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小さな死神と老いた魔術師  作者: 樫吾春樹
何度目かの四季を越え
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第二十六話

 息を切らしながら大きなマンションに辿り着き、祖父が住んでいたという離れに向かう。本当にいるかわからない。だけど、いて欲しいと思っている自分がいる。扉に手をかけ、ゆっくりと引いてみる。その先にいて欲しいと願いながら。

「あれ、琴織なの? おかえりなさい」

「どうしたんだ、クゥ」

「琴織が帰ってきたのよ」

「お、本当だ。おかえり、琴織」

 思ったよりも簡単に開いたドアの向こうにいたのは、若かりし頃の祖父母の二人だった。さも俺が帰ってくるのが当然のように、二人は出迎えて「おかえり」と言ってくれた。この世界に俺が来たことは、知らなかったはずなのに。

「ただいま、二人とも」

 出迎えてくれた祖父母に、俺は精一杯の笑顔を返す。

「さあ、外は冷えるから中に入って」

「ありがとう、ばあちゃん」

「にしても、琴織も来てたんだな」

「俺からしてみれば、何で二人ともいるのよ」

「何でだろうな」

「さあ?」

 相変わらず仲が良い夫婦のやり取りに思わず苦笑する。どこにいても、この二人は変わらない。そう思ったからだった。

「そういえば、あの子達も来てるわよ」

「誰が来てるの?」

「シリンのとこのカップル」

「えっ」

 思わぬ人の名前が出てきて、俺は驚きを隠せなかった。あの夫婦も来ているとは、この世界は思ったよりも狭いのかもしれない。それとも、俺の知らないあの旦那だろうか。とりあえず、確認しないと何も始まらない。

「ありがとう、ばあちゃん。ちょっと、二人にも挨拶してくるね」

「うん、いってらっしゃい」

「気をつけるんだぞ、琴織」

「わかってるよ、もう子供じゃないんだし」

「俺にとっては、いつまでも子供なんだがな」

「はいはい」

 祖父の言葉を聞きながら祖母に居場所を聞いて、俺はそこへと向かう。認めていないとはいえど、挨拶をしない理由にはならない。ましてや、家族なのだからなおさらだった。

 祖母に聞いた部屋へと行き、呼び鈴を鳴らす。

「はい。あれ、琴織。来てたのね」

「シリンも来てたんだね。元気そうでよかった」

「あなたもね。しばらく家に帰ってなかったから心配してたけど、何ともなさそうね」

「ん? 今のシリンにとって、俺の年齢っていくつだ?」

「十七だけど?」

 シリンから出てきた答えと先ほどの祖母の言葉、そしてこの世界の性質を思い出す。ここが過去を記憶する世界なら、過去の人物達が呼ばれていてもおかしくはない。彼女は俺にとっての過去であり、もしかしたら俺も誰かにとっての過去なのかもしれない。とにかく、彼女は息子達を連れてきたシリンではないということがわかった。

「どうしたの、さっきから難しい顔してるけど……」

「いや、何でもないよ。こっちの世界でもよろしく、シリン」

「はいはい。琴織のことだから、そのうちまた旅に出てそうだけど」

「否定できないな……」

 苦笑しながら会話をしていると、突然背後に気配を感じて俺は勢いよく振り向とそこに立っていたのは、金髪のリーゼントに赤い特攻服のいわゆる不良だった。

「おかえりなさい、今日は早かったね」

「ただいま。この男は?」

「女の子よ、この子……」

「それは悪かった」

「俺は琴織です。シリンは母の使い魔なので、よくお世話になっていました」

「そうか。シリンは俺の嫁なんで、今後よろしくな」

「ええ、よろしくお願いします。今日は挨拶に来ただけなので、これで失礼します」

 一度頭を下げてから、その場から足早に立ち去る。シリンの旦那の過去の姿が、ちょっと予想していたよりも斜め上の格好をしていて正直驚いている。どうやったらあんな不良が、優男というかなんというか。そういう姿になるんだ。

「時間って怖いな……」

 時は人を変えるということを改めて思い知りながら、人の賑わう夜の街を歩く。こんな時間でもまだ多くの人が歩いていて、喫茶店や屋台等も並んでおり活気があるのを感じることができた。当てもなく歩いていると、懐かしい姿を見つけた。俺はその背中を追いかけ、呼び止めた。

