73話 幸せなその後 2
春から始まった学校は、二ヶ月ほどは同じ時間割で、残りの十ヶ月はがっちり四時間調理実習にした。
調理技術の基礎から…… といっても私が日本でやっていた家庭料理程度と、ちゃんと教わった事はないけど二十年近い実践のものなんかを、丁寧に正確に教える。色々な料理や味付けなんかも教えて、即戦力に仕上げる。
卒業までに熟練さんレベルにするよ!
悪口じゃなくて、この時代がなのかこの世界がなのか、色々と意識もレベルも低いんだもん。学校という学ぶ場所で基礎からしっかり教えられたら、そりゃあできるようになるよぉ!
そうして。
入学してから一年、早いもので最初の卒業生を送り出す。
一年で卒業って早くない?とお思いでしょうが、この子たちは早く働かなければならない事情がある。気合いを入れて仕込んだよ!
卒業式もちゃんとする。
就職先は全員決まっている。
うちの厨房に一人、ホールに一人。
ロートゥスのショーンさんのお店に一人。
ショーンさんはジェイと同じ頃に亡くなっていて、今ではその息子君が後を継いでいる。そこに修行に入れてもらった。
ちなみにその息子君も私の弟子である。
それからロートゥスの他のお店にも、海の食材に興味を持った卒業生が二人就職する。
あとはカメッリア領のプルヌスの二つの砦に二人ずつ四人が料理番として行く事になった。それとカメッリア領の領都と各領地の調理場にも二人ずつ修行に入る。
王都に就職組もいる。貧民街の子だからってぞんざいに扱うお店はお断りだ。きちんと技術は持たせた。正当に認めてくれるお店に就職させる。
変わったところでは、最初に算数を教えた時にそっちに目覚めた子がいて、掛け算割り算まで習得した。ついでに私がわかる範囲で百分率も教えた。
ほら、セールで何割引とか、サービスで何割り増しとかっていう、女子には見逃せないものがあるでしょ?日本で生活していた頃にどのくらいお得かとか計算してたからね!
この子は宮廷の文官に就職した。ワイアットさんの伝手で。貧民街の子が宮廷になんてとんでもないと反対もあったらしいけど。
でもね、四則計算ができれば大きな戦力になるこの国では、この子はどこからでも是非にと望まれるすごい人材なんだよ!
自信を持って行きなさいと背中を押した。
その後もずっと、毎年一人か二人は算数に目覚めちゃう子がいて、そのたびワイアットさんや、商業者ギルドの紹介で宮廷や大きな商家に就職していったのはおもしろい。
そんな風に一年、また一年と、我が子を育てるように丁寧に熱心に教えていって、そろそろ十年になる。
私も五十歳を超えてご長寿といわれるようになった。
これはあれかな?日本人余命の八十歳超えかな?
この国ではそんなにご高齢は人ではない種族か、人だったら魔法使いなんどけど……。
とか思っていたら、この半年くらいで急激に体力が落ちてきた。
あら、やっぱりこっちの世界仕様の身体になってたのかしら?
私は滞りないよう学校の引き継ぎをした。
後継者はちゃんと育っていて、まだあと十年以上大丈夫そうだ。
諸々の事もきちんと書面に残しておく。
すべてが終わると、待っていたかのように寝つく日々になった。
さよならの日まで、残す家族に覚悟をする時間を、がんばって作る。
五十代で老衰? かぁ……。
時間軸が同じならば、私の両親はまだ七十代だ。現代の日本の老人なら、まだまだ元気にしているだろう。
親より先に旅立つ不幸。
まぁ、いきなり行方不明になっちゃった事自体、すでに親不孝なんだけどね。
それでもそれとは別に、異なる世界にいても先立つ不孝は申し訳ない。あの世で待って謝ろう。
……あの世は同じところなんだろか?
