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小さな死神と老いた魔術師  作者: 樫吾春樹
五年分の愛情を次へ
35/36

第三十一話

 俺の言葉を聞いた少女は驚いた顔をして、どうするべきかと迷っているようだった。

「お、お邪魔じゃなければお願いします」

「心配しなくても大丈夫だよ。この家には、俺しか住んでいないしな」

「そうなんですね……」

「本当に似てるよな」

「何がですか?」

「何でもないよ」

 くすりと笑って、きょとんとした彼女の頭を撫でる。

「まあ、ゆっくりしていくといいさ」

「はい、ありがとうございます。ところで、コトリさんってその…… 腕が……」

「これは、ちょっとね。今、妹に義腕を作ってもらってるんだよ」

「なるほど、そうだったんですね」

 嘘と本当を織り交ぜたことを言いながら、俺は彼女を誤魔化す。思い出してしまえばすぐにバレてしまう嘘だが、今の彼女にはこれでいい。


きゅうー


 可愛らしい音が聞こえて、思わすくすくすと笑ってしまう。「笑わないでください!」と抗議されながら謝り、俺はベッドから起き上がる。この体でも魔法を使いながらなら、料理も満足までとはいかないができるだろう。

「こんなんじゃ簡単なものしかできないが、それでもいいか?」

「はい、大丈夫です」

「あと、食べれない物とかは無いか?」

「無いと思います」

「なら、よし」

 一階に降りて台所へと向かい、トースターにパンを入れて冷蔵庫からベーコンと卵を取り出す。フライパンを軽く洗ってから、コンロに火を点け上に乗せて軽く乾かして油を引く。そこにベーコンを置いて、上に卵を片手で割って乗せる。

「上手ですね、凄いです」

「ありがとね。そこの棚から皿を出してくれるかい?」

「わかりました」

 食器を出してもらいその上に焼きあがった物を乗せ、トースターのパンを添えて机に並べる。

「出来たから、座って食べるといい」

「ありがとうございます。コトリさんは食べないのですか?」

「俺はさっき妹に作ってもらってね。だから、気にせずに食べてくれ」

「はい。いただきます!」

 美味しそうに食べる少女を見て、心が温かくなる。師匠。あなたも同じように思いながら、幼い俺の食べる姿を見ていたのでしょうか。今では知ることさえできなくなってしまった問いを胸に抱き、俺は彼女の食べる姿を見守っていた。

「ごちそうさまです。美味しかったです!」

「それはよかった」

 食器を流しに置いて洗おうとしたら、彼女が「私がやります」と言って変わってくれたので、ここは素直にやってもらうことにした。

「わざわざ悪いな」

「いえ。やってもらってばかりでは、私も申し訳ないので」

「よくできた子だよな……」

「そんなことはないですよ?」

「まあ、そういうことにしておくか」

 そんな会話をしながら、彼女は食器を洗っていった。

 少女が書斎で本を読んでいる間に、俺は自分が昔使っていた部屋の整理をしていた。彼女にこの部屋を使ってもらうことにして、俺は師匠の部屋を使うことにしようと考えていた。

「他の部屋はまだ見たことないから、片付けるのも申し訳ないしな」

 今更怒られる相手ももういないが、整理する気にはならなかった。ゆっくりと思い出にしていくしかないが、正直まだ少し辛い部分はある。いっそのこと忘れてしまえば楽なのだろうけど、忘れられるわけがなかった。師匠と一緒に過ごした、あの温かな日々のことを。

「日も暮れてきたし、そろそろ彼女をお風呂にでも入らせるか」

 ある程度片付け終えてから一階に降り書斎に少女を呼びに行くが、本棚に寄りかかって寝ている彼女の姿がそこにあった。

「こんなところで寝ていたら、風邪を引くしな」

 寝ている少女を片付けた俺の部屋に運び、ベッドにそっと寝かせる。ふと、窓の外から小鳥がさえずるのが聞こえてきて、そろそろ春も近くなってきたと感じた。

「師匠、もうすぐこの街にも春が来ます。あなたのいない春が……」

 そっと部屋から出ていき、師匠の使っていた部屋に戻る。ふと机の上を見ると、家族写真の横に師匠といつか撮った二人の写真が飾ってあった。俺の持っている物と同じ物が。

「写真、飾ってくれてたんですね……」

 まだ幼い頃の、俺の誕生日に撮った写真。確か、師匠が写真を撮りたがらないから、説得するのが難しかった気がする。「記録に残すと辛い」そんなことを、彼が言っていた記憶がある。きっと、置いて行かれた時に思い出すのが辛かったのだろう。今の自分のように。

