15-2
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「みんな、覚悟はいいか?気合は十分だろうな?」
「そう言う桜下さんが、一番不安そうですけど……」
うっ、顔に出ていたか?でも、仕方ないだろ。だって今俺たちがいるのは、五百騎の騎馬隊からなる列の、ど真ん中先頭なのだから。
「これより、魔王軍の敵陣へ突撃する!臆して列を崩すなよ!敵はもたついたところから攻め立ててくるぞ!」
同じく先頭列に並ぶエドガーが、兵士たちに大声で檄を飛ばしている。後ろにずらりと並ぶ騎士たちは、かっちりと鎧兜を纏い、槍を構えている。さすがに精鋭揃いというだけあって、臆病風に吹かれていそうなやつは一人もいなかった。全員、兜のすき間から覗く目に鋭い眼光を宿している。むしろ、この場で一番落ち着いていないのは俺だな。
「ははは、なんだい桜下?今になって怖くなったかい?」
俺の前に乗るクラークが、あざけるようにこちらを振り返る。くそ、こいつめ!
「ふ、ふっふっふ。そう言うお前さんも、腕が震えているようだが?」
「なっ、あ、これは武者震いだ!」
「どうだかな。こっちにまで震えが伝わってきて、馬から落っこちそうだぜ~?」
「この、本当に蹴落としてやろうか……!」
クラークは顔を半分振り向かせたまま、ギリギリと歯を噛んだ。
さて、今の状況を改めて説明しとこう。俺たちは、騎馬隊の最前列にいる。ただし、いつものストームスティードに乗っているわけじゃない。俺は今、クラークの白馬に二人乗りをしているのだ。
(ちっ、だからこいつと一緒なんて嫌だったんだ……)
俺は心の中で悪態をついた。当然、こうなることを自分から望んだわけじゃない。作戦上の都合で、こうなったんだ。
隊列が形成されるわずかな間に、俺は仲間を集めて作戦会議をした。おおむねはエドガーの作戦に従うつもりだったが、それとは別に、俺たちは殺しはしないというポリシーを掲げている。その上で、この後の戦いでどうするか、話し合う必要があったんだ。
「なんにしても、ライラの魔法が使えないのはマズいな。確か、ストームスティードを出したままじゃ、他の魔法は使えないんだったよな?」
ライラはこくりとうなずいた。魔法には二種類あって、一度発動すればそれっきりのものと、常時発動し続けないといけないものがある。後者の場合、相当な無茶をしない限りは、同時に魔法を使用することはできないのだ。
「だけど、大群相手に、ライラの火力を活かさない手は無いよな……」
ライラの手を空けるとなると、俺たちには馬がない。そこで白羽の矢が立ったのが、クラークだった。
かくして今、俺はクラークの後ろに相乗りしている。さらにライラが、俺の背中に、革ひもを使ってぎゅっと結び付けられていた。いくら子どもでも、普通の馬に三人乗りはスペース的にキツイ。加えてライラは、魔法に集中するために、しっかりと支えられている必要があるからな。
「二人とも、無駄口はその辺にしておけ。まもなく出撃だ」
いがみ合う俺たちに、茶色の馬に乗ったアドリアが声をかけた。その後ろにはロウランが乗っていて、さらにその肩にウィルが掴まっている。
おっと、確かにエドガーの激励が終わっていたな。俺たちが彼の話を全然聞いていなかったので、エドガーは頬の肉をヒクヒクさせていた。
「ええい!ゆくぞ!突撃ッ!!!」
半ば八つ当たりのように、エドガーが吠えた。騎士たちが鬨の声を上げ、馬たちが力強く地面を踏みしめ走り出す。クラークも白馬の腹を蹴り、次の瞬間、俺たちは矢のように前へと飛び出した。
「行くぞ!勇者が先陣を切り拓くんだ!」
クラークは疾走しながら、片手で剣を抜いた。乗馬に関しちゃ、コイツの方が上だな。俺じゃ片手離しで剣を構える自信ないよ。
騎馬隊の陣形は、俺たちを先頭にした、矢じりのような三角形をしている。先頭が敵の隊に突っ込み、敵が広がったところに後続の隊が切り込む寸法だ。そうやって魔王軍を真っ二つに切り裂いて突破するというのが、エドガーの立てた作戦だった。
「先陣の勢いが全てだ!ここがダメだと、後続も全部ダメになる!」
クラークは異様に興奮しながら、ベラベラと勝手に喋っている。緊張してるなら、黙って突っ込めばいいと思わないか?