「ねえ、久しぶりだね」

「琴織か。久しぶり」

「変わらないね。元気そうでよかったよ」

「そういう琴織も元気でなによりだ」

「うん、おかげさまで」

 見つけたのは、少し前の世界で一緒に戦ってくれた相方。そして、俺の想い人。本人には伝えたが、どうも伝わっていない気がする。

「相変わらず、あちこち旅してるのか?」

「そうだね、色々と見て回ってるよ。今回は、たまたまこの世界だったね」

「そうか。またよろしく頼むな、琴織」

「こちらこそ」

 懐かしい人との再会に会話も弾み、しばらく二人でベンチに腰掛けながら話をしていた。

 しばらく会話した後、この世界で過ごしていく拠点はどうしようかという話になった。思い当たる所といえば祖父のマンションくらいで、他の場所は思いつかなかった。

「じいちゃんのマンションが、空いているか聞いてみるか」

「そうだな、空いているといいが」

「そこは大丈夫だと思う」

「ならいいが」

 二人でそう決めてから、マンションへと向かう。

「そういえば、ここにはどうやって来たの?」

「わからない。寝て起きたらこの世界にいた。コトリはどうなんだ?」

「俺も同じだね。昨日まで自分の家にいたはずなのに、寝て起きたらここにいた」

「コトリもなのか。まったく前回といい、今回といい……」

「大変だね……」

「まったくだ」

 会話を氏ながら少し歩き、目的のマンションに辿り着いた。祖父のいる部屋へと行き、俺はドアをノックする。「開いてるぞー」という声が中から聞こえて、二人で中に入っていった。

「じいちゃ…… いや、ここでは兄さんの方がいいか。部屋ってまだ空いてる?」

「ん? 空いてるけど」

「じゃあ、一部屋貸して欲しい」

「わかったけど、後ろの人は?」

「一緒に住む」

「へえ。お前がね……」

「何だよ……」

「別に何も言ってないが?」

「顔がムカつく」

「はいはい。とりあえず契約書な」

 にやにやと笑う祖父を睨んだ後、二人で契約書に目を通してサインをした。

「はい。部屋ってどこになるの?」

「隣の棟の三階だね。これが鍵だよ」

「ありがとう。それじゃあね」

 祖父に軽く手を振り俺達は部屋を後にして、渡された鍵の部屋へと向かう。

「ここか?」

「そうみたいだね。角部屋なのか、いいね」

「そうなのか?」

「そうだよ。入ろうか」

 鍵を開けて中に入ると、目の前には広いリビングと奥にはキッチンがあり、左の方には浴室やトイレといった水回りがあった。二人で暮らすには悪くない広さの部屋で、祖父が作ったにしては良くできてると思った。

「結構しっかりしてるな」

「そうだよね。流石、色んな世界を旅してるだけあるな」

 何気に色々と揃っていて、宿泊施設としてもやっていけそうだと思った。まあ、祖父のことだ。そういう施設を経営するのは苦手なんだろう。なんせ、自分の自由が利かないのを嫌うところがあるからな。

「今日は疲れたし、お風呂に入って休むことにする?」

「そうだな」

「それじゃあ、先に入ってて。布団敷いておくから」

「わかった」

 浴室に行く彼を見送り、俺は押し入れに入っていた布団を出して二人分並べて敷いていた。

 目を覚ますと自分の部屋の天井ではなく、和室のような天井が広がっていた。ここはどこだろうかと思いながら、ゆっくりと昨日の出来事を思い出していた。

「そうだった。俺はまた、違う世界に来たんだった」

 自分の部屋で寝ていたと思ったら次の日には巨大な樹のある世界にいて、何人かの見知った顔の人物にも出会った。そして、祖父の作ったマンションに昔の相方と部屋を借りることにして、今の状況に至るということだった。

「ん、起きたのか。おはよう、コトリ」

「おはよう。ついさっきね」

「そうか。朝ご飯できてるぞ」

「悪い、ありがとね」

「大したことない」

 彼と会話をしながら机の近くに座り並べられた朝食を見て「いただきます」と、手を合わせて作ってくれた食事を口に運ぶ。相変わらず彼の作る料理は美味しくて、食べていると自然と笑顔になった。

「美味しそうに食べるな」

「だって美味しいから」

「そうなのか?」

「そうだよ」

 会話をしながら食べ終えて「ごちそうさま」と手を合わせて、後片付けを俺がやることにした。

「今日はどうするんだ?」

「もう少し街を見て回ろうかと思ってね。記憶から取り出せるとは言えど、その力を使っていれば疲れるから、食品を売っているところとか見つけられればね」

「なるほど。確かにそれなら、疲れにくくなるな」

「あとは他にも、何か暇つぶしに良さそうなところとか見てくる」

「わかった。俺は本でも読んでることにするよ」

「ん、わかった。別に好きに出歩いてていいからね?」

「面倒」

「そんなことだろうとは思った」

「なら聞くな」

 そんなやり取りをしながら片付け終え、外出するために薄手の上着を羽織る。ここの気候は春先のようで暖かいが、あまり肌を出していると彼が気にするので出さないようにしている。

「それじゃあ、行ってくるね」

「ああ。行ってらっしゃい」

 彼に軽く手を振り、俺は部屋から出ていく。外は昨日よりも賑やかな気がして、ちょっと探しに行くのが億劫になりそうになった。

「行かないと何も始まらないか……」

 気を取り直して俺は、賑わう街の方へと歩き出した。その途中で同じマンションの住人に何人か出会ったので、挨拶と軽く会話をしてからマンションを出た。大通りはやはりすごい賑わいで、人の多さに酔いそうになるのを抑えながら歩く。慣れているとは言えど、流石にここまで多いと俺でも気持ち悪くなる。

「あれ、コトリさんも散歩かい?」

「そうですよ。えっ……」

 声をかけられ振り向くとそこには、昨日とは印象の違うシリンの同居人を見て俺は唖然とした。

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