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卜部季春、鬼道について語るの事

「やはり……お気づきであったか」



季春が苦い表情でつぶやく。



「当たり前だ、俺ぁ代々『鬼狩り』の一族だぜ。あの野郎の言った意味ぐらいわかる。奴は言った、『道は開いた』とな」


「さようさ、な……」



季春もどう説明していいものやら考えあぐねている様子である。



「僕たちにも説明してほしいな、そこんところは」



影から声をかけたのは渡辺竹綱と碓井貞景である。二人とも持ち場の作業を終えて一区切りついたところと見える。



「頼義の殿さまが鬼になる……だって?どう言う事なんだよそりゃあ」



竹綱が金平を睨みつける。金平は押し黙ったまま答えない。



「そもそも俺たちにはこの京の都を離れてからの状況がさっぱりわからぬ。惟任(これとう)が……玉櫛(たまぐし)の姐御が裏切って鬼側につくなど俺には到底信じられぬ」



貞景は未だに惟任上総介ら「御陵(ごりょう)衛士(えじ)」の隊員が酒呑童子の術中に堕ちて敵の支配下に収まったという事実に納得がいかぬらしい。



「ふむ、その事は頼義殿にも関わる事ゆえ、初めから説明いたそう。話は長くなるでな」



そう言って季春は篝火の元に床几(しょうぎ)を置き、そこにどっかと座って語り始めた。



「そもそも『鬼』とは何か、と言うところから説明せんとな。『(グイ)』という文字には『目に見えぬもの』という意味がある。転じて『見えぬもの=この世に無いもの=異界のもの』という意味付けがなされていった。我らが遭遇するあの『鬼』とは、ズバリ『異界から来た者』よ。我らの世界とは違う世界で生まれ、育ち、そして何らかの手立てを経てこの世へ舞い込んできた、言わば来訪者といったところか」



そこまでを一息で言い切ったあと、季春は桶に汲んだ水を一杯すすった。金平たちは自分たちがかつて遭遇してきた鬼たちの姿を思い浮かべた。角があり、牙があり、爛れた肌と異臭を漂わせた異形の者。ヒトと似た姿でも決してヒトでは無い者……



「あの鬼どもがどのようにしてこの世に舞い出でて来るのかは知らん。しかし、我ら方術師や仙道師などはな、昔から『鬼』を召喚する方法を色々と模索しておったのよ。その一つにな、他人の、あるいは自分自身の体の中に異界へと通じる『道』を開くという方法がある」



季春はニヤリと笑う。



「祈祷であったり、歌、舞い、苦行……あらゆる手段を通じて我々は異界と通じる道の構築に挑んだ。その多くは甲斐無く失敗に終わり、そのうちのいくつかは……成功した!」



皆の視線が季春に集まる。



「『道』を開いた者は、その異界の力を己の中に取り込み、超常の力を顕現させる事に成功した。ある者は神の言葉を聞いた預言者として民衆を導き、またある者は我欲のために非道を行い、人々を苦しめた。『魏志(ぎし)』という唐国(からくに)の古書に、我が国の遠い昔の女王が『鬼道(キドウ)(モツ)テ人ヲ(マド)ハス』と書かれていたそうな。そういった異界への道を開く儀式を『鬼道』と呼び、あるいは『神道』と呼んだ。『鬼』だの『神』だのにさほど意味の違いはござらん。単に『異界』ということを記すための言葉にすぎぬ。と、言いたいが、実はその『異界』にも、どうやらいくつもの種類があるものらしい。すなわち……」



季春は一旦息を止め、大きく深呼吸した。



「聖なる力の世界と、邪悪なる力の世界でござる」



一同は沈黙した。今季春から受けた講義の内容を整理する。



「つまり、『鬼』とはその『邪悪な力の世界』から生み出されたものだと?」



竹綱が季春に問いただす。



「ふむ、何をもって正邪を決するかは議論の及ぶところであろうが、有り体に言ってみればそうであるな。『邪悪な力の顕現』それが『鬼』の正体と言って差し支えなかろう」



一同は再び押し黙る。



「そして、あのガキんちょは酒呑童子によってその『邪悪な世界へ通じる道』に触れてしまった。そういう事だな?」



金平が重々しい声で言う。季春は黙って頷いた。



「さよう、酒呑童子の『邪魅(じゃみ)の瞳』に魅了された頼義どのは、その体内に『異界』との道を繋がれてしまっておる。拙者が辛うじて『道切り』の巫術を行なったが、いつまた『道』が開いて頼義どのに『異界』の邪悪な力が注ぎ込まれるかわからぬ」


「つまり、いつか『道』が開いてその『邪悪な力』が流れ込んで来たら、頼義どのは……」


「そうだ、『鬼』になるってこった」


「そん、な……」



金平の無情な説明に竹綱は絶句した。



「そもそも、酒呑童子の『邪魅の瞳』とはなんだ?それも『異界』の力なのか」



今度は貞景が問いただす。



「当然。あれこそは『異界』の邪悪な力を私利私欲のために使った結果そのものよ。『女』を支配し、意のままに使役する、反吐(へど)が出るほど下衆な邪法じゃわい」



季春が本当に吐き出すかのような仕草を見せる。



「女にしか効かない代わりに、その効果は絶大じゃ。女である限り一切の抵抗ができん。殿には申し訳ないが、酒呑童子本陣には殿は絶対近づけさせられぬな。まったく、『邪魅の瞳』なんぞ生涯で()()も目にすることになるとは思いもせなんだわい」



「二度?酒呑童子の前にもあの邪眼の使い手に会ったことがあるのか?」



貞景の言葉を聞いて、季春は呆れたように答える。



「あったも何も、そなた自分で食ろうておろうが、その『邪魅の瞳』の魔術に」


「なに?」



季春は大きくため息をついて言った。



「殿じゃよ。源頼義公こそ、もう一人の『邪魅の瞳』の持ち主よ」

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