覚醒
1話だけちゃっぴーに手伝ってもらいました。
左半身麻痺と高次脳機能障害でままならないので。後はゆっくり書いていきます。
転生エンジニア 第一話『覚醒』
最初に変だと思ったのは、車だった。
幼稚園の頃、僕はよく黒い車の絵を描いていたらしい。
低くて、平べったくて、ドアが二枚。子供の絵だから形なんて滅茶苦茶だったけれど、それでも毎回だいたい同じ車だったという。
「また黒い車描いてるの?」 「うん!」 「好きなの?」 「すき!」
「なんていう車?」 「わかんない!」
先生は笑っていた。僕も笑っていた。本当に、分からなかったのだ。
名前も知らない。どこの会社が作っているのかも知らない。なのに、その形だけは妙にはっきり頭の中にあった。
黒い、低いスポーツカー。 それを描いていると、なぜだか落ち着いた。
――たぶん、最初はその程度だった。
◇
「くるまにはね! えふえーにじゅうよんっていうえんじんがあるんだよ!」
幼稚園児だった僕が突然そんなことを言い出したとき、先生は笑わなかった。
「……えふえー?」 「FA24!」
自信満々に訂正したらしい。
「しぜんきゅうきのえんじんで! D-4Sっていう、とよたのちょくふんぎじゅつがつかわれてるの!」
「…………」 「つくってるのは、すばる!」
先生は困った。当然である。
僕自身、その言葉の意味をちゃんと理解していたのか怪しい。
あとから母に聞いた話では、その日の先生は迎えに来た母へ真顔で尋ねたらしい。
「お父さん、車関係のお仕事ですか?」 「酒蔵ですけど?」 「……そうですか」
余計に分からなくなったらしい。
先生は家に帰ってから、整備士だった旦那さんにも聞いたという。
『FA24って何?』 『スバルのエンジンだけど。なんで?』 『今日、園児が』
『園児が?』 『D-4Sまで説明してくれた』 『……その子、本当に幼稚園児?』
もちろん僕は、そんな騒ぎになっているとは知らない。
翌日も黒い車を描いていた。
◇
それから数年。
僕は、ごく普通の小学生になった。少なくとも、自分ではそう思っていた。
ゲームが好きだった。パソコンも好きだった。機械を見ると、なぜか中身が気になった。
父の仕事場にある機械を見るのも好きだった。
家業は酒蔵だ。
父が帳簿や在庫表と格闘している横で、僕は古いパソコンを触って遊んでいた。
何か特別な人生だったわけじゃない。
魔法が使えるわけでもない。ステータス画面も出ない。神様からスキルをもらった覚えもない。
ただ、ときどき。 知らないはずのものを、知っている気がした。
LANケーブルを見ると、なんとなく落ち着く。
パソコンの設定画面を開くと、初めて見るはずなのに「ここじゃない」と思う。
父が「サーバー」という言葉を口にしたとき、ゲームのサーバーより先に、なぜか銀色のラックが頭に浮かんだ。
でも、子供なんてそんなものだと思っていた。
どこかでテレビでも見たのだろう。 そう思っていた。
◇
その日までは。
「せんせー、パソコン動かないー」
授業中だった。
教室の前に置かれた教師用パソコン。先生が何度かマウスを動かしている。
「あれ? インターネット繋がらないな……」
ざわざわ、と教室が騒がしくなる。
「ちょっと待ってね。今直すから」
先生がブラウザを開き直す。当然、直らない。
「Wi-Fiかな?」
その言葉を聞いた瞬間、僕の頭の中で何かが引っかかった。
――違う。
理由は分からない。でも、違う。
「せんせい」 「ん?」 「ほかのパソコンは?」 「え?」
「ほかのパソコンも、つながらない?」
先生が隣の端末を確認する。
「あれ……こっちもだ」
その瞬間だった。
DHCP。
「…………え?」
頭の中に、知らない言葉が浮かんだ。 いや。 知らない? 違う。
知っている。
デフォルトゲートウェイ。 サブネットマスク。 DNS。
「…………なに、これ」
言葉だけじゃない。 画面が見える。 黒いウィンドウ。白い文字。
ipconfig。 ping。 tracert。
僕はそんなものを習っていない。
そもそも英単語だって、まだ大して読めない。
なのに。 使い方が分かる。
「せんせい」 「どうした?」 「IPアドレス、どうなってる?」
教室が静かになった。 先生も静かになった。 僕も静かになった。
「…………」 「…………」 「……何アドレス?」 「…………IP」 「なんで知ってるの?」
「…………わかんない」
本当に分からなかった。
◇
その日の夜。 眠れなかった。
布団の中で目を閉じるたび、知らない景色が浮かんだ。
青白く光る三枚のモニター。 キーボード。
机の横に置かれた、大きなパソコン。 低く唸るファン。
別の場所。 何台も並んだサーバー。 ラック。 ケーブル。
監視画面。 赤く表示された障害。
誰かの声。 夜中。 コーヒー。 眠い。 でも直さなきゃ。
「…………誰?」
目を開ける。 僕の部屋だ。 見慣れた天井。子供用の机。ランドセル。
