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記憶喪失の幽霊 漆

 後日、私は総合病院に来ていた。

 理由はただひとつ、ある人のお見舞いのためだ。そのある人と言うのは。



「あ! 来てくれたんだ!」

 車椅子に座り、嬉しそうに顔を綻ばせる女性。短かった前髪は目にかかるほど伸び、反対に後ろ髪は肩くらいまでのメディアムヘアになっている。髪型は変わって、顔立ちも少し大人っぽくなっているけど、この人は。


「こんにちは、紫月さん」

 私は女性に────、紫月さんに挨拶をした。


「えへへ、紫月さんって呼ばれるの、なんかムズムズする」

 紫月さんはそう言って、照れたように頬を染める。

「あの時みたいにシヅでいいのに」

「だって、蓋を開けたら年上だったんですもん。呼び捨てにはできません」

「真面目だなぁ」

 からから笑う紫月さんに、持参したお見舞い品を渡す。中身はあの時シ(・)ヅ(・)が食べたいと言っていた────、あの和菓子屋 月夜のイチゴ大福だ。

 因みに店先でお見舞い品だと言ったら、店主のおじさんが「元気になったら本人が直接買いに来るように伝えてくれ!」と大量にオマケしてくれたので、一人では食べ切らないくらいの量が入っている。あとでそれもちゃんと伝えなくちゃね。

「あれ? キミも来てたんだ」

 ドアが開き、太田さんが顔を出した。手には赤い薔薇の花束が握られている。

「わー! タイヨーちゃん、今日は薔薇を持ってきてくれたんだ! めちゃくちゃロマンチックじゃん! ありがとう!」

「いや、これは先輩が『お見舞いと言ったら花束だよね』って言ってたであって、他意はありませんからね!」

「他意って? って言うかあたし、そんなこと言ったっけ?」

「言ったじゃないですか。……中学生の時に」

「あはは、よくそんな昔のこと覚えてんねぇ! あたし本人が忘れてたくらいなのに」

「はぁ……せっかく買ってきたのにアンタって人は」

 二人のやり取りを聞きながら、私はホッとため息をついた。



 紫月さんに関して、私は、と言うより紫月さん本人も、勘違いしていたことがある。

 それは────実は紫月さんが生きていた、ということ。

 半年前の冬、事故に巻き込まれた紫月さんは病院へと運ばれ、一命を取り留めていた。懸命な治療で怪我こそ治ったもの意識が戻らず、この半年間、ずっと眠り続けていたらしい。

 あの日の太田さんはそれを知り、病院へお見舞いに行くつもりでこの町へと戻ってきていたのだ。その途中で私達に出会い、幽霊の紫月さんと逢魔が時に逢瀬を交わした。

 失っていた記憶を取り戻し、太田さんとの約束を果たした紫月さんはそれに満足し、無事に成仏した────と、思っていたのだけど。

 紫月さん曰く、まばゆい光に包まれて目を閉じ、次に開けた時には病院のベッドだった、とのこと。様子を見に来ていた看護師さんを天使か何かだと思い込み、声をかけてみたら「意識不明だった患者が目を覚ました!」と大騒ぎに発展したらしい。

 本人からしてみても、あのまま天国に行くんだろうと思っていたようで、「起きてみればまさかの現世、しかも肉体の方はずっと意識が無かったと聞かされて、めちゃくちゃ驚いたよ。それに、いきなり意識が戻ったかと思えば驚異的なスピードで回復してるから、奇跡としか思えないって言われてさ」と笑っていた。後々になってこの話を聞いた太田さんから「なんで極楽浄土に行けるって確信してるんですか」と、ツッコミを入れられていたけど。


 ではどうして生きているはずの紫月さんが幽霊になっていたのか?

 ナギ先輩に言わせれば、それは『幽体離脱みたいな状態』だったから、らしい。

 なんらかの事件や事故をきっかけに幽体離脱をしてしまう人は少なからず居るそうで、恐らく紫月さんもそれだったんだろう。ただ、普通ならごく僅かな時間で肉体へ戻るところを、紫月さんの場合は記憶を失ったことで魂が迷子になり、自力で肉体を見つけることが難しくなってしまった。記憶を取り戻したことで魂が肉体へと繋がる道を見つけ、無事に帰ることができたんじゃないか────というのがナギ先輩の推測だった。

「ソレが生者が否か、悪意が隠されているか否か、早く区別できるようになるといいね」

 そう言って私の肩を叩いたナギ先輩は、半笑いだった。本当にあの先輩は人が悪い。


 ……それはさておき、もうひとつ疑問がある。

 あの場では唯一、太田さんだけが紫月さんが生きていることを知っていたわけだけど、なんでそのことを指摘しなかったのか、ってことだ。

 それについて太田さんは「あんな風に言われたら、意識が戻らないまま亡くなった先輩が最期の別れに来たって思うじゃないですか」と納得のいくことを言っていた。現に幽霊として目の前に現れていたのだから、そう勘違いしてしまったのも仕方がないと思う。

 だから「紫月さんから連絡が来た」と太田さんに知らされた時、私はそれこそ腰が抜けるくらいに驚いた。多分、太田さんだって相当驚いただろう。今生の別れだと思っていた相手から「実は生きてました」って言われたんだから。

