決戦・朱雀門砦 金平、別れを告げるの事(その一)
「隊長……!」
同じ御陵衛士の同士である惟任上総介に肩口から斜めに真っ二つに斬り裂かれた蘇芳が息混じりの声でゴボゴボと血泡を吹き出してその場に崩れ落ちた。彼女ごと斬られた季春も、金平たちとは違い鎧を着けず軽装だった事が災いして深傷を負ってしまった。
「あ……な……っ!」
それでも必死になって這いつくばりながら惟任から距離を置こうと逃げる季春の髪をむんずと捕まえて、惟任は無理矢理にその身体を引き起こした。
「まったく、抵抗できぬ者を斬るのは実に気が引けるな。だから……」
惟任が季春の左腕を素手でブチブチと音を立てて引きちぎった。
「ぎゃああああああああああああ!!!!!!」
「生きたまま踊り食いというのも悪くない」
まるで鶏をさばくような気軽さで惟任は季春の肩の骨を砕き、肉を捻り切るとその左腕を隣にいた女武者に向かって放り投げた。彼女は前に道長の別邸で酒宴が催された時に庭の警護をしていたあの女武者だった。
彼女は無造作にその腕を受け取ると大きな口を開いてその肉にかぶりついた。その表情からは、あの時頼義に向かって見せてくれた優しげな面影は微塵も見られなかった。
「やめろ、やめろおおおおお!!」
初めて頼義に焦慮の表情が浮かんだ。惟任は頼義の叫びにはまるで耳を貸さず、嬉々として次々と季春の身体を生きたまま解体して皆に配っていく。初めは声の限りに絶叫していた季春も、自分の身が少しずつ食いちぎられるにつれみるみる精気が失われていく。
「やめろ!やめ、て、お願い……やめ……」
金平が獣の咆哮とともに剣鉾を惟任に突き立てる。惟任は金平の剣鉾が自分の身体を貫くのを気にも止めず、血にまみれた口元を醜く歪めながら季春の肉から血を絞り出して全身に浴びていた。
「と、殿……」
季春が絞り出すような声で己の主人に呼びかける。
「すえ、はる……どの……」
季春は精一杯の痩せ我慢といった風で笑いかける。
「お気に……なされるな……せっ……しゃは、元より異界から呼び出された身……ここで……この仮初めの身体を失われようとも……また元の世界に……」
「まだ喋るか、なかなかに活きがいいな」
そう言って惟任は季春の鳩尾にズブリと刃を入れ、そのまま真下に引き下ろした。季春の裂けた腹からどろりとした内臓が飛び出す。
「あ……」
その一撃がとどめとなり、季春の目から光が失われた。
「そうら、とり立ての新鮮な内臓だ、さぞ美味かろう」
牙を立てて笑いながら惟任がその内臓をぶちまけようとした直前、季春の喉元を一本の矢が貫いた。矢は正確に季春の喉元を貫き、即座に延髄を破壊した。おそらくはその瞬間に絶命したはずである。少なくとも、それ以上の苦痛に苛まれることは無かったに違いない。
「せめて……一息、に……」
頼義がとっさに構えた大弓を震わせながら嗚咽する。女武者たちは余興の座に水を刺されたような冷ややかな視線を送る。
「む、ペッ!!なんだこれは!?」
突然女武者たちが顔をしかめて口に含んでいたものを吐き出した。吐いたのは血にまみれた紙片だった。
「紙……紙だぞ、こやつ!!」
皆が驚いたように季春の死体があった所に視線を送る。そこには血まみれになった季春の狩衣と千々に破れた人形の残骸があるばかりだった。
「季春どの……あなたは……」
頼義は茫然とした顔で季春だったものの残骸を見つめる。金平も同じく、目を見開いたまま無言で見つめ続ける。
「ははは、くだらん。何のことはない、此奴も安倍晴明が作った絡繰人形に過ぎなかったということか」
惟任が吐き捨てるように言う。女武者たちは嘲るように季春の残骸に向かって笑い続けた。
「……な」
頼義はなにか小声で言った。
「ああ?」
「わらうな……季春を、戦友を……笑うなあああああ!!!!!」
稲妻のような速さで頼義は女武者に向かって飛びかかり、相手が反応する間も無く一人を逆袈裟に斬り上げた。女武者は一瞬驚愕の表情を浮かべ、その表情のまま真っ黒な炭の粉を空高く舞い上げて消滅した。
「なに!?頼義、貴様……!」
頼義はそのまま惟任へ向かって殺到する。その目は青く光り、その全身もまた青白い燐光に包まれて周囲を照らした。惟任を守るように残る二人の女武者が行く手を阻む。頼義は二人には目もくれずに惟任だけを視界に捉えながら横薙ぎに一閃する。その一撃を抑えきれずに、二人はもんどり打って弾き飛ばされた。
「貴様その力、鬼のものではない!?なんだそれは!」
惟任が初めて動揺を見せる。頼義は息もつかせぬ勢いで一撃を打ち込む。太刀で応戦しようとした惟任はその一撃で太刀をへし折られ、右の頬に刃が掠った。切り口自体はほんのかすり傷だったが、その傷口はサラサラと音を立てるように黒い炭の粉となって崩れていった。
「これ……は!?バカな……!」
頼義は委細かまわずに続けて二の太刀、三の太刀と打ち込む。その速さと重さはいや増すばかりで、打ち込むたびに頼義に新たな力が注ぎ込まれていくようだった。惟任はたまらず後ろへ飛びのき、先ほど自分が斬り倒した桜の大木を伝って大極殿の屋根まで駆け上がった。頼義も後を追おうとしたが、吹き飛ばされた二人の女武者が再び行く手を阻んだ。一人は頼義の前に立ちふさがって剣を構え、もう一人は頼義が後を追えないように大極殿にもたれかかった桜の倒木をさらに両断した。
屋根の上に避難し一息ついた惟任は、自分ががあのような小娘の一撃で無様に逃げ回ったことに対する屈辱で目の前が真っ赤になり、血をにじませるほどに歯ぎしりをした。
「この小娘があっ!よくも、よくもォ……」
下では生き残りの御陵衛士の二人と頼義が対峙している。惟任は呼吸を整えて再び頼義に向かって飛び降りようとした。
「どこへいく、惟任」
今まさに飛び降りようとした惟任の背中から声をかける者があった。
「お前の相手は俺だ惟任上総介、いや……玉櫛の姐御」
坂田金平は朱塗りの屋根瓦にその足を力強く踏みしめながら剣鉾を構え直した。