「まあ、寂しい思いをしたのは師匠ではなく、俺ですけどね……」

 師匠がいなくなってから、かなり辛かった。だけども、彼が俺に教えてくれたことが一人で旅をしていくうえで役に立ったのは間違いない。身の守り方や体に良い食事の選び方、病気にならないための予防など沢山のことを一緒に過ごしていて教わった。おかげで、こうして元気に過ごせているわけだが。

「生傷が絶えないのは、絶対に怒られる気がするが」

 彼の性格のことだ。きっと「こんなに傷だらけになるんじゃない」とか、確実に言いそうだ。今では聞くことができないそんな小言を想像して、思わずくすりと笑う。自分でも思っていた以上に、俺は師匠のことが好きだったらしい。恋と似てるが全く違う感情。

「……大好きでしたよ、師匠」

 いつか、旅先で誰かに聞いたことがあった。「たとえ血がつながっていなくても、家族になれる」と。

 師匠の部屋で休んでいると突然悲鳴が聞こえたため、俺は少女の元へと急いだ。

「大丈夫か!」

「コトリお姉さん、ごめんなさい…… 私……」

「思い出したんだな……」

 震えているリナリアをそっと抱きしめながら、彼女をなだめる。忘れていた悲劇を思い出した少女は、ただただ泣いていた。きっと、自分のせいで俺が腕を失くしたのだと思っているのだろう。

「ごめんなさい…… 私のせいで、コトリお姉さんの腕……」

「リナリア、よく聞いてくれよ?」

「はい……」

「俺は君のせいだとは思っていない。むしろ、君が無事なら腕の一本くらい安いものだよ」

「でも……」

「怪我は治る。完全には戻らないとしてもだ。だけども、死んでしまったらもう戻ることはないんだよ。だから、いいんだよ。まだ難しいかもしれないけどね」

「わかりました……」

 腕の中の少女はそのまま身体を預けてきたので、俺は右手で軽く頭を撫でた。

「私、今まで大人達に実験ばかりされてきたんです…… 色々と弾いてしまう体質で、それで……」

「そうだったのか……」

「嫌でした…… 逃げたかったです。でも、私一人では何もできなくて」

「昔、俺も同じように大人達に実験されていて、それが嫌で家から逃げ出して旅をして過ごしてたんだ。そんで、疲れ切って路地でうずくまってたら、とある人が手を差し伸べてくれてね。あの時は本当に嬉しかったな」

「お姉さんも、そんなことがあったんですね……」

 悲しそうな顔で俺の話を聞く彼女の背中を、少しだけ荒く元気付けるように叩いた。

「大丈夫だよ。確かに辛かったが、今はこうして過ごせてるしな。だから、気にするな」

「はい、わかりました」

 苦笑しながら答えながら、彼女は顔を上げる。その瞳に宿る光は、強いものだった。

「コトリお姉さん、お願いがあります」

「なんだい?」

「私を連れ去ってください!」

「いいのか? 一度その道を選べば、元には戻れなくなるぞ」

「お願いします。このままなのは嫌です!」

 恐らく何を言っても折れないであろうその決意は、どこか昔の自分を連想させた。師匠、俺ってこんな感じでしたっけ。「そうだよ」と言う声が聞こえた気がして、思わずくすりと笑った。そんな俺を見てきょとんとしながら見上げる少女に、何でもないよと首を振る。

「わかった。君を連れ去ることにするよ、リナリア」

「ありがとうございます!」

「ありがとうと言われていいことなのかわからないけどな……」

「良いと思いますよ。あと、もう一つあるのですが……」

「もう一つ?」

 一度間を置いて、彼女は言葉を紡ぐ。それは、昔の自分と同じ言葉で。

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