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「おいファースト、いい加減にしろ!いつまで問答やってんだ!」
セカンドが荒々しくそう告げると、ファーストは怒りの引かない顔で振り向いた。
「セカンド!これはただの口ゲンカじゃないんだぞ!それに、戦いの前にはお互いの弁をぶつけあって……」
「あーうっせぇなぁ!じゃ一生そこでそうしてろ。オレがあのトカゲを始末してやる」
セカンドは返事も聞かずに、飛び出して行ってしまった。ファーストはちっと舌打ちする。
「まったく!どいつもこいつも、話を聞かない者ばかりだ……!」
「ですがあなた。彼の言う通りかもしれませんわ」
ファーストの腕にそっと触れたのは、桃色の髪の女性、ティロだ。ファーストは自分の妻の顔を、まじまじと見つめた。
「ティロ、どういう意味だい?」
「勘違いしないでくださいませ、別にセカンドの肩を持ちたいわけではありません。ですが、あのドラゴンには、何を言っても無駄なのではないでしょうか?」
「それは……」
「怪物に、話は通じませんわ。もしもあなたに何かあったら大変です」
愛する妻に説得され、ファーストも折れた。
「こういう野蛮なやり方は、好きじゃないけどね。スパルトイは任せていいかい?」
「はい。雑兵は私たちにお任せを。あなたは竜を!」
ファーストはうなずくと、セカンドを追って走り出した。だがその前にスパルトイたちが、骨の体をガチャガチャいわせて立ちふさがる。
「どけっ!」
ファーストが剣を振るうと、そこから青い稲妻が迸った。稲妻に打たれたスパルトイたちは、一瞬で粉々に砕け散る。その向こうでは、すでにセカンドが、ドラゴンとの戦闘を開始していた。
「落ちろ!ふとっちょトカゲが!」
セカンドが腕を振り上げると、ドラゴンの周りの地面がズンッと沈み込んだ。そこにいたスパルトイたちは、ベキベキと音を立てて、見えない何かに押し潰された。だが、肝心のドラゴンは、なんら涼しい顔をしている。
「なに?なんで、落ちてこねえ」
ドラゴンは大きく翼を広げると、透明な糸を振り払うように、ばさりと羽ばたいた。
「今、何かしたか?」
「……テメェ……」
「我が竜鱗は、この程度の魔力など受けつけはせん。そして」
突如、ドラゴンが口をがぱっと開いた。そこから、灰色の液体のようなブレスが発射される。セカンドはとっさに飛び退き、それをかわした。するとドラゴンのブレスは、その後方にいた、不幸な兵士を直撃した。
「ぎゃああぁぁぁ……」
兵士はブレスの当たった箇所を必死に掻きむしっていたが、やがて動きを止め、石像のように動かなくなってしまった。いや、ようにではない。本当に、石になってしまったのだ。固まった兵士から、しゅうしゅうと不気味な煙が上がる。
「石化のライミングブレス……!まさか、古の竜、ムシュフシュか!」
ファーストは唇を噛んだ。ムシュフシュとは、太古の昔から生きるという、伝説の竜だ。そんなものが、魔王軍にいただなんて。
「我の名を知る人間がいるか。ではその名、そのちっぽけな頭に、しかと焼き付けよ」
ムシュフシュは鋭い針のようにとがった尾を振り、大地を抉った。
「我が名はムシュフシュ。我のブレスは、触れた物を石にする。盾や鎧で防げると思うな、さっきの一匹のように、その上から石に変えてやろう。そしてお前たちの貧弱な魔法では、我に傷一つ付けることなどできん」
連合軍の兵士たちは、恐れおののいた。石となり、煙を上げている元兵士にも、圧倒的な力を放つ竜にも、怯えていた。
「よって貴様たち虫けらは、ここでことごとく死することとなろう。身分にふさわしくない地へと足を踏み入れた、これが報いだ。大人しく、鳥かごの中で飼われていればよかったものを」
「くっ……!いいや、そんなことさせるものか!」
「お前の意見などどうでもよいのだ、勇者よ。ただ単純に、我が」
「うるせぇよ」
ムシュフシュが喋っている途中で、セカンドが腕を振り上げた。そこから、なにか黒い光のようなものが放たれたように見えた。次の瞬間、ぶしゅっという音と共に、ムシュフシュの右の翼が根元から断ち切られた。
「ぐっ……ガアアァァァア!」
血を噴き出しながら、ムシュフシュが地面へと倒れた。巨体が落っこちて、地響きを起こす。ズズーン!
