第59話:令嬢の逆襲(後編2)
会議室が、白峰さんの絶叫の余韻で震えていた。
私は、席に立ったまま、微動だにせずいた。
白峰さんが涙と怒りと絶望で崩れ落ちかけている。会議室の全員が状況を飲み込めずにいる。公安の男たちが白峰さんに向かって動き始めている。
その中で、私だけが静かだった。
見つめていた。かつて「妹」と呼んだ女の、剥き出しの姿を。
「白峰さん」
私の声が、会議室に響いた。
低く、落ち着いた声。だが、その奥に鋼の芯が通っている。
全員の動きが、止まった。
私はゆっくりと、三つの言語を混ぜた。
「I didn't take anything from you.」
「Saya tidak pernah mengambil apapun dari Anda.」
「ฉันไม่เคยแย่งอะไรจากคุณเลย」
英語。インドネシア語。タイ語。
三カ国語で、同じ言葉を。
そして最後に、日本語で。
「私は何も奪っていない。あなたが勝手に奪おうとして、自滅しただけよ」
白峰さんの目が、大きく見開かれた。
涙で赤くなった瞳に、私の姿が映っていた。
限界OLの姿と、前世の令嬢の姿が、二重写しになっている。
あの頃と同じだ。どんなに追い詰めても、カレンシュは毅然としていた。処刑台でもそうだった。
そして今も。
「白峰さん。あなたがしたことは犯罪です。国家機密を流出させ、私に罪を着せようとした。それは絶対に許されない」
私の声が、かすかに震えた。
そう、そして口には出さないが思ったことがある。
(あなたは神の力に頼りすぎて、人間の作る『データ』の痕跡を甘く見ていた。そして何より、私に縋ってほしいという身勝手な想いに囚われて、自滅したのよ)
私は、言葉を続けた。
「でも。あなたが前の会社で黒田を告発してくれたこと、あれは嘘じゃなかったと思ってる。あの涙は本物だった」
白峰さんの唇が、わなわなと震えた。
「あなたは私を壊して救いたかった。でも、本当は最初から、壊さなくても隣にいてよかったんだよ。フィオ」
最後の一言は、小さな声だった。周囲には聞こえなかったかもしれない。
でも白峰さんには、はっきりと聞こえた。
白峰さんの膝が、ゆっくりと折れた。
今度は泣き叫ばなかった。
ただ静かに、崩れ落ちた。
§ § §
公安の男が、白峰さんの両肩を静かに押さえた。
「白峰サヤカさん。機密情報の不正流出の容疑で、お話を伺います。ご同行ください」
白峰さんは立ち上がった。涙を拭おうともしなかった。
公安の男に促されて、ドアに向かう。
最後に一度だけ、振り返った。
私を見た。
何か言おうとした。だが、言葉は出なかった。
代わりに、ほんの少しだけ、唇が動いた。
読唇術を知っている者なら読めたかもしれない。
「ごめんなさい、お姉様」
ドアが閉まった。
§ § §
白峰さんが去った会議室で、静寂が数秒間続いた。
それから、拍手が起きた。
最初は誰か一人。パチ、パチと。
朝倉座長だった。穏やかに、しかし確信を持って手を叩いている。
それに続いて、山本さん。佐々木さん。鈴木さん。
経産省のエリート。外務省の担当者。コンサル。シンクタンク。
席を立ったあの三カ国の政府高官までもが、拍手をしていた。
万雷の拍手が、会議室を満たした。
私は、その場に立ったまま、両手を握りしめていた。
膝が笑っている。心臓が壊れそうに速い。視界がぼやけている。
でも、立っている。
処刑台でも折れなかった令嬢の魂が、限界OLの身体を支えている。
(やった……勝った……)
朝倉座長が歩み寄り、手を差し出した。
「小松さん。見事でした。完全な潔白です」
その手を握り返した。
まだ、震えている。
§ § §
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
特大ざまぁ、完了。
白峰さんの罠は完全に崩壊し、私は大逆転で潔白を勝ち取りました。弁当外交で得た仲間の力、前世の令嬢スキル、六年間のブラック企業で磨かれた実務能力。全てを総動員しての完全勝利。
でも、最後に白峰さんが残していった「ごめんなさい、お姉様」。その言葉だけが、勝利の中に切なく残っています。
フォロー・応援(♡)・★での評価が、続きを書く力になります!
感想・コメントは全件お返事します。「ざまぁ最高!」「三カ国語の啖呵がかっこよすぎる」「白峰さんの最後の読唇術で泣いた」なんでも嬉しいです!




