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限界OL、前世で私を殺した最強の大魔法使いに執着されてます。~生き残るためと言い張って毎晩溺愛してくるお陰で完全復活~  作者: カクナノゾミ


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第30話:大魔法使い、オフィスに降臨す(中編)

 私は椅子に座ったまま、その光景を見ていた。

 銀髪の男が、フロアの通路をまっすぐに歩いている。


 漆黒のスーツに、白いシャツ。仕立ての良さが一目でわかる、異次元の着こなし。長い脚がリノリウムの床を鳴らすたびに、そのシルエットがまるでファッション誌の見開きのように空間を支配していく。


 そしてその周囲に広がっているのは、蒼白い燐光のような――誰にも見えていないはずの、魔力の残滓だった。


 同僚たちが、石像のように動けなくなっている。

 椅子に座ったまま、あるいは立ち上がりかけた状態で、呼吸すら忘れたように固まっている。恐怖ではない。あれは、圧倒的な存在感に打ちのめされた時の人間の反応だ。前世の宮廷でも見たことがある。国王陛下が玉座から立ち上がった時、廷臣たちが石のように動かなくなるあの現象と同じだ。


 ――ただし。国王陛下ですら、ここまでの圧は放っていなかった。

 その男が、黒田のデスクの前で立ち止まった。


 蒼い瞳。

 氷の底に焔を閉じ込めたような、深く、激しい色。

 見慣れているはずのその顔が、今は全くの別人のように見えた。六畳一間でエプロンをつけて卵焼きを焼いていた男とは、まるで違う。


 これが。

 これが、異世界を震わせた「筆頭宮廷魔術師」の本来の姿なのか。


 エリオットが、ゆっくりと口を開いた。


「お前が――黒田か」


 § § §


 一言だった。

 たった一言。「お前が――黒田か」


 その声は、低く、静かで、どこにでも届く明瞭さを持っていた。フロア全体に響き渡り、凍りついていた三十人の社員全員の鼓膜を揺らした。


 エリオットが、黒田に一歩、近づいた。二歩。三歩。

 彼が歩くたびに、魔力の余波が波紋のようにフロアに広がっていく。蛍光灯がちらつき、窓ガラスが微かに振動する。


「奈々。安心して見ていろ」


 それは――約束を、果たしに来た者の声だった。


 § § §


 その時だった。


「なんだお前は!! 不法侵入だぞ!? 警備は何やってんだ!! おい誰か、警察呼べ!!」


 凍りついていたはずの黒田が、椅子から立ち上がった。

 顔面は蒼白。膝は笑っている。額には玉のような脂汗。

 それでも、この男は立った。虚勢と保身と、四十年間「上」にいた側の人間としてのプライドが、恐怖を上回ったのだ。


 フロアの誰も動かなかった。

 黒田の怒声は、いつもなら全員を震え上がらせるはずだった。しかし今この場には、もっと圧倒的な「上位存在」がいる。黒田の怒声は、その存在感に飲み込まれて、ただの雑音にしかならなかった。


 エリオットが、ただ黒田を見ている。

 蒼い瞳が、黒田を正面から捉えた。


「いいだろう」


 静かな声だった。怒りすら感じさせないほど冷静な声。

 だが、その声が発された瞬間、フロアの気温が二度下がったように感じた者が、後に何人もいた。


「黒田、相手をしてやろう」


 下の名前ですらない。ただの「黒田」

 しかしその呼び方には、黒田がこれまで部下に対してしてきた全ての蔑称、全ての嘲り、全ての人格否定と同等か、それ以上の重みが込められていた。


 黒田の膝が、ガクンと折れた。


「なっ……!?」


 立っていられない。脚に力が入らない。

 何が起きているのか、黒田にはわからなかった。ただ、全身の筋肉が自分の意志に反して弛緩していく。まるで見えない手が肩を押し下げ、膝を折らせ、頭を垂れさせるかのように。


 気づけば、黒田は床に膝をついていた。

 蛍光灯の光が、跪いた男の禿げかけた頭頂部を照らしている。


「な、なんだこれ……っ! なんだよこれ……! 身体が動かねえ……!」


 王者の威圧。

 前世においてエリオットが宮廷で行使した、意志の力を魔力に乗せて対象に叩きつける制圧魔法。王族や重鎮を跪かせるためではなく、本来は戦場で敵軍の士気を粉砕するための大規模攻性魔法だ。


 それを、黒田一人に向けて集中放射している。


 § § §


「やめてエリオット!!」


 私は叫んだ。

 足が動いた。さっきまで膝に力が入らなかったはずなのに、気づいたらエリオットに向かって走り出していた。


「やめて! 殺す気!? ここ会社!! 日本!! 魔法禁止!!」


 エリオットの腕に取りすがる。分厚いスーツの生地の下の腕が、鋼のように硬い。


「離してくれ、奈々」

「離さない!! あんたが暴走したら全部滅茶苦茶になるでしょ!!」

「すでに滅茶苦茶だ。この男が、君の全てを滅茶苦茶にした」


 エリオットの声は、静かだった。怒鳴っていない。むしろ、不思議なほど穏やかだった。

 だが、その穏やかさこそが恐ろしい。表面が凪いでいる時ほど、この男の底はとんでもないことになっている。


「あんたの気持ちはわかった! わかったから! だからお願い、これ以上は――」


「知っている」


 エリオットが、私の方を見た。

 蒼い瞳の中に、自分の顔が映っていた。涙の跡と、隈と、二日ぶりの化粧の崩れた、ボロボロの顔。


「君がこの五十六時間で作った百枚の資料を、あの男が三分で流し読んだことを知っている。あの男が電話であれを自分の手柄にしたことを知っている。そして今日、また同じことを君に命じたことも」


 千里眼。

 見ていた。全部。


「君が毎朝『大丈夫』と言って出て行くたびに、その色が少しずつ褪せていくのを、私はずっと見ていた」


 色。

 魂の、色。


「もう見ていられないんだ、奈々」


 その声が、初めて震えた。

 鉄壁のポーカーフェイスが、ほんの一瞬だけ――ほんの一瞬だけ、崩れた。


 蒼い瞳の奥に、灼けるような光が揺れていた。

 怒り。悲しみ。後悔。そして、それら全てを圧縮した先にある、透明な何か。


「だから。もう少しだけ、私に任せてくれないか」


 § § §


お読みいただきありがとうございます!

「迎えに来た」のたった一言が、世界を変える。蒼い瞳の奥に灼けるものが見えた時、胸が震えていたなら。

次回「大魔法使い、オフィスに降臨す」後編。黒田の全てが暴かれる、特大ざまぁ回。お覚悟を。

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