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決戦・朱雀門砦 老臣、最期の言葉の事

「しまっ……!!」



金平も自分のしでかしたことに気づいて舌打ちした。惟任(これとう)は初めから金平と力比べなどするつもりはなく、金平の振り回す剣鉾の勢いを利用して体当たりで応天門の分厚い門扉を破壊することが目的だったのだ。


大極殿(だいごくでん)に向かって惟任が進む。焦って追いかける金平を、今度は御陵(ごりょう)衛士(えじ)たちが逆に金平たちを侵入させまいと門の前に立ちはだかった。


中の警護の者はもはや少数、うかうかしていては左大臣たちは血祭りにあげられてしまう。



「このぉ……どけえ!!」



金平ががむしゃらに剣鉾を振り回す。しかし女武者たちはひらりひらりとかわしながらただ金平の足止めだけに専念していた。どうやらあえて金平を討つまでもなく、惟任が一人で大極殿にいる重臣たちを(なぶ)り殺しにするのを待つ算段なのだろう。



「く……くそおっ!!」



金平の顔が焦燥に歪む。



「金平!」



背後から声がする。金平は後ろを振り返るまでもなくその声の主を悟り、そしてなぜかその意図するところまでもが不意に伝わった。



「おうよ!」



金平は手にした剣鉾を肩担ぎにして剣先をだらりと後ろへ垂らす。その剣先に向かって頼義は勢いよく駆け込んで来た。そしてその剣鉾を力強く踏みしめて……



「応っ!!」



二人で呼吸を合わせて叫ぶと、金平は自らを軸にして剣先に乗った頼義を放り投げるように縦に振り抜いた。金平の剛力に乗った頼義は天高く宙を舞い、応天門の屋根に飛び乗り、そのまま転げ落ちるように向こう側へと消えていった。



「!?」



思わず空を舞う頼義に目が行った御陵衛士の女武者たちの隙をついて、今度は金平が身体を低く構えて猛烈な勢いで体当たりをかまし、門を守る囲みを突破した。


応天門の内側はぐるりと白壁に囲まれた区域で、門をくぐったすぐ前に「会昌門(かいしょうもん)」と呼ばれる中門が座していた。会昌門はすでに破られ、その向こうに広がる「朝堂」の広場まで見通すことができた。


頼義は落下した際に受けた衝撃で受けた全身の激痛に耐えながらも、フラフラと立ち上がり中門をくぐった。広くひらけた十二朝堂は周囲に八省の庁舎が建ち並び、最近内裏から移し替えられたばかりの桜と橘の大樹が正面に構える太極殿を守るようにそびえ立っていた。


その二本の大樹を背にして、頼義お付きの老臣、(きの)頼長(よりなが)と源氏恩顧の郎党たちが惟任の侵入を阻むようにして彼女と対峙していた。


郎党たちの中にはすでに斬り伏せられて倒れている者もいる。それでもなお老臣たちは臆することなく鬼となった女武者の前に立ち塞がった。



「なめるなよ女!先主満仲(まんちゅう)公よりご兄弟と同じ「頼」の御名を頂戴したこの(じじぃ)と三代の長きに渡って忠節を果たして来た我ら『多田党』を前にして五体無事で通れると思うなでないぞ!」



言っていることは威勢が良いがすでにもう肩で息をしている。それでも普段は小さく曲がっていた腰はしゃんと伸び、くすんでいた肌にも色艶が浮かぶほどに意気軒昂として惟任を睨みつけていた。



(じい)……!」



頼義は痛む全身を押して駆け寄る。惟任は容赦なく多田党の老武士たちを斬り伏せ、最後に頼長を鎧ごと袈裟懸けに叩き斬った。



「爺!!」


「……なんのォ、この爺いに最後の花道とは……武士(さぶらうもの)の本懐じゃて……姫、いやさ若よ、進みなされ……どうか、()()()()()()()……若なら……」


「……!」



最後にニヤリと笑顔を見せて、老臣紀頼長は大の字に構えたまま地面に倒れた。惟任は倒れた老人に目もくれず大極殿に向かって歩を進める。



「これ、とおおおおう!!!」



怒りに任せて頼義が殺到する。惟任はそばに倒れていた武士の太刀を拾って応戦した。重い剣戟の音が響く。その二人を御陵衛士たちが囲み、それ阻むように金平が剣鉾を振る。剣戟の音は続く。



「いいぞ、その目だ。その怒り、憎しみ。自分の中にドロドロとしたものが湧き上がってくるのがわかるだろう?構わぬ、一気に吹き出すが良い、その力、その素晴らしき……」



惟任の一撃で桜の大木が両断される。



「鬼の力を!!」



桜の木は天に突き立てるように尖った断面を晒して倒壊した。大木が大極殿の屋根に倒れ込み、建物は大きな音を立てて振動した。


頼義と金平はとうとう大極殿を背にして御陵衛士たちに取り囲まれた。「龍尾壇(りゅうびだん)」と呼ばれる、かつて回廊が建っていた跡地の段差に寄りかかりながら、満身創痍の二人は荒い息を整えようと必死で呼吸する。



()()だな頼義。我ら御陵衛士のうち、萩、石熊と二人までも討ち取ったことはまこと賞賛に値する。だお前たちにもう手はあるまい?渡辺党は全滅した。衛士小隊ももういない。正規軍ももはや時間の問題よ。竹綱も死んだ。貞景も死んだ。季春は無様に逃げたぞ。残るはお前たち二人だけだ。これ以上何を(あらが)う?今からでも遅くはない。二人とも御方様に忠誠を誓え。共にヒトを超えるモノとなりてヒトを、この世を蹂躙しようぞ」



惟任は甘く、蠱惑に満ちた声で誘いかける。



「私は、お前たちを失うのが惜しい。お前たちが欲しい。どうだ頼義、公平(きみひら)……?」



少しの沈黙の後、不意に金平がくっくっと笑いをこらえ始めた。



「……?何がおかしい、公平?」



金平は変わらず低い声で笑いを抑える。



「いやなにね、『公平』なんて呼ばれるのも久しぶりだったもんでなあ。そういえばそんな名前だったっけ俺……って考えたら急にな」



そう言って金平は真面目な顔に戻る。



「お断りだバーカ。何が『ヒトを越えるモノ』だくだらねえ、神様にでもなったつもりか。お前らはなあ、ヒトを超えたんじゃねえ、()()()()()()()()()()()()()()()()だけの弱虫の集まりよ。ヒトの身のまま己の弱さを乗り越えようともせずに尻尾巻いて逃げて鬼になったんだろう?化け物になったんだろう?そんな奴らになあ……」



金平が剣鉾を構える。



「負けてたまるかってんだ。来いや化け物ども!!この坂田公平が『鬼狩り』の名にかけてテメエらをブッ殺す!!」



獣のように吠えて、戦闘が再開した。

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