なんてとりとめもなく、残りの日々をぼんやり過ごす。
引退なのか、一時離脱なのか、枕元にはずっとラックがついていてくれる。それと日替わりで孫たちも。
孫は、三女のベニーが三男一女の四人、次女のアイちゃんがシングルで男の子を一人もたせてくれた。
長女のルーシーのところは異種間は子供ができづらいというのもあってまだいない。いないけど、代わりに甥と姪を可愛がっているよ。
寝ついてから三ヶ月ほどになると、だんだん眠っている時間が増えてきた。
そろそろかもしれない。
ジェニファーが定期的にきてくれて、痛みのない穏やかな時間をおくれている。
ちなみにジェニファーは魔法使いあるあるの、見た目は出会った頃と変わらない若々しい姿だ。うらやましい。
ジェニファーのおかげで、きちんと意識を保って最期を迎える事ができた。
枕元ですがるようなラックは『おいていかないで!ひとりにしないで!』と目が訴えている。
ジェイを見送った時の私と同じだ。
バカねぇ……。
私は微笑んで、やっぱり目で伝える。
君はもうひとりじゃないんだよ。
「君は百年以上辛い思いをしたんだから、百年分幸せにならなくちゃ。 だから後からゆっくりおいでね」
私の言葉を受け入れきれずに、ラックの瞳は揺れている。
ジェニファーが呼んでくれたのか、家族が全員そろっていた。
さすらいのアイちゃんまで孫と一緒に立っている。
アダムを見て笑いかけた。
「ジェイが亡くなってから、ずっと守ってくれてありがとね。おかげで学校をこれまでにできたよ」
アダムは、うんうんと言葉なく頷いた。
それから家族を見回す。
あの時ジェイはこういう気持ちだったんだとわかった。
「ありがとう、みんなのおかげで幸せだった。みんな元気で。みんなの幸せを見守っているから」
ジェイと同じ言葉を残す。
もう一度ラックに視線を戻す。
淋しがりな可愛い弟。私は君に居場所を作れたかな?
「私たちの家族をたのむよ」
ラックは、ハッとして、頷いた。
いきなりこっちの世界に来てしまったけど、思い返すと幸せな人生だったと思う。
夫には先立たれたけど、この国ではまぁ寿命だったし。プロポーズの言葉通り、離れ離れになってしまった家族の分も愛してくれた。
こっちで愛する家族もできたしね。
やりがいのある仕事をして、後に残せるものもできた。
思い残す事はない。感謝をもって旅立てる。
私がこの世界に来て何か意味があったのかわからないけど、個人的にはどっちの世界にいたとしても幸せな人生だったんじゃないかと思う。
い〜い人生だったよ。 ありがとね……。
ユアが旅立って十日ほどたった。
葬儀が終わって、身の回りの整理をすると(といっても、元々それほど多くのものは持ってないけど)俺もユアの後を追うように寝ついた。実際後を追う気満々だしね。
あっちにはジェイが待っているかもしれないけど、もう十年以上たっている。もしかしたら次の生へ生まれ変わっているかもしれない。ユアをひとりにできないもんな。
ラックは種族的にまだまだ死ななそうだし、俺はずいぶん長く生きた。お供は譲ってもらおう。
大丈夫、どんなにがんばったって三番目以上になれないのはわかっている。
だからそんな拗ねた目をするな。
もう声にはできないけど、静かにラックと語り合う。
しばらく前に妹も見送った。ユアもいなくなって、もう何も思い残す事はない。
あぁ。俺まで先に行くから、ラック ……悪いな。
閉じそうな世界の中、小さくラックの声が聞こえた。
「アダム、たのんだ」
まかせろ!
俺はニヤリと、不敵に笑えただろうか……。
「オレはこっちをたのまれてるからな……」
最後に笑った友に、負け惜しみを言ってやった。
◇◆元々の後書き◇◆
数多ある物語の中から、目を止め読んでくださってありがとうございました。
ブックマークがついた時はとても嬉しかったです!
楽しみに思ってくれている人がいるかも!なんて妄想してひとり喜んでいました(笑)
本当に本当にありがとうございました。
もしも気に入ってくださったなら、次回作でまたお会いしましょう。




