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「まったく、勇者様が立ち聞きとは。いいシュミしてるぜ」
「ちっ、違う!いや、違くはないけど……」
俺たちと並んで歩きながら、クラークはもごもごと言い訳した。
「盗み聞きするつもりじゃなかったんだ。ただ、君たちのテントの前で、興味深い話が聞こえてきたから……」
「それ、結局盗み聞きじゃねーか」
「くっ……」
クラークはしおしおと縮こまっている。一方で、アドリアはまったく悪びれた様子もない。
「すまんな。だが、水を差したくなかったのだ。我々からしても、お前たちの話は大変そそられた」
「ちぇっ、だったら素直に頼んで訊けばいいじゃんか」
「二度も話すよりは効率的だろう?」
だあぁ、こいつめ!ウィルは呆れたように額を押さえ、あちらのシスターであるミカエルは、申し訳なさで顔を赤くしている。まあいいさ、俺も礼節よりてっとり早さを選ぶタイプだから。
「で?立ち聞きしたんだ、感想くらい聞かせてくれよ」
「うむ……」
アドリアはクラークに目線を送った。クラークはうなずくと、暗い顔で話し出す。
「ああ……もともと僕らは、あの戦いのことを聞きに来てたんだ。君たちがどうやって、あの怪物の動きを止めたのかをね」
クラークは剣の柄を撫でる。
「今まで、数多のモンスターと戦ったってほどじゃないけれど、それなりにいろんな魔物を倒してきたんだ。けど、あんなに異質で、気味の悪い奴は初めてだった」
「まあ、そうだろうな。あいつらは生き物でも、機械でもない。俺たちの話聞いてたんなら、その辺ももう知ってるだろ?」
「うん……何かが違うってことは、僕らも気付いてた。ところが、想像していた以上に、闇は深いらしい」
クラークの顔は苦り切っていた。正義に拘るやつのことだ、こんなの見過ごせるわけないだろう。いつもは飄々としているアドリアも、今回ばかりは、嫌悪感をあらわにしていた。
「このような、生物を用いた兵器のことは私も聞いた事がない。先の大戦でも、それ以降もな。どうやら魔王軍は勤勉のようだ。この十年の間に、こんな新兵器を開発しているとはな」
「だから僕たちも、その捕虜に話しが訊きたかったんだ。どうにも僕らの知っている魔王と、今の敵の在り方はかけ離れている」
やっぱりそこに行きつくか。俺は鼻から息を吐く。
「別に、俺が捕虜を管理しているわけじゃないからな。お前らが付いてくるのを止めはしないさ。アドリアの言う通り、訊くならいっぺんの方が効率いいしな」
アドリアはにやりと笑う。
「違いない」
フランに案内されて向かった先は、キャンプ地の端に停められた、大きな荷馬車だった。ごく普通のものだが、緊急時に捕虜一人を閉じ込めておくだけなら十分だろう。だた、妙な点が一つ。
「肝心の見張りがいないな……?」
いくら相手が小さな女の子だからって、監視の一人もいないってのは、さすがに不用心すぎないか?俺はあたりを見回す。夕闇が迫り、あたりは暗い。この馬車がキャンプの外れにあるせいもあって、周囲に兵士は一人もいなかった。
「変だね。夕食を取りに行っているのかな」
怪訝そうなクラーク。向こうでは、炊事の煙が上がっている。ささやかだが、酒もふるまわれているようだ。小さくだが、笑い声も聞こえてくる。が、俺は首を横に振った。
「だとしても、一人くらいは置いて行くだろ。交代で取りに行くとかで」
「確かにそうか。だったら……」
「ん。ちょっと待って。静かに」
フランが手で俺たちを制した。俺とクラークは慌てて口をつぐむ。フランは静かについて来いと手で示すと、馬車の戸口へと忍び寄っていく。俺たちはそれにならって、そろそろと後をついて行った。
「……いい加減、何かしゃべったらどうなんだ?」
ん?扉を通して、くぐもった声が聞こえてきた。なんだ、見張りは馬車の中にいたのか。けどそれなら、どうしてフランは、こんなコソ泥みたいなマネを?
「おい、聞いているのか!ここに、でっかい耳がついてるだろが」
「いたっ!はなセ!」
「だったら、少しは素直になったらどうなんだ!」
「チッ、さっきからずっとこの調子だぜ。ハズレくじ引かされたよなぁ。こんな小娘一匹のせいで、今夜はずっと、こんな臭い所に缶詰めだ」
「言うな!ちくしょう!なんで俺たちが!」
「あーあ、今頃あっちは盛り上がってるだろうなぁ。聞いたか?今日は酒飲んでもいいらしいぜ。昼間の戦いで勝ったから」
「うるさいって言ってんだ!くそくそ!」
「俺に当たるなよ。ふぅー、なんだって俺たちがこんな目に……」
これは……どうやら、中にいるのは二人の男のようだ。だが、あまり和やかな雰囲気ではないみたいだぞ。
「くそ、腹が立つ!……なんだお前、その目は!俺たちを馬鹿にしてるのか!」
ぐらりと、不吉に馬車が揺れた。
「あまり調子に乗るなよ?お前みたいな化け物、すぐに始末してやってもいいんだからな!」
「気ぃつけろよ。そいつ、見た目のわりに凶暴だぞ」
「ふん、この俺がこんなチビに臆するか……うお!」
「がうっ!」
「ほーら、言わんこっちゃない。大丈夫か?」
「頭に来たぞ、このクソガキ!ぶっ殺してやる!」
「やめろって、んなことしたら俺たちがぶっ殺される。なぁおい、それより、もっといいオシオキの仕方があるぜ?」
「なに?」
「へっへっへ。こいつも見てくれは悪いが、いちおうメスだ。こんなつまらない役目を押し付けられたんだ、少しくらい楽しんだってバチは当たらんだろ」
「な、お前……へ、へへ。そうだな。よし、お前、そっちを押さえとけ」
「よしきた!」
「や、やめロ!はなせ!」
これ以上は、聞く必要もなかった。クラークがすっくと立ち上がると、扉に両手をついて、思い切り押した。バターン!クラークが飛び込んでいくと、男たちの悲鳴、なにかが倒れる音、そして馬車がガタガタと揺れ、「ぎゃあ」とか「ぐえぇ」とか言う声がした。少しすると、二人の兵士が馬車から転がり出てきた。そいつらは振り返ることもなく、一目散に走り去ってしまった。
「馬鹿な連中だ。悪いことをして、バチが当たらないはずがない」
クラークが激しい怒りの表情で、戸口に出てきた。俺はため息をつく。
「少しはお灸になってるといいけどな。あいつら、これが初犯でもないだろ。口ぶり的にさ」
「あっ!しまった、そうだったのか。くう、気付かなかった……」
クラークは逃げて行った男たちを追いかけかねない様子だったが、ぐっとこらえると、俺たちに道を譲った。揉め事から始まるなんて、幸先悪いな。俺は早くも疲れた気分で、馬車のステップに足を乗せた。
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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