決戦・朱雀門砦 朝堂院、閉鎖空間と化すの事
龍尾壇を踏み台にして坂田金平は地面を這うように飛び込み、自分たちを取り囲んだ御陵衛士たちを横一線に薙ぎ払った。女武者達は難なくかわし、再び頼義と金平を 取り囲んで追い詰める。
「よかろう、それもまた良し。一度本気のお前と戦り合ってみたかったものよ、ふふ……」
惟任たちはジリジリと距離を詰める。
「戦るともなればこれ以上の遊びもないな。こちらは六人、そちらは二人。さて、どれほど保つか?まずは腕の一本から斬り落とし、我らで順繰りに膾に割いてやる。頼義、お前は乳房から女陰まで念入りに切り刻んでやる。全ての「女」の部位を削ぎ落として芋虫のように這いつくばるがいい。最期まで楽しませてくれよ」
惟任が、御陵衛士の女武者たちが喉を鳴らすようにゲッゲッと笑い声をあげる。金平は脳天に血が登るのを感じた。鬼が惟任の顔で笑う事がどうあっても許せなかった。完全に我を失い逆上して飛びかかろうとする瞬間、
「いや、三人ですぞ」
遠くで呟く声と共に大内裏を囲う白壁に巨大な青白い光の柱が何本も何本も降り注いだ。
「ああん?」
惟任たちが周囲を見回す。光の柱は隙間無く朝堂院を取り囲み、全周にまで達すると光は虹色の妖しいうねりとなって大内裏をすっぽりと閉じ込めてしまった。
「我々を追い詰めたつもりでいるのだろうがなあ、ノンノン逆よ逆、ここから出られなくなったのは貴様らよ!!」
包帯で頭をぐるぐる巻きにした卜部季春が腕組みをして仁王立ちになって、破壊された中門を背に吠えた。
「季春!!」
「にょほほほ〜い、やっぱり真のヒーローはピンチの時に駆けつけるものですぞ〜。これ貴人大将、お主も十二天将の一人ならいつまでも惚けておらずに陣に加われ!」
この場にそぐわぬのんきな口調で季春は隣にいた陰陽師の頭を小突いた。
「ん?ああっ、不覚!この貴人大将ともあろう者が迂闊にも魅了の術中なぞにハマるとは……!」
正気に返ったらしき貴人大将が頭を抱える。
「いいから正気に戻ったのなら手伝え、もはやこの朝堂院は現世から隔離された閉鎖空間ぞ。これ以上鬼の追撃は来ないものと思え惟任どの。後は、貴様たち六人を残すのみよ!!」
どうやらこの大内裏は季春の仕掛けた「奇門遁甲」の陣によって何人も入ることも出ることも叶わぬ異界へと封じ込められたものらしい。ならばこれ以上鬼の侵入を気にする必要はない。ならば……!
「ふん、もとより援軍なぞ頼みにもしておらなんだが……」
惟任が鼻で笑う。
「季春、ようノコノコと顔を出せたものよな。無様にも小細工を弄して戦場から逃げ去った臆病者が。お前はいつもそうだ。いつだって逃げて、逃げて、逃げてばかりの人生だ。そのカワウソのような面構え同様、惨めなものよのう」
惟任は容赦なく季春を罵倒する。しかし季春は悪びれもせず、
「左様、拙者恥を忍んで貴殿との戦いを避け、前線から逃げおおせたものよ。それが拙者のできる最大限の『貢献』であるからなあ」
「……うむ、よう言うた。お前はいつだってちゃんと『今やるべき事』『今できる事』『今自分がやりたい事』をしっかりと見極めて行動することができる男であったな。お前があの時余計な意地にこだわらず尻尾を巻いて逃げた事により、今こうして私たちを追い詰める結果となった。まったく、お前は優秀な生徒だったよ」
惟任がふっと素直な笑顔を見せる。それはかつての教導官としての嘘偽りのない感想だったのだろう。
「だからこそ、手塩にかけて鍛え上げたお前たちを『食う』事ができるのは無上の喜びよ。ああ、他の誰にも殺させぬ、お前たちは……私が食う!!」
惟任が牙をむき出しにして季春に襲いかかる。季春は大胆にも背中を向けて一目散に逃げ回る。そして金平たちの背後に回り、
「では参るぞ皆の衆!殿と金平氏が前衛、拙者と貴人大将が後衛を努めますぞ〜!!」
金平は季春と目を合わせニヤリと笑うと、後ろを気にすることなく猛然と御陵衛士に向かって行った。女武者たちは数の利を活かしてなんとか包囲しようとするが、その度に季春の放つ式神によって阻まれる。貴人大将も顔を覆っていた覆面を脱ぎ捨て、
「かくなる上はやむもなし。数奇なる宿縁にてこの世界に召喚されし我なれど、不動将軍にかける忠誠の念にいささかの曇りも無し。先だっての汚名を晴らすためにもこの貴人大将、推して参る!!」
そう宣言して次々と呪符を飛ばして前衛の二人を援護する。金髪、碧眼にして彫りの深い顔立ちを見せる貴人大将は、どう見ても我が国出身の人間ではない。やはり彼も安倍晴明の手によって呼び出された「異界の者」なのだろうか。
四人対六人。数の上ではあちらが有利だが、剣と術とで攻防に多彩な手段を繰り出せる分、こちらにも十分勝機はある。果てしない打ち合いが続いた後、ついに戦況に動きが出た。
「太極!」
季春と貴人大将の仕掛けた「八陣の計」に御陵衛士の一人がかかり、囲みを崩したところを頼義が袈裟懸けに斬り伏せた。
「勇魚!!」
そう呼ばれた女武者は苦悶の声を上げる間も無く真っ黒な炭の粉となって風に散って行った。金平は頼義の剣の腕にも驚いていたが、相手が鬼とは申せ年端もいかぬ少女であった彼女が何のためらいもなく人を斬って捨てる事に驚きを隠せなかった。一体、どれほどの強い「思い」をその内に背負っているというのか……
「まだまだ続きますぞ〜。魁四星、杓三星、合わせて北斗七星、加えて洞明星、隠元星、これ北斗の九星なり。九星巡りて今ここに紫微大帝を祀り奉らん!!」
季春が千鳥足のような不自然なステップを踏む。すると季春に斬りつけようとしていた女武者がまるで足首を何者かに掴まれたかのようにその場から一歩も進む事ができなくなってしまった。
「蘇芳!ちっ、あのような小手先の技に」
「小手先とは心外な。これぞ紫微大帝の『北斗踏み』ですぞ。北斗の九星の形になぞらえて天星を地上に映し出し、紫微大帝すなわち北極星を降臨させ同じように不動の星となして標的の動きを封じる禁呪よ」
用心しながら「蘇芳」と呼ばれた女武者を後ろ手に組み伏せ、
「さあ今のうちですぞ、動けぬ者を斬るのはいささか気が引け申すがここは戦場、まして相手は鬼ゆえ、一思いに斬って捨てるがよろしきかと」
「なるほど、ではそうさせてもらおう」
そう言って、惟任は盾にされていた蘇芳ごと季春を袈裟懸けに斬った。




