表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
限界OL、前世で私を殺した最強の大魔法使いに執着されてます。~生き残るためと言い張って毎晩溺愛してくるお陰で完全復活~  作者: カクナノゾミ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

69/95

第69話:白峰サヤカの涙(後編)

 アクリル板越しの白峰さんは、しばらく黙って私を見つめていた。


 その目に宿る光が、今までと違う。


 職場で見せていたゆるふわの笑顔はない。プロジェクトで私を陥れようとしていた時の、あの計算高い冷たさもない。


 代わりにあったのは、底の見えない深淵のような――哀しみだった。


「お姉様」


 白峰さんが、もう一度そう呼んだ。


「……その呼び方、やめてくれない? 私はあんたのお姉様じゃない」


「ううん。お姉様はお姉様ですよ。カレンシュお姉様」


 心臓が、どくんと跳ねた。


「……あんた、前世の記憶が」


「全部、戻ったんです」


 白峰さんの声は、不思議なほど穏やかだった。留置場に入れられて、全てを失って、それでもなお——いや、全てを失ったからこそ、何かの殻が割れたような。


「ここに入って、一人になって。眠れない夜が続いて。そしたら……堰を切ったみたいに、全部思い出したんです。前世のこと。聖女フィオだった頃のこと。全部」


 § § §


 白峰さんが、ぽつぽつと語り始めた。


「私ね、孤児だったんです。前世でも」


 知っている。キャラクターシートの——いや、違う。それは設定じゃない。この女の人生だ。


「神殿に拾われて、『聖女』の素質があるって言われて。嬉しかった。初めて自分に価値があるって思えたんです」


 白峰さんの目が、遠くを見ていた。アクリル板の向こうの壁ではなく、もっと遠い、数百年の彼方を。


「でも、神殿の大人たちは私を道具にしたかっただけでした。枢機卿は私の『神の声が聞こえる』能力を政治に利用して、自分の権力を拡大させた。国王は聖女の人気を税収に利用した。誰も私を見てくれなかった。『聖女フィオ』という看板だけが必要で、中身の私なんかどうでもよかったんです」


 声が震えた。


「そんな時に、カレンシュお姉様が——あなたが声をかけてくれた」


 § § §


 前世の記憶が、私の中でも蘇る。


 宮廷の庭園。噴水の前で一人座っていた少女。金髪の、小柄な女の子。聖女と呼ばれていたけど、その横顔はただの寂しい子供だった。


 ——あの子、いつも一人だな。


 そう思って、声をかけた。それだけだった。


「『一人? 一緒にお茶しない?』って」


 白峰さんが、私の記憶をなぞるように言った。


「たったそれだけでした。でも、それが私の人生で初めてだったんです。『聖女様』じゃなくて、ただの『フィオ』として誰かに声をかけてもらえたのは」


「……」


「お姉様は完璧でした。伯爵家の令嬢で、頭が良くて、みんなに慕われていて。私は……何もなかった。聖女の力以外、何も。お姉様みたいになりたかった。でも、なれなかったんです」


 白峰さんの手が、アクリル板に触れた。指先が白くなるほど、強く。


「お姉様が完璧であればあるほど、私は自分が惨めでした。大好きなのに。大好きだからこそ、釣り合わない自分が許せなかったんです」


 § § §


「そこに枢機卿が囁いた」


 白峰さんの声が、一段低くなった。


「『カレンシュを失脚させれば、あの方はあなたに頼るしかなくなる。あなたが救ってあげればいい。そうすれば、あなたはカレンシュにとってかけがえのない存在になれる』」


 吐き気がした。子供の孤独につけ込んだ、最低の囁きだ。


「馬鹿ですよね。私、本当に馬鹿でした」


 白峰さんが、自嘲するように笑った。涙が頬を伝っている。


「お姉様を処刑台に送れば、ボロボロになったお姉様が私に泣きついてくれると思ったんです。『助けて、フィオ』って。そしたら私が全部救ってあげる。私だけがお姉様の救世主になれる。そういう……狂った夢を見てたんです」


「でも、私は——」


「うん。お姉様は、最後まで毅然としてた」


 白峰さんの涙が、止まらなくなった。


「処刑台の上で、一度も私を見てくれなかった。一度も『助けて』って言ってくれなかった。真っ直ぐ前を向いて、最後まで——」


 声が途切れた。


「私が欲しかったのは、お姉様の『助けて』だったのに。それだけが欲しかったのに。お姉様は最後まで、私を必要としてくれなかったんです」


 § § §


 面会室が、しんと静まった。


 アクリル板の向こうで、白峰サヤカが——前世の聖女フィオが——声を殺して泣いていた。


 私は、何も言えなかった。


 怒りはある。許せない気持ちもある。前世で処刑台に送られたことも、今世で陰謀を仕掛けられたことも。


 でも、目の前の女の涙は、演技じゃなかった。


 あの計算高い白峰サヤカの仮面が全部剥がれ落ちて、その下にいたのは——ただの、愛し方を知らない子供だった。


「カレンシュお姉様」


 白峰さんが、涙の向こうから私を見た。


「やっぱり、お姉様だったんですね。この世界でも、お姉様だった」


「……うん」


「ごめんなさい」


 その一言は、前世と今世の、全てを含んでいた。


「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……」


 アクリル板に額を押しつけて、白峰さんは繰り返した。壊れたように、何度も何度も。


 私は、アクリル板のこちら側で、静かに座っていた。


 まだ、何も言えなかった。

 でも、逃げなかった。


 面会時間の終了を告げるブザーが鳴るまで、私はそこにいた。


 § § §


ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

前世の聖女の記憶が完全に蘇った白峰サヤカ。


「お姉様を引きずり下ろせば、私に泣きついてくれる」——狂気の庇護欲の裏にあったのは、ただの孤独な少女の、歪んでしまった愛でした。


フォロー・応援(♡)・★での評価が、続きを書く力になります!

感想・コメントは全件お返事します。「白峰の過去が辛い」「枢機卿が最低すぎる」「アクリル板越しの涙で泣いた」なんでも嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