第三節 逃隠サケル(にげかくれさける)
「はい、お大事に。もう入院するようなことにならないようにね」
「はい、気を付けます。今までありがとうございました」
主人公は1日分の着替えなどを背負い、受付に返答した。そのまま病院を出る。家路を辿る際、主人公は数日前の事件の幕引きを思い返していた。
(あんなことになるなんてなぁ)
(回想)
「ゾムビー達に対抗できるのは、政府公認部隊の狩人か、超能力を使えるサイキッカーくらいだ。よっぽどのことが無い限り、あんなことをしちゃあダメだぞ、少年。まぁ、狩人が駆けつけるのが少し、遅かったかな?」
主人公の動揺などお構いなしに、爆破は、どこか軽さを帯びた声で 淡々と話した。
「いいえ、助かりました。ありがとうございます。爆破……さん?」
一方で主人公はほんの少し、気負いながらそっと返す。
「スマシでいい」
「ありがとうございます。スマシさん」
「隊長!」
張りがある耳によく届く声で、狩人の隊員が爆破を呼ぶ。
「なんだ?」
「看護服を着たゾムビーが1体、ほぼ無傷の状態で生き残っていたのですが……」
「ほう」
「全くこちらを襲う気配がありません」
(尾坦子さんだ!)
思わず、目を見開く主人公。
「そうだな、奴らを知るためのいい研究材料になるかもしれん。第2研究室へ搬送しろ!」
爆破は、至って冷静に指示を下す。それが主人公にとっては、冷徹な軍人の様に見て取れた。
「あのっ!」
「? なんだ」
思わず、主人公は爆破に話しかける。続けて尾坦子の身を案じる言葉を投げかける。
「尾坦子さんは……あのゾムビーはどうなってしまうんでしょうか⁉」
爆破は、合わせていた目線を少し横に逸らして、顎に手をやりながら返答した。
「尾坦子と言うのか。彼女が人間だったころは、ここの看護師か何かだったのかな? 貴重なサンプルだ。我が部隊が丁重に研究所まで送る。研究所では……ゾムビーについて把握するための実験がおこなわれるだろうな」
「そんな……実験体になるなんて……」
「まぁそう悲観的になるな。別に直ぐ殺されるわけではない」
そう軽く返す爆破だったが、主人公は不安を隠せない曇った表情になる。
(心配だなぁ。尾坦子さん、どうなってしまうんだろう……?)
「まぁ! あらまぁ! あらあらあら!」
精神病棟の看護婦がデイケアルームにやってきた。
「これは一体全体どういうことでしょう! うっ、臭っ」
戦闘を終えた後だった為、辺りにはゾムビーの腐敗臭が漂っていた。
「これはこれは看護婦さん、ゾムビーの襲来に我々が対処致しまして……」
状況を説明する爆破。現れた看護婦に、一通りことの経緯を伝え終えたその時、
「あぁ、……ああぁ、出口」
排便が精神病棟の出口を求めてさまよい始めた。
「あー、排便さん。ここに居たんだ。ここはあなたの制限レベルでは来ちゃあいけないとこなの」
看護婦がやけにゆっくりと排便に近づく。その歩みは威圧的なのに、どこか芝居がかっていた。
「あぁ、……ああぁ」
「病棟から出て来ちゃったかぁ。しょうがない、排便さん、隔離室行こっか?」
隔離室――そこは精神病棟にある一室で、トイレと紙と敷布団、掛布団しかない監獄のような部屋である!
