2-1 天然の城壁
2-1 天然の城壁
ウィルとフランとの一悶着があった後に、行軍が開始された。二人は相変わらずプンプン怒っていたが(俺が悪いのか?)、道のりを進むうちに、次第にいつも通りに戻っていった。
魔王城への進行は、いよいよ後半に差し掛かったところだ。
『ここは、“黒の荒れ地”と呼ばれる地帯です』
アニはそんな風に、この辺りについて説明してくれた。この道は過去に一度、勇者ファースト、セカンド、サードが率いた連合軍も通ったことがあるという。そん時に開拓されたルートってことだな。
「でもそれなら、もっとマシな道を選んでくれたらよかったのに。こんな岩場じゃなくてさ」
『ここが一番マシだったんですよ。他のルートを通った際には、燃え盛る炎の巨人イフリートが出現したという記録もあります』
「あ、じゃあここでいいや……」
魔王城までのルートは、大きく分けて三つのエリアで構成されている。最初が、“霧の湿地”地帯。俺たちがギガースと戦ったところだな。次が“黒の荒れ地”地帯で、現在地だ。そしてここが、もっとも長いという。で、これから通る最後の地帯が……
『最後の地帯は“花園”です』
「花園?花畑ってことか?ははは、そんなまさかな」
『さて、どうなんでしょう。私も実際に観測したことはありませんから。記録ではそこに魔王の城があるそうです』
じゃあなおさら、違うな。お花畑の中に城があったら、そこは魔王城じゃなくてシンデレラ城だろう。でもじゃあ、花園ってのは何かの隠喩か?例えば、生えているのが花じゃなくてアルラウネだとか……
『ですがその前に、大きな山を一つ越えなければなりません』
「え、山?」
『そうです。この黒の荒れ地の最後に、ひときわ高い山脈がそびえ立っています。そこを越えれば、魔王城は目前だそうです』
うへあ、山か。北の最果て・ミストルティンの町へ行った時のことを思い出す。あの時も大変だった……
(……ミストルティンと言えば、コルトは無事かな)
コルト。俺たちが北の町で出会い、そして魔王軍に攫われてしまった女の子だ。わざわざ攫ったくらいだから、きっと命を害する目的ではない、と信じたい。彼女やロア、それに攫われた大勢を救い出すためにも、山登りくらいで音を上げていちゃいけないな。
(先に進もう。そうしていけば、いずれは到着するんだから)
俺たちは、黒い岩山の間を、長い行列となって進んでいった。
それから三日後。ついに、アニの言った、最後の山が見えてきた。
「たっ……高いな……」
俺と仲間たちは、そろって首を上げて、その山を見上げる。つっても、あまりにも高すぎて、そのまま後ろにひっくり返りそうだ。山の頂は、雲に隠れていて見えない。山頂に近づくにつれて、黒い岩肌が白へと変わっていくのは美しいが、それはふもとにいるから抱ける感想だろう。実際にあの場へ行けば、極寒と豪雪の地獄なはずだ。
「どっかに、抜け道とかはないのかよ?」
ないとは分かっていつつも、ついそんなことを言ってしまう。
『ありません。見てわかる通り、この一帯を横断するように尾根が続いていますから。厳密には、この尾根はぐるりと円形に続いているのです』
「円形?どこがだよ。まっすぐな壁じゃないか」
『それは、あまりにも広大過ぎるからですよ。我々が今見ているのは、引き延ばされた一辺にすぎません。そして、魔王城はその円の中心に建っているのです。避けて通る道はありません』
ううむ……カルデラみたいな地形ってことか。
「ちぇっ、さすが魔王の城だな。天然の城壁に守られてるってわけだ」
『ええ、まあ……そうですね』
うん?妙に歯切れ悪いな。珍しい、アニに限って。しかしまあ、こっからは一苦労になりそうだ。
さて、最後の関門へと差し掛かった連合軍だったが、ここまで来ていまさら、俺は兵士たちの備えに不安を感じ始めていた。
例えば、防寒着。これから、あのはるかな雪山を越えていくってのに、まるで準備らしい準備がないように見える。俺の中の勝手なイメージだと、でっかいリュックサックを担いで、目にはゴーグル、手には杖、足にはスパイク付きの長靴……雪山登山って、そんな感じなんだけどな。
「へえ~。桜下さんのいたところだと、そんなに重装備なんですね」
