師から弟子へ
師匠の家を引き取って師匠の書斎を整理していたら、鍵のかかった引き出しがあることに気づいた。
「こんなところに、引き出しなんてあったか?」
俺は疑問に思いながら、師匠が残して行ったこの家の鍵束を取り出した。ほとんどの鍵はどこで使うのかわかったのだが、唯一わからない鍵があった。「もしかしてここで使うのか」と思いながら、それを鍵穴の中に差し込んだ。ゆっくりと回すとカチッと音が鳴り、引き出しの鍵が外れた。
一通の手紙と黒革の分厚い本のようなものが出てきた。封筒を開けて中身を取り出すと、懐かしい人が書いた文字が、そこに綴ってあった。書かれている文章はあの人らしいもので、気づけば自然と頬が緩んでいた。
あれから十数年。俺は、まだ旅人として過ごしている。切り落とされた腕は、妹が義腕を作ってくれて不便はしていない。俺は色んな世界でのことを本にし、この思い出のあるこの家で過ごしていた。笑ったり泣いたりしたことや、喧嘩したこともあった。何よりも多くの魔術を教わり、生きていく術を沢山教わった場所。それが他人の手に渡るのが嫌で、俺自身がこの土地の次の管理者となることにした。
「師匠ー。何してるんですか? そろそろお昼ですよー」
「わかった。今行くよ、リナリア」
弟子の呼ぶ声にそう返して奥の書斎から出てきては、台所の方へと歩いていく。
「本を読んだりと没頭するのは良いですけど、旦那さんをあまり一人にしない方がいいですよ?」
「わかってるよ。そういうリナリアはどうなんだよ」
「わ、私のことは気にしなくていいんです!」
顔を真っ赤にしながら抗議するリナリアを見て、俺はくすくすと笑ってしまった。「笑わないでください!」と怒られ、拗ねている彼女に謝る。
彼女と出会った後、昔ポケットに紛れ込んでいた携帯を使って、もう一度あの世界へとリナリアと一緒に入り込んだ。今度は夢ではなく、ちゃんと現実として体験できるように。それからは色々なことがあり、俺も彼女も大分成長できたのではないかと思っている。
「食べ終わったら、師匠の墓参りをしようか。リナリア」
「はい、行きましょう」
裏庭に作った師匠のお墓。残念ながら遺体燃やしてしまったため、墓石の下には何も入っていないが形だけでもと思い、二匹の愛猫の墓石の隣に彼のを作った。きっと彼は、この場所が好きだからそうした。
「ごちそうさま。美味しかったよ」
「ありがとうございます」
「これなら、いつ嫁に行っても文句ないな」
「師匠、やめてください!」
「ははは」
後片付けを二人で終え、桜の咲く裏庭に出ていき二つの小さな墓石が並んでいるその隣にある、大きな墓石の前で俺は屈んで手を合わせた。
師匠、元気ですか。そちらでも、魔術の研究ばかりですか。幼かった俺も大きくなって、今では可愛らしい弟子もできました。そしてこれは報告になりますが、俺も無事に結婚することができました。伝えたいことは山のようにあるのに、伝えたい人はもうここにはいない。
「まだ、一緒に過ごしたかったです。師匠」
ぽつりと呟くと隣の少女が心配そうに見てきたので、立ち上がって「大丈夫だよ」と告げて家の中に戻る。師匠には、今の俺が見えているでしょうか。願ったようには成長できなかった気がしますけど、こんな自分でもあなたは受け入れてくれるでしょうか。そう考えながら一度だけ振り向き、また前を向いて整理していた書斎の方へと向かった。
師匠の書斎へと戻って日記をもう一度読み返していると、昼食を食べる前まではなかった文章がそこに書かれていた。それは確かに師匠の字で、それを読んだ俺の頬に温かいものが伝わる感覚がして、零れ落ちた涙が文字を滲ませた。
「師匠……」
日記を胸に抱き寄せ、俺は静かに泣いた。これは狡いよ、師匠。こんなの泣かないはずがないじゃないか。もう一度ページを開いて現れた文章に、涙を浮かべながら目を通す。あの師匠が残した、最後の奇跡を。
もし奇跡があるのなら、もう一度君と過ごしたかったよ。幸せになれ、琴織。




