コルトやロアも、そのドルトって魔物と会っているのかもな。そして、魔王の名前を聞かされた……
「そこだけ聞くと、ちょっと引っかかる」
黙って聞いていたフランが、冷静な声で言った。
「フラン?引っかかるって?」
「魔王の名前。人質を怯えさせるために、わざと有名な名前をあげたのかもしれない」
なるほど、ありそうな話だ。かつての英雄が魔王になったと知ったら、少なからず動揺するだろう。だが、レーヴェは首を横に振る。
「違ウ。魔王様は、勇者ファースト本人ダ。ドルトがそう言っていた」
「え?どういうことだ?」
「ドルトは、勇者ファーストが魔王様を殺して、その力を奪ったって言ってル。だから、ニンゲンでも魔王になれた、ト」
「うーん……」
俺はアルルカを見た。アルルカは眉根を寄せてうなずき返す。そう、以前アルルカから聞いた話だ。魔王とは、たとえそいつを殺したからといって、成り代われるものではない。魔物が忠誠を誓うのは、玉座に腰を下ろしたものではなく、その力をもって魔物を征服したものなのだと。
(だけど、レーヴェが言っていることも、まったく的外れじゃない。現にファーストは、一度は魔王を倒している……)
だがその後、ファーストは死んだ。半分真実、半分偽りといったところだろうか。もう少し踏み込む必要があるな。
「あー……レーヴェ。変なことを聞くようだけど、お前は魔王を、魔王と認めてるのか?」
「うン?よく、意味が分からないけド……魔王様は、魔王様だ。たとえもとニンゲンであっても、そうでなくても、従わなければいけなイ」
どうやらレーヴェは、魔王に服従しているらしい。ならやはり、魔王は魔物全てを従えているのか?
「えっと、ドルトっていったか。そいつも、魔王を認めてるんだな?」
「そうだと思ウ。ドルトはいつだって、任務の遂行のことを考えてタ。でも……」
「ん?でも、なんだ?」
「……チュウジツだったかどうかは、分からなイ。直接聞いたことはないけれド、ドルトはいつも、なにか悩んでるみたいだっタ」
「悩んでた?」
「そう。のどに骨が引っ掛かってるみたいな顔をすることが、よくあっタ。そういう時は決まって、レーヴェたちにシュツゲキの命令を下す時ダ。きっとドルトは、ほんとは戦いなんてしたくないんだと思ウ」
なんだって。それなら、そのドルトってやつは、本心では平和を望んでいるんじゃないか?それに、魔王に忠誠を誓ってもいない!もしもそいつが、俺たちの味方になってくれたら……
「レーヴェ!そのドルトさんって、魔王に不満を持ってそうだったか?説得すれば、こっち側になってくれたり……」
「いヤ。それはムリだ」
俺の望みは、レーヴェにばっさりと断ち切られた。な、なんだよ……がっくりと肩を落とす。
「……あまり聞きたくないが、いちおう理由を言ってくれるか」
「いいヤ。言うよりも、見せたほうが早イ」
え?レーヴェはおもむろに、着ている古い毛皮のような服の結び目を解いた。そして俺が止める間もなく、ばっと胸側を開いた。
「わっ……え?」
そこにあったのは……数字のような、あざ。いや、これは、焼き印か……?そこだけ黒く変色した、醜い傷跡。ウィルが息をのむのが、後ろから聞こえてくる。
「これって……」
「レーヴェの、ナンバーだ。レーヴェたちはみな、魔王様によって作られた」
作られた……?俺は、もう一つの方の疑問を思い出した。レーヴェが、かつては狼だったという話。ここまで来ると、やはりそうだと考えざるを得ない。
「レーヴェ、お前は……人間に、作り替えられたのか?」
小柄な少女……いや、小柄な元狼は、小さくうなずくと、自らの肩を抱いた。よく見ると、その肩が小刻みに震えている。
「あの時のことハ……よく、覚えていなイ。覚えているのは、痛みと、苦しみと、焼けるような熱さダ……」
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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