21話 精霊の愛し子 1
馬車の旅は順調に進んでいた。
三泊四日、今日の夕方にはプリュネに着く予定に、はやる気持ちがちょっと苦しいくらいだ。
約二ヶ月、手紙は出したとはいえ、心配かけただろうし……。
いや、すっかり忘れられていたらどうしよう!
いやいや、そんな薄情な人たちじゃない!と、何だか落ち着かない。
今朝も早くに出発をして(荷馬車だからお馬がよくてもそんなに早く進めない)そろそろお昼になろうかという頃、御者台のラックに呼ばれた。
「ユア」
「何?」
荷台から御者台に半身を乗り出す。あら。
少し先で、何やら大きく手を振りながら呼び止めている人がいる。
ケイトさんも立ち上がって様子を見る。剣の柄に手がかかっているのはさすがというか……。
そんな物騒な事にならなければいいんだけど。
「助けてください!妹が倒れてしまって、どうしていいのか……」
すぐ横で馬車を止めると、同じか少し上くらいのお兄さんがオロオロしながら泣きついてきた。
道から少しそれた草の上には、お兄さんと同じ髪色の女の子が横になっている。
というか、このカンカン照りの直射日光浴びまくりって…… 余計具合が悪くなりそうだよ!
「ケイトさん!」
ケイトさんは兵士だったから、外でのケガや病気は私よりわかるかと思って声をかける。
ケイトさんは呆れたような、諦めたようなため息をつくと、馬車から降りて女の子の様子を見にいってくれた。
すみませんね、ありがとうございます。
いつの間にかラックが私のすぐ横にいる。
守ってくれるつもりなのか、こういうところは男の子だと思う。頼もしい。
女の子はケイトさんの呼びかけにも応えない。
「ケイトさん、とりあえずあそこの木陰まで連れて行こう。こんな暑い中で直射日光を浴びているのはよくないと思う」
少し先の木を指差す。
ケイトさんは女の子を荷台に寝かせると、自分は歩いていく。定員オーバーだし、たぶんすぐ動けるように。
ラックがゆっくりお馬を歩かせた。
「お兄さん、せめて何か陰にしてあげなくちゃ。妹ちゃん、かなり熱くなってるよ」
私はさっそく女の子の顔や手に触れて、熱の有無を確かめる。それから陰になるように位置取りをして、少し胸元を開けたり仰いで風を送ったりしていた。
お兄さんは、あぁとか、うんとか言いながら心配そうに馬車の横をついてきた。
少し先の木陰の下に女の子を寝かす。日を遮っているだけで随分涼しく感じるものだ。
女の子がどういう状態かわからないけど、まずは熱を持った身体を冷やした方がいいんじゃないかと、水で濡らしたタオルで顔やら首回りやら肌が出ているところを拭いていく。
風に当たれば熱を奪っていくからね。
「ケイトさん、どういう状態と思う?」
私はせっせと手を動かしながら、女の子の様子を見ているケイトさんに聞く。
ケイトさんはお兄さんに問いかけた。
「見たところケガはないし……。妹さん、何か持病ある?」
「持病というか……」
お兄さんは言葉を濁した。言いづらい病気なんだろか?
日本の夏だったら、ここ何年かで定番になった熱中症かと思うところだけど……。
熱中症なら、涼しいところで服を緩めて身体を冷やすんじゃなかったかな。
何か飲めるなら水分補給と、意識がないようなら声かけと、救急車を呼ぶ。
学校で熱中症の講習会があったのを思い出しながら、でもここでは救急車は呼べないんだよな〜と思う。
救急車、ないから!
「お兄さん、妹ちゃんの名前は?」
「妹の名前はアシュリー。ついでに俺の名前はアダム。助けてくれてありがとう」
いや、まだ助けてないからね。
私はラックに水筒から水を汲んでもらう。
「アシュリー、アシュリー、聞こえる? アシュリー、聞こえる?」
意識が戻ったら飲ませてあげようと、木のコップを持って声をかける。
不意に――
コップが手から落ちて、中身がアシュリーの顔にかかった。そのままコップはコンッと軽い音を立てて、頭にぶつかると落ちていった。
ええぇぇ!!
