祓い屋達の集い
さて、翡翠神社で環が神様に会っていたのと同じ頃。鹿子 渚は〝議会〟に参加していた。
この議会と呼ばれるものは、年に数回、日本全国から払い屋家系の現当主ないしそれに近しい人物が集まって近況を報告し合うという────渚からすれば参加を丁重に辞退したいほど、非常につまらない場であった。
とは言え、渚は鹿子家きっての力の持ち主。それに加え、現当主が高齢なのもあり、参加しないわけにもいかないのである。世はリモートワーク時代だと言うのに、何が悲しくて面白くもなんともない集まりに顔を出さねばならないのだろうか。
どうせ集まったところで大した意見なんて出やしないし、過激派と穏健派の溝が埋まることもないのに。この人達のこういう前時代的なところ、本当に好きになれないんだよなぁと、渚は心の中で悪態を付いた。
今だって、「この世ならざるモノは全て祓ってしまえ」と考える神代家と、「全てのモノと共存しましょう」と考える安納家が真っ向から対立している。そりゃそうだ、と渚は思う。神城家は所謂過激派の筆頭で、安納家は出来る限りの共存を望む穏健派の筆頭だ。元より考え方が正反対なのだから、意見など合うはずもない。
鹿子家としては日和見派、即ち「危ないヤツは祓うべきだが、それ以外はその必要は無し」という考えが根本にあるので、どちらに転んでも極端な両家の意見には手放しで賛成できなかった。そもそも「力の強いモノは祓わずに使役してはどうだろうか」と、これまた変わった考えを持つ家もあるくらいなのだ。ひとくちに祓い屋と言っても、思想や祓い方、方針などは本当に様々である。お札をメインで使用する家もあれば、まずは対話を試みる家もあると聞く。それがどうしてわざわざ集まり、意見交換をする必要があるのだろうかと、渚は首を捻るしかなかった。
「ところで……」
ふっ、と神代家当主の視線がこちらを向いた。見た目は二十代半ば程度に見えるものの、他の家の当主達に「若作り狐」と悪態をつかれていたことを渚は知っている。実年齢はもっと上なのかもしれないが────まぁどうでもいいか、と思い直した。正直なところ、この男にそこまでの興味を抱いていない。権力と実力を兼ね備えた、凄腕の人物らしいが、渚にとっては単に気に食わない奴、という印象だった。
「少々小耳に挟んだのですが」
吊り上がった糸目を更に細めて、ニヤリと笑うその様子が狐と呼ばれる所以だろう。渚は面倒臭いのに絡まれたなぁと心の中で舌打ちをしつつ、表面上は笑ってみせた。とは言っても、何を言われるのかは大体想像できているのだか。
「子供を攫った害虫を駆除もせず、野放しにしたと伺いましてね」
やっぱりそのことか、と渚は呟いた。あの日、あの旧校舎で起きたことは内々で処理したつもりだが、一体どこから漏れたのだろうか。いや、初めから隠し通せるとは思っていなかったので、一応は想定内である。しかし、もしも鹿子家に内情を漏らすような輩が居るのであれば、大問題だ。これはババさまに報告しなくちゃいけないな、と渚はため息をついた。
「あー、そのことでしたら事実ですよ」
笑みを絶やさずにそう答える。一瞬、各家からどよめきが起きた。神代家当はそれを制すると、片眉をあげてみせる。要するにそのまま続けろ、と言いたいらしい。
「僕だって初めは祓うつもりでしたよ。鹿子家としても、さすがに子供を連れ去るのは害有りと見なしますから」
「……そうでしょうね。では、何故?」
神代家当主はあくまでも丁寧な姿勢を崩さない。だが、その丁寧さが却って威圧感を産んでいた。
「観察することにしたんです」
「観察?」
「ヤツらの中には人々の噂話によって、力を付けたり逆に衰えたりと変化していくモノがいますよね? じゃあ、変化した後のソレは同個体だと思います?」
「……」
神代家当主は何も答えない。尚も渚は続ける。
「特に根本が変わるような噂話が流れた時────たとえばそうですね……、性別不明で通ってきたモノなのにいつの間にか特定の性別で言われるようになったとか、それまで人を襲う怖いモノとされていたけど実は人を助ける良いモノだったとか────そういう、存在自体を大きく揺るがすような新しい噂話が追加された時、ソレは果たしてどうなるのか、気になりませんか?」
「なるほど」
神代家当主は顎に手をやると、納得したような顔をした。
「さしずめ、夏休みの自由研究といったところですか」
「そんなものですね」
