紅蓮隊、「敵」と遭遇するの事(その一)
源頼義率いる「鬼狩り紅蓮隊」の一行は京の都を後にして一路丹波国を目指して馬を進めていた。
この時代すでに山陰道が整備され、都のある山城から隣国である丹波までは馬屋や宿場なども各所に設置されており、当時としては比較的安全に旅のできる行程であるためか、一行の空気もやや緩んだ、のんびりとしたものになっていた。
そのゆるゆるとした旅の途中、頼義は渡辺竹綱たちから「鬼狩り紅蓮隊」の成り立ちとその職命について講義を受けていた。
彼らのような「鬼狩り」の軍団は文武帝の時代、この国に律令制度が導入され国家としての体制が整いつつある時代よりも遙か昔から名を変え形を変え存在していたのだという。
物部氏、忌部氏、卜部氏といった異界とのつながりの深い氏族たちが代々その役を引き継ぎ、やがて兵部省にその役職は吸収されて行った。
時にそれは一国の軍事力にも匹敵するほどの規模にまで大軍化していたこともあったという。しかし時代は下り神の威光も遠くかすみ、鬼や魔物の数も次第に数を減らして行って、二十年前にここ丹波で起こった鬼の内乱を鎮圧して以来、大掛かりな魔物との戦も無くなり、彼らの姿も見ることはなくなって行ったという。
時代はすでに神秘の気配は薄れ、確固とした記録と物理法則の世界へ移り変わろうとしていたのだ。
あれほどの大軍団であった「鬼狩り」たちもこれを機に一気に規模が縮小され、今では「鬼狩り」の名称を持つ部隊は彼ら「紅蓮隊」の四人のみという実情だった。
そのため、当初は紅蓮隊の請け負う仕事も近隣に出没する狐狸妖怪のたぐいの駆除であったり宮城の夜の警護であったりと、「閑職」と言っても差し支えないようなものばかりであったという。
若い同年代の職僚たちはそれら「鬼」を目にする機会もなく、次第にその存在自体すら疑われるほどになっていた。そのため彼らに「役立たず」「無駄飯食らい」と揶揄され、そのことが一層彼らとの軋轢を助長する原因ともなったと、竹綱は言う。
頼義は最初に金平たち「紅蓮隊」の面々と出会った時に見た大喧嘩の光景を思い出した。その時はただの無法集団かと思ったが、連中の荒くれぶりにはそのような経緯があったのかと得心がいった。金平たちも己の能力を存分に発揮できぬ現状に鬱勃たるものを感じていたのであろう。とは言えむやみやたらにその鬱憤を当たり散らすのはいかがなものかと実に優等生らしい意見を禁じ得ないところもあった。
「ところが、ね」
竹綱が言うには、この数年、特に今年に入ってからはその様相が一変しているらしい。それまでまるで姿を見せることのなかった鬼や魔物たちが度々目撃されるようになり、次第に実害を被る事件まで発生し始めたと言うのだ。
こと丹波国にその兆候が顕著であり、先年はとある集落から若い女性が「神かくし」に遭遇して多くの者がその消息を絶った。
金平たちはことの異変を察知して何度も兵部省の上役に調査隊の編成を上申したが、長く続く平安の世にすっかり緊張感の緩んだ役所は情勢が逼迫していることにも耳を貸さず、一向に行動に移さない。
業を煮やした紅蓮隊一行が声をかけたのは陰陽博士安倍晴明であった。晴明は金平たちが話を持ち出すまでもなくその異常をすでに嗅ぎ取っており、異変に備えて陰陽寮にその対策本部を設けようとしてるところだった。
実行に移すための拠点が必要だった紅蓮隊と、実行部隊が必要だった晴明との利害が合致し、ここに陰陽寮を基地として「鬼狩り紅蓮隊」は本格的に活動を開始した。
なるほど、一応は兵部省に籍を置く彼らがなぜに陰陽寮に居座っていたのか、その背景がようやく飲み込めた。物理的な軍事行動は兵部省が、神秘的な軍事行動は陰陽寮が請け負うことで、両者は表裏一体の守りの要となったわけだ。紅蓮隊の成り立ちを知り、その以意外にも責務の大きいことを理解した頼義は改めて身の引き締まる思いがした。




