第57話:令嬢の逆襲(前編2)
証言台に立つ。
正確に言うと、単純に私の席なのだが、まぁ気分的に。
会議室には三十人以上がいた。関係省庁のトップ、海外要人のオンライン画面、プロジェクトメンバー、そして公安。全員が私を見ている。
朝倉座長が口を開いた。
「小松さん。あなたに弁明の機会を設けました。証拠があるなら、ここで提示してください」
「ありがとうございます、座長」
私は深呼吸して、プレゼン画面を開いた。
§ § §
「まず、アクセスログについて。不正送信が行われた月曜日の午後三時十七分、私は七階の印刷室にいました。印刷室の入退室ICカードログと、廊下の監視カメラ映像がそれを証明します」
山本さんが準備してくれたデータが、スクリーンに映し出された。
時刻の照合。印刷室への入室記録は午後三時五分。退室は三時四十二分。不正送信の時刻と完全に重複している。
「次に、ICカードの入退室ログです。不正送信が行われた時間帯にプロジェクトルームに在室していた人物のリストです」
画面が切り替わった。
在室者リスト。十三人の名前。その中に、「白峰サヤカ」の名前があった。
会議室がざわめいた。
「これだけでは白峰さんが犯人だという証拠にはなりません。他に十二人の在室者がいます。ですが、次の証拠をご覧ください」
画面が再び切り替わった。佐々木さんが分析してくれたデータ。
「不正送信の宛先IPアドレスを逆引きすると、海外のレンタルサーバーに行き着きます。そのサーバーに紐づいているドメインの登録日は、不正送信のわずか五日前です。つまり、このダミー企業は犯行のために急造されたものです」
公安の男が身を乗り出した。
「そのドメイン登録者の情報は?」
「Whoisプロテクトがかかっていますが、佐々木さん――経産省の佐々木さんがDNSの伝播履歴から、登録に使用されたメールサーバーを特定しました」
画面に表示されたメールサーバーのドメイン。それは、ある名家の私設IT部門が管理するメールシステムだった。
会議室が、静まり返った。
§ § §
――異変に、最初に気づいたのはエリオットだった。
認識阻害の結界に包まれたまま、千里眼で会議室を見守っていた彼の瞳が、不意に見開かれた。
(……何だ、これは)
奈々の身体から、魔力が溢れ出している。
この世界には存在しないはずの、純粋な魔素の奔流。それが、彼女の怒りに呼応するかのように、目に見えない波紋となって会議室に広がっていく。
蛍光灯が、ちらついた。
最初の変化は、髪だった。
奈々の黒髪が、毛先から淡い光を帯び始める。蛍光灯の白い光の中で、一筋、また一筋と、黒が金へと書き換えられていく。まるで夜明けの空に朝焼けが広がるように、漆黒の髪が燦然たる金色に染まっていく。
次に、瞳。
疲れを湛えた焦茶の瞳が、深い深い碧玉の青に変わった。宝石を溶かしたような、底知れぬ蒼。かつてハーゲン家の長女だけが持っていた、あの瞳だ。
そして――衣装が、変わった。
くたびれたリクルートスーツの輪郭が揺らめき、絹の光沢が走る。肩から流れ落ちるように紺碧のドレスが現れた。胸元には金糸の刺繍が精緻な紋様を描き、袖口から零れるレースは朝露のように繊細に光を弾く。腰を締めるコルセットには、ハーゲン家の紋章――交差する双剣と薔薇――が、まるで最初からそこにあったかのように浮かび上がっていた。
エリオットは息を呑んだ。
(カレンシュ……)
四百年前に失った最愛の人の姿が、そこにあった。
あの日、処刑台の上で最後に見た凛然たる令嬢の立ち姿が、蛍光灯の無機質な光の下に、完璧に再現されていた。
会議室が、ざわめいた。
「――なっ」
最初に声を上げたのは、公安の男だった。椅子から半ば腰を浮かせ、目の前の光景を理解できずに口を開閉している。
朝倉座長のペンが、カタンと机に落ちた。眼鏡の奥の目が限界まで見開かれている。
「あの人、さっきまで黒髪じゃ……」
「ドレス? なんでドレスを……」
「いや、あれは……何だ?」
山本さんが椅子の背もたれを掴んだまま固まっている。佐々木さんは自分の眼鏡を外し、レンズを拭き、かけ直し、それでも目の前の光景が変わらないことに愕然としている。
海外要人の席が、騒然となった。
「Apa yang terjadi!? 」
(何が起きているんだ!)
インドネシアの高官が椅子から立ち上がり、奈々を食い入るように見つめている。隣の通訳が口を押さえたまま固まっている。
「อะไรกัน……เธอ เปลี่ยนไป……!」
(なんだ……彼女が変わった……!)
タイの高官が、震える声で呟いた。「彼女が……変わった」。隣に座る通訳はもう訳すことを忘れ、ただ目の前の光景に釘付けになっていた。
白峰だけが、違った。
彼女の顔には驚愕ではなく、恐怖があった。
見覚えのある恐怖。処刑台の前で、群衆の中から見上げた、あの顔。
剥き出しの感情が、一言に凝縮された。
「嘘……お姉、様……?」
金色の髪が、蛍光灯の光を受けて静かに揺れた。
碧玉の瞳が、真っ直ぐに白峰を射抜いている。
会議室の三十人は、誰一人として動けなかった。
これは、夢か、幻か。
ただ、目の前に立つ存在が、一介のOLではないことだけが、本能で理解させられていた。
§ § §
「さらに。鈴木さん――国交省の鈴木さんが、不正アクセス禁止法の構成要件を精査してくださいました」
震える手で、鈴木さんが資料を配布した。
どうしたんだろう? そんなに緊張しなくてもいいのに。
「本件における不正アクセスの成立には、『他人の識別符号を不正に取得し、使用した』ことの立証が必要です。つまり、犯人は私のパスワードを事前に知っていた。では、どうやって?」
私は、ここで一拍置いた。
なんだろう、いつもより声が張れている気がする。心なしか、胸の奥が温かい。
「不正送信の三日前、月曜の午後。私がパスワードを入力した際、隣の席にいた人物がいます。その人物は、その直前に私に声をかけ、私の注意を一瞬だけ逸らしました。その隙に、キーボードのキーストロークを目視した可能性があります」
「可能性」という言葉を使った。断定はできない。聖女の呪詛で集中力を散らされたことは、物理的に証明できない。
だが、状況証拠の山は、一つの名前を指し示していた。
「以上の証拠を総合すると。不正送信のあった時間帯にプロジェクトルームに在室し、私のパスワードを取得する機会があり、ダミー企業の登録に使われたメールシステムへのアクセス権を持つ人物は――」
私の目が、白峰さんを見た。
「白峰サヤカさん。あなたです」
§ § §
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
弁当外交で得た仲間たちが、それぞれの専門分野で証拠を固めてくれました。山本さんのICカードログ、佐々木さんのDNS分析、鈴木さんの法律知識。
全ての証拠が、一つの名前を指し示す。限界OLの逆転裁判、ここから本番です。
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