紅蓮隊、「敵」と遭遇するの事(その二)
「妙だな」
そう言いだしたのは碓井貞景である。
「なにがだよ」
坂田金平は不機嫌そうに聞き返す。不機嫌といえば、金平は先日頼義が啖呵を切って紅蓮隊の隊長となることを半ば強引に認めさせられて以来ずっとこの調子であった。
街道を見ろ、と貞景が指し示す。取り立てておかしな所もない、ごくありふれた道なりの風景に見えるが、言われてみると確かにどことなく違和感を覚えた。
「……?そういえば、我々のように京の都から下ってきた人は見かけますが、逆に京へ向かっている方を見かけませんね」
頼義の発言に一行は少し考え込んだ。言われてみれば京を後にしてからこの方、丹波国方面から来た旅人なり商人なりとすれ違ったことがあっただろうか。頼義たちは急にいやな予感に襲われた。
そもそも今回の丹波行きは、度重なる凶事の捜査のため丹波国司平維敍卿の協力を仰いで、それらがまこと鬼の仕業であるか否かを検分し、次第によっては丹波国と共同で軍を編成しこれの討伐に当たるための準備が目的であった。
その段取りのために桑田郡にある国府へ向かった一行であったが、山陰道の初夏の空気にさらされていささか気が緩んでいたようだ。早馬を当てるほどでもあるまいと徒歩で出発したことを今更ながらに頼義は悔やんだ。
一行は急ぎ丹波への入り口に当たる大江関へ向かい、馬舎に掛け合って急ぎの馬を用立ててもらおうと駆け込んだが、そこには都から下ってきたらしき人々が群がって騒ぎ立てていた。聞くと、関所勤めの役人たちがみな一様に死んでいるという。それも尋常ではない様子で、野盗に襲われたかのような惨たらしい有様で、一緒に住んでいたであろう家族たちも同じようによそで殺されているのか拐かされたのか、姿が見えないという。
いよいよ凶事の匂いを嗅ぎつけた紅蓮隊は、ひとまずこれより先の丹波への入国を禁止し、皆に引き返すよう促した。所用の邪魔をされて文句を言う者や国に残してきた家族を心配する者の声なども多く中々従おうとしなかったが、最後には金平が手持ちの剣鉾を振り回して吠え立てるのに恐懼して方々に逃げ回る始末であった。
竹綱はそんな人々の中から小役人の一人を目ざとく捕まえて、兵部寮に緊急事態の報をことづけた。
急ぎ馬をしつらえ、ひとまずは国府目指して亀岡まで駆け出した一行であったが、走りだしてすぐ、保津川のほとりに差し掛かるところで馬たちが急に足を止め暴れだした。
「うわっ、なんですぞーっ!?」
あまり乗馬に慣れていないのかひょこひょこと一番後ろを歩いていた季春が素っ頓狂な声をあげて馬から落ちた。
馬たちはまるでそこから先に進むことを拒むかのように激しく前脚を高く掲げ、興奮したように口から涎を流して狂奔する。そんな馬たちをなんとかなだめようと手綱を引きしぼったり首元を押さえたりと試してみるもその甲斐なく馬は暴れ続け、頼義たちは思わぬ足止めをくらい悪戦苦闘していた。
四半刻ばかりも暴れる馬に翻弄され続けていた頼義たちの前に、「それ」はふらりと現れた。
女である。少なくともそう見える。若いが出家でもしているのか、豊かな黒髪は癖の強い巻き毛を方々に散らして蓬のように茂っている。背の高い、すらりとした麗人であるが、それだけにその右手の異様さが際立っていた。
女の右手は不釣り合いに大きく、長く伸びた獣爪は地面に着くか着かぬかというほどであった。女は暴れる馬たちを恐れることもなく近づくと、その歪に巨大な鉤爪を一閃して頼義の乗り馬をいとも容易く両断した。
「!?」
一瞬何が起こったのか分からず反応の遅れた頼義はそのまま頭から地面に叩きつけられそうになるところを、反射的に金平が馬上から片手でむんずと首根っこを捕まえて辛うじて事なきを得た。
そこで一行はようやく女の存在に気づき、かつその異様な「殺気」とも「妖気」ともつかぬ黒く冷え込んだ空気を感じ取り総毛立った。
(こいつだ、こいつがやった……!)
聞きただすまでもなく、頼義たちは確信した。この女が関所の役人を惨殺し、家族の女子供をさらったのだと。
「鬼」……この女の纏う気配は紛れもなく、先日始めて遭遇した「鬼」と同類のものであった。女は夕暮れに傾いた陽光を受けて猫のように目の奥に光を反射させながら口を開いた。
「あらまあ、まだ生きている男がいたのかい。それとも都からノコノコ来たのかい?悪いねえ、ここから先は通行止だよ。申し訳ないけど行き先を変更してもらおうか」
そう言いながら再び女は頼義たちに近づき、そして
「あの世にねえ!」
絶叫とともにあの右手の鉤爪を振るった。残された馬たちは菜物でも切るかのようにひどく簡単に切り刻まれ、悲鳴を嘶かせる暇もなく馬は絶命した。金平たちはすでに馬から身を下ろし、女を囲むように素早く散開した。
「おや面白いねえ。アンタたち、アタシらの扱いに慣れてる素ぶりじゃないかい。まだこんな奴らが残っていたんだねえ」
そう言って女は楽しそうにくっくっと笑う。
「帰んな。丹波はすでに人の住む世界にあらず、何人たりとも立ち入ることこと能わじ。この山陰道、京から入る者はこの茨木が一人残らず食い殺す! 」
そう言って、女は大きく口を開いて、長く鋭く伸びた牙をむき出しにした。




