20 そして日常へ
数日後、エリサはイヴリンと再会し、フリーダの家へ向かった。いつものように回復薬を作り、町や王都へ卸す準備をする。
「それにしても、あのクラレンスの騒動は驚いたねぇ。アンタ、変なのに好かれて厄介だったよね」
フリーダも変わらず接してくれる。ただ、自分が公爵夫人であることはまだ明かしていない。
「まさか、私を公爵夫人だと間違えて口説くなんてね。失礼しちゃうわ」
「いやぁ、でもエリーって、エリサ様にそっくりだと思うよ」
突然、リックが話に入ってくる。
「こら! 子供は大人の話に入らないの!」
「なんだよ~、都合が悪い時ばっか子供扱いして!」
フリーダに怒られるリックは舌を出して逃げていった。
「まったく、あの子ったら。でもまぁ、リックの言うとおりだよ。アタシもアンタがエリサ様に見えてきちまった」
「アハハハ……恐れ多いわぁ」
(バレるのも時間の問題かしら)
エリサは不安に思い、イヴリンを見た。彼女もハラハラしている。
「それで、またこっちに来られるようになったってことは、旦那の許しは出たのかい?」
「あ、そうなのよ! 私の好きなときに町へ出て、薬師を続けていいって!」
エリサはこれが言いたくて堪らなかった。
アベルはあれから反省し、『エリサの能力をもっと使えるように』と言って、薬師の許可を出してくれたのだ。
「でも、あまりにも過保護でね……いろんなお守りとか結界魔法とか魔除けとか虫よけとか、いろんな魔法をつけられたわ……私は子供かっての」
アベルの強力な守りのおかげで妙な連中が近づくことはないが、いくらなんでも厳重だと思う。
これにフリーダは豪快に笑った。
「相変わらず縛られてるねぇ」
「そうなのよ! 本当に困ったものだわ! なんとか近距離でも魔力暴走がなくなってきたけど、まだダメね。たまに思い出したように初心な少年みたいに真っ赤になっちゃうんだもの」
(まぁ、それがちょっとかわいかったりするんだけど)
鼻息荒く言いつつ、ぼんやり考える。
(いやいや、ダメよ。確かにアベル様が私を愛してる理由は分かったし、溺愛してるんだとも分かった。でも私は追いかけられるより追いかけたいんだもん……やっぱり相容れないわ!)
「過保護で初心で束縛家で嫉妬深くて……ん? あれ? やっぱマイナスな要素じゃない、これ」
「そうかねぇ……ひょっとしたら、アンタは愛されるのが下手なのかもしれないねぇ」
「愛されるより愛したいのよ」
そんなことを言いながら笑っていると、旅人の青年がやってきた。《《ルーウェン》》だ。
彼の姿を見たイヴリンは、エリサにジェスチャーを送るがまったく気にしない。
「しかも変装して私の周りをウロウロしてるっていうじゃない? まさか、彼が夫だったなんて思わなくて……」
そこまで言うと「ゴホン!」と咳払いが聞こえた。振り返る。
「やぁ、エリー」
「……あらぁ、ルーウェン、さん。いらっしゃい」
思わず顔がこわばった。アベルは自分がルーウェンだということも明かしている。
こうして毎日、様子を見に来るのが条件で薬師を続けることができる。二人で仮面をかぶり、引きつった顔で相対した。
(やっぱりどうかしてるわ、これ。やりづらいわぁ)
ルーウェンは回復薬を一本買い、エリサに金を渡した。
「毎度です……」
「うん」
あからさまに会話も減る。そんなぎこちない二人に気づかず、フリーダはあっけらかんと訊いた。
「じゃあもう離縁する気はないんだね?」
「フリーダ!?」
慌てて振り返り、フリーダの口を塞ぐ。しかしすでに遅い。エリサはなぜ薬師を始めたのか、アベルには言ってなかった。
ルーウェンの前髪が揺らめく。変装しているのにアベルの姿がチラチラ窺え、イヴリンが「ひぃぃ」と悲鳴を上げた。
「離縁資金を貯めるために始めた商売なのに、旦那にバレたなら意味ないだろ。それに、変装して買いにくるなんて、妻の離縁を応援する旦那がどこにいるっていうんだよ」
「フリーダァァ!? それ以上はもうやめましょうか!」
エリサはフリーダを連れて、その場から逃げようとした。しかし、前髪が上がって顕になるアベルの視線が痛い。
「エリー、それは一体どういうことかな?」
背中に突き刺さる言葉に重々しい圧がある。エリサは振り返ることができない。
(あーもう、ややこしい二重生活なのよー!)
自分が始めたこととは言え、ここまで複雑な状況に陥るとは思わず、今までの行いを呪った。
フリーダを部屋の奥へ追いやり、気まずく笑いながらアベルの横をすり抜ける。
「よし、配達行こうかな! 行ってきます!」
「おい、エリサ! 待て! 帰ったらきっちり説明してもらうぞ!」
「嫌です! 待ちません! ごめんなさい! さよならー!」
家を飛び出し、回復薬の荷車を動かして走っていく。その後ろをアベルとイヴリンが必死に追いかける。
これは夫の愛が重すぎて、奇妙な二重生活をする公爵夫人の新しい生活の物語。
了
本作はここで完結となりますが、またいつか帰ってくるかもしれません。
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