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19-1 十年越しの告白

 クラレンス・パジェットはミシェーラ国の公爵家令息だった。魔獣兵器作戦のために国境付近に潜伏していたが、獰猛な魔獣をうまく扱えず負傷した。森で倒れていたのは偶然だったという。


 しかし、それまでも彼はアベルを狙うロズヴィータ国の貴族らを買収し、魔獣兵器を送り込んでいたのだ。


 それが明るみになったのは、アベルが魔力ですぐに王都周辺の病を鎮圧したこと、エリサの回復薬が思いのほか早く市場へ出回っていたことが功を奏し、流行病の件は早めに解決していた。


「だからそのあとはクラレンスについて、いろいろと調べていたんです」


 ここまでの説明をし、ウィルフレッドはひと息ついた。ガーデンで優雅に茶を飲み、エリサに話す。


「クラレンスがエリサ様とコソコソ会っていたのは存じておりましたし、また彼があの詐欺師たちを使っていたことも判明しまして。もとを辿れば全部あいつが絡んでました」


「その情報はどうやって引き出したの?」


 エリサは恐る恐る訊いた。するとウィルフレッドは美しい笑顔を浮かべた。


「聞きたいですか?」

「イエ、結構デス……」


(なんか、笑顔の圧が強い、強いよ!)


 エリサはすぐに目をそらした。大方、アベルの魔力で脅して聞き出したのだろうが、真実は定かではない。

 ウィルフレッドは咳払いした。


「どうやらクラレンスは庶子で境遇も良くなかったとか。まぁそんなのどうでもいいですけどね。やってることが人の道を外れてますから」


「あの人、すごく病んでたわ……言ってることがコロコロ変わるし、怖かった」


「あれこそがヤンデレの境地でしょうね。まぁあのミシェーラ国というのは、聖女信仰が強くて……いや、強すぎて。信仰のためなら平気で人の心を踏みにじりますし、強要しますし、誰だろうと見境なく非道な仕打ちをします」


「うわぁ……」


 確かにやたら聖女への信仰心を示す発言をしていた。


 そんなクラレンスは今、王都へ護送され、ロズヴィータ国の法律で裁くことをミシェーラ国に交渉中らしい。ついでに、買収された貴族たちや関わった者は国外追放もあり得るそうで、今は裁判を待っているという。


 なんだか後味が悪いが、これで国を取り巻く暗雲はひとまず取り除かれただろう。

 エリサはカップの紅茶を見つめた。


「まさかイヴリンまでクラレンスの手駒にされていたなんて……そもそも私がアベル様の言うことを聞いてればこんなことには」

「それは違いますよ、エリサ様」


 反省しているとウィルフレッドが優しく言った。


「イヴリンは主人よりも家族を選んだ。それはアンベール公爵家に仕える者として、あるまじき行為です」

「でも、やっぱりそもそもの原因は私よ」

「では、エリサ様はご自分の気持ちを殺してまで、アベルに従い、無為な日々を過ごすほうが良かったですか?」


 その言葉はわずかに厳しい。エリサはちらっと目線を上げ、冷静に考えた。


「きっと我慢できないわ」

「でしょう。あなたはたしかにハメを外したかもしれませんが、自然の摂理です。アベルがきちんとあなたと向き合い、話し合えばこんなことにならなかったんです」


 そうピシャリと言うウィルフレッドは、横に座ってうつむくアベルを一瞥した。


「僕は何度も何度も何度も何度も何度も言いました。なのに、この主人ときたら、やれ魔力が暴走するだの妻がかわいすぎて無理など、どうしようもないことを並べましてねぇ。ほら、反省しろよ、アベル」

「……すまん」


 アベルは蚊の鳴くような声で言った。呆れた顔で天井を仰ぐウィルフレッド。

 エリサは苦笑した。これにアベルは声を荒らげた。


「しかしお前、おかしいぞ! エリサを前にしてそんな平常心でいられるなんて!」

「おかしいのは君だよ」


 ウィルフレッドはイライラと即座に言った。アベルは腕を組み、そっぽを向く。ウィルフレッドは青筋を立てながらも話を戻した。


「それで、買収された貴族はもれなく処罰されます。ほとんど爵位剥奪でしょう。エリサ様のご実家であるアルヴィナ家は関与しておりませんので、ご安心ください」

「むしろ関与してくれたほうが都合よく消せたんだがな」


 アベルがボソッとつぶやく。エリサは「えぇ……?」と声を漏らし、困惑気味に笑った。


「ご冗談ですよね?」


 顔を覗き込んで訊くも、アベルは黙って目をそらす。

 そんな話さない主人に代わり、ウィルフレッドが言った。


「これが割と本気で」


 エリサは笑みを浮かべたまま血の気が引いた。


(えーーーーなんでうちの家までアベル様の嫉妬の範囲なのーーーー? 超怖いんですけど!)


「まぁ、そういうことで諸々の報告は以上となります」


 話の雲行きが怪しくなってきたからか、ウィルフレッドは早々にまとめた。茶を飲み干し、ひと息ついて席を立つ。


「エリサ様、お茶ごちそうさまでした。ハーブの効いた茶は初めてでしたが、とても良い気分です。美味しゅうございました」

「それは良かったわ。あ、ねぇウィルフレッド。イヴリンは?」


 慌てて訊くと、ウィルフレッドは「あぁ」と思い出したように手をポンと打つ。


「イヴリンの家族、主に弟妹ですが、解放されました。弟妹たちは外国へ留学していたんですが、そこでミシェーラの連中に囚われてしまったようで。今は無事に家族と面会できています」

「良かったわ……本当に良かった」

「しかし、よろしいのですか? イヴリンのことを許していただけるので?」


 ウィルフレッドの問いに、エリサは目を丸くした。


「当然でしょ。だって、あの子は私の侍女よ。何がなんでも守るって決めてるもの。一心同体なんだから、辞めさせたりなんかしないわ」

「そうおっしゃっていただけると、ありがたいです」


 ウィルフレッドはクスッと笑った。そして、案の定嫉妬心をむき出しにするアベルを見る。


「ついに侍女にまで嫉妬しだしたら末期だぞ、アベル」

「うるさい。いいからさっさと屋敷へ戻れ」


 アベルは慌てて言うと茶を飲んで誤魔化した。そんな彼を見て、ウィルフレッドは呆れ顔で笑う。そして姿勢を正して深々とお辞儀した。


「では、私はこれにて」


 くるりと踵を返し、ガーデンの東屋を出ていく。

 その様子を見送り、エリサは自然と視線を落とした。

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