コップ、しっかり持っていたよ!! 何で?!
「ひゃあ!」
「ごめんっ! アシュリー大丈夫?!」
アシュリーの悲鳴と私の声がかぶった。
「ユアさん、ずいぶん乱暴な起こし方ですね」
「違う!わざとじゃないの! ごめんね!アシュリー大丈夫? ラック、何か拭くものちょうだい!」
ラックの方に手を差し出すと、ラックは何もない空間をジッと見ていた。
やだ、やめてよ。何か怖いわ!
赤ちゃんとか猫とか、何もない空間を見てるのってあるじゃない?そこに天使がいるとかってヤツ。
何故かそれをちょっと思い出した。
ラックからタオルをもらい、ついでにもう一杯水を汲んでもらう。
「アシュリー、大丈夫? ごめんね。 私はユア、こっちはラック、とケイトさん。気がついてよかった」
アダムが私たちの事を簡単に話し、お互いちょっとパニックになっていたのも落ち着いてから自己紹介をする。
水をかけちゃったから、顔が引きつってしまう。
「助けてくれてありがとう。 ……水は、ユアのせいじゃないから気にしないで。いつもの事なの」
少し哀し気な笑顔で言うアシュリー。
それから変わって、ちょっと恥ずかしそうに可愛い笑顔で、
「同年代の子と話したの、すごく久しぶり!とても嬉しいわ!」
めっちゃ可愛い!アシュリーも西洋人?なので、普通に可愛かった。
明るい茶髪は、旅のジャマになるからか一本のおさげにしていて、春の空みたいな優しい水色の目をしている。
同じ歳くらいかと思ったら当たりで、一つ下だった。背は私より高かったけど。
ついでにアダムの見た目も。
兄妹だけあって同系色の髪はもうちょっと濃い茶色。目は夏の空みたいな、水色よりもうちょっと濃い青。歳は一つ上で十七歳との事。背はだいぶ高い。ジェイより高いと思う。
それから時間も時間だったので、そのまま木陰でお昼にする。
食べるものを持っていなかったアシュリーたちに、こちらのお弁当をわける。多目に持っていたからね。
二人は最初断っていたけど、並べられた食べ物を見るとお腹が鳴って、ずいぶん遠慮しながら一緒に食べ始めた。
お行儀が悪いかなと思いつつも食べならが話す。
二人もプリュネに向かってたんだって。まぁ、この方向じゃそうだよね。
という事で、せっかくだから一緒に行こうと言うと、二人は顔を見合す。
それは困ったような、すがるような、諦めているような、とっても複雑な表情だった。
「助けてもらって今更だけど、俺たちと一緒にいると迷惑をかけてしまうから……。誘ってくれたのはありがたいけど……。かまわず先に行って」
何とも歯切れ悪くそう言う。
余計気になるわ!
「言いづらい理由があるならしょうがないけど、アシュリー本当にもう大丈夫?アダム、アシュリーがまた具合悪くなってもちゃんと落ち着いて対応できる?」
二人はグッと言いよどむ。
……ところで、さっきから目の端に見えているラックがあやしい。
「ラック、何か見えてるの?あやしいし、ちょっと怖いわ」
「精霊がいる」
またもや何もない空間をジッと見ているラックに声をかけると、そんな事を言う。
精霊! どこどこ??
キョロキョロするけど、私には何も見えない。
「何も見えないよ〜」
周りを見回すと、ギクリと身体を強張らせる兄妹がいた。
アシュリーは顔を青くして、アダムは庇うように周りを睨んでいる。
睨んでいるのは人ではなく、何もない空間だけどね。
「もしかして、アダムにも精霊が見えるの?」
「いや、俺には見えない」
見えないのに睨んでるんだ?
というか俺にはという事は、
「アシュリーには見えるの?」
「見えるどころじゃないわ!最悪よ!精霊なんて大嫌い!!」
アシュリーは、いきなり怒って怒鳴り散らした。
私たち三人はビックリ!(ラックはそうは見えないけどちゃんとビックリしてた)
美人が怒ると怖いと聞いた事はあったけど、可愛い子が怒っても怖かったよ!