ストームスティードを歩かせながら、俺がこの話をみんなにすると、ウィルがさも興味深そうに、なんどもうなずいた。
「すごいなぁ。そんなにたくさんの荷物を持って、重くないんですか?」
「そりゃ、重いよ。だけど、少しでも軽くするために、いろんな工夫がされてるんだって。特殊な素材で作られてたり、袋とか箱はあらかじめ捨てておいたりさ」
「うわぁ、そんなことまで。やっぱりそっちの世界の人たちって、頭いいんですね」
うーん?ウィルはどうにも、俺がいた世界のことを、過剰評価している気がするが。
「なら、こっちの世界だとどうなんだ?」
「え、そんなの、決まってるじゃないですか。魔法ですよ、魔法」
「あ、そうか。こっちにはそれがあるもんな」
「ええ。魔法は便利です。でも、今の話を聞くと、一長一短かもしれませんね。その便利さのおかげで、私たちは工夫を凝らすってことをしませんから」
ふぅむ。でも実際、魔法はとても便利なんだよな。現に俺たちも、ライラの呼び出したストームスティードに乗っている。これだけ速くてタフな移動手段があるのなら、それこそ自動車なんかを発明しようとは思わないよな。
そして魔法は、この軍にとっても必要不可欠だ。雪山を越えるために連合軍が用意したのは、大量の防寒具ではなく、熱を生み出す炎属性魔法が使える術者だった。魔法は荷車を圧迫しないから、雪山用の装備を山と積む必要がなくなる。さらに、それら装備よりも高い効果を期待できるんだから、言うことなしだ。
「うーん……俺からしたら、魔法が使える方が、やっぱりすごいと感じるなぁ……」
「そういうものですか?不思議なものですね。隣の芝はなんとやら、ってやつなんでしょうか」
俺たちの技術をすごいと言うウィルと、ウィルたちの魔法がすごいと言う俺。確かに、不思議なもんだ。するとライラが、くるりとこちらに振り返った。
「でもさ、ライラだって、ウィルおねーちゃんって、けっこーすごいと思ってるよ」
「え、え?なんですか、急に……」
「だって最近のおねーちゃん、どんどんうまくなってるもん。前にやったファイアアントなんて、かなりむつかしーまほーなんだから」
「そうだぜ。実際、大したもんだよ」
「えぇ、やだぁ。おだてても何も出ませんよ!」
そう言いつつ、ウィルはにやつくのを抑えられていない。わかりやすいなぁ。
「すると、この先の山では、またウィルの魔法にお世話になるのかな?ほら、この前に使ってた、暖房魔法とか言うやつ」
「ああ、確かにあれが使えるかもしれませんね。なんだったら、今試してみましょうか?」
「え?いや、今は」
しかし、調子に乗ったウィルは、俺の言葉を聞いていなかった。ロッドを掲げて、高らかに唱える。
「ヒートアナナス!」
ふわぁー。ロッドの先から、ドライヤーを吹き付けたような温風が出て、俺たちを包み込んだ。うん、すごい。これが極寒の雪山なら、ウィルを聖母とあがめていたかも。けど、思い出して欲しい。ここはまだ、太陽がぎらつく荒れ地なのだ。
「あああ、暑ーい!」
「やああぁ!おねーちゃん、ライラたちを蒸し焼きにしたいの!」
「ああっ、ごめんなさい!すっかり忘れてました!」
ウィルは慌てて魔法を止めて、俺とライラを手で扇いだ。だがそんなんじゃ足りないと見るや、気が動転したウィルは、ローブの裾を掴んでばっさばっさとやり始めた。ばっ、思いっきり見ちゃったじゃないか……白か……
「すみませんでした、ここは暑いんでしたよね。幽霊になると、どうにも気温というものに疎くなってしまって……」
「ご、ごほん。まぁ、ウィルの魔法のすごさは、よくわかったよ。この身で味わったから」
「面目次第もありません……」
「……あなたたち、何しているんですか?」
ん?大騒ぎしているところに、そう声をかけて、馬を寄せてきたのは……
「アルア?」
つづく
====================
読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
====================
Twitterでは、次話の投稿のお知らせや、
作中に登場するキャラ、モンスターなどのイラストを公開しています。
よければ見てみてください。
↓ ↓ ↓
https://twitter.com/ragoradonma
 




