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■JIN短編集■  作者: JIN
1/5

『一日だけの父親』

そのサービスは、ひっそりと存在していた。

 



「——1日だけ、家族をレンタルできます」

 

 

男は、その広告を何度も見返していた。

 


 

「……くだらねぇ」

 

 

そう呟きながらも、

 

 

指は、申込みボタンを押していた。

 

 

 

理由は、簡単だった。

 

 

 


明日が——

 

 

娘の、誕生日だからだ。

 

 

 

 

「……っ」

 

 

 

男は、目を閉じる。

 

 

本当なら、

 

 

祝ってやるはずだった。

 

 

 

ケーキを買って、

 

 

 

プレゼントを渡して、

 

 

 

「おめでとう」って——

 

 

 

でも、それはもうできない。

 

 

 

 

 

“事故で死んだから”

 

 

 

 

 

それでも、

 

 

どうしても——

 

 

 

 

「……一回だけでいい」

 

 

 

そう思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

 

 

インターホンが鳴る。

 

 


ドアを開けると、

 

 

そこには——

 

 

 

 

「パパ!」

 

 

 

小さな女の子が立っていた。

 

 

 

「……っ……」

 

 

声が出ない。

 

 

 

笑い方。

 

 

目の形。

 

 

髪の癖。

 

 

 

全部、同じだった。

 

 

 

「どうしたの?パパ!」

 

 

無邪気に笑う。

 

 

 

「……ああ……」

 

 

やっと、声が出る。

 

 

 

「……おめでとう」

 

 

 

それだけで、

 

 

胸が、締め付けられる。

 

 

 

 

その日は、普通の一日だった。

 

 

 

ケーキを食べて、

 

 

プレゼントを渡して、

 

 

一緒に笑って。

 

 

 

「パパ、ありがとう!」

 

 

その一言が、

 

 

やけに重かった。

 

 

 

時間は、あっという間に過ぎる。

 

  



夕方。

 

 


「そろそろお別れの時間です」

 

 

いつの間にか、スタッフが立っていた。

 


 

「……もう?」

 

 

「はい。一日契約ですので」

 

 


「……そうか」

 

 

男は、しゃがみ込む。

  

 


目の前にいる、“娘”。


 


「……楽しかったか?」

 

 


「うん!」

 

 


「……そっか」

 

 

言葉が、出てこない。

 

 

本当は言いたいことが、山ほどある。

 

  


でも——

 

  


これは“本物じゃない”。

 

  

分かっている。

 

  

分かっているのに、

  


 

「ねぇパパ」

 

 

女の子が、小さく首をかしげる。

 

 


「また来てくれる?」

 

 

その一言で、

 

全部が、崩れた。

 

  


「……っ」

 

 

来れるわけがない。

 

 

これはレンタルだ。

 

今日だけの、偽物だ。

 

  


それでも——

 

 


「……ああ」

  

 

(うなず)いてしまった。

 


 

「また来るよ」

 

  

嘘だ。

 

でも、


その嘘を、

 

  

本当みたいに笑ってくれた。

 

 

 

「約束だよ!」

 

 

その瞬間。

 

 


「——契約終了です」

 

 

女の子の表情が、消えた。

 

 

笑顔が、止まる。

 

  

目の光が、消える。

  

 


「……え?」

 

  

男は、固まる。

 

 

 

「……おい……?」

 

 

スタッフが、淡々と説明する。

 

  


「記憶データはここでリセットされます」

  

「次回利用時は、初対面からとなります」

 

 

 

「……は?」

 

 

  

「感情の持ち越しは、できません」

 

 


「……待てよ……」

 

 

男の声が、震える。

 

 


「じゃあ……さっきの“約束”は……」

 


  

スタッフは、少しだけ間を置いて言った。

 

 

「存在しなかったことになります」

 

 

  

その言葉で、

  

すべてが、終わった。

 

 

  

女の子は、もうこちらを見ていない。

 

  

ただの“商品”として、立っている。

 

 


「……そうかよ……」

 

  

男は、笑った。

 


 

「……そりゃそうだよな」

 

  

ゆっくりと立ち上がる。

 

 

  

ドアに向かう。

 

 

  

その時、

  

小さな声がした。

 

  


「……ありがとう」

 

 

男は、振り返る。

 

 

  

女の子は、

 

 

何も知らない顔で立っている。

 

 

  

今の言葉は、

 

  

誰に向けたものでもない。

 

 

ただの“残響”だ。

 

 

  

それでも——

  

男は、(うなず)いた。

 

  


「……ああ」

 


「こっちこそな」

 


 

ドアを閉め外に出る。

 

 

 

空は、やけに青かった。

 

 

  

それ以来、

 

男はそのサービスを、二度と使わなかった。

 

 

 

ただ——

 


毎年その日だけ、

 

 

  

 

ケーキを一つ、買うようになった。

 

 

  

 

(完)

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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