 認識のズレに気付いた時は、太田さんと一緒になって笑ってしまった。太田さんは再会の日が想像以上に早く訪れそうなことに対して、「わざわざ念まで押したのに、結局大人しく待てないじゃないか」とか「もっと早くに事故のことを知っていれば生きてる間に面会できたかなって、あの時からずっと後悔してたのに……完全に無駄な後悔だった」とかって呆れたり怒ったりもしていたけど。

 要するに、あの逢瀬が叶っている間、私達は大きく食い違ったまま、お互いに勘違いをし続けてたってことだ。まったく人騒がせな人達だ。まぁでも、同時に紫月さんが生きてて良かったなとも思う。



「そうだ、名前! まだ聞いてなかったよね」

 紫月さんがイチゴ大福を頬張りつつ訊ねてくる。そっか、私、名乗らなかったんだっけ。

「久留生 環です」

「ふむ……くーちゃん、りゅーちゃん、まきちゃん……いやどれも違うな」

 何やらブツブツ呟いたあとで紫月さんはパッと笑う。

「分かった、にゃーちゃんって呼ぶね!」

「にゃーちゃん!?」

 思わず大声をあげてしまった。私の名前のどこをどうしたらにゃーちゃんになるの!? 驚く私を尻目に、太田さんが呆れたように肩を竦める。

「先輩、いい年齢(とし)してまだそんなことやってるんですか?」

「いい年齢(とし)は余計なお世話だよ!」

 話が読めない。そんな私を見兼ねて、「先輩は昔から誰彼構わず、ヘンテコなあだ名を付けたがるんだ」と太田さんが教えてくれた。

「ヘンテコじゃないよ、可愛いじゃん。それに誰彼構わずじゃないし。仲良くなりたいと思った人だけだし」

 紫月さんは不服そうだ。シヅの時は記憶喪失のせいで幼児退行をしているのかと思っていたけど、元から子供っぽい人なのかもしれない。

「なんでにゃーちゃんなんですか?」

 唇を尖らせる紫月さんに聞いてみると、待っていましたと言わんばかりの笑顔を向けられた。

「ほら、環のたまって響きがなんか猫っぽいじゃない? 猫はにゃーって鳴くし、じゃあにゃーちゃんって呼ぼうかなって」

「ご、強引だ……」

 そんなあだ名の付けられ方は初めてだ。ナギ先輩命名のタマちゃんだって、今まで呼ばれたことがないあだ名だったのに、まさかそれの上を行く呼び方をされるとは。

「どうしてもっと分かりやすい呼び方をしないんですか。俺のことタイヨーちゃんって呼ぶの、先輩だけですよ」

 分かりづらい、と文句を言う太田さんさんに「そりゃそうだよ」と紫月さんは続けた。


「だって、好きな子の唯一無二の存在で居たいじゃん?」


 一瞬の間が生まれる。えっと、それってつまり。

「俺のこと、好きってことですか?」

「は!?」

 太田さんの問いに紫月さんは大声をあげたあと、ようやく自身の発言に気が付いたらしい。

「い、いや! 人間として好きってことだよ! 自惚れんな小僧!」

 分かりやすい照れ隠しの言葉と共に、ポコポコと太田さんの腕を叩いている。

「痛っ!? 先輩は病み上がりなんだから、ちゃんと大人しくしててくださいよもう!」

 そう言いながらも太田さんもなんだか嬉しそうだ。目の前で繰り広げられる痴話喧嘩に、今度は呆れの意味でのため息をついた。

 ……あ、そうだ。もう一個だけ、気になってることがあったんだった。


「そう言えば、どうしてシヅさんの時はあんな話し方をしていたんでしょうね?」

 そう聞いた途端、紫月さんはすごい勢いでこちらを振り向き、人差し指を唇に当てる。所謂内緒のポーズだ。そう言われても、もう殆ど喋っちゃったし……と思いながらも太田さんに視線を向けると、不思議そうな顔をしていた。

「あんな話し方って?」

「待って待って、それマジで恥ずかしい奴だから言わないで!」

「……って言ってますけど」

「あ、構わないんで、教えてください」

「あたしが構うわ!」

 と、また他愛もない喧嘩が始まりそうな予感なので、私は話すことにする。

「えっと……『なのです』みたいな、ちょっと不思議なですます口調と言うか」

「あー!」

 紫月さんは手で顔を覆ってしまった。反対に太田さんは顔を真っ赤にさせて笑っている。

「……やっぱ先輩、俺のこと大好きじゃないですか」

「う、うるさい!」

 状況が読めていない私を見て、太田さんはおかしくてたまらないというような顔で教えてくれた。


「中学の時に俺がやり込んでいたゲームがあってね、その中にそういう話し方のキャラクターが居たんだ。で、俺はそのキャラクターが特に好きで、よく先輩ともそういう話をしていたんだけど……」

「それが発祥だとは限らないでしょ!」

「でも先輩、あの頃よく『ふーん、こういう子が好きなんだー』ってねちっこく言ってたじゃないですか。今思えば、あれってヤキモチですよね」

「そんなわけあるか! さっきから自惚れすぎだよ!」


 止めるつもりだったのに、結局また喧嘩が始まってしまった。今日三回目になるため息をつきながら、二人が楽しそうだしまぁいいか……と現実逃避気味に考える。

 病室の窓から見える空は高い。すぐそこで夏の足音がしていた。

書き溜めしていたのはここまでになります。

続きを書き次第、またアップしていくのでしばらくお待ち頂けると嬉しいです。

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