嫌味だと分かりつつも渚はあっさりとそれを肯定する。実際のところ、渚自身もその程度にしか考えていなかった。
そう、これは研究である。夏休みの小学生がカブトムシや朝顔を観察するように、『旧校舎のサトミさん』と呼ばれていたオバケを────そしてあの旧校舎に住み着いていたモノ達の行く末を観察するのだ。
結果的にカレらが別のナニかになったとしても、それはそれで構わない。と言うよりも、渚か欲しいのはあくまでも〝人々の噂話が持つ力〟に関する研究データだ。カレとあの女の子の友達ごっこの末路だなんて、心底どうでも良かった。
「……まぁ、いいでしょう」
何やら意味深長な笑みを浮かべたまま、神代家当主は頷いた。
「分かって貰えたなら良かったです」
渚も負けじとニコリと笑う。
「念のため、鹿子家の人間を偵察に向かわせています。カレらが再び子供を攫うようなことがあれば、問答無用で祓うよう命じていますので、そのあたりは大丈夫かと」
「さすがは次期当主、抜かりありませんね。安心致しました。しかし、その研究とやらはそこまでの労力を費やしてまで知りたいことなのか……私には甚だ疑問です」
「僕は勉強熱心ですから」
目には目を歯には歯を、嫌味には嫌味をと、渚は簡素的に答えを返した。お前と違ってな、という意味を込めたつもりだが、それが届いているのかいないのか、はたまた届いたものを敢えて無視したのかは分からない。ただ、神代家当主は笑顔を崩さず、渚を見据えていた。本当に気に食わない男だ、と渚は考える。
「あぁ、もうひとつ伺いたいことがあるのでした」
これで話が終わるものだと思っていたのだが、神代家当主は更に質問を投げかけた。
「あなたの〝ご友人〟はお変わりありませんか?」
「……どういう意味です?」
普段より数段低い声が出た。
「いえ、ね」
渚の心情など知ったことでないのだろう。神代家当主は愉快そうに目を細める。
「あなたのご友人、とってもお元気な方じゃあないですか。先日もアレらを相手に張り合い、優勢だったのだとか。我々ですら手こずる場合もあると言うのに、本当にお元気な方だ」
嫌味な言い方だ。その相手が自分ならまだいいのだ。受け流せばいいだけだから。だが。
「僕の友人を侮辱しないで貰えます?」
鋭く放ったその言葉で、周囲の空気がピリリと張り詰めたのが分かった。
「おや、失敬。そのような意味合いを持たせるつもりはなかったのですが。しかしどうにもあのお元気さは、浮世離れしすぎているように思えるのですよねぇ」
あぁ、心底腹立たしい男だ。失敬、だなんて言った割には、余計にこちらを苛立たせることを平然と言ってのける。
渚は神代家当主を睨みつけた。実力者であるのは確かだが、やはり神代家当主は膿でしかない。〝議会〟の風通しを良くするには、早めに潰さないといけないだろう。
「まぁまぁ、お二人さん。そのあたりにしなさんな」
そんな中で間に割って入った者が居た。保科家の現当主である。立派な白髭を蓄えたこの老公は、まさに好々爺という表現がぴったりな、神代家当主は対局に居るような人物だった。
「神代の旦那はちょいとからかいが過ぎるが、鹿子の坊ちゃんもそう易々と乗せられるのは良くないんじゃないかねぇ」
豊かな恰幅を揺らしながら、保科家当主はカッカと豪快に笑う。その通りかもしれないな、と渚は頭を振った。自分では冷静さを欠いているつもりはなかったのだが、頭にはすっかり血が上っていた。僕らしくないな、と苦笑してしまう。
「それもそうですね。喧嘩を売られたんで、つい買っちゃいました。馬鹿言ってんなぁって笑って流せば良かったです」
それでも言われっぱなしでは腹の虫がおさまらないので、最後にチクリと刺しておいた。保科家当主には「まったくお前さんは」と呆れたような顔をされたが、あれだけ言われて何も返さないのでは沽券に関わるのだ。
「……」
対して神代家当主は何も言わず、ニタニタとほくそ笑んでいるだけだった。むかっ腹が立たないわけではないが、もう無視しておこう。それが得策な気がする。渚は神代家当主を視界から消し去った。
落ち着かせてくれた保科家当主には感謝だ。確か無類の酒好きだと言っていたはずだから、あとで地酒でも贈ろう。
そんな風に考える傍らで、ひりついた空気が徐々に戻っていく。話題が今後の祓い屋の在り方となったところで渚は完全に興味を無くし、今頃こーちゃんは何をしてるかなぁ、タマちゃんは夏祭りを楽しめているかなぁと、窓の外を眺めるのだった。




