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紅蓮隊、出陣の酒を酌み交わすの事

「なんだとお!?」



坂田金平が大声を上げた。



「アイツが、あのガキんちょが『邪眼』の持ち主ってことかよ!?そんな莫迦(ばか)な……!」


「拙者もにわかには信じがたかったが、酒呑童子と遭遇し、あやつの邪眼を見て確信した。殿の眼は間違いなく奴と同じ『邪魅の瞳』よ。操る相手が男か女か、という違いはあるがな。貞景(うじ)、そなた初めて頼義どのとお会いした時、奇妙なふるまいを見せたことがあったろう」



一同はあの時の光景を思い出していた。頼義を「紅蓮隊」の長と認めない貞景が、彼女と目を合わせたとたん掌を返して臣従し、それを咎めた金平たちに向かって刀を抜いた様子がまざまざと思い出された。



「むう、では俺はあの時頼義どのの術中に……?」


「さよう、もっとも殿はご自分のそのお力に無自覚であられる様子。おそらくはご幼少のみぎりより似たような体験をいくつかされておることだろう」



貞景は押し黙って目をつむった。一同も言葉が出ない。突然金平が何かに思い当ったように口を開いた。



「ちょっと待て、アイツは生まれついてその邪眼を身につけていたってことか?それじゃあ……」


「……さあて、生来のものか、何者かに付与されて得た力なのかはわからぬ。だが金平氏、『そういうこと』ぞ……」


「え、なんだよ?『そういうこと』って……あ!!」



初めは意味の分からなかった竹綱も、自分で問いただしているうちに「そういこと」の意味に気が付いた。



「そうじゃ、頼義どのは酒呑童子に触れる前から、すでに『鬼』だったということよ」



四人の背中に冷たい汗が走った。長い沈黙の中、篝火(かがりび)()ぜる音だけが響く。



「これは推測ではあるが、おそらく頼義どのはその『鬼』としての力を何らかの手立てでもって『封印』されておったのではないか。完全に魔眼の力を封じるには至らなかったが、それでも普通の人間としてふるまう程度には」


「できんのか、そんなことが?」



金平が(いぶか)し気な目で季春を睨みつける。



「わからん。だがウチの師匠や美濃守どのあたりなら、何やら手段を講じることはできるやもしれん」



金平は季春の師である安倍晴明、そして頼義の叔父にあたる鬼狩りの大将美濃守頼光の姿を思い浮かべる。確かにあの連中ならそれぐらいのことはできるかもしれない。



「ともあれ、今まではかろうじて殿の中の『鬼』は眠っていたものだが、あのクソ鬼のせいでいつ頼義どのが『鬼』として本格的に目覚めるかわかったものではない。実をいうと、師がわざわざ『十二天将』を付けて寄こしたのもそういった理由よ」


「ああそうか、『お目付け役』ってことね。いざ殿が『鬼』になってしまったらその時は……って事か。あの爺さんが善意で手助けをしてくれるなんて怪しいもんだとは思ってたけど、そういう裏事情かよ、けったくそ悪い」



竹綱が毒づく。



「だから、頼義どのは本丸から一歩も出すわけにはいかん。目を離すわけにもいかん。やれやれ、大一番を前にとんだ爆弾を抱える羽目になったわい」



季春が金平をジロリと見据える。



「ゆえに金平氏、戦が始まったらお主、片時も殿のお側を離れるなよ。もし殿の身に何かあった時は……」


「言うな。わかってる」



金平は頭をクシャクシャとかき回して大きく一息ついた。



「だがウダウダ迷ってる暇はねえ。もう敵軍は目と鼻の先まで来てやがるんだ。まずは奴らを迎え撃つ。その後の事はその時考えるしかねえ。俺はもう行くぜ。お前らも配置につけ」



そう言って金平は急ごしらえの砦の中に戻るためくるりと背を向けた。



「まあ待てよ金平」



貞景が去り行く金平を呼び止めた。



「これが今生の別れになるやも知れぬのに風情のない奴だ。少しぐらい名残りを惜しんで行け」



貞景はそう言って手にした土瓶を金平に投げ渡した。



「戦さ場ゆえ本来ならば酒色は禁物だが、まあ一口ぐらいは大目に見てもらおう。盃もないが、景気づけの一杯よ」



ニヤリと貞景が笑う。普段いつも苦虫を噛み潰したような渋い顔をしている男だが、それだけにこうして時たま見せる笑顔はたまらなく魅力的に映る。



(もっと笑ってりゃあそこそこ女にもモテるだろうに)



そう思って金平は苦笑いする。もっとも女性に大勢言い寄られたとして、結局女性アレルギーの貞景はまたぞろ「女こわい~」と言って逃げ回るのが落ちだろうが。



「へっ、縁起でもねえこと言うない。お前とはまだ手合わせで一度もまともに勝ったことがねえんだ、今度こそ勝って一杯おごってもらうぜ」



一息に酒をあおった金平は酒の入った土瓶を竹綱に投げる。竹綱は平気な顔でグイっと一息で飲み干した。この四人の中では最年少の竹綱だが、実は一番の酒豪がこの少年である。さすが豪傑渡辺綱の息子というべきか。



「そうだね、まだ家督も相続していないのにこんなところで死ぬのはまっぴらだ。それにこういった大人数での采配こそ僕の本領発揮だからね、せいぜい手柄を上げさせてもらうよ」



竹綱は続けて季春に投げ渡す。季春は控えめにくいっと口をつけて



「さよう、ゴホッゴホッ、そのようなゴホッ、しみったれた別れなんぞはゴホゴホご免こうむりますな。ここは景気良く……笑いながら戦場へ赴きましょうやブホアッ!!」



季春は全く酒が飲めない。



「ふふ、ではまた、戦が終わったらここで酒を飲むとしよう」



貞景が季春から酒瓶を取り上げて最後の一口を飲み干した後、その土瓶を勢いよく地面に叩きつけた。粉々に飛び散った陶片を見つめながら



「では。いざ参る」



そう言って四人は互いに背を向けて互いに各々の受け持ちの部署へと散って行った。

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