「さぁーて、こっちも行くか。ライラ、始めてくれ!」
「うん!」
俺の背中で、ライラが詠唱を開始する。騎馬隊の中で、まともな遠隔攻撃ができるのはごくわずかだ。それゆえに、ライラの魔法には非常に大きな期待がかかっている。のだが……作戦会議の時、ライラが俺にこぼした言葉が蘇る。
「でも、ライラのまほーでも、あいつらには効かないかもしれない……」
「え?ライラ、どうしちゃったんだよ。お前が弱気だなんて、珍しいじゃないか」
「だって、だって!あの女の子みたいなモンスター?が叫ぶと、どんなまほーもかわされちゃうんでしょ?」
「ああ、そういや……あの子には、不思議な能力があるんだった」
「だったら、ライラのまほーだって、見切られちゃうかもしれないじゃん……」
「……いや。そうとは、限らないかもしれないぜ」
「え?」
「この地形を活かせば……この谷が有利なのは、敵だけじゃないぞ。俺たちも、ここを利用してやろう」
回想を終えた俺は、目の前に意識を戻す。
クラークの白馬は、ぐんぐんと峡谷を疾走する。次第に、前方に黒い点の集まりのようなものが、ぽつぽつと見え始めた。
「あれが、魔王軍か……!」
敵は、谷いっぱいに広がるように、陣を敷いていた。遠目だから分かりにくいが、大きさも姿もまちまちのように見える。様々な種類の魔物の寄せ集めって感じか。さらにその中には、ひときわ大きな姿が一体だけ見えた。うわっ、あれこの前の、ギガースじゃないか?
「バゴオオオオオ!」
ッ!大音量の轟咆が、谷の壁にぶつかって何重にもこだまする。この声、間違いない。あの時と同じギガースだ。
ギガースの嬉しくない歓迎の声は、たとえ耳をふさごうが、兜を被っていようが、無視できるものではない。勇敢な騎士たちは、それでも馬を止めなかった。だが、さっきより明らかに速度が落ちたようだ。騎士も馬も、知らず知らずのうちに、ギガースと距離を詰めることを避けているんだ。
「まずいぞ!このままじゃ、突撃が威力を失ってしまう……!」
クラークが緊迫した声で言う。ギガースの咆哮が向かい風となって、俺たちの足を鈍らせている。クラークの言う通り、ここままじゃ敵陣を切り裂けないかもしれない……
「だからこそ、今!お前の力が必要なんだ!ライラ!」
向かい風ごと吹き飛ばせ!なんだったら、追い風に変えてしまえ!
背中で流れるように続いていたライラの詠唱が、止んだ。
「ダッシュ・バラクーダ!」
ライラが叫ぶと同時に、前方百メートルほど先の地面が割れ、そこからどっと水が噴き出した。迸る水は崖にぶつかり、激しい水しぶきを上げながら、濁流となって魔王軍の方へ流れ始める。
「いっけぇー!」
ライラが激しく腕を動かしているのが、背中の感触で伝わってきた。激流は、完璧に魔王軍を捉えていた。いける!
(馬鹿め!上手く誘い込んだつもりだろうが、それで自分たちの首を絞めたな!)
そう、この峡谷という地形のせいで、魔王軍は左右に散開することができない。魔法が避けられてしまうのなら、避ける隙間もない攻撃をすればいいのだ。ライラほどの腕があれば、狭い崖を埋め尽くすくらいわけはない!
間もなく前方から、さまざまな種類の鳴き声が聞こえてきた。俺に魔物の言葉は分からないが、十中八九悲鳴だろう。
「バゴオオオ!」
ギガースが前にドタドタと飛び出してきて、その長く太い腕を塀のように、地面に這わせた。波を受け止めようっていうのか?
ドシャアアァァァ!
濁流はギガースの腕にぶつかって、荒海のように激しい水しぶきを上げた。その衝撃でギガースは仰向けに吹っ飛ばされたが、ライラが起こした波もまた、その勢いのほとんどを失ってしまったかに見えた。
だが、甘い!
「スノーフレーク!」
俺たちの頭上で、アルルカの声が轟いた。空から銀色の冷気が降りてきて、それがライラの波に覆いかぶさる。途端、水は白く曇り、ピシピシと音を立てて凍り付き始めた。
「バゴラァ!?」
地面に張り付いてしまった腕を見て、ギガースは困惑しているようだ。ふははは、油断したな!ライラの魔法は、アルルカの魔法の仕込みに過ぎなかったのだ。
ライラが起こした波によって、魔王軍をびしょ濡れにし、濡れた状態では凍結魔法の効力が上がることを利用して、アルルカの魔法で敵を一気に無力化する、というのが、俺たちの真の狙いだった。ギガースは波の勢いを殺しはしたが、水そのものを防ぎきることなんてできやしない。奴の体のすき間から流れた水は、魔王軍の足下に広がっていたはずだ。
「さあ!敵は地面に釘付けだ!一気に駆け抜けろ!」
俺が叫ぶと、クラークはハッとしたように手綱を握り直し、馬を急きたてた。勢いが鈍っていた騎士たちも、再び勇気の火が燃え上がったようだ。
「うおおおおお!勇者は我らと共にあり!進めぇぇぇ!」
馬のひづめの音が、再び強く鳴り響く。いい勢いだ!そのまま突っ切れ!
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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