「ばっ、馬鹿な……!?」
「バカはてめぇだ。なにがドラゴンスケールだ?てんでザコじゃねーか」
セカンドは馬鹿にしたように鼻で笑うと、振り上げた腕を下ろして、倒れたムシュフシュへと向けた。そこからまた閃光のような黒い光が飛ぶと、今度は左の翼がばっさりと切断された。ムシュフシュが苦痛に満ちた声で吠える。
「ヒャハハハハ!そうら、これでもう飛べねえ。正真正銘、トカゲになったな」
「グッ……グオオオォォォ!」
獣のように吠えると、ムシュフシュは口を大きく開け、大量のライミングブレスを吐き出した。灰色のブレスが、津波のように押し寄せる。
「どうだ!これなら避けられまい!避けたら後ろが死ぬぞ!」
ムシュフシュは勝ち誇ったように叫んだ。だがその予想に反して、セカンドは何のためらいもなく跳び退った。ムシュフシュが緑色の瞳を見開く。セカンドからしたら、雑兵が何人死のうが、知ったことではないのだ。
するとそこに、ファーストが駆け込んできた。
「オムファロタス・シャッター!」
ザアァー!地面が割れ、そこから青い電撃が、壁のように噴き出してきた。灰色の液体はかみなりの壁にぶつかると、黒い煙となって蒸発した。
「何考えてるんだ、セカンド!仲間を危険に……」
「うっせえよ!だったら黙って喰らえってのか!?ああ!」
「そういう事じゃ……」
「あなた!前を!」
ティロの声に、ファーストは勢いよく前を向いた。ムシュフシュが、再びブレスを吐こうとしている!
「レイライトニング!」
ファーストはとっさの判断で、剣を振り下ろし、叫んだ。空からいかづちの槍が、ムシュフシュ目掛けて降ってくる。槍は竜のあぎとを貫き、頭を地面へと縫い付けた。
「そのブレスはやっかいだ、封じさせてもらおう!」
ムシュフシュは拘束から逃れようとのたうち回るが、槍から迸る電流のせいで、体の自由がきかない。
「よし、今だ!」
ファーストがそう叫んだ瞬間、小さな影が、ムシュフシュへと駆け寄った。きらりと剣光がきらめくと、一瞬のうちに、竜の首に一筋の傷跡が刻まれた。ぷつ、と傷口に血のしずくがにじむと、次の瞬間には、大量の血が噴き出した。ブシャシャシャァ!
「これでよろしいですか?ファースト様」
「サード!」
血のりがほとんど付いていない剣を片手に、涼しい顔で振り返ったのは、三人目の勇者・サードだった。
「よし、よくやった!あとは……」
ファーストは連合軍が戦っている、スパルトイたちへ向き直る。
「みんな、離れろ!」
そう声を張るや否や、連合軍の兵士たちは、潮が引くように後退した。そして。
「フローティング・テラー!」
周囲に無数の雷雲が沸き起こった。青い雷が、雨のように降り注ぐ。雷鳴と閃光があたりを満たし、世界を青白く染めた。並みいるようだったスパルトイの群れは、一瞬にして灰燼と化した。兵士たちは、瞬く間に終結した戦いに度肝を抜かれ、そして我に返ると、口々に叫んだ。
「勇者、万歳!ファースト、ばんざーい!」
喝采に応えるように、ファーストが剣を掲げる。それをセカンドが、隅の方で、憎々し気に見つめていた。
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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