「あぁ、嫌、嫌!」
「嫌じゃないでしょ。ほら行くよ」
「ああぁ、ツトム、ツトムゥ!」
(回想終了)
(ゾムビーっていつどこに現れるか分からないな。てか、あれからデイケアルーム使えなくて暇過ぎてしんどかったよ……)
ゾムビー襲撃事件の幕切れを思い出し、歩いている内に気付けば家に着いていた。
「ただいま」
「お帰りツトム、入院生活しんどかったね。よく頑張ったね。もう、自殺したいとか言わないでね。母さん、悲しくなっちゃう」
「ツトム、お帰り。病み上がりで大変だろうが、明日から学校に通ってくれ」
母が主人公の身を最大限案じながら、そして父はある程度信頼しちょっとした試練を出す形で、話しかけてきた。
「うん、分かった」
久々の我が家、そして見慣れた家族の顔に安心しきる主人公であった。
(久々にゲームボー〇しよう)
主人公は夜――、
少し夜更かしして、床に就いた。
翌日――、
「ふぁあっ、まだ眠いや、でももう起きないと」
主人公は朝7時に起床した。身支度をして朝食を食べる。
「今日から学校頑張ってね」
「うん、母さん」
とりとめのない会話をしながらの朝食だった。
「行ってきます」
主人公は靴を履き、玄関を出る。主人公の通う中学校までは家から徒歩20分といったところだ。学校までの道を歩くさなか、主人公はちょっとした考え事をする。
(入院してから久しぶりの学校だけど、みんな元気にしてたかな? 第一声、どうしようか。……コガレ君、いつかまた仲良くしてくれるかな)
友出コガレ、主人公ツトムの幼馴染である。主人公と同中学校に通っている。
(回想)
かけっこをする5歳くらいの少年が二人。
「はぁっはぁっ。疲れたな、ツトム」
「うん、コガレ君」
「俺たち、親友だよな?」
「え? えーと、そっ、それは」
嬉しいのだが、どこか『親友』という言葉が形式ばっている様な気がして、気恥ずかしくなり何も言えない主人公。
「はぁ? 違うのかよ。……まっ、いっか」
(回想終了)
(あの時だって、うん、親友だよって言えてたら何か変わったかも知れないのに……あっ)
気付けば、学校の校門まで来ていた。
平々凡々中学校、主人公が通う、全校生徒の平均偏差値48.5、部活動の成績どの部活も総じて県大会ベスト32くらいといった平々凡々とした中学校である!
玄関、廊下、階段と歩いていく。3階の廊下を歩いていても知り合いとは出会わなかった。2年4組、主人公のクラスの教室の前まで来た。
(緊張するなぁ……とりあえず、おはようと言って入ってみよう)
「ガラッ」
「おはよう……」
教室の中にはそれぞれにグループを作り、会話している生徒が――。その誰もが主人公に気付かない。
(……)
ふと、右奥のグループに目をやる。友出コガレの姿がそこにはあった。
(コガレ君!)
明るく談笑している友出がふと主人公に目をやる。主人公と目が合った。が、友出はすぐに目をそらしてしまった。
(……! 当たり前だよな。あんなことがあった後だもの)
主人公はそそくさと自分の席である教室全体から見て真ん中やや後ろの席に座った。ポツンと一人、朝礼の時間を待った。
「ガラガラ」
担任教師が教室にやってきた。
「うおーい。お前らぁ、朝礼始めるぞ」
「起立、気を付け、礼……着席」
クラス一同、挨拶を済ます。担任がホームルームの一言を発する。
「ツトムゥ、しばらくの間大変だったな。勉強、しっかりついていけよ。ところで今日は、大事なお知らせがある。転校生だ。みんな、仲良くしてやってくれ」
「女子か―!?」
「かわうぃぃいいのが良いなぁ」
「落ち着け男子!」
ざわつく教室。
「ささ、入ってくれ」
「ガラッ」
戸が開く。そこには小柄な男子生徒が立っていた。
「ひとまず、簡単な自己紹介でもやってくれ」
担任の言葉にぺこりとお辞儀をし、転校生は教壇に立つ。
「俺の名前は逃隠サケル!!!! 俺の夢……いや、目標は! 世界中のゾムビー共を駆逐することダ!!!!」
「なんだなんだ?」
「ゾムビーを駆逐するって言ったな」
先程よりもボリュームを上げて、教室がざわついた。
(まさか……一人でゾムビー達を倒す気なの? そんなの無理だよ)
主人公は逃隠の無謀さを頭から否定しつつ、圧倒されていた。
「てか、中二臭くないか? 言ってる俺たち中二だけど……」
「なんだよ、あの身長でどうにかできるのか?」
「シカトだシカト。ハブろうぜ」
ひそひそ話が徐々に罵声に変わっていく。逃隠は段々と肌の露出している両手、顔等が赤くなっていく。
「こらー、あんましからかったり、ちょっかい出したらダメだぞー」
(それどころか、逆に誰も相手してくれないよ)
担任が軽いテンションで諭すが、それに対し主人公は心の中でツッコミを入れる。
「とりあえずー、ツトムの後ろの席、空いてるからそこに座ってくれー」
そんな担任の言葉を聞き、歩き出す逃隠。まだ顔を赤らめ、下を向いている。
(うわぁ、僕の後ろかぁ。ちょっと変わった子だけど、大丈夫かな?)
