第24話 休憩合間にいなり寿司
『やー。さーやちゃん、仕事早いね。助かるわ』
「そ、そうでしょうか? いただいた指示通りにしてるんですが」
『いやいや〜? ほかのアシちゃんたちとの連携もうまく取れそうだよ。引き続きよろしく』
「はい」
在宅ワークが始まったのは、オフ会から一週間後くらい。言われた課題をこなしただけなのだが、ドミノには予想以上に気に入られてしまった。
実際の原稿に必要な背景、人物修正についても仕事を割り振られたが……商業作家の『本物の原稿』に携われるとは、つい先日まで思ってもいなかったので。
データの複製だから失敗しても問題ない。
アナログのときとは違い、修正の修正をするのも大変ではないものの。ドミノとの作業通話をしながらの仕事は思いのほかやりがいを感じた。いつもの自分の原稿だと『あーだこーだ』悩む時間が増える一方だが、人様の原稿を触る機会なんて滅多にないので最初はすごく緊張した。
しかし、会社のときとは違う、ちゃんとした仕事。任されたからにはきちんと取り掛からないと……と、ペンを動かして作業をこなした。
結果、確認してもらうと上々の出来だと言ってもらえたのである。
万智子との契約は、とりあえず連載五話まで。様子見と研修期間も兼ねてというドミノからの提案だ。順調であれば、連載終了まで期間を延ばすことも視野に入れてくれるそう。なんて、良心的な仕事環境だと思わずにいられない。
通話が終わると、次の作業は明日にしようとご飯が炊きあがっているかを確認しにいく。ちょうど、アラームが鳴ったところだった。
(今日のご飯、なんだろう?)
すし飯モードで炊いてほしいと言われたので、手巻き寿司なのか他なのか。どちらにしても、万智子の好物なので文句は言わない。
「仕事、始めてみてどうだった?」
「気に入ってもらえたみたい。ひとまず、一巡目が終わったところ」
覚が帰宅してきて、ドミノとの仕事内容を軽く聞かれたが答えられる範囲で伝えた。守秘義務は同業であれど、守るところは多いので公表するまでは家族でも言えるところとそうじゃないところが出てしまう。覚にもそれは前もって言われていたし、ドミノにも『お願いね?』と言われていたのだ。
「アシ歴もだけど。漫画の仕事の手順がわかれば、自分の仕事のときにも繋がるしね」
「勉強になります。……今日のご飯、なんのお寿司?」
「いなり寿司。具材いろいろの」
「おお!」
「だから、いなりの皮だけは買ってきた」
「そんなにも作るの?」
「たくさん食べたくない?」
「異議なし!」
ひとつは、高菜明太。
ひとつは梅干しと大葉。
最後はちりめんじゃこにごま。
酢飯を協力してつくったあとに、用意した具材に混ぜ合わせていく。ボウルみっつ分出来たので、なかなかに壮観な光景だ。
「時間あれば皮から手作りしたかったけど。マチちゃんが疲れているだろうから、今日は出来合いで」
「え? いいのに」
「俺も早く食べたかったしね? 市販の皮もそれなりに美味いし」
「だね。ジューシーだもん」
「酢飯があらかた冷めたら、全部俵型にして」
たくさん買ってきた、いなりの皮に詰めたら出来上がり。全部並ぶとかなりの量で食べきれるかと心配したのだが。覚がタッパーに何個かを何故か詰めていった。
「明日の朝ご飯?」
「というより、お互いの弁当? 明日も作業あるんでしょ? だったら、昼に食べたくない? しみしみのいなり寿司」
「食べたい!」
「だから、今日は多めに作ったわけ」
たしかに、同人活動の方も原稿の仕上がりが佳境なので昼は適当に済ませようとしていたが。
ひと晩、じっくりと油揚げの皮のタレが沁み込んだ酢飯。それを味わえるとなると、やる気が倍増する気がした。気遣い上手のイケメン旦那、と叫びたいが……食事前なのでイチャイチャするわけにいかないからやめておいた。下手な発言をすると煽る結果になるのは、何回か経験しているので。
「「いただきます」」
汁物はわかめスープにして。ほかのおかずはどうしてもいるなら、と言う感じで今回は用意していない。いなり寿司が三種類もあるし、味のバリエーションが多いので飽きないと予想してのこと。
と、覚は言ってくれたが、万智子も同意見だからと頷いたため。
どの味にしようか悩んだが、やっぱりこれだ、と高菜明太を選んだ。ひとつは小振りないなり寿司だが箸でつまむとずっしりと重く感じる。ひと口では頬張れないので、半分以下のところまでかじってみたら……昔は苦手だった漬物の適度なしょっぱさに加えて、明太子の辛味とぷちぷち感が甘さの強い醤油味の皮によく合う。
幼少期はきのこやこんにゃく以外も色々苦手や嫌いな食べ物は多かったが。豆腐も少し苦手だったので、必然的に油揚げもあまり好きではなかった。だが、成長の段階を踏んで、それなりに味蕾の感覚も変わったことで油揚げも好きになった。
特に、寿司でもジャンキーな味わいだと思っているいなり寿司は格別。梅干しのも刻んだのがさっぱりと大葉の爽やかさとマッチしていて、ちりめんじゃこも噛み応えがあってごまとの風味がいい。
「……明日も食べれると思うと、やる気出た」
「美味いよなあ。いなり寿司。これだけあると、食べ放題気分上がるし」
「助六寿司の太巻きは嫌だけど。いなり寿司は好きなんだよねぇ?」
「太巻きにはしいたけあるもんね」
「なんで入っているのかな? かんぴょうだけで十分なのに」
「保存しやすいから?」
「だとしても、解せん」
中学などの弁当代わりに、たまに買い置きのそれを持たされたときはいじめかと親にいいたくなったくらいだ。しかし、自炊できないし、購買は競合する場でしかなかったのでしいたけを抜いて飲み込んでから大人しく食べたのは遠い記憶。今はいなり寿司だけを好きに食べれるのが嬉しい。
「寿司がそんなに好きなら、夏休みうちの実家行く? ちょっと高いけど、回る寿司でもうまいところに連れてってあげるよ」
「え? 実家? お義兄さんとかいるのかな??」
「いや? 市内にいるから、あんまり実家帰っているとこ見たことないな……姉貴も嫁ぎ先からそんな帰んないし」
「そういうもん?」
「俺んとこはそんな感じ」
とりあえず、夏休みに久しぶりの帰省が決定したのである。
いなり寿司弁当の方は、それを励みに作業を頑張ってこなしたため……夕飯以上に美味しく感じたのは疲れているだけの理由じゃないだろう。ドミノにも少し自慢したら、『寄越せ~』と冗談交じりに会話が弾んだのだった。
次回はまた明日〜




