第1話 地下牢の小さな光
ちかろうとおとうさまがはなしていたの、ここがわたしのおへや
つめたいいしのゆか。
かびのにおい。
わたしがうまれてからしってるせかいのすべて。
この王国には、双子の誕生は忌み子であるという理不尽な言い伝えがあった。
この家では、特に双子の銀髪の子は不吉な子であると信じられていた。
5年前、生まれた二人の女の子。
一人は金の髪の子、もう一人は不吉な子である銀の髪の子だった。
両親が選んだのは、恐ろしい隠蔽だ。
金の髪で生まれた姉のアリアーネを一人っ子として扱い、日当たりの良い豪華な部屋で溺愛する。
銀の髪で生まれたリリアの存在を消すために生まれたその日から地下室に閉じ込めたのだ。
人間としてではなく、終わりのない暴力と蔑みの対象としてだ。
「リリア、見て。光のこがいっぱいおどってるよ」
誰もいない暗闇に向かい小さな声をかける、わたしの指さきに、あたたかい黄金色の光が灯る。
親指よりも小さい光の精オリオンが、嬉しそうにくるくると回った。
グラーツ伯爵家の、いちばんふかい地下室。
それがわたしの家だ。
重い扉が開くのは、リリアに食事を与えるためだけではない。
ストレスや苛立ちをぶつけるためだった。
母親からの鋭い罵声と容赦のない暴力。
父親からも捨てられることも許されず、生かさず殺さずの冷酷な虐待をうける日々
重い鉄の扉が開く。
こわくなって体をちいさく丸めた瞬間、フリルがいっぱいついた美しいドレスを着た女の子双子のお姉様アリアーネが、従者の人を連れて階段をおりてきた。
「見て、私の新しい綺麗なドレス。いつ見ても丸まっているのね。汚いドブネズミにはぼろ布がお似合いよ」
アリアーネは小さな手で鼻をつまむと、やっと与えられた冷たいスープを少女の頭から浴びせた。
そして、手元に持っていたジュースのグラスを、わたしの足元へ投げつける。
大きな音がして、ガラスの破片とあまい汁が飛び散る。
「おねえさまつめたいよ」
「声を出さないで。 不潔な口から汚い息が漏れるわよ」
大きな声を上げると、わたしが抱きしめていた人形たったひとつの宝もの。
ぼろぼろの布を自分でむすんで作った、人形をむりやり奪い取った。
「この汚い布きれ。忌み子のくせに、おもちゃなんて持っているの。 生意気ね」
「お願い、とらないで。わたしの宝ものなの」
必死に手をのばすと、可愛い革靴のヒールで、わたしの手をぎゅっと踏みつけた。
「いたいよ」
涙がぼろぼろこぼれる。
アリアーネはわたしの目の前で、ぬいぐるみを引きちぎりジュースの中に投げ捨てた。
「泣いてるわ。 忌み子のあんたにはおもちゃも暖かいごはんもいらないのよ」
わたしのうしろで震えていた光の精オリオンにも、嫌そうに扇子をたたきつけた。
「嫌な虫。 精霊なんか大嫌いよ」
すごい強い音がして頬に熱い痛みが走る。
光の精オリオンは悲しそうに鳴いて暗闇の中へ逃げてしまう。
アリアーネが満足そうにわらっていると、背後からつめたい目をしたおとう様グラーツ伯爵が歩いてきた。
「アリアーネ、あそびはそこまでにしなさい」
おとう様は、ドブネズミ を見るようなわたしを見下ろした。
「リリア。お前に忌み子の罪をあがなう機会をやる。明日からお前はアリアーネとしておもてへ出ろ」
「どうして」
痛む頬を手でおさえながら見上げると、アリアーネお姉様が意地悪な笑みを浮かべ顔を近づけてきた。
「喜ぶといいわ、リリア。冷徹の公爵と呼ばれる、フェルディナンド公爵家へお嫁に行くの。本当なら私がいくはずだったけれど、冷たくて恐ろしい公爵のところになんて絶対に嫌だわ。呪いの罠を受けていていつ人を殺すかも分からないんですもの」
フェルディナンド公爵。
小さな隙間から入ってくるネズミさんや精霊たちが噂話をしていたのを聞いたことがある。
「フェルディナンド公爵家は、強い精霊の力を宿す妻を求めている。我が伯爵家からは優れた精霊術士であるアリアーネを差し出す約束だった」
おとう様は不機嫌そうに舌打ちをした。
「アリアーネには精霊の才能がまったくない。だが、お前には精霊から力をもらって重症の人間を癒す力がある。不気味な力だけは役に立つことだ」
「わたしがお姉様のかわりにおよめにいくのですか」
「そうだ。正体がバレたり、公爵のお気に召さず捨てられたりすれば、お前をすぐに殺してやる」
おとう様の声には優しさがなかった。
5歳のわたしの命なんて虫と同じなんだ。
「着替えさせなさい。私の身代わりとして公爵様に殺されないようにね、リリア」
アリアーネお姉様は破れたぬいぐるみを踏みつけながらわらって去っていった。
鉄の扉が閉まり、地下室がまた暗くなる。
手を伸ばし、濡れてぼろぼろになった布の破片を抱きしめると。
隠れていた光の精オリオンが、涙をぬぐうように頬に寄り添ってくれた。
「だいじょうぶだよ。なかないよ」
わたしは零れる涙を拭いながら、ちいさく笑った。
なぜ打たれているのか、傷つけらているのかわからないまま、ずっと閉じ込められていじわるされてきた暗いお部屋。
待っているのがこわい公爵様でもここから出て、お外の世界へ行けるならがんばりたい。
わたしは、すこしひらがなをおぼえた。
そして、小さな身体にうその服を着て、公爵様のお家へと旅立つ。