少し不安に思う主人公。逃隠が自分の席に腰掛ける。
「トントン」
すぐさま、主人公は肩を叩かれた。振り返る。
「よろしくナ。前の奴」
「よ……よろしく」
逃隠のそっけない言葉に、思わず言葉数少なく返す主人公であった。
1週間後――、
2年4組の教室で、小テストが行われている。集中し、問題を解いている主人公、すると
「トントン」
後ろから軽く背中を叩く合図が。
(まただ……もう、仕方ないな)
主人公は答案用紙を自分の体からずらし、後ろから見えるようにした。
「グッ」
逃隠はニヤリと口元を歪めて笑い、親指を立てた。
テスト終了後――、
「今日も助かったゼ。ツトム」
「もう止めにしない? サケル君」
逃隠が礼を言うが、主人公はそれを好意的に思わない。
「何言ってやがル。俺は勉強というものが苦手なんダ。よってツトムは俺を助ける義務があル!」
「助けるって、カンニングでしょ。悪いことは止めた方が……」
諭す主人公を無視し、逃隠は続ける。
「この前の小テスト、ツトムのお陰で助かったゼ。ツトムも間違いがある方だが、助けてもらったから16点も取れたゼ。」
「僕も20点で、50点満点のテストだからお互い半分行ってないよ。病み上がりで当然勉強に遅れをとってしまっている僕だけど、サケル君は転校してきただけだから自分で勉強した方がいい点が取れるんじゃない?」
「いいヤ、そんなことは無イ。このままでいイ」
どうやら、この二人のカンニングする、される関係は継続するようだ。
「そう言えば」
主人公は気になっていたことを思い出す。
「サケル君、世界中のゾムビー達を駆逐するって言ってたけど、一体どうやってそうするつもりなの?」
その言葉に、ニヤリと笑う逃隠。
「知りたいカ?」
主人公はただコクリと、頷く。
「逃隠家に代々伝わる奥義、『回避の術』! この免許皆伝の俺はそいつを使いゾムビー達を駆逐していク‼」
「おお!」
「避け、飛び避け、連続避け、回転避けetc.……様々な避けを駆使し、ゾムビー達に立ち向かウ!」
「……て、アレ?それって単に逃げてるだけじゃあ……?」
「チッチッチ、甘いナ、ツトム。避けた後には日々鍛えた強靭な肉体から放たれる体術で、ばっさばっさとゾムビー達をなぎ倒していくんダ」
「その体術っていうのは?」
「……まぁ、色々あル」
(避けるまでは何とかなりそうだけど、その後が不安でしかない……)
あくまで自信満々な逃隠に、主人公は心底、不信感を持つ。
「なんダァ、その顔は。信用していないナ? よし、それなら見せてやろウ。回避の術の数々ヲ。体育館裏にちょっとしたスペースがあっただろウ? そこへ行って華麗なる術の数々を見せてやル。来イ」
そう言って逃隠は主人公の袖を引っ張り、体育館裏へと走り出した。
「ああ、ちょっと」
主人公は逃隠のペースに呑まれ、たじろぎながらついて行くのだった。
――、
「着いたナ」
二人は体育館裏に到着した。
「まずは『避け』から行くカ。そうだナ。ツトム、俺を殴ってみロ、思いっきりだゾ」
「えっ? いいの?」
コクリと頷く逃隠。
「分かった……えいっ!」
「ぽむっ」
主人公は力なく逃隠の腹を殴った。
「おいおイ、思いっきりって言っただロ。そんなんじゃあ話にならなイ。8割以上、いや、全力の10割でいイ、殴レ」
「ホントにいいんだね。じゃあ……たぁ!」
さっきとは違い、覚悟を決めた主人公は全力で逃隠を殴りに行く。瞬間――、
「ブンッ」
主人公の腕は逃隠に全く当たらず空を切った。
(避け、られた……!)
そこにはさっきとは1メートルくらい離れて立つ逃隠が居た。
(絶対当たるって確信してたのに……さっきまで、手の届くところまでの距離に居たのに……!!)
主人公は今まで体験したことのない妙技に興奮して、逃隠に話し掛ける。
「すごいよ! サケル君! どうやったの?」
「フッフッフ、聞きたいカ? 教えてやル」
自信満々に腕を組んでいた逃隠は、更に鼻高になって身振り手振りでその術を解説し始めた。
「まず、鍛え上げられた動体視力で敵の攻撃を見切リ、ギリギリのところまで引き付けて避けル! 避ける際には鍛え抜かれた強靭な下半身を駆使し、目にもとまらぬスピードで移動するのダ!」
「ホントすごいよ! これなら確かにゾムビーの攻撃や体液を避けて反撃できる!」
更に興奮する主人公。
「まぁ落ち着けヨこれは基本の『避け』で、まだ飛び避け、連続避け、回転避けなどがあってだナ……」
「うるせぇよ」
「!?」
誰かの声がした。振り向くとそこには友出の姿が。
「何ダァ、お前ハ?」
「……コガレ君」




