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小さな死神と老いた魔術師  作者: 樫吾春樹
共に過ごした二つの刻
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第十七話

 巨大な時計塔の麓は広い図書館となっていて、その中庭から時計塔へと入ることができるようになっているようだった。


「話には聞いていたが、実際に入ってみると随分と広いものだな」


 ウエスト地区にも図書館はあったがここまで広いものではなく、置いてあった書籍もここまで多くはなかった。こういった時でなければ色々と読んでみたいものだが、生憎今の私にはそんな時間もなかった。


「これだけの知識が集まっている場所なのに、触れられないのは哀しいな。」


 また別の日に来て、様々な知識に触れることにしよう。その別の日があれば良いのだが。少しだけ寂しく思いながら、私は中庭の方へと進んでいく。木々の葉の綺麗な赤が日に当たりキラキラと輝き、花はそよ風に揺られていた。そして、その中心に建つ時計塔が空へと伸びていた。


「一人、二人、三人か……」


 警備の人物が一人と、利用者と思われる人物が二人。幸い彼らはこちらにまだ気づいておらず、私は静かに気配を消す術を使った。物音を立てないようにそっと塔の扉に近づき、すり抜ける為の魔術も一緒に発動させて中へと入る。時計塔の中は数多くの歯車が回っており、壁に沿って階段が上まで続いているのが見えた。


「ここを登らないとか。こうして見上げると、かなり高いものだな」


 見上げていても始まらないため、空へと続くこの塔の長く果てしない階段を登ることにした。


 どれくらい登ったのだろうか。床は小さくなり、だが天井はまだ遠い。まるで、同じ風景が繰り返されているような気がして「これはおかしい」と思い一度足を止め、壁に小さく印を付け再び階段を登っていく。だが、長年の勘は嫌なくらいに予想を裏切ってはくれないもので、登っても登っても自分でつけた印を見つけてしまう。どうやら私は、この塔に施されていた魔術に掛かってしまっていたようだった。


「しかし、幻術とは厄介な……」


 呟きながらも、私は術の綻びを探していく。これだけ大きな術になれば、要となるものがありそこに綻びが生じることが多い。魔術も機械もそうで、繋ぎ目は脆いものだ。そして、その繋ぎ目となる部分は。


「見つけた」


 空気を圧縮して小さな弾にし、見つけた綻びに向けて撃つ。小さな歯車に当たり、パキッと音を立てて砕ける。すると、周囲の風景にヒビが入り、硝子が割れるような音を立てて崩れていった。そのあとに現れたのは、変わらない塔の中の風景だったが、どうやら頂上は近いようだった。


「まったく。とても長い階段だったな」


 苦笑しながら私は頂上へと辿り着き、中心部へと続く扉に手をかけた。


 頂上の扉をすり抜けて中に入り、増幅装置の心臓部へ辿り着いた。するとそこには、これまでの中で一番大きな水晶が台座にはめ込まれていた。他の場所の物よりも二回りくらい大きく、保有魔力もかなり多いことが感じられた。


「これなら、結界の要としても申し分ないな」


 その台座に近づいて水晶に触れ、結界を完成させるための最後の呪文を唱える。今までとは違う長い呪文。水晶に二重の円が浮かび、中に六芒星の紋様が入った魔法陣が描かれる。そして、六芒星のそれぞれの頂点に二重円が現れ、各地の水晶の属性の印が現れる。魔法陣の外周と六芒星の中に沿ってルーン文字が刻まれ、最後に陣の中の三日月が現れてそれに触れて魔力を通し術を完成させた。


「よし、これで完成だ。何とか間に合ったはずだな」


 水晶のある中心部から脱出し、私は階段を降りていく。だが、外へと続く扉に手をかけたところで、ある違和感に気づいた。普通なら魔術を破ったならば、術者に破られたということが伝わるはずで、例外は少なかった記憶がある。そして私は先ほど、幻術を破った。ならば、この先に待っているのは。


「この扉から出たら、捕まってもおかしくはない、か……」


 目を閉じて精神を研ぎ澄ませ、扉の外に気配がないかを探る。出てすぐに誰かに触れることになってしまえば、術が解けて姿が見られてしまう。それを回避できればいいのだが。


「まあ、術者も術者だよな。そう簡単には、逃がしてくれやしないか」


 塔の周囲は既に囲まれていて、なかなか抜け道が見つからずに、諦めてしまおうかとも考え出していた。せめてコトリにだけは、無事に術を完成させることができたということを伝えなければ。魔力で小さな鳥を作り出し、すり抜ける術をかけてから塔の外へと送り出す。


「頼んだぞ」


 それを見送って、私は覚悟を決めて外へと向かう。ここまで囲まれていては、私とて逃げることは出来ない。だからといって、戦えるほどの実力はない。


「仕方ない。異端者はいつだって排除される、か……」


 そう呟いて外に出ると、目の前には若い女性と塔を囲むように多くの騎士達がいた。


「貴様が塔に不法に入った者だな。捕らえよ!」

「はい!」


 彼女の指示に従って騎士達が私を囲み、逃げないようにロープで手首を縛ろうとする。


「私は逃げられやしないから、そんなことしなくてもいい」


 そう伝えるが結局縛られてしまい、そのまま馬に乗せられて麻袋を頭に被せられどこかへと連れられた。体感的に十五分程過ぎたところで馬から降ろされ、扉が開く音がして中に入れられた。そして少し歩いて階段を下りてから、頭に被せられていた麻布を外された。


「ここは?」

「これから、お前が刑が決まるまで過ごすとこだ」


 見た目は石造りの牢屋となっていて、穴とかを開けて抜けるのは難しいようだ。私以外にも囚人はいるが多くはなく、それぞれが互いに関わることなく過ごしているようで、監獄の中はとても静かだった。


「それでは、刑が来るまで大人しくその中で過ごしていることだな」


 端の方の牢屋に入れられ、女性と騎士達は立ち去って行った。魔術師と知ってか知らずなのかはわからないが、どういった罰になるのだろうか。無断で重要な建築物に入ったのは、確実に裁かれることだろう。そして、魔女裁判の対象ということが知れれば、私が助かる見込みは限りなく無に近い。


「どうなるだろうか……」


 あまりにも長く生き過ぎた私には、今更この牢屋から逃げて生き長らえるという考えはほとんど残っていなかった。愛した妻子に先立たれ、生き長らえたとしても、愛弟子は私を置いて先に旅立ってしまう。それならば、いっそこのことここで終わらせてしまえるのならばと思っている。だが、一つだけ心残りなことがあるとすれば、もう一度だけでいいからコトリの顔が見たかったものだ。彼女の子供らしく笑った顔が。

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