全部、僕のもの。
もう一度目を閉じる。
車。
黒い車。 低いボンネット。 丸いステアリング。
左手がシフトノブに乗っている。 エンジン音。 道路。 夜。
「……あ」
幼稚園の頃から、ずっと描いていた車。
あれだ。
胸が、急に苦しくなった。 悲しいわけじゃない。 怖いわけでもない。
懐かしい。
知らないはずなのに。 どうしようもなく、懐かしい。
「なんで……」
次に浮かんだのは、人だった。
母親。 父親。 妹。
でも、今の家族じゃない。
知らない家。 知らない町。 知らない顔。
なのに、名前を知っている。 声を知っている。 笑い方を知っている。
――家族だ。
「…………違う」
僕には家族がいる。 今の父さんと母さんがいる。
じゃあ、この人たちは誰だ。
違う。 違わない。
どっちも知っている。 どっちも――
「僕の……家族?」
頭の奥で、何かが壊れた。
いや。
開いた。
◇
翌日。 その次の日。 一週間。 一か月。
少しずつだった。
Windows 95。 電話回線の音。 ADSL。 光回線。 青い鳥。
動画サイト。 コメント欄を流れる「88888888」。
自分で買ったパソコン。 自分で組んだサーバー。 壊した。 直した。
また壊した。 仕事にした。
データセンター。 障害対応。 バックアップ。 復旧。 監視。
夜勤。
そして。
黒いSUBARU BRZ。
型式、ZD8。
FA24。
「…………あ」
幼稚園の頃の自分が言っていた。
『FA24!』 『しぜんきゅうきのえんじんで!』
『D-4Sっていう、とよたのちょくふんぎじゅつがつかわれてるの!』
「…………そういうこと?」
ベッドの上で、僕は頭を抱えた。
「いやいやいやいや」
おかしい。 絶対おかしい。
でも記憶は止まらない。
自分でハンドルを握った感触。 オイル交換。 工具。 洗車。
傷を見つけたときの嫌な気分。 長距離ドライブ。 エンジン音。
車台番号。
――5071。
「…………」
涙が落ちた。
理由は分からなかった。
悲しいからなのか。 懐かしいからなのか。
もう二度と会えないと思ったからなのか。
そもそも。
「……僕、死んだの?」
口にした瞬間。
すとん、と。
全部が繋がった。
◇
僕は、僕だった。
今ここにいる、小学生の僕。
そして。 別の人生を生きた、あの男も僕だった。
突然、大人が子供の身体を乗っ取ったわけじゃない。
昨日までの僕が消えたわけでもない。
好きなゲーム。 今の友達。 父さん。 母さん。 学校。
全部ちゃんと好きだ。
その上に。 もう一人分の「僕」が、戻ってきた。
いや。
「……もう一人じゃないか」
変な言い方だ。
前の僕も僕。 今の僕も僕。
だったら。
「どっちも僕じゃん」
なんだか急に、馬鹿らしくなった。
転生。 そんなもの、本当にあるのか。
あるらしい。 だって僕がそうなのだから。
「…………まじかぁ」
小学生の部屋で。 人生二周目だと気づいた最初の感想は、それだった。
◇
翌朝。
「おはよう」 「おはよー」
母さんが朝ご飯を並べている。 父さんは新聞を読んでいる。
いつもの朝だ。 何も変わっていない。
でも僕だけが、昨日までとは少し違う。
「父さん」 「ん?」 「サーバー欲しい」 「…………は?」
父さんが新聞から顔を上げた。
「中古でいいから」 「マイクラか?」 「いや、ラックマウント」 「…………」
父さんが固まった。
「できればXeonで、ECCメモリ積めるやつ」 「…………」 「仮想化して遊びたい」
「…………母さん」 「なに?」 「うちの息子が急に知らない言葉を喋り始めた」
「ゲームじゃないの?」 「ゲームじゃないみたいだぞ」
僕は味噌汁を飲みながら考えた。
前の人生で覚えたことは、たくさんある。
でも。 全部がそのまま使えるわけじゃない。
時代が違う。 技術も違う。 僕はまだ子供だ。
身体も。 立場も。 人生も。
全部、最初からだ。
前世の知識で無双?
そんな都合よくはいかない。
せいぜい。 スタートダッシュが、少し上手く切れたくらい。
「……勉強しよ」
「え?」 「なんでもない」
まずは、この時代を知らなきゃいけない。
前の僕が知っている技術が、今も現役だとは限らない。
僕は人生をやり直している。 でも、前と同じ人生を繰り返す必要はない。
やりたいことは、山ほどある。
サーバーも欲しい。 車にも乗りたい。 音楽もやりたい。
ゲームもしたい。
――それから。
いつか。
あの黒い車に。
もう一度、会えたら。
「……さすがに、ないか」
「何が?」 「なんでもない!」
まだ知らない。
このときの僕は、本当に知らなかった。
何十年も先。
古びた黒いクーペの車体に刻まれた、たった四桁の数字を見て。
僕がもう一度。
同じ車に話しかける日が来ることを。
――5071。
人生二周目。
まだ、始まったばかりだ。
第一話『覚醒』 了




